奇跡のリンゴの木村秋則の現在は自然栽培の普及!弘前のリンゴ園を守るのは誰?

奇跡のリンゴの木村秋則の現在は自然栽培の普及!弘前のリンゴ園を守るのは誰?

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無農薬・無肥料のリンゴを実らせた木村秋則さんが、いま何をしているのか気になっている方は多いと思います。

実は木村さん、リンゴを育てる人から自然栽培を伝える人へと軸足を移していて、本人はそれを第2の人生と呼んでいるんです。

現在の活動から弘前のリンゴ園の今、年齢や通販、そして有名なUFOの話まで、公表されている情報をまとめて整理しました。

この記事を読むとわかること
・木村秋則さんが現在どんな活動に時間を使っているのか
・弘前のリンゴ園と通販、りんごが買える時期の実情
・76歳という年齢と、UFO・予言の話をどう受け取ればいいか

奇跡のリンゴ木村秋則の現在は自然栽培の普及

「奇跡のリンゴ」で一気に名前が知られた木村秋則さんが、いま何をしているのか気になっている方は多いと思います。

ここでは現在の活動・畑のある場所・年齢まで、公表されている情報をまとめて整理していきますね。

現在は自然栽培の普及に専念している

木村秋則さんの現在をひと言でまとめるなら、リンゴを育てる人から、自然栽培を伝える人へ軸足が移ったという表現がいちばん近いです。

本人も自分のいまの立場を「第2の人生」と呼んでいます。

北海道の自然栽培農学校の公式サイトに載っている校長メッセージには、「自然栽培普及」という第2の人生を歩んでいますとはっきり書かれています。

無農薬・無肥料でリンゴを実らせたこと自体はもう30年以上前の話で、そこから先は「自分の畑で成功させる」より「同じことを他の人にもできるようにする」ほうへ時間を使ってきた、という流れですね。

肥料も農薬も除草剤も使わない栽培方法を、木村さんは自然栽培と名づけました。

そしてこの自然栽培は、いまではリンゴだけの話ではなくなっています。

NPO法人岡山県自然栽培実行委員会の紹介文には、リンゴにとどまらずさまざまな農作物に自然栽培を応用しながら農業指導にあたり、各地を奔走していると記されています。

米でも野菜でも同じ考え方が通用するかを、実際に試してきたということです。

校長メッセージで語っている「土の砂漠化」

現在の木村さんが何を問題だと感じているのかは、農学校の校長メッセージを読むとよく分かります。

そこで語られているのは、日本の土が砂漠のようになってしまっているという危機感です。

化学肥料や農薬、除草剤を使って雑草ひとつ生えていない土で作物を育てている、という指摘なんですね。

そのうえで、約10年にわたっていろいろな作物を肥料・農薬・除草剤なしで試した結果、どんな作物でも肥料・農薬・除草剤を使わずに栽培できるという結論に至ったと書かれています。

