鹿島アントラーズユースの10番、平島大悟さんの怪我について気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は2026年のシーズンは、前年末の大会で負った怪我のリハビリから始まり、約4か月もピッチを離れていました。
この記事では、怪我をした時期と大会、公表されている範囲、復帰戦の中身、そして9月時点の状態までを順番にまとめています。
・平島大悟さんが怪我をした時期と大会、公表されている範囲
・約4か月のリハビリ期間の過ごし方と復帰戦での結果
・2026年9月時点のコンディションとトップチーム昇格の発表
平島大悟の怪我はいつ?離脱の期間と復帰までの流れ
平島大悟さんの怪我は、2025年の年末に出場した大会で負ったもので、そこから約4か月、試合に出られない時期が続きました。いつ・どこで怪我をして、どうやって戻ってきたのかを順番に見ていきますね。
怪我をしたのは2025年末の波崎ユースカップ
平島大悟さんが怪我をしたのは、2025年の年末に行われた波崎ユースカップです。
2026年5月12日にゲキサカが掲載したマン・オブ・ザ・マッチの記事で、昨年末の『波崎ユースカップ』で負ったケガの影響により、新チームの始動をリハビリから迎えたと紹介されています。
波崎ユースカップは、年末に茨城県の波崎地区で開かれるユース年代の大会です。
2025年の平島さんは、日本クラブユース選手権での優勝と大会MVP、U-17ワールドカップへの出場、そして12月の高円宮杯プレミアリーグファイナルでの先制ゴールと、まさに走り続けた1年でした。
その締めくくりの時期に怪我をしてしまったわけです。
……ここまで順調だっただけに、本人にとっては悔しいタイミングだったと思います。
つまり、平島大悟さんの怪我は2025年末の波崎ユースカップで負ったもので、2026年のシーズンはリハビリからのスタートになりました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年7〜8月 | 日本クラブユース選手権で優勝、大会MVP |
| 2025年11月 | U-17ワールドカップに出場 |
| 2025年12月 | プレミアリーグファイナルで先制ゴール |
| 2025年末 | 波崎ユースカップで怪我 |
| 2026年1月〜 | 新チームの始動をリハビリで迎える |
怪我の部位や診断名は公表されていない
気になるのは、どこを怪我したのかですよね。
ただ、2026年9月時点で確認できる範囲では、怪我の部位や診断名は公表されていません。
鹿島アントラーズの公式サイトやゲキサカ、J SPORTSのコラムでも、「ケガ」「ケガで離脱」という書き方にとどまっていて、足なのか膝なのか、骨折なのか靭帯なのかといった具体的な内容には触れていません。
ユース所属の高校生選手の場合、トップチームの選手のように負傷の詳細をクラブが発表することは少ないので、これは珍しいことではないかなと思います。
分かっているのは、離脱の長さが約4か月だったことです。
数週間で戻れる軽い怪我ではなく、ある程度しっかり治療とリハビリが必要な怪我だったと考えるのが自然ですね。
怪我の部位は非公表ですが、約4か月の離脱が必要だったことから、決して軽い怪我ではなかったとみられます。
約4か月のリハビリ期間をどう過ごしたか
平島大悟さんのリハビリ期間は、結果的に4か月近くに及びました。
高校3年生の大事なシーズンの始まりを、ピッチの外で過ごすことになったわけです。
これはきつかったでしょうね…。
それでも本人は、この時期をかなり前向きに受け止めていたそうです。
ゲキサカの取材に対して、サッカーはやりたかったけれどその時期をポジティブに捉えていて、身体の面を見直したり、フィジカル的な力も上げられたので、逆に良い時間になったと思う、という趣旨のことを話しています。
ピッチに立てない間のキャプテンとしての役割
2026年の鹿島アントラーズユースで、平島さんは大貫琉偉さんとのダブルキャプテンに指名されていました。
練習に参加できない中で、平島さんが意識していたのはピッチの外でチームをまとめることです。
試合や練習に早く来たり、サポートの部分で一番引っ張る気持ちを持つことを心がけていたと語っています。
ピッチの中では大貫さんがリーダーシップを発揮してくれていたので、自分は外側から支える、という役割分担ですね。
……怪我をしていても自分にできることを探していたのは、なんかいいですよね。
リハビリ期間は、平島さんにとって体を鍛え直し、キャプテンとしての振る舞いを見直す時間にもなっていました。
復帰までの流れとプレミアリーグでの復帰戦
平島大悟さんが公式戦に戻ってきたのは、2026年の高円宮杯U-18プレミアリーグEASTの第4節です。
