NHKの野球解説でおなじみの武田一浩さん、実は再婚を2回していることをご存じでしょうか。
1回目の再婚では、トレーニングで渡ったアメリカから足を延ばし、メキシコのリゾート地で式を挙げていたというから驚きですよね。
この記事では、3人の妻との結婚を時系列で並べ、元女優・渡辺理砂さんが何人目の妻なのかという食い違いまで整理しています。
・武田一浩さんの再婚が2回で、結婚歴が3回だと分かる根拠
・1995年オフの再婚とメキシコ挙式、2002年以降の2回目の再婚の流れ
・渡辺理砂さんが何人目の妻なのかと、2013年の報道のその後
武田一浩の再婚は2回!3度の結婚を時系列で整理
武田一浩さんは、これまでに2回の再婚をしていて、結婚歴は3回です。それぞれの結婚がいつ始まり、どう終わったのかを、資料の食い違いも含めて順番に見ていきます。
再婚は2回で結婚歴は3回
先に結論からお伝えすると、武田一浩さんの再婚は2回です。
根拠になっているのは、2013年5月に発売された『週刊新潮』の記事です。
出版社の新潮社が公開している目次のリード文に、「彼の3度目の結婚生活」という言葉がはっきり書かれています。
3度目の結婚ということは、初婚のあとに2回の再婚をしている計算になりますよね。
ここ、意外と知られていないところかもしれません。
武田さんといえば、日本ハム・ダイエー・中日・巨人の4球団で投げた「小さな大投手」で、引退後はNHKの野球解説でおなじみの人です。
ただ、私生活の話はあまり表に出てこないので、「再婚しているの?」と気になって調べた方も多いと思います。
3度の結婚をざっくり並べると、次のようになります。
| 結婚 | 時期 | 相手 | その後 |
|---|---|---|---|
| 1度目 | 1989年11月に婚約 | 会社員の女性(当時24歳) | 1994年版の選手名鑑では独身 |
| 2度目(1回目の再婚) | 1995年オフに再婚、1996年1月に挙式 | 1996年1月時点で30歳の女性 | 離婚時期ははっきりしない(渡辺理砂さんなら2002年) |
| 3度目(2回目の再婚) | 2002年以降 | 一般女性(2013年時点で35歳) | 2013年に夫婦トラブルが報道 |
つまり武田一浩さんは、初婚のあと1995年と2002年以降に1回ずつ、計2回の再婚をしているということです。
ただし2度目の結婚相手が誰なのかについては、資料によって書き方が違うところがあります。
このあとの見出しで、1つずつ詳しく見ていきますね。
最初の妻は1989年に婚約した会社員女性
武田さんが最初に結婚したのは、プロ2年目のシーズンが終わった1989年のことです。
Wikipediaによると、武田さんは1989年11月28日に、当時24歳の会社員の女性と婚約しています。
そして同じ年の12月、契約更改の場で婚約を発表したそうです。
1965年6月生まれの武田さんは当時24歳なので、同い年くらいのお相手だったことになりますね。
プロ入りして間もない時期の婚約発表なので、まさにこれから、という勢いを感じます。
実際、この翌々年の1991年には抑えとして最優秀救援投手のタイトルを獲っていますから、結婚生活のスタートと選手としての上り坂がちょうど重なっていたんですよね。
1度目の結婚は数年で終わっている
ただ、この結婚は長くは続かなかったようです。
『週刊ベースボール』の選手名鑑では、1993年版ではこの女性が武田さんの妻として紹介されていたのに、1994年版では武田さんは独身になっています。
名鑑の書き方から考えると、1993年から1994年ごろに1度目の離婚をしていた可能性が高いと言えそうです。
離婚の理由については、報道が見当たりません。
最初の結婚は1989年の婚約から数年ほどで終わり、1994年の時点では独身に戻っていたということになります。
1回目の再婚は1995年オフでメキシコ挙式
1回目の再婚は、武田さんが日本ハムからダイエーへ移ることが決まった1995年のオフです。
