森麗さんの引退について調べていて、ここにたどり着いた方が多いのではないでしょうか。
負け続けても土俵に上がり続ける姿から「土俵の妖精」と呼ばれ、取組のたびにSNSがざわつく力士です。
その一方で「さすがにもう引退したのでは」「そろそろ引退すべきなのでは」という声も、検索するとすぐに目に入ってきます。
結論から言うと、森麗さんは引退しておらず、2026年の時点でも現役の力士として土俵に上がっています。
この記事では、なぜ引退が繰り返し検索されるのか、そして周囲が引退を勧めても本人が土俵を降りなかった経緯まで、公表されている情報をたどって整理していきますね。
この記事を読むとわかること
- 森麗が引退したのかどうかと、2026年時点の番付
- 引退が検索される理由になった40場所連続負け越しという記録
- 引退を勧められても現役を続けている経緯と、力士の引退のルール
森麗は引退していない!現役続行の理由
まずは「引退したのか、していないのか」といういちばん知りたいところから片づけていきますね。
そのうえで、引退という言葉がこれだけ検索されている理由と、周囲の説得を受けても土俵を降りなかった背景を順番に見ていきます。
引退せず2026年も現役を続けている
森麗さんは引退していません。
日本相撲協会の公式サイトにある力士プロフィールには、いまも現役力士として掲載されています。
2026年7月場所を終えた時点の番付は東序ノ口14枚目で、大嶽部屋に所属しています。
初土俵は2003年5月場所ですから、土俵に上がり続けてすでに23年目です。
「引退した」という情報が公式に出たことは一度もなく、引退説はあくまで検索する側の疑問であって、事実として発表されたものではありません。
ここ、意外に思いませんでしたか。
連敗の記録ばかりが話題になるので、もう土俵にいないと思い込んでいた方もいるはずです。
森麗の基本プロフィール
まずは人物像をざっと押さえておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名 | 森麗 勇樹(もりうらら ゆうき) |
| 本名 | 森川 勇樹 |
| 生年月日 | 1987年6月16日(39歳) |
| 出身地 | 千葉県千葉市若葉区 |
| 所属部屋 | 大嶽部屋(2003年11月場所以前は大鵬部屋) |
| 身長・体重 | 167.8cm・134.2kg(日本相撲協会公式) |
| 初土俵 | 2003年(平成15年)5月場所 |
| 最高位 | 序二段56枚目(2013年3月場所) |
| 愛称 | ウララ/土俵の妖精 |
身長と体重については、公式が167.8cm・134.2kgとしている一方で、資料によって167.5cm・132.5kgと記載しているものもあります。
体重は場所ごとに増減するものなので、細かな数字の違いはあくまで計測時点の差と考えてよさそうです。
いずれにしても、身長170cmに届かない体格は大相撲では小柄な部類に入ります。
引退が検索される理由は40場所連続負け越し
ではなぜ、引退していないのに引退がここまで検索されるのか。
いちばん大きいのは、新序出世から40場所連続で負け越しているという、昭和以降のワースト記録です。
この記録は少しずつ更新されてきました。
| 時期 | 連続負け越しの状況 |
|---|---|
| 2019年9月場所〜 | ここから連続負け越しが積み上がっていく |
| 2026年3月場所 | 39場所連続となり、序ノ口以上の力士では昭和以降のワースト記録を更新 |
| 2026年5月場所 | 西序ノ口8枚目で1勝6敗、40場所連続に到達 |
数字だけを並べると、たしかに「もう限界なのでは」と感じる人が出てくるのも無理はありません。
記録が更新されるたびにニュースやSNSで名前が出るので、そのたびに引退という言葉と一緒に検索される、という循環が起きているわけですね。
つまり引退が検索されているのは、引退の兆しがあるからではなく、連敗記録が話題になるたびに名前が拡散されているからだと考えられます。