ベガルタ仙台ユース戦で、この年のプレミアリーグ初出場を果たしました。
そこから少しずつ出場時間を伸ばしていった流れを、表にまとめます。
| 試合 | 相手 | 平島さんの出場と結果 |
|---|---|---|
| 第4節 | ベガルタ仙台ユース | 今季のプレミアリーグ初出場 |
| 第5節 | 東京ヴェルディユース | 途中出場でゴール |
| 第6節 | 昌平高校 | 54分から途中出場。本人は出来に納得できず |
| 第7節(5月10日) | 横浜FCユース | 今季初スタメンで1ゴール1アシスト、チームは2-0で勝利 |
第6節の昌平戦のあと、平島さんはチームに迷惑をかけたという思いがあって、すごく悔しかったと振り返っています。
そんなときに向かったのが、クラブハウスにあるDピッチです。
試合が終わったあとでも自主練でボールを蹴れば吹っ切れるタイプで、そこで気持ちを整理して次の試合に臨んだそうです。
今季初スタメンの横浜FCユース戦
迎えた第7節の横浜FCユース戦で、平島さんは今季初めてスタメンに入りました。
開始6分に右サイドへのスルーパスで先制点をアシストし、後半7分にはコーナーキックの流れから左足で押し込んで追加点を決めています。
復帰後初スタメンで1ゴール1アシストという、これ以上ない形での復活でした。
え、いきなりそこまでやるの!?って感じですよね。
平島大悟さんは第4節で復帰し、第7節の初スタメンで1ゴール1アシストを記録して、怪我からの本格的な復帰を印象づけました。
復帰直後はまだ100パーセントではなかった
横浜FCユース戦で結果を出した直後でも、平島さん本人はまだ自分のコンディションが100パーセントではないと話していました。
同じキャプテンの大貫琉偉さんからは、もっと走ってほしいし、もっと点やアシストもしてほしい、完全復帰できるなら今以上に走ってもらわないと困る、という愛のあるエールが送られています。
それを伝えられた平島さんも、笑いながら「確かにそうですね」と受け止めて、もっとやらないといけないと語っていました。
ジュニアのころからずっと一緒にプレーしてきた2人だからこその、遠慮のないやり取りですよね。
5月の時点では、試合で結果を出しつつも、コンディションはまだ上げている途中だったということです。
9月時点のコンディションと現在の起用
その後、平島大悟さんのコンディションは順調に上がっていきました。
2026年9月18日に掲載されたJ SPORTSのコラムでは、序盤戦はケガで離脱していた平島も、コンディションは確実に上昇傾向にあり、常に高いパフォーマンスを見せていると書かれています。
同じコラムによると、この時点でのリーグ戦直近3試合では、平島さんは高木瑛人さんと2トップを組んで先発しています。
1.5列目の位置から試合を組み立てる役割も担いながら、プレミアリーグで6ゴールを挙げていました。
約4か月の離脱があったシーズンでここまで数字を残しているのは、正直驚きました。
ただし、次の試合に出るかどうか、どのポジションで起用されるかは試合ごとに決まるので、ここでは9月中旬時点の起用として紹介しています。
2026年9月時点で、平島大悟さんは怪我の影響を感じさせないコンディションまで戻っていると見てよさそうです。
怪我から戻った平島大悟への声
平島大悟さんの怪我と復帰については、チームメイトやファンからもいろいろな声が上がっています。
チームメイトの大貫琉偉さんは、平島さんがいることでみんなが安心できるところがあるとしたうえで、平島さんが走ればチームはもっと強くなる、と話していました。
怪我で離れていた期間があったからこそ、周りも戻ってくるのを待っていたことが伝わってきます。
SNS上でも、鹿島ユースを応援するファンから、今季は怪我スタートだったものの復帰後は活躍している、といった投稿が見られます。
また、代表活動に選ばれた際には、怪我なく帰ってきてほしいという応援の声も寄せられていました。
……こうして見ると、平島さんがどれだけ期待されている選手かが分かりますよね。
怪我からの復帰は、チームメイトとファンの両方から待ち望まれていたものだったと言えます。
平島大悟の怪我を調べる人向けの関連情報
ここからは、平島大悟さんの怪我について調べている人がよく一緒に検索している、進路や出身校、プロフィールについてまとめます。
進路は2027年1月から鹿島アントラーズのトップチームへ昇格
平島大悟さんの進路は、鹿島アントラーズのトップチームへの昇格です。
鹿島アントラーズは2026年8月20日、ユースの大貫琉偉さん、平島大悟さん、福岡勇和さんの3人が、2027年1月よりトップチームに昇格することを公式サイトで発表しました。