Wikipediaによると、再婚相手は1996年1月の時点で30歳の女性でした。
そして1996年1月5日に、メキシコで結婚式を挙げています。
日本ハム時代から約2年の交際
このお相手とは、日本ハム時代から結婚まで約2年間お付き合いしていたそうです。
1995年のオフはトレーニングを兼ねてアメリカに渡っていて、年が明けてからメキシコのカンクンで式を挙げたと伝えられています。
トレーニングの合間にリゾート地で挙式、というのはなかなかおしゃれですよね。
球団移籍と重なった再婚
この時期の武田さんは、ちょうど大きな転機の中にいました。
本当は中日への移籍を希望していたのに、ダイエーへのトレードが決まり、本人は手記で、断ったらどうなるかと聞いたところ任意引退だと言われたと振り返っています。
気持ちの面ではかなり揺れていた時期だったはずなんですよね。
そんな中で約2年付き合った相手と再婚し、新しい土地で再出発をしたわけです。
実際、翌1996年はダイエーで自己最多の15勝を挙げていて、1998年には最多勝のタイトルも獲っています。
1回目の再婚は、ダイエー移籍が決まった1995年オフで、1996年1月5日にメキシコで式を挙げたというのが資料から分かる流れです。
元女優の渡辺理砂との結婚と2002年の離婚
武田さんの結婚相手として、名前が分かっている唯一の人が、元女優・タレントの渡辺理砂さんです。
渡辺理砂さんのWikipediaには、芸能界を引退したあとに武田一浩さんと結婚し、2002年に離婚したと書かれています。
2011年のYahoo!知恵袋でも、「武田一浩さんは元女優・タレントの渡辺理砂さんと結婚されているそうです」という回答がついていて、昔から野球ファンの間では知られていた話のようです。
渡辺理砂はどんな人?
渡辺理砂さんのプロフィールをまとめておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1965年2月18日 |
| 出身 | 東京都 |
| 学歴 | 成城高等学校卒業 |
| 元所属事務所 | バーニングプロダクション |
| デビュー | 映画『生徒諸君!』 |
| 主な出演 | 『オレたちひょうきん族』、『少女に何が起ったか』(1985年)、『花嫁人形は眠らない』(1986年)、『お坊っチャマにはわかるまい!』(1986年) |
高校卒業のときに家族からは大学進学を勧められたものの、女優への憧れからアルバイト生活を選び、知り合いを頼って事務所に入ったそうです。
1980年代にはドラマや映画に出る一方、『オレたちひょうきん族』の人気コーナー「タケちゃんマン」にも出演していました。
当時テレビを見ていた方なら、「あの人か」と思い出すかもしれませんね。
離婚後は一般男性と再婚
渡辺理砂さんは、武田さんと2002年に離婚したあと、一般男性と再婚しています。
つまり、武田さんだけでなく元妻の渡辺さんも、それぞれ新しい家庭を持ったということです。
武田一浩さんと渡辺理砂さんは2002年に離婚し、その後はお互いに別の相手と再婚しています。
渡辺理砂は何人目の妻なのか
ここが、ちょっとややこしいところです。
ネット上の記事の中には、渡辺理砂さんを「1回目の結婚相手」としているものがあります。
ところが、Wikipediaに書かれている時系列と突き合わせると、その並びでは説明がつかないんですよね。
資料どうしを並べてみると
それぞれの資料が書いている事実だけを並べると、次のようになります。
| 資料 | 書かれていること |
|---|---|
| 武田一浩のWikipedia | 1989年に会社員女性と婚約、1994年版名鑑では独身、1995年オフに2人目の妻と再婚 |
| 渡辺理砂のWikipedia | 芸能界を引退後に武田一浩と結婚し、2002年に離婚 |
| 一部のネット記事 | 渡辺理砂が1回目の結婚相手 |
もし渡辺さんが最初の妻だったとすると、1994年の時点で武田さんが独身になっていることと、2002年に離婚したことの両方が成り立ちません。