通算成績と最高位
記録媒体によると、2026年7月場所を終えた時点の通算成績は294勝648敗13休、出場は138場所とされています。
勝ち星が300に届かず、黒星は600を超えているという数字です。
一方で最高位は序二段56枚目で、これは2013年3月場所のときに記録したものになります。
序ノ口から一段上の序二段まで番付を上げた時期があったということですね。
「弱い」ではなく「勝ち越せない」
ここは分けて考えたいところです。
連続負け越しというのは、7番のうち4勝できていないという意味であって、1勝もできていないという意味ではありません。
実際に白星は挙げていますし、後で触れるように土俵の上で勝ち名乗りを受けた場面もあります。
体格差のある相手に押し込まれる場面が目立つのは事実ですが、記録の正体は「勝てない」ではなく「勝ち越しに届かない」であるという点は、押さえておきたいところです。
引退勧告に「やめたくない」と涙で訴えた
森麗さんをめぐるエピソードで、いちばん語られているのがこれです。
部屋付きだった元十両・大竜(12代二子山)から、「ボチボチいいだろう?」と何度も引退を勧められていたと伝えられています。
それに対して森麗さんは、そのたびに「やめたくない」と涙ながらに訴えたそうです。
……これ、なかなか言えることではないですよね。
番付が上がらず、記録としては負けが積み上がっていく状況で、それでも土俵を降りたくないと泣いて訴える。
引退勧告を受けたという話自体が表に出てくること自体が珍しく、しかもそれを断り続けて現役でいるという点が、この人の物語を特別なものにしています。
現役を続けているのは成績が上向いたからではなく、本人が土俵を降りることを望まなかったからだというのが、公表されている範囲でいちばんはっきりしている理由です。
師匠が引退させなかったのは稽古への姿勢
ただ、本人が続けたいと言えばそれで済む世界でもありません。
部屋の側が抱え続けるという判断をして初めて、現役が続きます。
報じられているところでは、16代大嶽親方は森麗さんについて「引退後も責任を持つ」という趣旨の発言をして、現役継続を後押ししたとされています。
また、部屋が引退させなかった理由として挙げられているのが、成績ではなく相撲への向き合い方でした。
誰よりも稽古をこなし、腐らず、真剣に取り組む。
その姿勢が評価されて土俵に残った、という説明がなされています。
ここは公式の会見などで語られたものではなく、伝えられている話をもとにした説明なので、そのつもりで受け取っておくのがよさそうです。
とはいえ、番付や勝敗以外のところで居場所が認められている力士というのは、そう多くありません。
なんか、じんわりしますよね。
大砂嵐の付け人を長く務めた
森麗さんは、元関取の大砂嵐さんの付け人を務めていました。
しかも一時的ではなく、大砂嵐さんの十両昇進から引退まで、一貫して付け人を担当したとされています。
付け人は関取の身の回りを支える役目で、幕下以下の力士が担います。
ひとりの関取を最初から最後まで支え切ったという事実は、稽古への姿勢が評価されたという話と、きれいにつながって見えますよね。
引退どころか23歳差の相手から白星
負け越しの記録ばかりが注目されますが、勝った場面もきちんとあります。
2025年5月場所の中日、5月17日の一番です。
当時38歳だった森麗さんの相手は、15歳の新人力士・本多(錣山部屋)で、年齢差は実に23歳でした。
親子ほど年の離れた相手との取組を、森麗さんは押し出しで制します。
この一番がその場所の初白星となりました。
「ウララが勝った」と会場が沸き、客席からは惜しみない拍手と温かい歓声が送られたと伝えられています。
正直、この場面を想像するだけでちょっと胸が熱くなります。
引退が取りざたされる年齢になっても、20歳以上年下の相手を土俵の外へ出す力は残っているということです。
引退説に対する世間の声
森麗さんへの世間の反応は、大きく2つに割れています。
