「銀色夏生さんって、今どうしているんだろう?」と、ふと気になった方も多いのではないでしょうか。
実は銀色さんは今も現役で、故郷の宮崎で庭と畑に囲まれながら、新聞連載まで持っているんです。
この記事では、銀色夏生さんの現在の暮らしと活動、そして家族の今までを詳しくまとめました。
・銀色夏生さんが現在どこでどんな活動をしているか
・西日本新聞の連載「庭のささやき」と宮崎での庭・畑の暮らし
・つれづれノート50の発売日と、娘カーカ・息子さくの現在
銀色夏生の現在は故郷・宮崎で庭と畑を楽しむ詩人
「最近どうしているんだろう?」と気になった方へ、先に答えをお伝えすると、銀色夏生さんは今も現役の詩人・エッセイストとして、故郷の宮崎で書き続けています。
新聞連載から自然農まで、いまの暮らしを順番に見ていきますね。
現在は故郷・宮崎の自宅で暮らしながら書き続けている
銀色夏生さんは1960年3月12日生まれで、2026年9月時点で66歳です。
生まれは宮崎県えびの市で、えびの市立真幸小学校・真幸中学校、宮崎県立小林高校を経て、埼玉大学教養学部を卒業しています。
そして現在の拠点は、生まれ故郷の宮崎にある自宅です。
「テレビで見かけないから引退したのかな?」と思った方もいるかもしれませんが、もともと銀色さんはテレビに出るタイプの作家ではありません。
活動の中心は昔から本づくりで、詩・エッセイ・写真・イラストまで自分で手がけるスタイルを40年近く続けてきました。
著書は160冊を超えていて、いまも年に2冊のペースでエッセイ「つれづれノート」シリーズの新刊が出ています。
作詞家から始まった経歴をおさらい
ここで少しだけ、銀色さんの歩みを整理しておきますね。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1982年 | 作詞家として活動を開始 |
| 1983年 | 沢田研二さんの「晴れのちBLUE BOY」を作詞 |
| 1985年 | 第1詩集『黄昏国』を河出書房新社から刊行 |
| 1988年 | 代表作『君のそばで会おう』(角川文庫) |
| 1991年 | エッセイ「つれづれノート」シリーズがスタート |
| 2011年 | NHK全国学校音楽コンクール課題曲「僕が守る」を作詞 |
| 2018年 | YouTubeで「銀色夏生の穴ぐらラジオ」を配信開始 |
| 2019年 | noteで音声ブログ「静けさのほとり」を開始(2022年1月末で更新停止) |
| 2026年 | 西日本新聞で連載随筆「庭のささやき」をスタート |
大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」の作詞も銀色さんです。
曲は知っていても、書いたのが銀色さんだとは知らなかった方も多いのではないでしょうか。
つまり銀色さんは表舞台から消えたのではなく、宮崎を拠点に、本と連載という自分の持ち場で今も書き続けているというのが現在の姿です。
2026年8月から西日本新聞で随筆「庭のささやき」を連載中
いまの銀色さんを知るうえで一番新しい話題が、新聞連載です。
2026年8月2日付の西日本新聞で、文化面の連載随筆として銀色さんの「庭のささやき」が8月5日から始まることが告知されました。
落語家・立川生志さんの「雨の降る穴」に続く枠で、紹介文では銀色さんを「宮崎県の詩人」と紹介しています。
舞台は宮崎にある自宅の庭です。
銀色さんにとって庭は「人の心のように広く、宇宙のように果てしなく感じられる」空間なのだそうで、そこで出会う木や草花、生き物を通して日々感じたことを綴っていく内容になっています。
題字と挿絵も銀色さん自身が描いていて、このあたりは詩集に自分で絵や写真を添えてきた銀色さんらしいところですね。
連載で書かれている庭の話題
2026年9月18日の時点で、連載はすでに31回を数えています。
各回のタイトルを見るだけでも、いまの暮らしが伝わってきます。
| 回 | タイトル |
|---|---|
| ⑫ | 野生の動物が来た |
| ⑬ | たまに顔が腫れる私 |
| ⑭ | いい匂いのする花が好き |
| ⑰ | 花屋で出会った花たち |
| ㉓ | 山鳩の家族 |
| ㉗ | 庭木に侵略される家 |
| ㉙ | ねむの木よ、いつまでも |
| ㉛ | 剪定枝を細かくする |
「庭木に侵略される家」なんて、ちょっと笑ってしまいますよね。
筆者の言葉として、銀色さんは毎日庭を何度も歩き、仕事の合間や気分転換、考え事の時間に草花を観察していると書いています。
新聞の文化面で連載を任されていること自体が、銀色さんが今も第一線の書き手であることの何よりの証拠だと思います。
