竹野楓太が怪我?U-17W杯のあと選手権で控えに回った理由とは

竹野楓太の怪我は?U-17W杯のあと選手権で控えに回った理由とは

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いわきFCへの加入が決まった神村学園の竹野楓太さん。

プロ入りを前に「怪我は大丈夫なの?」と気になって調べている方も多いのではないでしょうか。

実は、U-17ワールドカップで主力だった竹野さんが選手権では一度も先発しなかったのには、怪我とは別のはっきりした理由がありました。

この記事を読むとわかること
・竹野楓太さんに怪我や長期離脱の報道があるか
・2026年の出場記録と選手権で控えに回った理由
・検索に出てくる「怪我」が誰の話なのか

竹野楓太の怪我は?報道と出場記録から確かめる

竹野楓太さんに怪我や長期離脱があったのか、報道と試合の記録を突き合わせて確かめました。

検索で出てくる「怪我」の話が誰のものなのかも、あわせて整理しています。

怪我で長く離脱したという報道はある?

まず結論からお伝えします。

2026年10月10日時点で、竹野楓太さん本人が怪我で長く離脱したと伝える報道は見当たりません。

ゲキサカ、FOOTBALL ZONE、サッカーダイジェスト、日本サッカー協会(JFA)の代表プロフィール、いわきFCの加入発表まで目を通しましたが、本人の負傷や手術、リハビリに触れた記事はありませんでした。

いわきFCとの契約合意が発表されたのは2026年10月8日です。

プロ入りが決まったタイミングで名前が一気に検索されるようになり、「体は大丈夫なの?」と気になった方が多いのかなと思います。

ここ、プロに進む選手を応援する側からすると、いちばん気になるところですよね。

ただ、高校3年生の今季も試合にはほぼ出続けていて、記録の上でも長期離脱の跡はありません。

つまり、今のところ竹野楓太さんの怪我を心配するような材料は出ていないというのが実態です。

 

竹野楓太のプロフィール

怪我の話に入る前に、基本的なプロフィールを表にまとめておきます。

項目 内容
名前 竹野楓太(たけの・ふうた)
生年月日 2008年8月4日
出身地 熊本県
身長 182cm
ポジション DF(右サイドバック・センターバック)
所属 神村学園高等部3年(2026年10月時点)
経歴 スポレクエイト→FC,Ants→神村学園中等部→神村学園高等部
代表歴 U-17日本代表(2025年)
加入予定 いわきFC(2027年1月から)

体重は、いわきFCの発表とJFAでは70kg、ゲキサカの選手名鑑では74kgと、媒体によって数字が少し違います。

測った時期の違いかもしれません。

2026年はプレミアで16試合中15試合に先発

怪我がないかどうかを確かめるいちばん確かな方法は、実際に試合に出ているかを見ることです。

公式記録をもとに集計しているユースタッツ(2026年10月10日更新)によると、2026年度の竹野楓太さんの出場記録はこうなっています。

大会 出場 出場時間
高円宮杯プレミアリーグWEST 16試合中15試合に先発 1,434分
インターハイ(全国大会) 2試合 152分
合計 17試合(すべて先発) 1,586分

17試合すべてに先発し、うち16試合はフル出場です。

警告も退場も0回で、主将として出た試合は12試合ありました。

4月5日の開幕戦から5月16日の第8節まで連続で先発し、7月11日の第10節から10月4日の第16節まで、また連続で先発しています。

これだけ出続けている選手が、大きな怪我を抱えているとは考えにくいですよね。

数字の上でも、2026年の竹野楓太さんはほとんど休まずピッチに立っていることが分かります。

 

唯一出場しなかった6月7日の大津戦

16試合の中で、出場しなかったのは6月7日の第9節・大津高校戦だけです。

この試合はベンチに入っていましたが、出番はありませんでした。

試合は神村学園が0-5で敗れています。

なぜ出なかったのかを伝える記事は見つからず、怪我が理由なのかどうかも分かっていません。

次の第10節(7月11日)からは再び先発に戻っているので、少なくとも長く休んだわけではなさそうです。

2025年インハイ決勝は足が攣るまで走った

怪我とは少し違いますが、体の話でいうと印象的な場面があります。

2025年8月2日のインターハイ決勝、大津高校戦です。

当時2年生だった竹野楓太さんは、0-1で負けていた後半35+6分、右サイドから低く速いクロスを入れて、FW日高元さんの同点ゴールをアシストしました。

本人は試合後、「低くてバウンドしたクロスを速く入れれば通るんじゃないかな」と考えて蹴ったと話しています。

そのまま延長戦も走り続け、FOOTBALL ZONEの記事によると、延長後半の終わり際に足を攣るまでプレーしたそうです。

延長後半9分に交代し、チームはPK戦を制して創部初の日本一になりました。

……真夏の決勝で足が攣るまで走り切るって、本当にすごいですよね。

足が攣るのは疲労によるもので、怪我で離脱したという話ではありません。

この大会、竹野楓太さんは準決勝まで全試合にフル出場していました。

怪我どころか、夏の全国大会を最後まで走り抜いたことが、日本一とU-17日本代表での活躍につながっています。

 