ひとつは、記録を見て「そろそろ引退するべきではないか」と考える声です。
質問サイトにもそうした趣旨の投稿があり、成績が上がらない状態で現役を続けることへの疑問が投げかけられています。
もうひとつは、勝敗とは別のところで応援している声です。
取組の映像がSNSで拡散されるたびに「土俵の妖精」という愛称が飛び交い、笑いと声援が集まっています。
厳しい意見も温かい声も、どちらも同じ土俵の上の人に向けられているというのが、この力士の面白いところですよね。
引退すべきという意見は根強くありますが、それが公式の動きにつながった形跡は、いまのところありません。
森麗の引退を調べる人向けの関連情報
ここからは、森麗さんを検索した人が一緒に調べている話題をまとめていきますね。
愛称の由来から、まげ、収入、結婚、四股名の意味まで、引退の話と地続きの内容が並びます。
土俵の妖精と呼ばれるきっかけは取組前の転倒
森麗さんの代名詞になっている「土俵の妖精」という愛称。
この呼び名が一気に広まったきっかけとされているのが、2025年5月場所6日目、5月16日に両国国技館で起きた転倒です。
相手は序ノ口三枚目の若佐々木(西岩部屋)で、当時の森麗さんは序ノ口二枚目。
取組前、名前を呼ばれて一礼した直後に、前のめりに転んでしまいました。
この場面にファンからは「そりゃ、親方も笑う」「これ笑わないの不可避」といった声が集まり、微笑ましいハプニングとして広く伝わっていきます。
こけるという検索ワードが今も残っているのは、この一件の印象が強かったからですね。
土俵の妖精という愛称は、勝敗ではなく、思わず笑ってしまうような場面と、その後も土俵に立ち続ける姿の両方から生まれた呼び名だといえます。
まげが結えなくても土俵に立てるのか
まげ、というワードで検索されている理由も気になりますよね。
これは年齢を重ねるにつれて頭髪が少なくなり、まげを結うのが難しくなってきていると伝えられているためです。
時系列で見ると、変化が分かりやすくなっています。
| 時期 | まげの状態 |
|---|---|
| 2009年(22歳ごろ) | 髪がしっかり結えていた |
| 2018年(31歳ごろ) | 後ろのほうで結うようになった |
| 2024年(37歳ごろ) | 襟足の髪でなんとか結っている状態 |
ここで気になるのが、まげが結えなくなったら引退しなければならないのか、という点です。
日本相撲協会が結髪について定めているのは、十両以上の関取資格者は出場に際して大銀杏に結髪しなければならないという規定です。
これは大銀杏という結い方についての決まりであって、髪が薄くなったら引退という内容ではありません。
実際に、脱毛症や薄毛を抱えながら土俵に立ち続けた力士もいます。
まげが結えなくなったら引退、という話は決まりとして存在するものではないと考えてよさそうです。
序ノ口力士の年収は場所手当だけ
年収が検索されているのも、現役を続けている理由と関わってくる部分です。
大相撲では、幕下以下(幕下・三段目・序二段・序ノ口)の力士は養成員という扱いになります。
養成員には月給がなく、収入は場所ごとに支給される場所手当と、勝ち星に応じた奨励金が中心です。
| 項目 | 金額の目安 |
|---|---|
| 序ノ口の場所手当 | 1場所あたり7万7000円 |
| 年間(本場所は年6回) | 46万2000円ほど |
| そのほか | 勝星奨励金・勝越金など成績に応じた支給 |
金額はあくまで一般的な目安で、制度の見直しによって変わることもあります。
ただし、幕下以下の力士は部屋の大部屋で共同生活を送るため、食費や家賃はかかりません。
つまり生活の基盤は部屋が支えていて、手当は手元に残るお金という位置づけになります。
収入だけを見れば決して恵まれた条件ではなく、それでも土俵に立ち続けているという事実が、引退勧告を断った話の重みをより強くしています。
結婚相手がいないのは部屋住みのルール
