北海道のラジオで半世紀以上しゃべり続けている河村通夫さん。
そんな河村さんの名前で「再婚相手」が検索されるのは、番組でいつも隣にいる女性の存在があるからなんです。
実はその女性は、河村さんの一家と30年近く同じ屋根の下で暮らしてきた人なんですよ。
・河村通夫さんの再婚相手について公表されていること
・再婚相手と噂される若杉佳子さんと河村さんの関係
・若杉さんが妻だと思われやすい理由と、河村家の家族
河村通夫の再婚相手について分かっていること
まずは一番知りたい「再婚相手は誰なのか」について、公式の情報をもとに整理しました。噂の相手とされる若杉佳子さんとの関係もあわせて見ていきます。
再婚相手の名前は公表されていない
結論からお伝えすると、河村通夫さんの再婚相手の名前は公表されていません。
それどころか、河村さんが再婚したという事実そのものも、本人や放送局から発表されたことはないんです。
STVラジオの公式プロフィールには、生い立ちから番組の歴史、江戸絵皿の研究まで細かく書かれていますが、結婚・離婚・再婚についての記述は一行もありません。
講談社やHMVに載っている著者紹介も同じで、経歴はあっても家庭の話は出てこないんですよね。
ここ、気になって調べた方からするとちょっと肩すかしかもしれません。
河村さんはラジオで「なんでも相談」を受け持ち、男心女心や心の持ち方を語ってきた人です。
それでも自分の結婚歴は、番組の話題として表に出してこなかったことが分かります。
つまり「再婚相手」は、公式にはまだ誰とも確認されていないのが実態です。
公式プロフィールで確認できる配偶者の記載
再婚の情報はありませんが、結婚については手がかりがひとつだけあります。
Wikipediaの人物欄で、配偶者の項目が「あり」になっているんです。
ただ、相手の名前も、結婚した年も、それが初婚なのか再婚なのかも書かれていません。
| 項目 | 公開されている内容 |
|---|---|
| 配偶者 | あり(名前の記載なし) |
| 再婚 | 記載なし |
| 子ども | 長女・樹里さん |
| 一緒に暮らす人 | 1996年から弟子の若杉佳子さん |
「配偶者はいるのに誰か分からない」という状態なので、読んだ人が「番組の隣の女性がそうなのでは?」と考えるのも無理はないですよね。
公式に言えるのは、河村さんに配偶者がいるという一点だけです。
再婚相手と噂される若杉佳子とは誰か
「河村通夫 再婚 相手」で検索すると、上位に並ぶのは若杉佳子さんのInstagramやX、そして若杉さんについて尋ねたYahoo!知恵袋の質問です。
検索している人の多くは、若杉佳子さんが河村さんの再婚相手なのかどうかを確かめたいのだと思います。
若杉さんは、STVラジオ「河村通夫の桃栗サンデー」と、全国ネットの「河村通夫の大自然まるかじりライフ」で河村さんと一緒にパーソナリティを務めている女性です。
「大自然まるかじりライフ」には2020年2月まで隔週で出ていて、2020年3月2日からは毎週出演するようになりました。
STVの河村さんのプロフィールでは「レシピの女王 若杉佳子」と紹介されています。
毎週の番組で2人の掛け合いを聞いていれば、「この人が奥さん?」と思うのはごく自然な流れかもしれません。
再婚相手の噂は、ほぼ若杉佳子さん一人に集まっていると言ってよさそうです。
若杉佳子は1996年から一家と暮らす弟子
では若杉さんは本当に再婚相手なのかというと、本人が自分の立場をはっきり書いています。
若杉さんはInstagramのプロフィールに「1996年から、河村通夫氏に師事し、家族と生活を共にしてきました」と書いているんです。
Xでも「一家と生活を共にしながら、有機野菜や庭づくり、料理など衣食住を学んできました」と紹介していました。
つまり若杉さんは、1996年に河村さんに弟子入りし、河村家と一緒に暮らしてきた人ということになります。
Instagramでは河村さんのことを「師」と呼んでいて、紹介文も「師のライフワーク」という書き方になっています。
2024年のESSEonlineのインタビューでも、若杉さんは「ラジオ番組ではともにパーソナリティを務める」人として紹介されていて、夫婦とは書かれていませんでした。
一緒に暮らしているなら夫婦だろう、と思ってしまいますよね。
でも本人の言葉を見る限り、2人は師匠と弟子。
え、そうだったの!?って感じではないでしょうか。
若杉さんを再婚相手とする公式の情報はなく、本人は自分を河村さんの弟子と位置づけています。
1996年から数えて30年近い同居
1996年から数えると、2026年で30年になります。
その間ずっと河村家で衣食住を学び、番組にも出続けてきたわけです。
……弟子というより、もう家族の一員のような存在ですよね。
若杉佳子が妻だと思われやすい3つの理由
公式には弟子なのに、なぜここまで「再婚相手」と言われるのでしょうか。
公開されている情報を並べてみると、誤解が生まれやすい理由が3つ見えてきます。
