与勇輝の現在は米寿を迎えた人形作家!河口湖の美術館で2026年も続く展示とは

与勇輝の現在は米寿を迎えた人形作家!河口湖の美術館で2026年も続く展示とは

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「徹子の部屋」のセットに飾られた妖精の人形を見て、作った人はいまどうしているのか気になった方も多いのではないでしょうか。

人形作家の与勇輝さんは1937年生まれで、2025年に米寿を迎えました。

実は山梨の河口湖には与勇輝さんの作品だけを並べる美術館があって、2026年も新しいテーマの展示が続いているんです。

この記事を読むとわかること
・与勇輝の現在の年齢と、いま作品を見られる場所
・河口湖ミューズ館で2026年に開かれている与勇輝展の内容
・家族・結婚・弟子・人形の価格など、現在とあわせて調べられている情報

与勇輝の現在は米寿を迎えた人形作家

与勇輝さんの現在をひと言でいうと、米寿を過ぎた今も作品が美術館で常に公開されている人形作家です。

年齢、活動の場、直近の展示を順番に見ていきますね。

現在は何歳?1937年生まれで米寿を迎えた

与勇輝さんは1937年9月17日生まれで、神奈川県川崎市中原区の出身です。

2026年9月の時点では88歳で、9月17日の誕生日を迎えると89歳になります。

つまり2025年に米寿(88歳)を迎えたことになりますね。

あのやわらかい表情の人形を作っている方が、もうそんなお年だったとは……ちょっと驚きませんか?

節目の年を並べると、次のようになります。

年齢出来事
1937年0歳神奈川県川崎市に生まれる
2017年80歳傘寿を迎える
2018年80〜81歳パリと国内で傘寿記念の展覧会を開く
2025年88歳米寿を迎える
2026年88歳(9月17日で89歳)河口湖ミューズ館で与勇輝展「勇猛果敢」を開催

80歳のときに横浜の会場で取材を受けた与勇輝さんは、肩ひじを張らず、作りたいという思いだけで作ってきたと話していました。

自分の作品には満足できたことがなく、出来の悪い子ほどかわいいという気持ちだとも語っています。

半世紀以上つくり続けてきた人の言葉として、なんだかじんわりきますよね。

訃報などの報道は見当たらず、美術館では2026年も与勇輝さんの名前を冠した展示が続いています。

2026年9月時点で88歳、米寿を過ぎた大ベテランの人形作家というのが与勇輝さんの現在です。

現在の活動の中心は河口湖ミューズ館・与勇輝館

与勇輝さんの作品にいま確実に会える場所が、山梨県富士河口湖町にある河口湖ミューズ館・与勇輝館です。

河口湖の南岸、八木崎公園の中にある町立の美術館で、1993年に開館しました。

館名の「ミューズ」は、ギリシャ神話に出てくる芸術の女神のことです。

常時およそ100体を展示し、年2回入れ替える

館内には常時約100体の人形が並び、年に2回、展示替えが行われています。

与勇輝さんがこれまでに作った人形はおよそ600体といわれているので、その6分の1ほどがいつでも見られる計算です。

作品の多くは木綿の古い布で作られていて、着物や洋服のしわの一本一本までこだわり抜いた仕上がりから「布の彫刻」とも呼ばれています。

帽子や靴、花や葉っぱといった持ち物まで、すべて本人の手作りなんですよ。

開館時間と入館料

2026年9月時点で公式に案内されている内容をまとめました。

項目内容
住所山梨県南都留郡富士河口湖町小立923(八木崎公園内)
開館時間(3月〜11月)9:00〜17:00(最終入館16:30)
開館時間(12月〜2月)10:30〜15:30(最終入館15:00)
入館料一般・大学生600円/中学生・高校生400円/小学生以下無料
休館日木曜日
アクセス富士急行線河口湖駅からバスで12分/河口湖ICから車で約7分