宮崎へ戻るまでの東京との行き来
現在の宮崎暮らしは、実は一度で落ち着いたわけではありません。
銀色さんは20年以上前、故郷の宮崎に家を建てて移り住んでいます。
2003年には『家ができました』『引っ越しと、いぬ つれづれノート12』が出ていて、この時期の暮らしはエッセイで追うことができます。
ところが数年後、再び東京に拠点を移しました。
2008年の『第3の人生の始まり つれづれノート15』は、宮崎への移住から4年で銀色さん親子が東京へ戻ってきたところから始まる巻です。
その後はしばらく、宮崎と東京を行ったり来たりする生活が続きました。
2021年春に再び宮崎へ
流れが変わったのは2021年です。
2022年に出たフォトエッセイ『庭は私の秘密基地』を紹介した日刊ゲンダイの記事によると、銀色さんは2021年の春に再び宮崎へ戻り、それから毎日庭仕事に精を出してきたとのことです。
同じ2021年ごろのつれづれノートを読んだ読者の感想には、息子のさくさんに就職の内定が出たことが書かれていて、子どもたちの独立と帰郷の時期がちょうど重なっていたことが分かります。
「子育てがひと区切りついて、自分の場所に戻った」と受け取った読者も多いようです。
ただ、銀色さん自身が帰郷の理由をひとつに絞って語っているわけではないので、ここは読者の受け止め方として紹介しておきますね。
東京と宮崎を何度も行き来したうえで、2021年から宮崎に根を下ろしているというのが、現在までの流れです。
自然農と300坪の庭づくりが現在の日課
いまの銀色さんの毎日を形づくっているのが、庭と畑です。
宮崎の家の庭は300坪あり、最初に家を建てたときに細部までこだわって作った庭でした。
ただ東京暮らしの間は草むしりや剪定を人任せにしていて、すっかり殺風景になっていたそうです。
そこから、たまたま出会ったハーブ園に刺激を受けて意欲を取り戻し、理想の庭づくりを再開しました。
玄関前を整地して「第1ハーブ園」と名付けたり、剪定枝を土に挿しておくだけの「ワイルド挿し木牧場」を作ったり、増えすぎたバナナの木を泣く泣く掘り起こしたり……。
読んでいるだけで楽しそうなのが伝わってきます。
60代で始めた自然農
庭と並んで銀色さんが力を入れているのが、自然農です。
2022年7月には『自然農1年生 畑は私の魔法のじゅうたん』(角川文庫)を出しています。
ある夜に感じた孤独感がきっかけで自然農の世界にたどり着き、最初は野菜の葉の区別もつかず、種のまき方も分からなかったところから始めた記録です。
西日本新聞の連載でも「家の近くで小さな自然風の畑をやっている」と書いていて、自分で作った野菜を料理して食べるのが好きなのだとか。
草ボーボーだけど、と自分で書いてしまうあたりが、なんとも銀色さんらしいですよね。
庭と畑に向き合う毎日が、そのまま現在の作品の材料になっているのが今の銀色さんです。
恋愛・結婚は2度の離婚を経てひとりの暮らし
現在を調べる方がもうひとつ気にしているのが、私生活だと思います。
銀色さんには2度の離婚歴があり、1男1女の母親です。
子どもたちとの日々は、『ばらとおむつ』シリーズや『子どもとの暮らしと会話』、そしてつれづれノートで長く書かれてきました。
現在は、子どもたちがそれぞれ社会に出て独立しており、宮崎の家での暮らしはひとりが基本です。
2024年には『ひとりの道をひた走る つれづれノート45』という巻も出ていて、タイトルからも、ひとりの時間を自分らしく過ごしている様子がうかがえます。
新しいパートナーについての話は、今回調べた範囲の作品紹介や報道からは出てきていません。
結婚よりも、ひとりで庭や畑、執筆に向き合う暮らしを選んでいるのが、今の銀色さんの私生活といえそうです。
現在のつれづれノートに寄せられる読者の声
最後に、いまの銀色さんを見守っている読者の声を紹介します。
つれづれノートは35年続いているシリーズなので、20代から読み続けている人がたくさんいます。
ある読者はブログで、昔と今ではテイストがまったく違うと感じたうえで、「作者が年をとったのだ。
そして、読者である私も」と振り返っていました。
一か所に留まらず動き続ける銀色さんが好きだったので、宮崎に根を張った今の作品にはすぐには乗れなかった、でもいつかまた共感できるかもしれない、と新刊を2冊買ったそうです。
……なんか、長く付き合ってきた友達との距離感みたいで、じんわりしますよね。
ほかにも、BAILAのウェブサイトでは読者ブロガーが日々の営みを綴った日記として紹介していて、ふいに出てくる言葉に救われると書かれていました。
noteでも「どうして銀色夏生を忘れていたんだろう」と、久しぶりに読み返して再会を喜ぶ投稿が見られます。