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| 同じ家で暮らしている | 1996年から河村家と生活を共にしている(本人のSNS) |
| 毎週の番組で隣にいる | 「桃栗サンデー」「大自然まるかじりライフ」で共演 |
| 本を一緒に出している | 2023年の共著『毎日簡単!イラストおかず』でイラストを担当 |
この3つがそろうと、ラジオだけを聞いている人には夫婦に見えてしまうのも当然かなと思います。
さらに、河村さんの配偶者の名前が一度も出てこないので、「隣にいる女性=奥さん」という想像を打ち消す材料がないんですよね。
2014年にはYahoo!知恵袋に「河村さんとアシスタントの若杉さんはズバリどんな関係なのか」という質問が投稿されていて、同じ疑問を持つ人が昔から多かったことが分かります。
再婚相手の噂は、同居・共演・共著の3つが重なって生まれたものだと考えられます。
家族で始めた栗沢町の山暮らし
河村さんの家族について記録がはっきり残っているのが、北海道の山での開墾生活です。
1980年に岩見沢市栗沢町美流渡の山林約20ヘクタールを手に入れ、1981年にはラジオ番組をすべて降りて、ススキノの店も後輩に譲りました。
経歴には、そこから家族で本格的に開墾を始めたと書かれています。
斧やノコギリで木を切るところから始め、1年目に畑、2年目に昔の開拓者が残した馬小屋を直して寝泊まりできるようにし、3年目から自分の手で家を建てました。
そして1984年の春、家族で札幌から山の家へ移り住んでいます。
ただ、この「家族」に当時の奥さんが含まれていたとしても、その方の名前はどこにも出てきません。
その人が今の配偶者と同じ人なのかどうかも、公開された情報からは分からないんです。
若杉さんが一家に加わったのは1996年なので、山の家の暮らしが始まってから12年後ということになります。
開墾期の家族の記録はあっても、奥さんの名前は一度も語られていません。
河村通夫の再婚相手を調べる人向けの関連情報
ここからは、再婚相手とあわせてよく検索されている前妻や若杉佳子さんのこと、河村さんの家族や現在について紹介します。
前妻について公表されていること
「再婚相手」とセットで検索されるのが「前妻」です。
再婚したのなら前の奥さんがいるはず、と考える人が多いのでしょうね。
ですが、前妻についても名前・結婚していた時期・別れた時期はどれも公表されていません。
Wikipediaや北海道新聞の連載「私のなかの歴史」をもとにした経歴を読んでも、離婚に触れた箇所は見当たりませんでした。
前妻がいたという話は、ネット上の書き込みで語られている程度で、報道や本人の発言として確かめられるものではないんです。
前妻がいたかどうか自体が、公式には確認できない状態です。
若杉佳子のプロフィール
再婚相手と噂される若杉佳子さんですが、年齢や出身地などの経歴はほとんど公開されていません。
STVラジオの公式プロフィールに載っているのは、次のような内容です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座・血液型 | ふたご座・A型 |
| 好きな色 | 虹色 |
| 趣味 | 歌舞伎を見ること |
| 特技 | 漬けもの |
| 宝物 | まわりの人々 |
| 好きな食べ物 | ジャガ芋、サツマ芋、南瓜 |
| 夢 | 元気なおばあちゃんになること |
座右の銘は「月は秋 人は笑顔と定めけり」という江戸時代の言葉だそうです。
江戸の心学を番組で紹介する河村さんのそばで学んできた人らしい言葉ですよね。
リスナーへのひと言も「これからも色々と教えて下さい」で、夢が「元気なおばあちゃんになること」。
……なんだか人柄がにじみ出ていて、個人的にすごく好きなプロフィールです。
公開されている若杉さんの情報は、ラジオと料理の仕事にまつわるものがほとんどです。
若杉佳子という名前の医師は別人
若杉佳子さんを調べると、「医師」という言葉が一緒に出てくることがあります。
これは、同じ名前の麻酔科の医師が、北海道の病院の医師一覧や学会の資料に載っているためです。
ただ、ラジオの若杉さんは1996年から河村家で有機野菜づくりや料理を学び、番組にも毎週出てきた人です。
本人のSNSのプロフィールにも、医師としての経歴は一切書かれていません。
経歴を見比べる限り、2人は同姓同名の別人と考えるのが自然だと思います。
若杉佳子さんが医師だという情報は、同じ名前の別の方と混ざったものとみられます。
娘の樹里は父を師とする長女
河村さんの家族で名前がはっきりしているのが、長女の清田樹里(せいた じゅり)さんです。
森産業の「らくらく園芸」のページによると、樹里さんは北海道生まれで、大学を卒業したあと父の河村さんを師として、岩見沢市郊外で農作物を育て、庭づくりをしてきました。
「大自然まるかじりライフ」にも過去にパーソナリティとして出演していて、STVラジオの番組ページ「河村さんちのガーデン日記」では、樹里さんが撮った庭の写真が紹介されています。
STVの河村さんのプロフィールには、山の暮らしを伝える動画について「樹里と若杉佳子の掛け合いも見もの」と書かれているんです。