リンゴ1品目の成功談で終わらせず、そこから一般論を引き出そうとしているのが、いまの木村さんの立ち位置です。

「次の世代に」と語っている理由

同じメッセージの中で、木村さんは体の無理がきかなくなってきたことにも触れています。

そのうえで、次の世代の人たちにこの栽培の素晴らしさを深く理解してもらい、自らも走ってもらいたいと述べています。

……ここ、なんだかじんわりしますよね。

10年近く収穫がほとんどない時期を耐えた人が、最後に望んでいるのが自分の名声ではなく、あとに続く人なのですから。

なお、体力の衰えが直接の理由で指導へ転じた、といった因果までは公式には語られていません。

本人の言葉として出てくるのは「体の無理がきかない」ことと「次の世代へ」という2つで、その間をつなぐ説明は語られていない、という点は押さえておきたいところです。

弘前の岩木山麓で家族とリンゴ園を続けている

普及活動に軸足が移ったとはいえ、リンゴ栽培そのものをやめたわけではありません

畑があるのは青森県弘前市、岩木山のふもとです。

木村さんは1949年に旧・中津軽郡岩木町(現在の弘前市)で生まれているので、生まれ育った土地でそのまま農業を続けていることになります。

株式会社木村興農社の社長という肩書も現在のもので、法人としてリンゴを生産・販売する体制がいまも動いています。

家族で園を営んでいて、秋になると紅玉やジュースが販売される、という形です。

畑の様子は「草だらけ」がふつう

木村さんの畑を訪ねた取材記事を読むと、整然としたリンゴ園のイメージとはだいぶ違うことが分かります。

2018年11月に取材されたインタビュー記事では、畑にさまざまな雑草が生え、その草陰で虫が鳴き、野ネズミや野ウサギが走り回っている様子が描かれています。

タンポポは腰の高さまで伸びているそうです。

え、リンゴ畑でタンポポが腰の高さ?と思いますよね。

でもこれが木村さんのやり方で、草も虫もまとめて畑の一部として扱う考え方なんです。

同じ記事には、大きな木では1本で1000個以上の実がつくという記述もあります(この数字は1つの記事にしか出てこない情報なので、目安として受け取っておくのがよさそうです)。

本人の言葉としては「リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている」というものが紹介されています。

草を敵として抜くのではなく、周りごと畑として成り立たせる。

現在の栽培スタイルは、この一文にほぼ集約されていると言っていいと思います。

北海道の自然栽培農学校で校長を務めている

現在の肩書としてもうひとつ大きいのが、HOKKAIDO木村秋則自然栽培農学校の校長です。

Wikipediaの記載では、2018年から校長を務めているとされています。

学校といっても座学だけの施設ではなく、実際の畑を使って自然栽培を教える形です。

公式サイトによると、講習が行われているのは北海道の仁木町・余市町の畑で、2026年時点で14年目になるとされています。

毎年5月に開校し、その年の生徒を募集するスケジュールで動いています。

農学校のまわりで広がっている取り組み

農学校のお知らせを見ていくと、栽培だけでなく加工まで広がっているのが分かります。

2024年度の募集告知では、札幌市中央区に自然栽培のぶどう・りんごを使ったワイン・シードルの醸造所「リベラ ワイン テラス」がオープン予定であることが伝えられています。

畑で採れたものをどう売るかまで含めて動いている、ということですね。

また卒業記念講演会の開催告知もあり、木村秋則校長のほか、村松弘康副校長、石川信雄さんが登壇するとされています。

学校の看板が木村さん一人ではなくなっている点も、「次の世代へ」という現在の方針と重なって見えます。

講演と農業指導で全国を回っている

現在の木村さんの活動でいちばん露出が多いのが、講演と現地での指導です。

各地を奔走していると紹介されるほどで、青森や北海道に閉じた活動ではありません。

たとえば石川県羽咋市の公式サイトには、木村さんが自然栽培実践塾長として指導に携わっていることが記されています。

同じページによると、羽咋市での北陸初の講演は2010年2月20日に「コスモアイル羽咋」で行われました。

このとき語られたテーマは農業と、本人のUFO体験の2つだったとされています。

……この組み合わせ、初めて知るとちょっと驚きませんか。

羽咋市とのつながりは、市の農林水産課職員だった高野誠鮮さんとの縁から生まれたものだと書かれています。

行政と組んで、地域ごと自然栽培に切り替えていくやり方です。

海外での指導も行っており、2009年11月には大韓民国の京畿道と聞慶市から名誉市民として表彰されています。

現在の木村さんは、自分の畑の外で動いている時間のほうが長い人だと考えると、活動の全体像がつかみやすいと思います。

現在の年齢は76歳

年齢を検索している方も多いので、ここで整理しておきますね。

木村秋則さんの生年月日は1949年11月8日です。

2026年8月の時点では76歳で、2026年11月8日に77歳になる計算になります。

項目 内容
生年月日 1949年11月8日
年齢 76歳(2026年8月時点)
出身地 青森県弘前市(旧・中津軽郡岩木町)
学歴 青森県立弘前実業高等学校 商業科卒業
現在の肩書 株式会社木村興農社 社長/自然栽培農学校 校長