一方で、1995年オフに再婚した2人目の妻だと考えると、1996年から2002年までの結婚生活としてすっきりつながります。
年齢の面でも、2人目の妻は「1996年1月時点で30歳」で、1965年2月生まれの渡辺さんとぴったり一致します。
ただし同一人物と明記した資料はない
ここで気をつけたいのは、年齢は1人目の妻とも合ってしまうことです。
1人目の妻は1989年11月時点で24歳だったので、1965年生まれの渡辺さんはこちらの条件にも当てはまるんですよね。
それに、「2人目の妻が渡辺理砂さんだった」とはっきり書いた資料は、今のところ見当たりません。
時系列から推測すると、渡辺理砂さんは1995年オフに再婚した2人目の妻だった可能性が高いものの、断定できる資料はないというのが現時点での整理です。
2回目の再婚相手は一般女性
2回目の再婚は、渡辺理砂さんと離婚した2002年以降のことです。
結婚した正確な年は、報道からは分かりません。
お相手は芸能人ではなく一般の女性で、名前や職業は公表されていません。
2013年5月の『週刊新潮』の記事によると、当時の奥さんは35歳で、武田さんは47歳でした。
12歳ほど年下の奥さんということになりますね。
この奥さんとの間には、2013年5月の時点で生後8カ月の赤ちゃんがいました。
逆算すると、2012年の秋ごろに生まれた計算になります。
武田さんが47歳のときの子供なので、かなり遅くに授かったお子さんです。
2回目の再婚相手は一般女性で、2012年ごろには2人の間に子供も生まれていたということです。
2013年に報じられた夫婦トラブル
3度目の結婚生活について、大きく報じられたのが2013年5月の『週刊新潮』(5月23日号)の記事です。
見出しには、夫婦げんかの末に8カ月の乳児を連れて家を出ているという内容が並び、奥さんがけがを負ったとして告発した記事でした。
これは読んでいて、正直かなり重たい内容です。
妻側と武田さん側で言い分が食い違っている
ただ、この件は奥さんの側と武田さんの側で、言っていることが大きく違います。
| 立場 | 主張の要旨 |
|---|---|
| 奥さん側 | 夫婦げんかの中で暴力を受け、けがをしたと告発 |
| 武田さん側 | DVを否定し「僕の方が被害者」と反論。子供を連れて家を出たのは子供を守るためだと説明 |
武田さんは、子供のミルクもおむつも自分で面倒を見ていると話したうえで、「子供のことを考えれば、離婚するよりも、やり直せないかと考えている」という趣旨のコメントもしていました。
一方、奥さん側は弁護士を立てて離婚調停を申し立てる予定だと伝えられています。
その後どうなったかは報じられていない
気になるのはその後ですよね。
ところが、離婚調停の結果や、2人が離婚したのかどうかを伝える報道は見当たりません。
武田さんが逮捕されたり、裁判で何かが認定されたりしたという情報もありません。
ネット上には「現在は独身」と書いている記事もありますが、その根拠は示されていません。
2013年の夫婦トラブルは双方の主張が食い違ったままで、その後の結婚生活がどうなったかははっきりしていないのが実情です。
武田一浩の再婚を調べる人向けの関連情報
ここからは、武田一浩さんの再婚について調べる人がよく一緒に検索している、嫁・子供・家族・現在・病気の話題をまとめます。
嫁と呼ばれる3人の妻の違い
武田一浩さんの嫁について調べると、情報がごちゃっと混ざって見えることがあります。
これは、結婚相手が3人いて、そのうち名前が分かっているのが渡辺理砂さんだけだからなんですよね。
3人の妻の違いを一覧にするとこうなります。
| 1人目 | 2人目 | 3人目 | |
|---|---|---|---|
| 職業 | 会社員 | 不明(渡辺理砂さんの可能性) | 一般女性 |
| 年齢 | 1989年時点で24歳 | 1996年時点で30歳 | 2013年時点で35歳 |