娘さんと若杉さんが並んで出演している様子からも、若杉さんが河村家にすっかり溶け込んでいることが伝わってきます。
河村さんが自然食を始めたきっかけのひとつには、長女の喘息が自然食で良くなったこともありました。
樹里さんは、父の自然流の暮らしをそのまま受け継いでいる長女です。
北海道と京都にある河村家の自宅
河村さんの自宅は、北海道岩見沢市栗沢町の山の中にあります。
35歳のころに自分の手で建てた家で、理想はドラマ「大草原の小さな家」の家だったそうです。
1991年には、この自宅の2階に専用回線を引いて、「河村通夫の桃栗金よう日」を生放送していた時期もありました。
そして60歳のころからは、北海道の山の家と京都・哲学の道の家を行き来する暮らしをしています。
京都は河村さんが幼少期から高校まで過ごした地元です。
2005年ごろからは、京都・西陣にある大正時代の町家(延べ約100坪)と土蔵の修復にも取り組みました。
修復を一緒に進めたのは弟子の娘婿で、この町家は京都市の景観重要建造物に指定されています。
北海道と京都の2つの家を拠点に、家族や弟子と暮らしをつくってきた人です。
河村通夫の現在の活動
2026年現在、河村さんは78歳。
いまもSTVラジオ「河村通夫の桃栗サンデー」と、全国ネットの「河村通夫の大自然まるかじりライフ」を担当しています。
「桃栗サンデー」は前身の番組から数えて40年以上、「大自然まるかじりライフ」も1986年から続く長寿番組です。
2023年2月26日には、特別番組「河村通夫 STVラジオ50年 心からありがとう」も放送されました。
50歳を過ぎてから始めた江戸絵皿の研究も続いていて、2020年の『江戸絵皿絵解き事典』(講談社)は2022年までに8刷を重ねています。
2024年からは淡交社で「北斎時代の『絵手本』で『絵皿』を解く」シリーズ全3巻を出し、2024年12月には『北斎漫画を謎解く江戸絵皿事典』も出版しました。
70代後半でこの仕事量……正直、驚きました。
結婚の話は表に出さないまま、ラジオと研究の両方で第一線に立ち続けています。
若いころの体調不良と自然食
河村さんの名前と一緒に「病気」が検索されることもありますが、大きな病気を公表したという情報はありません。
知られているのは、1976年ごろから肩こりなどで体調がすぐれず、玄米や自然食を始めて体調が上向いたという話です。
この経験から、農薬を使わず堆肥で土づくりをした野菜を育てたいと考え、山の開墾につながっていきました。
1984年には番組で「白いご飯と空炒りした米ぬかを食べれば玄米の栄養が摂れる」と紹介して大きな反響を呼び、『米ぬか健康法』(小学館)はその年のベストセラーになっています。
いまも森産業と組んで「病気に負けない堆肥農法」を広めていて、検索で「病気」が出てくるのはこうした園芸の話題の影響もありそうです。
河村さんの「病気」の話は、自然食と堆肥づくりの原点になった体験のことです。
若杉佳子と作ったイラストのレシピ本
河村さんと若杉さんの関係がよく分かるのが、2023年に講談社から出た共著『毎日簡単!イラストおかず グラタン皿一枚でできる手間いらずレシピ』です。
この本は、河村さんがラジオで紹介してきた料理を、若杉さんのイラストで解説したもので、110品のレシピと19曲のレシピソングが載っています。
ESSEonlineのインタビューで若杉さんは、イラストはもともと番組スタッフ用の資料として描き始めたもので、ホームページで公開したらリスナーから「本にしてほしい」と声が集まったと話していました。
河村さんも「6歳の子どもに説明できなければ理解したとはいえない」という言葉を引いて、写真ではなく絵で伝えることにこだわったそうです。
本の帯には「○○さまへ ○○より」と書ける、贈り物仕様の工夫もされています。
師匠の料理を弟子が絵にして一冊にする……なんか、じんわりしますよね。
このレシピ本は、師弟として積み重ねてきた2人の仕事の集大成とも言えそうです。
河村通夫の再婚相手のまとめ
- 河村通夫の再婚相手の名前は公表されていない
- 再婚したという事実自体も本人や放送局から発表されていない
- STV公式プロフィールや著者紹介に結婚・再婚の記述はない
- Wikipediaの人物欄では配偶者「あり」だが名前は非公表
- 再婚相手の噂は番組で共演する若杉佳子に集まっている
- 若杉佳子は1996年から河村に師事し一家と生活を共にしてきた弟子
- 若杉佳子は河村を「師」と呼び、夫婦とする公式の記載はない
- 同居・毎週の共演・共著の3つが重なり妻と誤解されやすいとみられる
- 前妻の名前や離婚の時期も公表されていない
- 1981年から家族で栗沢町の山を開墾し1984年春に移住
- 若杉佳子の公式プロフィールは趣味や夢などに限られる
- 若杉佳子という名前の医師は同姓同名の別人とみられる
- 長女の清田樹里は父を師として岩見沢郊外で農業と庭づくり
- 北海道の山の家と京都・哲学の道の家を行き来して暮らす
- 2023年に若杉佳子のイラストで共著のレシピ本を出版