選手権で控えに回った理由は怪我ではない

「怪我」で検索される理由のひとつかもしれないのが、2025年度の全国高校サッカー選手権です。

U-17ワールドカップで主力だった竹野楓太さんが、選手権では一度も先発しませんでした。

「何かあったの?」と思った方もいるかもしれませんね。

でも、各メディアの記事を読むと、控えに回った理由は怪我ではなく、チーム内のポジション争いでした。

代表で不在の間に3年生が台頭

竹野楓太さんは2025年10月21日にチームを離れ、カタールで行われたU-17ワールドカップに向かいました。

約1か月チームを離れている間に、右サイドバックでは3年生の細山田怜真さんが活躍します。

ゲキサカによると、細山田さんはプレミアリーグWESTの後半戦で11試合5得点と結果を出し、選手権でも全試合で先発しました。

帰国後初めての公式戦となった11月29日のサガン鳥栖U-18戦で、竹野楓太さんはベンチスタートになっています。

監督の「100%に見えない」という言葉

FOOTBALL ZONEの記事によると、選手権の予選前のアビスパ福岡U-18戦(0-4)のあと、有村圭一郎監督から「100%でやっているように見えない」と指摘を受けていました。

サッカーダイジェストの記事でも、帰国後は世界の基準を意識するあまり本来のプレーを取り戻せず、監督や総監督から「気持ちが見えない」と言われたと書かれています。

本人は「試合に出られないことで『自分は下手なんじゃないか』という思いになって苦しかった」と振り返っていました。

これは読んでいて胸が痛くなりました。

選手権では初戦と3回戦に後半29分から、準々決勝は後半アディショナルタイムから途中出場し、準決勝と決勝は出番がありませんでした。

それでも決勝のあとには「自分の実力不足。

それに尽きます」と話し、新チームでは主将に立候補すると宣言しています。

選手権で控えだったのは怪我のせいではなく、本人も認める実力とチーム内の競争によるものでした。

 

「怪我」で検索に出てくるのは別の選手の話

実際に「竹野楓太怪我」で検索すると、「怪我」という言葉を含む記事がいくつか出てきます。

ところが、開いてみると竹野楓太さん本人の話ではないものばかりでした。

検索結果に出る記述 実際は誰の話か
昨年は怪我で欠場、長期離脱を経て背番号13 FW日高元さん(2025年当時の3年生)
準々決勝で負傷し、仲間に助けられての日本一 FW徳村楓大さん(チームメイト)
前節怪我でメンバー外 写真を撮っている方の投稿で、別の選手の話
怪我人も多くて いわきFCの投稿(チーム側の話)

ゲキサカで竹野楓太さんを取り上げた記事のすぐ下に、チームメイトの怪我の記事が「関連記事」として並んでいるため、検索結果で混ざって見えてしまうようです。

検索結果に「怪我」と出ていても、竹野楓太さん本人の怪我の話ではないので、そこは安心して大丈夫です。

名前と「怪我」が同じ画面に並ぶのは、チームメイトの記事や別の投稿が一緒に表示されているからだと考えられます。

 

1年生の秋にサッカーから離れかけた時期

怪我はありませんでしたが、竹野楓太さんにも苦しい時期はありました。

JFAの代表プロフィールには、「高校1年時は所属チームで出場機会に恵まれず、一時はサッカーから離れる考えもよぎった」と書かれています。

ゲキサカのインタビューでは、1年生だった2024年の秋ごろのことを本人が話していました。

当時は名和田我空さん(現・ガンバ大阪)と練習で毎日向き合い、レベルの差を見せつけられて「プロになれるのかな……」と思うようになったそうです。

サッカーをしていても楽しくなくなっていった、と。

そんなとき、先輩の中野陽斗さん、佐々木悠太さん、日高元さんから「オマエにはチームにいてほしい」と声をかけられ、もう一度サッカーと向き合う決意をしたといいます。

……なんか、じんわりしますよね。

翌年のインターハイ決勝で日高元さんのゴールをアシストしたのは、まさにその恩返しでした。

竹野楓太さんがつまずいたのは体ではなく気持ちの面で、それを支えたのが先輩たちだったんです。

 

竹野楓太の怪我を調べる人向けの関連情報

ここからは、竹野楓太さんについて一緒に調べられていることをまとめます。

内定先や海外への短期留学、出身地など、プロ入り前に知っておきたい話を集めました。

いわきFCへの内定と契約期間

2026年10月8日、J2のいわきFCが竹野楓太さんと契約合意に達したと発表しました。

加入は2027年1月の予定で、契約期間は2031年6月30日までです。

いわきFCには、2025年度の神村学園で主将を務めたDF中野陽斗さんも先に進んでいます。

竹野楓太さんはクラブを通じて、こうコメントしています。

「小さい頃からの夢であるプロサッカー選手というキャリアを、いわきFCと共に歩めることに喜びを感じております」

「自分の持ち味である攻撃参加やクロスを存分に発揮し、1日でも早くチームの勝利に貢献できる選手になれるよう日々努力を積み重ねていきます」

家族や指導者、チームメイトへの感謝も述べていて、まっすぐな人柄が伝わってきますね。

高校卒業後の進路は、いわきFCでのプロ生活に決まっています。

 

