サッカー日本代表として世界の舞台で活躍する久保建英選手。
そんな久保建英選手の父親がどんな人なのか気になっている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、父・久保建史さんの職業や経歴、独自の教育法から家族の情報まで、久保建英選手の父親に関する情報を徹底的にまとめました。
・久保建英の父親・久保建史の職業や年収と経歴の全貌
・息子をバルサに導いた独自の教育法と著書の内容
・母親や弟、祖父母、いとこなど家族の関連情報
久保建英の父親・久保建史の経歴と教育法
久保健史 著「おれ、バルサに入る!」より抜粋
久保建英選手の父親・久保建史さんは、大手ハウスメーカーの幹部としてキャリアを築きながら、独自の教育法で息子を世界レベルのサッカー選手に育て上げた人物です。
ここでは、久保建史さんの職業や経歴、そして注目の教育法について詳しくお伝えしていきますね。
ミサワホームで執行役員を務める父の職業
久保建英選手のお父さんである久保建史さんの職業は、大手住宅メーカー・ミサワホーム株式会社の執行役員です。
1994年に入社してから30年以上にわたってミサワホームでキャリアを積み上げてきた方なんですよね。
もともとは管理部門を中心に活躍されていて、総務人事部長というポジションを経験されています。
さらに、ミサワホームの親会社にあたるプライムライフテクノロジーズ株式会社にも出向し、そちらでも総務人事部長を務めていたことがあるんです。
プライムライフテクノロジーズといえば、トヨタとパナソニックが共同で設立した住宅事業の統括会社で、トヨタホーム・ミサワホーム・パナソニックホームズを子会社に持つ国内住宅業界のトップ企業ですよ。
子会社のミサワホームから親会社に出向して、しかもそこでも部長職を任されるというのは、相当な実力と信頼がなければ実現しないことですよね。
現在は執行役員に昇進
2025年6月時点のミサワホーム公式サイトの役員紹介ページには、久保建史さんの名前が執行役員として掲載されています。
部長職から執行役員へと昇進したことで、経営層の一角を担う立場になったということですね。
気になる年収は?
ミサワホームの部長クラスの平均年収は一般的に1,100万円以上とされています。
執行役員ともなれば、さらに高い水準になることが想定されますよね。
あくまで一般的な目安ではありますが、息子さんたちのサッカー育成や海外生活を経済的に支えられる収入があったことは間違いなさそうです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 久保建史(くぼ たけふみ) |
| 生年 | 1971年(昭和46年) |
| 入社 | 1994年 ミサワホーム株式会社 |
| 主な役職歴 | 総務人事部長 → PLT出向(総務人事部長) → 執行役員 |
| 年収目安 | 部長クラスで1,100万円以上(一般的な目安) |
ちなみに、息子の久保建英選手は19歳の時点ですでに年俸3億円を超えていたと言われていますから、あっさりお父さんの年収を上回ってしまったわけです。
それでも、建英選手がそこに至るまでの下支えとなったのは間違いなく建史さんの経済力と情熱だったんですよね。
出身地は和歌山県串本町
久保建史さんの出身地は、和歌山県東牟婁郡串本町潮岬です。
串本町といえば、本州最南端に位置する町として知られていて、美しい海岸線や橋杭岩などの景勝地がある自然豊かな場所ですよ。
この町で生まれ育った建史さんは、地元で学生時代を過ごしたあと、筑波大学への進学をきっかけに上京しています。
地元との繋がりは今も続く
上京後もご実家との繋がりは途切れることなく、現在もご両親(久保建英選手の祖父母)が串本町で暮らしているとされています。
久保建英選手がサッカー日本代表として活躍するたびに、串本町の役場には応援の横断幕が掲げられるなど、町ぐるみで応援されてきたエピソードもあるんですよ。
2022年のワールドカップで日本代表が決勝トーナメントに進出した際にも、地元ニュースで串本町の盛り上がりが紹介されたほどです。
和歌山はスポーツ一家のルーツ
実は久保建英選手の叔父にあたる久保建二郎さんも和歌山県串本町で暮らしているとみられ、建二郎さんの娘で建英選手のいとこにあたる久保凛さんも串本町の出身です。
このように、和歌山県串本町は久保家にとってまさに「ルーツ」と呼べる場所であり、一家のスポーツDNAが育まれた原点ともいえるかもしれませんね。