結婚相手というワードもよく検索されていますが、森麗さんの結婚や交際に関する具体的な情報は公表されていません。
これは隠しているというより、大相撲の仕組みによるところが大きいと考えられます。
大相撲では、原則として十両以上の関取にならないと結婚できないとされていて、幕下以下の力士は部屋で寝起きする共同生活が基本です。
先ほど見たとおり、養成員には月給がありません。
家庭を持つには住まいも収入も足りない、という構造なんですね。
森麗さんの最高位は序二段56枚目ですから、関取の資格には届いていません。
結婚相手の情報が出てこないのは、番付の制度と部屋住みの生活が理由だと整理するのが自然です。
若い頃の四股名は本名の森川だった
いまでこそ森麗という四股名で知られていますが、初土俵のときは違いました。
2003年5月場所の初土俵では、本名の森川で土俵に上がっています。
その後、四股名は何度か変わってきました。
| 時期 | 四股名 |
|---|---|
| 2003年5月〜2007年1月 | 森川 勇樹 |
| 2007年3月〜11月 | 森川 勇輝 |
| 2008年1月〜2009年9月 | 森川 勇樹 |
| 2009年11月〜2017年1月 | 森麗 勇気 |
| 2017年3月〜5月 | 勇竜麗 |
| 2017年7月〜現在 | 森麗 勇樹 |
一度は勇竜麗という別の四股名になり、そこからまた森麗に戻っているのが面白いところです。
森麗という名前が本人にも周囲にも定着していたということなのかもしれませんね。
四股名の由来は競走馬ハルウララ
森麗と書いて「もりうらら」。
この読み方でピンと来た方も多いはずです。
四股名の由来は、連敗を重ねながら全国的な人気を集めた高知の競走馬ハルウララです。
2009年11月場所を前に、この馬にあやかって改名しました。
込められていたのは「負け続けても愛される力士になってほしい」という願いだったと伝えられています。
……この由来を知ってから改めて見ると、いまの状況がちょっと出来過ぎているようにも感じませんか。
負けが続いても声援が集まり、取組がニュースになる。
四股名に込められた願いが、17年近くたって現実になっているという見方もできそうです。
力士に定年はなく何歳まで現役でも自由
最後に、引退のルールそのものを確認しておきましょう。
よく誤解されるのが、日本相撲協会の停年(定年)です。
65歳の誕生日の前日という停年は、年寄など協会の職員としての制度であって、力士の年齢制限ではありません。
幕下以下の力士については、何歳までという決まりが設けられていません。
実際に、幕下や三段目で40代まで土俵に上がっていた力士もいます。
参考までに、力士全体の平均引退年齢は28〜30歳前後といわれています。
39歳で序ノ口にいる森麗さんが、いかに例外的な存在かが分かりますよね。
つまり引退の時期を決めるのは制度ではなく本人と部屋であり、森麗さんが土俵に立ち続けているのは、その選択が続いているからということになります。
森麗の引退のまとめ
- 森麗は引退しておらず2026年時点も現役の力士である
- 2026年7月場所終了時点の番付は東序ノ口14枚目
- 所属は大嶽部屋で、初土俵は2003年5月場所
- 本名は森川勇樹、1987年6月16日生まれの39歳
- 出身は千葉県千葉市若葉区
- 新序出世から40場所連続負け越しで昭和以降のワースト記録
- 2026年3月場所で39場所連続となり記録を更新した
- 最高位は2013年3月場所の序二段56枚目
- 部屋付きだった元十両・大竜から何度も引退を勧められたとされる
- そのたびに「やめたくない」と涙ながらに訴えたと伝えられている
- 16代大嶽親方が現役継続を後押ししたとされる
- 大砂嵐の十両昇進から引退まで付け人を務めた
- 2025年5月場所では23歳年下の本多に押し出しで勝利した
- 四股名は競走馬ハルウララにあやかって2009年11月場所前に改名
- 幕下以下の力士に年齢制限はなく、協会の停年65歳は年寄の制度