アヤックスへの短期留学で感じた課題

竹野楓太さんは2026年1月23日から2月8日まで、オランダの名門アヤックスに短期留学しています。

日本サッカー協会とアディダスの共同企画「育成年代応援プロジェクト JFA アディダス DREAM ROAD」の一環で、2008年生まれの4選手が選ばれました。

選手 所属(2026年1月時点)
DF竹野楓太 神村学園高
GK松浦大翔 アルビレックス新潟U-18
MF加茂結斗 柏レイソルU-18
FWマギージェラニー蓮 RB大宮アルディージャ

出発前のコメントは「契約を勝ち取りたいです」でした。

強気な一言、いいですよね。

ゲキサカによると、このアヤックス留学や欧州クラブの練習参加で、守備力やフィジカルが足りないと実感したそうです。

それを受けて、2026年はセンターバックとしてもプレーするようになりました。

海外で見えた課題を、ポジションを変えてまで克服しようとしているのが今季の竹野楓太さんです。

 

出身は熊本県熊本市

いわきFCの発表では、竹野楓太さんの出身地は熊本県です。

JFAの代表プロフィールの質問票では、熊本県熊本市と答えています。

鹿児島の神村学園でプレーしていますが、生まれ育ったのは熊本なんですね。

小学生のころはスポレクエイト、そのあとFC,Antsでプレーし、中学から神村学園中等部に進みました。

サッカーを始めたのは6歳のときで、きっかけは「お父さんのサッカーをみて」だったそうです。

尊敬する人にも「お父さん、お母さん」と挙げていて、家族の存在が大きいことがうかがえます。

熊本で育ち、中学から鹿児島の神村学園で6年間を過ごしてプロにたどり着いた選手です。

 

神村学園の主将として迎えた今季

2025年度の選手権のあと、竹野楓太さんは宣言どおり新チームの主将になりました。

ただ、前の年に夏冬2冠を達成したチームを引き継ぐのは、簡単なことではありません。

2026年5月30日のインターハイ鹿児島県予選決勝では、鹿児島城西高校に1-0で勝って9連覇を達成しましたが、本人は「何か張り切ってしまっていました。

それがチームに悪い影響を与えていた」と反省していました。

この試合では3バックの右で先発し、途中から4バックのセンターバックに移っています。

前主将の中野陽斗さんと比べられることについても、「自分の色を出せるところは出そう」と話していました。

JFAの質問票で答えた座右の銘は「責任」です。

本人も「責任あるところにいないと何もできない」と語っていて、主将という立場がよく合っている気がします。

主将としての重さに向き合いながら、今季もチームの中心に立ち続けています。

 

U-17ワールドカップでの成績

竹野楓太さんの代表での大きな成績が、2025年秋のU-17ワールドカップ(カタール)です。

2025年6月に初めてU-17日本代表に選ばれ、スペイン遠征を経てワールドカップのメンバーに入りました。

サッカーダイジェストによると、3-4-2-1の右ウイングバックを任され、決勝トーナメントでは準々決勝まで先発しています。

日本はこの大会でベスト8に進みました。

JFAの質問票では、大会の目標を「自分の武器を出し切って日本にいい報告をする」と答えていました。

武器は本人いわく「クロス」で、憧れの選手は内田篤人さんです。

大会のあとはチームでの定位置を失うなど苦しい時期もありましたが、そこから主将としてプロ入りまでたどり着いたのは見事ですよね。

ベスト8に貢献した世界大会の経験が、プロへの道を大きく広げました。

 

竹野楓太の怪我のまとめ

  • 2026年10月10日時点で、竹野楓太本人が怪我で長く離脱したという報道は見当たらない
  • 2026年度はプレミアリーグWESTで16試合中15試合に先発、合計17試合・1,586分に出場している
  • 2026年度は17試合すべてに先発し、16試合でフル出場、警告・退場はゼロ
  • 出場しなかったのは6月7日の大津戦だけで、ベンチ入りしたが理由は伝えられていない
  • 2025年インターハイ決勝では後半35+6分に同点アシストを記録した
  • 同決勝では延長後半の終わり際に足を攣るまでプレーしたと報じられている
  • 2025年度の選手権で控えに回った理由は怪我ではなくポジション争いだった
  • 代表で不在の間に3年生の細山田怜真が右サイドバックで台頭した
  • 監督から「100%に見えない」と指摘され、本人は「実力不足」と受け止めた
  • 検索結果に出る「怪我」の記述は、日高元や徳村楓大などチームメイトの話
  • 高校1年の秋にはサッカーから離れかけたが、先輩3人の言葉で踏みとどまった
  • 2026年10月8日にいわきFCと契約合意、2027年1月加入予定で契約は2031年6月まで
  • 2026年1〜2月にアヤックスへ短期留学し、守備力とフィジカルの課題を実感した
  • 出身は熊本県熊本市で、中学から神村学園でプレーしている
  • 2025年のU-17ワールドカップでは右ウイングバックとして日本のベスト8に貢献した

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