学歴は筑波大学体育専門学群卒
久保建史さんの学歴は、筑波大学体育専門学群卒業です。
筑波大学の体育専門学群といえば、スポーツ科学や体育教育の分野で国内トップクラスの実績を誇る学部ですよ。
在学中はサッカー部に所属していたのですが、建史さん自身はお世辞にもトップ選手とは言えないレベルだったようです。
サッカー部では4軍の選手だった
筑波大学サッカー部には1軍から5軍まであり、建史さんは4軍の選手だったとのこと。
通常、4年間在籍すれば3軍くらいまでは上がれる選手が多い中、建史さんはそれも叶わなかったそうです。
ここ、ちょっと意外ですよね。
世界レベルのサッカー選手を育てた父親が、実は大学サッカー部で4軍だったというのは、なかなかのギャップです。
サッカー指導の知見は大学で培った
ただし、サッカーの「指導」という面では、大学時代に大きな学びがあったようです。
在学中は他の部員と同じように、地域の少年サッカーの指導にもあたっていたんですよ。
また、筑波大学サッカー部のOBには、のちに川崎フロンターレや名古屋グランパスの監督を務めた風間八宏監督がいます。
風間監督が提唱していた「しっかりボールを止め、自分で局面を打開するサッカー」は、まさに建史さんが息子に教えた内容と重なる部分が大きいとされていますよ。
プロ選手としての実績はなくても、サッカーを「学問として」学んだ経験が、息子を育てるうえで大きな武器になったんですね。
著書『おれ、バルサに入る!』の内容
久保建史さんは2012年5月に、文藝春秋から『おれ、バルサに入る! 夢を追いかけるサッカー・キッズの育て方』という本を出版しています。
この本は、久保建英選手が9歳でFCバルセロナの下部組織(カンテラ)に日本人として初めて入団した翌年に出版されたもので、大きな話題になりました。
内容は父親目線の教育記録
本の内容は、建史さんが父親としてどのように息子のサッカー環境を整え、教育してきたかを詳しくまとめたものです。
幼少期からの外遊びの方針、サッカーの練習メニュー、バルサキャンプへの参加戦略、そしてカンテラ入団テストの舞台裏まで、父親目線でリアルに記録されていますよ。
特に印象的なのは、ただサッカーが上手くなる方法だけでなく、子どもの自主性やメンタルの育て方にもかなりのページが割かれていることです。
サッカーの指導書というよりは、子育ての実践記録としても読める内容なんですよね。
現在は絶版でプレミア価格
残念ながら、この本は現在すでに絶版になっています。
フリマアプリなどでは定価を大きく上回るプレミア価格で出品されていることもあり、それだけ需要がある本だということですね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | おれ、バルサに入る! 夢を追いかけるサッカー・キッズの育て方 |
| 著者 | 久保建史 |
| 出版社 | 文藝春秋 |
| 発売日 | 2012年5月28日 |
| ページ数 | 232ページ |
| ISBN | 978-4-16-375260-0 |
| 現在の入手状況 | 絶版(中古市場ではプレミア価格) |
久保建英選手がA代表デビューする7年も前に出版されていたというのも、今になって振り返るとすごいことですよね。
当時この本を読んで「この親にしてこの子あり」と感じた人も多かったようです。
息子をバルサに導いた父の教育法
久保建英選手を9歳でバルセロナのカンテラに導いた、建史さんの教育法はかなり独特で戦略的なものでした。
ここ、多くの方が一番気になるポイントだと思います。
2歳から年間350日以上のボール蹴り
建史さんは、建英選手が2歳のころから近くの公園で毎日一緒にサッカーボールを蹴り始めました。
その頻度がすごくて、年間350日以上、ほぼ毎日ボールを蹴っていたというんです。
普通のサラリーマンをしながらこれを続けるって、相当な覚悟と体力が必要ですよね。
テレビなし・ソファなしの家庭環境
久保家では、子どもの集中力を高めるための工夫として、リビングにソファを置かず、テレビも極力つけない生活をしていたそうです。
ソファを置かない理由は、リビングを練習スペースとして使うため。
おもちゃも最小限にして、家の中の居心地をあえてよくしすぎないことで、子どもが自然と外に出て遊ぶようにしていたんですよ。
絵本の読み聞かせと知育