昔からの読者も、久しぶりに思い出した人も、それぞれの距離で今の銀色さんを読んでいることが伝わってきます。
銀色夏生の現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、銀色さんの現在と一緒によく調べられている新刊や家族の話題をまとめます。
つれづれノートでおなじみの名前も出てきますよ。
つれづれノート50など新刊の発売予定
新刊を追っている方にうれしいニュースです。
つれづれノートは2026年10月23日発売の『次の流れへ つれづれノート50』で、ついに50巻に到達します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | 次の流れへ つれづれノート50 |
| 出版社 | KADOKAWA(角川文庫) |
| 発売日 | 2026年10月23日 |
| ページ数 | 288ページ |
| 収録期間 | 2026年2月〜7月の日々の記録 |
内容紹介には「頭をできるだけ使わず、体全体の感覚で反応し動いてみよう!」とあります。
さらに50巻を記念して、文庫絵本『まるピンク』も同じ日に刊行されます。
直前の巻は2026年4月の『自然な流れに任せる時に必要なこと つれづれノート49』で、春と秋の年2冊ペースは今も変わっていません。
35年かけて50巻というのは、本当にすごいことですよね。
娘カーカの現在
つれづれノートの読者にはおなじみの、娘のカーカさんです。
幼いころから本の中に登場してきたので、「今どうしているの?」と気になる方が多いようです。
読者の感想によると、2021年ごろの巻では一度銀色さんのマンションに戻っていたカーカさんが、また一人暮らしに戻ったことが書かれていました。
2025年の『つれづれノート47』の感想では、長めの休みには銀色さんのところへ帰ってくる様子が紹介されています。
すでに社会人として独立し、ときどき宮崎の家に帰ってくるというのが、作品から分かる現在の姿です。
一般の方なので、仕事の内容や顔写真は公表されていません。
本の中の「カーカ」は、いまは大人になって自分の生活を送っているということですね。
息子さくの就職先
弟のさくさんについても、就職先を気にする声がよく見られます。
2021年ごろのつれづれノートでは、さくさんに就職の内定が出たことが書かれていました。
その後は社会人として働いていて、姉のカーカさんと同じく、休みには宮崎へ帰ってくるようです。
ただ、勤め先の会社名は公表されていません。
一般の方なので、これは当然といえば当然ですね。
銀色さんが以前、心から好きなのはカーカとサクだけと書いていたことに触れた読者もいて、親子の距離の近さが伝わってきます。
就職先は非公表ですが、社会人として独立し、今も母親との行き来が続いているのがさくさんの現在です。
夫・むーちゃんは娘カーカの父親
「銀色夏生の夫は誰?」と調べると、むーちゃんという名前がよく出てきます。
むーちゃんは、娘カーカさんのお父さんとして作品に登場する人物です。
銀色さんには2度の離婚歴があり、子育ての時期のエッセイでは、むーちゃんがいない暮らしの中での母子の日々が描かれています。
むーちゃんの本名や職業は公表されておらず、ネット上の掲示板では元夫についてさまざまな書き込みがありますが、確かな情報とはいえません。
現在の銀色さんに夫はおらず、元夫についても作品で語られた範囲以上のことは分かっていないというのが実情です。
銀色夏生の現在のまとめ
- 銀色夏生は1960年3月12日生まれで、2026年9月時点で66歳
- 出身は宮崎県えびの市で、埼玉大学教養学部を卒業
- 現在は故郷・宮崎の自宅を拠点に執筆を続けている
- テレビに出るタイプの作家ではなく、活動の中心は昔から本づくり
- 著書は160冊を超え、つれづれノートは今も年2冊ペースで刊行中
- 2026年8月5日から西日本新聞で連載随筆「庭のささやき」を執筆
- 連載は自宅の庭が舞台で、題字と挿絵も本人が担当
- 20年以上前に宮崎へ家を建て、その後は東京と行き来していた
- 2021年春に再び宮崎へ戻り、毎日庭仕事を続けている
- 300坪の庭づくりと自然農が現在の日課
- 2022年に『自然農1年生 畑は私の魔法のじゅうたん』を刊行
- 2度の離婚歴があり、現在はひとり暮らしが基本
- 2026年10月23日に『次の流れへ つれづれノート50』と文庫絵本『まるピンク』が発売予定
- 娘カーカと息子さくは社会人として独立し、休みに宮崎へ帰ってくる
- むーちゃんは娘カーカの父親として作品に登場する人物で、本名や職業は非公表