料金や時間は変わることがあるので、出かける前に公式サイトで確認しておくと安心です。

湖と富士山が見える立地

館には河口湖とガーデンに面したカフェがあり、桜、ラベンダー、バラ、紅葉と、季節ごとの景色も楽しめます。

人形を見たあとに湖を眺めながらひと息つけるのは、ちょっとうらやましい環境ですよね。

与勇輝さんの現在の活動は、河口湖ミューズ館での作品公開が中心だと考えてよさそうです。

2026年前期の企画展は「勇猛果敢」

河口湖ミューズ館では、2026年3月20日から9月16日まで、令和8年度前期の与勇輝展「勇猛果敢」が開かれています。

勇猛果敢とは、勇気があって決断力に富み、困難を恐れず思い切って物事に向かうことを表す言葉です。

その言葉どおり、果敢な姿勢を見せる人形たちをテーマに作品が選ばれています。

郷愁あふれる子どもの人形のイメージが強い方には、ちょっと意外なテーマかもしれません。

同じ期間には、併設展として高橋美則さんの墨彩画展『萬葉の道』も開かれています。

半年ごとにテーマを変えて展示が組み直されているので、何度訪れても違う顔に出会えるのが魅力です。

2026年も与勇輝さんの作品展示は途切れず、新しいテーマで続いています。

直近の大規模展はパリ開催・傘寿記念の全国巡回

美術館の外で与勇輝さんの作品がまとまって公開された大きな機会として、傘寿を記念した全国巡回展があります。

パリから始まり、国内の百貨店を2019年ごろまで回った大規模な展覧会でした。

パリ日本文化会館での個展

2018年2月9日から3月3日まで、パリ日本文化会館で「布の彫刻-日本の情景」と題した個展が開かれ、100点あまりの作品が並びました。

生誕80年を記念した企画で、50年を超える作家活動を代表作で振り返りながら、制作中の新作も紹介されています。

国や文化が違っても郷愁を呼び起こす作品として、現地でも好評だったそうです。

国内の巡回と会場

帰国後は「パリ開催・傘寿記念 与勇輝展 創作人形の軌跡」として国内を巡回しました。

会場会期
松屋銀座2018年3月21日〜4月10日
京都高島屋2018年4月25日〜5月7日
横浜高島屋2018年5月18日〜28日
いよてつ高島屋(松山)2019年7月(15日まで)
ジェイアール名古屋タカシマヤ2019年8月

このほか大阪、岡山、新潟、仙台でも開かれています。

展示されたのは約150点で、そのうち約70点が近年の新作でした。

1970年の初期作「灰かぶり」から、人気の郷愁シリーズ「置屋のみね」「おやつ」までが一度に見られる内容で、藤井フミヤさんがオフィシャルサポーターを務めたことでも話題になりました。

名古屋の会場を訪れた方のブログによると、初日には与勇輝さん本人のサイン会も開かれたそうです。

新作をまとめて発表した大規模展としては、この傘寿記念の巡回が今のところ最新です。

徹子の部屋のセットにある妖精人形の作者

与勇輝さんの名前を知らなくても、作品は見たことがあるという方は多いはずです。

黒柳徹子さんの番組「徹子の部屋」のセットに飾られている妖精の人形を作ったのが、与勇輝さんなんです。

「与勇輝 現在」と検索する方の中には、番組で人形を目にして作者のことが気になった方も少なくないかなと思います。

妖精シリーズは、昭和の子どもたちを描いた郷愁シリーズと並ぶ代表的な作品群のひとつです。

与勇輝の現在を調べる人向けの関連情報

ここからは、与勇輝さんの現在とあわせてよく調べられている家族、結婚、弟子、人形の価格などをまとめます。

家族は与路島出身の両親のもとに生まれた

与勇輝さんのご両親は、奄美群島に属する与路島の出身です。

与勇輝さん自身は神奈川県川崎市で生まれ育ちました。

手先の器用な父親と、裁縫や手芸が得意な母親のもとで、7人きょうだいの6番目として育ったと紹介されています。

布を扱う腕前のルーツがご両親にあったと思うと、なんだか納得してしまいますよね。

川崎で過ごした幼いころの思い出は、そのまま作品にもなっています。

2008年に川崎市市民ミュージアムで開かれた「川崎が生んだ世界の人形作家 与勇輝 -神様のすみか-」は、川崎での幼少期の記憶をかたちにした人形が中心の展覧会でした。