サッカーだけでなく、知的な教育にも力を入れていたのが久保家の特徴です。
何百冊もの絵本を買い、さらに図書館で週に20〜25冊の本を借りて毎日読み聞かせをしていたんです。
車での送迎時には宮沢賢治のお話のCDを流したり、就寝前には『三国志』や『水滸伝』、戦国武将伝のあらすじを聞かせたりもしていたそうですよ。
バルサキャンプMVP獲得の戦略
バルサのカンテラに入団するために、建史さんはバルサキャンプでMVPを獲得するという明確な戦略を立てていました。
建英選手が6歳のときには「まだMVPは取れない」と判断して参加を見送り、その間に建史さん自身がキャンプを見学して練習内容を確認。
翌年の参加に向けて1年間準備を重ねた結果、見事にMVPを獲得し、カンテラ入団への道が開けたんです。
| 教育法 | 具体的な内容 |
|---|---|
| サッカー練習 | 2歳から年間350日以上、近くの公園で毎日ボール蹴り |
| 身体能力 | 裸足で外遊びさせ、足裏感覚を養う |
| 家庭環境 | テレビなし、ソファなし、おもちゃ最小限 |
| 知育 | 週20〜25冊の絵本読み聞かせ、三国志・水滸伝の話 |
| コミュニケーション | 自主保育グループ参加、年齢を超えた呼び捨ての関係 |
| 褒め方 | どんな小さなことでも褒める、できないことは責めない |
| 戦略性 | バルサキャンプ見学→1年間の準備→MVP獲得→カンテラ入団 |
この教育法を見ると、「サッカーが上手くなる方法」というよりは「人間としての土台を作る方法」に近いんですよね。
技術的なキックの指導はあえてプロに任せ、自分は基礎的な身体能力やメンタル、知性を育てることに集中した建史さんの判断は、結果的に大成功だったといえます。
実家が金持ちと言われる理由
久保建英選手の実家が金持ちなのではないか、という噂はネット上でよく見かけますよね。
実際にどうなのか、気になるポイントを整理していきましょう。
父親の高収入が大きな要因
まず最大のポイントは、やはり父・建史さんがミサワホームの執行役員という高い役職にあることです。
部長クラスで年収1,100万円以上が一般的な目安とされるなか、執行役員となればさらに高い水準が見込まれます。
一般的な会社員の平均年収と比較すると、かなりの高収入であることは間違いないでしょう。
スペイン移住の費用を支えた経済力
久保建英選手は小学4年生のときに母親・弟と一緒にスペインへ移住しています。
現地の住居費、学費、生活費、さらにサッカー活動に必要な費用を考えると、海外移住にはかなりのお金がかかります。
しかも、この生活は複数年にわたっており、一時的な出費ではなく継続的な支出を支えられる経済力があったということですよね。
兄弟そろっての育成費用
弟の久保瑛史選手も同じくスペインのプロクラブ下部組織でプレーするなど、兄弟そろって本格的なサッカーキャリアを歩んでいます。
二人分のクラブ費用、遠征費、用具代、海外生活費を支えるとなると、家庭の経済力はかなりのものだったことがうかがえます。
また、久保建英選手は川崎市立西生田小学校に通っていたとされていて、実家は川崎市麻生区にあると推測されています。
麻生区は神奈川県内でも地価が高めの住宅エリアで、子育て世代に人気のある落ち着いた住環境が特徴ですよ。
| 金持ちと言われる要因 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 父の職業 | 大手企業の執行役員で高年収 |
| 海外移住 | 母子でスペインに複数年滞在 |
| 兄弟の育成 | 二人とも海外プロクラブで活動 |
| 居住エリア | 川崎市麻生区(地価の高い住宅街) |
| 教育投資 | 大量の書籍購入、専門的なトレーニング環境 |
とはいえ、「金持ちだからうまくいった」というわけではなく、家族全員が一丸となって目標に向かって努力した結果であることは忘れてはいけないポイントかなと思います。
経済力はあくまでも環境を整えるための一要素であって、建英選手自身の才能や努力、そして家族の献身的なサポートがあったからこその成功なんですよね。
久保建英の父親を調べる人向けの関連情報
久保建英選手の父親について調べていくと、母親や弟、祖父母、さらにはいとこの活躍まで、家族全体の情報が気になってくる方も多いはずです。
ここでは、久保建英選手の家族に関する関連情報をまとめてお届けしますね。
母親の学歴に東大卒の噂がある?