経歴も簡単にたどっておきます。

高校を卒業したあとはメーカーに就職し、経理を担当していました。

就職先はトキコ(現在の日立オートモティブシステムズ)だとされています。

そして1971年に帰郷し、農業の道に入りました。

農業一筋の人という印象がありますが、社会人のスタートは会社員だったんですね。

妻・美千子の体質が無農薬栽培の出発点

木村さんが無農薬栽培に踏み出した理由は、思想でも商売でもありませんでした。

きっかけは妻の美千子さんが農薬に弱い体質だったことです。

農薬を散布するたびに体調を崩す家族がいる。

その現実が、当たり前だった農薬散布を疑うきっかけになったわけです。

……これ、動機としてはとても分かりやすいですよね。

木村さんは1972年に中学校の同窓生だった美千子さんと結婚し、木村家の婿養子に入っています。

そこから1974年に農薬を減らし始め、1978年には本格的な無農薬栽培に挑戦していきます。

成功までの年数には資料によって幅がある

無農薬・無肥料の栽培が完成した時期については、資料によって書き方が違います。

Wikipediaでは、1984年に岩木山での自然観察をきっかけに方法を転換し、1986年に花が咲き、1989年に無農薬・無施肥栽培に成功したとされています。

一方で、1978年ごろから模索を始めて17年後に確立した、と紹介している資料もあります。

どこを成功と数えるかで年数が変わるので、細かい年号は資料ごとに幅があると理解しておくのが正確です。

共通しているのは、10年近く収穫がほとんど得られない時期があったという点です。

弘前大学の教授からは「おそらく世界で初めてではないか」と評価されたと、羽咋市の公式サイトに記されています。

奇跡のリンゴ木村秋則の現在を調べる人向けの関連情報

ここからは、現在の活動と一緒に検索されることが多い話題をまとめていきます。

りんごの買い方から、あの有名なUFOの話まで一気に見ていきましょう。

りんごとジュースの通販はどこで買える

木村さんのリンゴや加工品は、いくつかのオンラインショップで扱われています。

代表的なのが「奇跡のりんご木村秋則〜自然栽培の仲間たち ネットショップ本店」です。

ここでは奇跡のリンゴと自然栽培にんじんのミックスジュースなどが販売されていて、10本のギフトセットで6,300円といった価格帯の商品が並んでいます。

複数のサイズ展開があり、ほかの野菜ジュースと組み合わせたギフトセットも用意されています。

運営しているのは東京・自由が丘に実店舗を持つ八百屋さんで、自然栽培を扱う専門店という位置づけです。

もうひとつ、木村興農社そのものが運営するオンラインストアもあります。

こちらは弘前の園で採れたリンゴを直接扱う窓口です。

ただし在庫が無くなるとストアが非公開になるという運用のようで、いつ見ても買える状態ではない点には注意が必要です。

生鮮のリンゴはどうしても収穫期に左右されるので、秋以降を狙って見に行くのが現実的だと思います。

なお価格や在庫の状況は時期によって変わります。

ここに書いた金額は、あくまで確認できた時点の一例として受け取ってくださいね。

りんご園の場所は青森県弘前市の岩木山麓

園の所在地は青森県弘前市です。

より細かく言うと岩木山のふもとで、木村さんの生家がある地域と重なります。

観光農園のように誰でも自由に入って収穫できる施設ではないため、住所を頼りに直接訪ねるのは避けたほうがよいでしょう。

購入したい場合は、オンラインストアや取扱店を経由するのが基本になります。

情報発信の面では、木村興農社のInstagramアカウントが動いています。

このアカウントの更新は次女の方が行っているとされていて、収穫や販売のタイミングはここで告知される形です。

家族で園を営んでいるという話とも重なりますね。

講演会の予定はどこで確認できる

講演会は現在も各地で行われています。

ただ、開催情報の出どころが分散していて、ひとつのページを見れば全部分かる状態にはなっていません。

確認しやすいのは次の3つです。

確認先 内容
HOKKAIDO木村秋則自然栽培農学校 公式サイト 農学校の講演会・卒業記念講演会などの告知
主催団体・自治体のページ 招へい元が個別に告知するケース
イベント告知サービス 木村秋則の特集ページが作られている