約4か月の怪我による離脱があったシーズンでも、昇格という形でプロへの道が開けたわけです。
これは本人も周りも、本当にうれしかったと思います。
平島さんは昇格にあたってのコメントで、これまで関わってくれた家族やコーチ、応援してくれるすべての人への感謝を伝え、鹿島アントラーズの勝利とタイトルのために自分の力を注いでいきたいと語っています。
なお、トップチームの試合にいつから出場するかは、2026年9月時点では決まっていません。
平島大悟さんは2027年1月から、鹿島アントラーズのトップチームの一員としてプロのキャリアをスタートさせる予定です。
高校は鹿島学園高校
平島大悟さんが通っている高校は、鹿島学園高校です。
鹿島アントラーズの公式発表でも、昇格する3人は鹿島学園高校の3年生と紹介されています。
サッカーは高校の部活動ではなく、鹿島アントラーズユースでプレーしています。
2026年9月時点で高校3年生なので、2027年3月に卒業する学年です。
高校は鹿島学園高校で、サッカーは鹿島アントラーズユースで続けています。
小学校と中学時代は鹿島アントラーズのジュニアとジュニアユース
平島大悟さんの小学校時代と中学時代は、どちらも鹿島アントラーズのアカデミーで過ごしています。
鹿島アントラーズの公式発表によると、経歴は鹿島アントラーズジュニア、鹿島アントラーズジュニアユース、鹿島アントラーズユースの順です。
通っていた小学校や中学校の名前は公表されていません。
ジュニアユース時代には10番を背負い、キャプテンも務めていました。
ゲキサカの取材では、中学のときは自分がキャプテンで、大貫琉偉さんが副キャプテンだったと話しています。
小学生のころから鹿島のエンブレムを付けてプレーしてきた、まさに生え抜きの選手ですね。
小学生年代から高校年代まで、ずっと鹿島アントラーズのアカデミーで育ってきた選手です。
出身は茨城県
平島大悟さんの出身は、茨城県です。
鹿島アントラーズの公式発表のプロフィールに、2008年6月17日生まれ、茨城県出身と書かれています。
出身の市町村までは公表されていません。
地元のクラブで小学生のころから育ち、そのままトップチームに上がるという、地元のファンにはたまらない経歴ですね。
出身は茨城県で、地元の鹿島アントラーズで育った選手です。
ポジションは攻撃的MFで2トップの一角も務める
平島大悟さんのポジションは、MF(攻撃的ミッドフィルダー)です。
鹿島アントラーズの公式発表では、技術と走力に優れた攻撃的MFで、キレのあるドリブルとシュート精度の高さで前線で違いを作り、味方を生かして得点機につなげるプレーも得意と紹介されています。
2025年にはゲキサカなどでFWとして紹介されていた時期もあり、前線の複数のポジションをこなせる選手です。
2026年9月中旬時点のリーグ戦では、高木瑛人さんと2トップを組み、1.5列目の位置から試合を組み立てる役割を担っていました。
利き足は右ですが、横浜FCユース戦のゴールは左足で決めています。
ポジションは攻撃的MFで、2トップの一角として得点と組み立ての両方を任されています。
身長は167cm
平島大悟さんの身長は167cmです。
鹿島アントラーズの2026年8月の公式発表では、167センチ、62キロと紹介されています。
JFAの代表プロフィールでは体重が59kgと書かれているので、こちらは掲載された時期の違いかもしれません。
プロのサッカー選手としては小柄なほうですが、そのぶん技術と走力、ドリブルのキレで勝負するタイプです。
身長は167cmで、体格よりも技術と走力で違いを作る選手です。
平島大悟の怪我のまとめ
- 平島大悟の怪我は2025年末の波崎ユースカップで負ったもの
- 怪我の部位や診断名は2026年9月時点で公表されていない
- 離脱期間は4か月近くに及んだ
- 2026年の新チームの始動はリハビリから迎えた
- リハビリ中は身体の面を見直し、フィジカルを上げる時間にしたと本人が語っている
- ピッチに立てない間はダブルキャプテンとしてピッチ外からチームをまとめた
- 復帰はプレミアリーグEAST第4節のベガルタ仙台ユース戦
- 第5節の東京ヴェルディユース戦で途中出場からゴール
- 第7節の横浜FCユース戦で今季初スタメン、1ゴール1アシスト
- 5月時点では本人がコンディションは100パーセントではないと話していた
- 9月のJ SPORTSのコラムではコンディションは上昇傾向と紹介された
- 9月中旬時点で高木瑛人と2トップを組み、プレミアリーグで6ゴール
- 2026年8月20日に2027年1月からのトップチーム昇格が発表された
- 高校は鹿島学園高校、出身は茨城県
- 身長は167cmの攻撃的MF