久保建英選手の母親については、ネット上で「東大卒なのでは?」という噂が根強くあります。
ただ、結論からいうと、母親の具体的な氏名や学歴は公式には公表されていません。
ではなぜ東大卒の噂が広がったのかというと、久保建英選手の非常に高い学習能力や判断力、語学力から「相当に教育水準の高い家庭で育ったに違いない」というイメージが先行したことが大きいようです。
教育熱心な母親像は確か
学歴は不明ですが、母親が非常に教育熱心であったことは間違いありません。
家庭には400冊以上の絵本があり、毎月20冊以上の読み聞かせを行っていたとされています。
また、自主保育グループへの参加を通じて、年上の子どもたちとの交流機会を積極的に設けていたそうです。
これは「次男のように育てる」という独自の教育方針に基づくもので、年上の子と接することで競争心や社会性を養う狙いがあったんですよ。
スペイン移住を支えた行動力
建英選手が小学4年生のときには、母親と弟の3人でスペインに移住しています。
異国の地で子どもたちの学校手続きや生活環境の整備、語学のサポートなど、あらゆる面で細やかなケアを担っていたとされています。
海外での生活を支えるために家族と離れて行動するという決断は、並大抵の覚悟ではできないですよね。
おもちゃやテレビを極力置かず、あえて家の中の居心地をよくしすぎないという工夫も母親主導だったとされていて、子どもの成長を第一に考えた徹底した姿勢がうかがえます。
東大卒かどうかはさておき、教育に対する知性と行動力は確かにすごいレベルだなと感じますね。
弟・久保瑛史のサッカー経歴
久保建英選手の弟である久保瑛史選手も、兄に続いてサッカーの道を歩んでいます。
2007年9月1日生まれで、神奈川県川崎市出身。
兄と同様に幼少期からスペインで生活し、現地のサッカー環境に触れて育ちました。
横浜F・マリノスからスペインへ
日本に帰国後は横浜F・マリノスのプライマリー(小学生チーム)に入り、その後ジュニアユースへ昇格しています。
ポジションは中盤で、ボランチやインサイドハーフとしてプレーし、シャビやイニエスタの動画をよく見てプレースタイルの参考にしていたそうですよ。
2022年の夏には再びスペインに渡り、レアル・ソシエダの下部組織に加入。
カデーテA、フベニールB、フベニールAとステップアップしていきました。
現在はセレッソ大阪でプロキャリアをスタート
スペインでの育成期間を経て、2025年にはJリーグのセレッソ大阪に加入しています。
進路について兄の建英選手に相談したところ、「やりたいようにやればいい。自分で決めろ」とアドバイスされたとのことですよ。
自分の得意なゲームメイクやボール保持を武器に、プロとしての第一歩を踏み出しています。
| 時期 | 所属 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 幼少期 | スペインで生活 | 兄とともにバルセロナで過ごす |
| 小学生 | 横浜F・マリノス プライマリー | セレクション合格、県大会優勝 |
| 中学生 | 横浜F・マリノス ジュニアユース | コロナ禍を経験しながら成長 |
| 2022年(15歳) | レアル・ソシエダ カデーテA | スペイン再渡航、アカデミーテスト合格 |
| 2023-2025年 | レアル・ソシエダ フベニールB→A | リーグ戦でステップアップ |
| 2025年〜 | セレッソ大阪 | Jリーグでプロキャリア開始 |
兄弟そろって海外のプロクラブで育成を受け、それぞれの道でプロを目指しているというのは、久保家の育成方針と家族のサポート力を物語っていますよね。
瑛史選手自身も「この世で一番好きなものは家族とサッカー」と語っていて、家族の絆の深さが伝わってきます。
祖父母は和歌山県串本町に在住
久保建英選手の祖父母は、現在も和歌山県串本町で暮らしているとされています。
串本町は先ほども触れたとおり、父・建史さんの出身地であり、久保家のルーツといえる場所ですね。
祖母・浩子さんは陸上クラブの指導者
久保建英選手の祖母にあたる浩子さんは、地元で陸上クラブの指導をされていたことが報じられています。
これは、いとこの久保凛選手が小学生時代にこの陸上クラブに通っていたというエピソードから明らかになった情報です。
スポーツの指導に関わる祖母がいるというのは、久保家がまさにスポーツ一家であることを裏づけていますよね。
ワールドカップ時には地元で大盛り上がり
久保建英選手がサッカー日本代表として活躍するたびに、串本町では町役場に応援の横断幕が掲げられるなど、地域ぐるみでの応援が行われてきました。
祖父母が今も暮らすこの町は、久保建英選手にとって都会や海外での生活とは違う、心の拠り所となる場所なのかもしれません。
本州最南端という立地もあって、自然豊かな環境のなかで育った家族のルーツは、建英選手の素朴で芯のある人柄にも影響しているのかなと感じます。
いとこ久保凛の父親はどんな人?