過去には札幌の道新ホールで講演会・トークショーが開かれたこともあります。

ただ、この道新ホールの回については、資料によって年が2022年・2023年・2026年10月30日とバラバラで、どれが正しいのか確認できませんでした。

公式サイトのお知らせ自体の更新も、2024年12月の2025年度生徒募集で止まっているように見えます。

直近の予定を正確に知りたい場合は、主催者側の告知を直接あたるのが確実です。

宇宙人とUFOの体験を本人が語っている

木村秋則さんを検索すると必ず出てくるのが、UFOと宇宙人の話です。

これは他人が言い出した噂ではなく、本人が公の場で語っている体験談という点がポイントになります。

Wikipediaにも、畑で頻繁にUFOを目撃していること、そして宇宙人に拉致されたこともあったと本人が述べていることが記載されています。

さらに羽咋市の公式サイトによれば、2010年の講演では農業とUFO体験の両方がテーマになっていました。

自治体が関わる講演でUFOの話をしている、というのはなかなかすごい話です。

もっとも、羽咋市はUFOを地域資源として扱ってきた土地で、講演会場も「コスモアイル羽咋」という宇宙関連施設でした。

そう考えると、この組み合わせは会場側の企画としてもかみ合っていたと見るのが自然かもしれません。

農業の実績とUFOの体験談は、話としてはまったく別の系統です。

木村さんの評価を見るときは、この2つを混ぜずに分けて受け取るのがよさそうですね。

2025年の予言として広まっている話

近年になって急に増えたのが、木村さんの予言として拡散されている話題です。

内容としては、35歳のころに夜道で宇宙人に遭遇し、UFOの内部で2032枚の石板を見せられた、というものが中心になっています。

その石板が地球のカレンダーだとされ、2025年に地球のバランスが崩れる、2032年で地球の歴史が終わる、といった解釈が語られています。

ただし、ここは慎重に見る必要があります。

これらを発信しているのは主にオカルト系・都市伝説系のメディアで、内容も媒体ごとに食い違っています

2025年7月5日に運命が決まる、海抜400m以上でないと生き残れない、といった具体的な数字まで付いたバージョンもありますが、こうした尾ひれの部分は元の発言と切り離して考えたほうがいいでしょう。

本人がUFO体験を語っているのは事実です。

しかしそこから先の「何年に何が起きる」という解釈は、伝える側が組み立てた話が積み重なっている状態だと考えられます。

不安をあおる形で流れてくる情報ほど、出どころを確かめてから受け取りたいところですね。

著書は20冊以上出版されている

木村さんは書き手としても活動してきました。

Wikipediaの記載によれば、2007年から2018年にかけて20冊以上の著書を出しています。

代表的なタイトルには『自然栽培ひとすじに』『リンゴが教えてくれたこと』『奇跡を起こす 見えないものを見る力』などがあります。

そして木村さんの名前を全国に広げたのが、本人の著書ではなく石川拓治さんの『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』(幻冬舎)でした。

この書籍のきっかけになったのが、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で放送された「りんごは愛で育てる〜農家・木村秋則」の回です。

テレビ番組から書籍へ、そして広く知られる存在へ、という順番だったわけですね。

いまも書店や図書館で手に取れる本が多いので、現在の活動を追う前にまず経緯を知りたいという方には、こうした書籍から入るのが分かりやすいと思います。

奇跡のリンゴの木村秋則の現在のまとめ

  • 現在は自然栽培の普及を軸に活動しており、本人はこれを第2の人生と表現している
  • 青森県弘前市・岩木山麓のリンゴ園は現在も家族で営まれている
  • 株式会社木村興農社の社長を務めている
  • HOKKAIDO木村秋則自然栽培農学校の校長で、Wikipediaでは2018年からとされる
  • 農学校は北海道の仁木町・余市町の畑を使い、毎年5月に開校している
  • 石川県羽咋市では自然栽培実践塾長として指導に関わっている
  • 講演と農業指導で各地を回っており、活動範囲は海外にも及ぶ
  • 2009年11月に韓国の京畿道と聞慶市から名誉市民として表彰された
  • 生年月日は1949年11月8日で、2026年8月時点の年齢は76歳
  • 無農薬栽培のきっかけは妻・美千子さんが農薬に弱い体質だったこと
  • 成功した年は1989年とする資料と17年かかったとする資料があり幅がある
  • リンゴやミックスジュースは自然栽培の専門ショップや木村興農社のストアで販売されている
  • 木村興農社のストアは在庫が無くなると非公開になるとされる
  • 本人がUFOの目撃と宇宙人との遭遇を公の場で語っている
  • 2025年や2032年の予言として広まっている話はオカルト系メディア発で内容に食い違いがある

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