昭和の子どもを描いた郷愁あふれる作品の原点は、川崎での子ども時代にあるといえそうです。

結婚しているかは公表されていない

与勇輝さんが結婚しているかどうか、妻や子どもがいるかどうかは公表されていません。

公式プロフィールや展覧会の資料、取材記事で語られるのは、ほぼ人形づくりと師匠のことだけです。

私生活を表に出さず、作品で語ってきたタイプの作家さんといえるかもしれません。

弟子はいる?師匠は人形作家の曽山武彦

与勇輝さんに弟子がいるかどうかは、公表されている情報からは確認できませんでした。

一方で、与勇輝さん自身の師匠ははっきりしています。

1968年に人形作家の曽山武彦さんに師事しました。

その後、1970年には著名な人形作家が参加した「グループ・グラッブ展」第3回に出品しています。

作品は彫刻家の佐藤忠良さんをはじめ、多くの文化人から高く評価されてきました。

弟子の存在は公表されていませんが、師匠・曽山武彦さんのもとで腕を磨いたことは確かです。

人形はいくら?作品の価格と買取の傾向

与勇輝さんの人形は、オークションやフリマアプリでも取引されています。

価格は作品や状態によって大きく変わるため、ひとつの相場で言い切ることはできません。

美術品の買取業者の案内では、郷愁シリーズの「置屋のみね」や「おやつ」などが高額買取の対象として挙げられています。

査定では次のような点が見られるそうです。

査定で見られる点内容
保存状態布の汚れや傷みの有無が大きく影響する
共箱・鑑定書そろっているかどうかで買取額が変わる
掲載実績美術雑誌や書籍に載った作品は高く評価されやすい

あくまで一般的な目安なので、手放すときは複数の業者に見てもらうのがおすすめです。

作品をじっくり眺めたい方には、平凡社の別冊太陽『与勇輝』(2011年)のような作品集もあります。

ニングルでは倉本聰と組んだ

与勇輝さんを語るうえで外せないのが、倉本聰さん原作の『ニングル』です。

1994年には倉本聰さんと『フォトストーリー ニングル』を出版しています。

『ニングル』のために作られた森の小人・チュチュは、2013年に川崎市市民ミュージアムで開かれた「与勇輝展 -物語のなかに-」の中心作品にもなりました。

同じ展覧会では、童話から着想を得た作品や、与勇輝さんが敬愛する映画監督・小津安二郎さんへのオマージュ作品も並んでいます。

経歴はマネキン会社から始まった

与勇輝さんの経歴は、デザイン学校を出てマネキン会社に勤めたところから始まります。

仕事のかたわら人形を作り続け、30代から本格的に人形作家として歩み始めました。

出来事
1963年日本デザインスクールを卒業
1965年マネキン会社に勤めながら創作人形を作り始める
1968年人形作家・曽山武彦に師事
1971年人形絵本「灰かぶり」「ピノキオ」の人形を制作
1991年パリ装飾芸術美術館の「世界の人形 今と昔」展に招待出品
1993年河口湖ミューズ館が開館
2000年ニューヨークで海外初の個展
2006年パリ・バカラ美術館で個展
2007年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる
2008年現代の名工として厚生労働大臣表彰、川崎市文化賞
2018年パリ日本文化会館で個展、神奈川文化賞
2023年地域文化功労者表彰

マネキンづくりで身につけた人体の造形の技術が、あの自然なしぐさにつながっていると思うと面白いですよね。

会社員として働きながら始めた人形づくりが、世界で評価される仕事になったのが与勇輝さんの歩みです。

与勇輝の現在のまとめ

  • 与勇輝は1937年9月17日生まれ、神奈川県川崎市中原区出身の人形作家
  • 2025年に米寿を迎え、2026年9月時点で88歳
  • 訃報の報道はなく、2026年も与勇輝の名を冠した展示が続いている
  • 作品は山梨県富士河口湖町の河口湖ミューズ館・与勇輝館で常時約100体を公開
  • 同館は1993年開館の町立美術館で、年2回展示替えを行う
  • 2026年3月20日〜9月16日は令和8年度前期の与勇輝展「勇猛果敢」を開催
  • 2018年にパリ日本文化会館で個展「布の彫刻-日本の情景」を開いた
  • 傘寿記念展は約150点(新作約70点)で国内の百貨店を2019年ごろまで巡回した
  • 名古屋会場の初日には本人のサイン会もあったと来場者が伝えている
  • 徹子の部屋のセットに飾られている妖精の人形の作者
  • 両親は奄美群島の与路島出身で、7人きょうだいの6番目と紹介されている
  • 結婚や妻子については公表されていない
  • 弟子の存在は公表されておらず、本人は1968年に曽山武彦に師事した
  • 人形は郷愁シリーズなどが高額で取引される傾向があるとされる
  • 倉本聰原作『ニングル』のチュチュなど物語に基づく作品も手がけた

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