久保建英選手のいとこにあたる久保凛選手の父親は、久保建二郎さんという方です。
建二郎さんは建英選手の叔父にあたり、サッカーで国体出場経験があるスポーツマンなんですよ。
2025年時点で51歳と報じられています。
娘・久保凛は陸上800m日本記録保持者
建二郎さんの娘である久保凛選手は、2008年1月20日生まれで和歌山県串本町の出身です。
小学1年から6年間はサッカーに取り組んでいましたが、中学進学を機に陸上に転向。
その後、驚異的なスピードで頭角を現し、女子800mで日本記録(1分59秒52)を樹立しています。
東京世界陸上2025にも出場
2025年9月に開催された東京世界陸上には、日本女子代表最年少で初出場を果たしました。
全国高校総体の800mでは3連覇、日本選手権でも2連覇を達成するなど、国内では敵なしの強さを見せています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 父の名前 | 久保建二郎(建英選手の叔父) |
| 父のスポーツ歴 | サッカーで国体出場経験あり |
| 凛選手の生年月日 | 2008年1月20日 |
| 出身地 | 和歌山県串本町 |
| 競技歴 | 小学生時代はサッカー → 中学から陸上に転向 |
| 主な実績 | 女子800m日本記録保持者、東京世界陸上2025出場 |
面白いのは、凛選手が陸上に転向した理由が「じゃあ、ワンコを飼ってくれたら陸上をやる」という意外なものだったこと。
現在も6歳の愛犬フウタ(シーズー)が頑張るエネルギー源になっているそうですよ。
サッカーで国体に出場した父と、陸上で日本記録を持つ娘、そしてサッカー日本代表のいとこ。
久保家のスポーツDNAは、世代や競技の枠を超えて受け継がれているんですね。
久保建英の父親に関するまとめ
- 父・久保建史はミサワホーム株式会社の執行役員を務めている
- 1971年生まれ、和歌山県串本町潮岬の出身である
- 筑波大学体育専門学群を卒業し、同大学サッカー部に在籍した
- サッカー部では4軍の選手で、本格的な指導経験はなかった
- 1994年にミサワホームに入社し、30年以上のキャリアを積んでいる
- 総務人事部長を経て、プライムライフテクノロジーズにも出向した経歴がある
- 2012年に著書『おれ、バルサに入る!』を文藝春秋から出版した
- 建英選手が2歳のころから年間350日以上ボールを蹴る教育を実践した
- テレビやソファを置かない家庭環境で子どもの集中力を高めた
- 実家が金持ちとされる背景には父の高年収や海外移住の費用がある
- 母親の学歴は東大卒との噂があるが公式には未確認とされている
- 弟・久保瑛史はレアル・ソシエダを経てセレッソ大阪でプロ入りした
- 祖父母は和歌山県串本町に在住し、祖母は陸上クラブの指導者だった
- いとこの久保凛は女子800m日本記録保持者で東京世界陸上にも出場した
- 叔父の久保建二郎はサッカーで国体出場経験のあるスポーツ一家の一員である