| 結婚した時期 | 1989年に婚約 | 1995年オフ | 2002年以降 |
| 子供 | 報道なし | 報道なし | 2012年ごろ誕生 |
「元嫁はタレント」という話と、「嫁は一般女性」という話は、どちらも間違いではなく、別の奥さんのことを指しているわけです。
武田一浩さんの嫁の話をするときは、何人目の妻のことなのかを分けて考えるのがポイントです。
子供は2012年ごろに生まれている
武田さんの子供について分かっているのは、3人目の奥さんとの間の子供です。
2013年5月の報道の時点で生後8カ月だったので、2012年の秋ごろの生まれと考えられます。
一部では娘さんとも伝えられていて、2026年の今なら中学生くらいの年齢になっている計算です。
1人目・2人目の奥さんとの間に子供がいたという報道は見当たりません。
武田さん自身は2013年の報道のときに、子供のためにやり直したいという気持ちを口にしていました。
子供の今の様子については公表されていないので、元気に育っているといいなと思います。
家族は東京・世田谷がルーツ
武田さんは1965年6月22日生まれ、東京都世田谷区の出身です。
明大中野高校から明治大学に進み、1987年のドラフト1位で日本ハムに入団しました。
巨人に移籍したときには、入団会見で「東京生まれが東京に帰ってきました」と話していて、東京への愛着がうかがえます。
両親について詳しく書いた資料は見当たりませんでした。
現在はNHK解説者と会社経営
武田一浩さんの現在の仕事は、大きく分けて3つです。
| 仕事 | 内容 |
|---|---|
| 野球解説 | 2003年からNHKの野球解説者。『NHKプロ野球』やメジャーリーグ中継を担当 |
| 会社経営 | 2013年12月に人材派遣会社「ヒューマンリンク」を設立。2021年時点では省エネシステムを扱う「グルーヴ」の代表取締役 |
| YouTube | 2022年から「武田一浩チャンネル」を運営 |
とくにヒューマンリンクは、戦力外通告を受けた選手から相談されたことがきっかけで、プロ野球選手のセカンドキャリアを支えるために作った会社です。
2006年にはWBC日本代表の投手コーチも務めていて、引退後も野球とずっと関わり続けているんですよね。
現在の武田さんは、NHKの解説者を続けながら会社を経営し、YouTubeでも発信しているということです。
病気の噂は2018年の中継中の体調不良
武田一浩さんと一緒に病気という言葉が検索されるのは、2018年の出来事がきっかけと見られます。
2018年9月5日、NHK BS1のエンゼルス対レンジャーズ戦で生中継の解説をしていたところ、試合の途中で急に体調に異常をきたし、病院へ向かったそうです。
生中継の途中で解説者がいなくなったので、見ていた人はびっくりしたと思います。
ただ、検査の結果は異常なしでした。
病気の噂のもとは2018年の中継中の体調不良で、検査では異常は見つかっていません。
武田一浩の再婚のまとめ
- 武田一浩の結婚歴は3回で、再婚は2回
- 根拠は2013年の週刊新潮が書いた「3度目の結婚生活」という言葉
- 1度目は1989年11月に当時24歳の会社員女性と婚約
- 1994年版の選手名鑑では独身に戻っていた
- 1回目の再婚は日本ハムからダイエーへ移る1995年オフ
- 1996年1月5日にメキシコ・カンクンで挙式
- 2人目の妻とは日本ハム時代から約2年交際していた
- 元女優の渡辺理砂は武田一浩と結婚し2002年に離婚
- 渡辺理砂を1人目とする記事もあるが、時系列とは合わない
- 時系列から見ると渡辺理砂は2人目の妻だった可能性が高いとされる
- 同一人物と明記した資料はなく、断定はできない
- 2回目の再婚相手は一般女性で、2013年時点で35歳
- 2012年ごろに3人目の妻との間に子供が生まれている
- 2013年に夫婦トラブルが報じられたが、双方の主張は食い違っている
- 離婚調停の結果や現在の婚姻状況は報じられていない


