U-17日本代表で2得点を挙げた永添功樹さんの名前を、怪我という言葉と一緒に見かけて気になった方も多いのではないでしょうか。
実は検索結果に並ぶ怪我の話には、永添さん本人ではない選手のものが混ざっているんです。
この記事では、クラブや日本サッカー協会の発表と試合記録をもとに、2026年9月時点で分かっていることを整理します。
・永添功樹さんの怪我の発表があるかどうか(2026年9月時点)
・9月の国際ユースサッカーin新潟での出場記録
・怪我と一緒に名前が出るU-17代表の選手変更の中身
永添功樹の怪我は公表なし!2026年9月の出場記録
永添功樹さんの怪我について、クラブや日本サッカー協会の発表、試合記録を確かめました。先に答えを言うと、2026年9月28日時点で怪我や離脱の発表は見当たらず、9月の代表活動でも続けて試合に出ています。
怪我や離脱の発表は見当たらない
「永添功樹さんって怪我してるの?」と気になって調べた方、多いと思います。
結論から書くと、2026年9月28日時点で、永添功樹さん本人の怪我や離脱を伝える発表は見当たりません。
確かめたのは、所属するセレッソ大阪の公式サイト、日本サッカー協会(JFA)の発表、そしてサッカー専門メディアのゲキサカです。
セレッソ大阪の公式サイトでは、永添さんはトップチームの2種登録選手として背番号45で掲載されています。
2種登録というのは、ユースに在籍したままJリーグの公式戦に出られる登録のことです。
このページにも、怪我や離脱についての記載はありませんでした。
| 項目 | 内容(2026年9月28日時点) |
|---|---|
| 名前 | 永添功樹(ながそえ こうき) |
| 生年月日 | 2009年4月2日(17歳) |
| 出身 | 奈良県 |
| 身長・体重 | 171cm・69kg |
| 所属 | セレッソ大阪U-18(2年)/トップチーム2種登録 |
| 怪我の発表 | 見当たらない |
つまり、いま出ている情報の範囲では、永添さんが怪我をしているという発表はありません。
なお、永添さんはまだ17歳の高校生年代の選手です。
体の状態は本人やクラブが発表しない限り外からは分からないので、この記事では発表と試合記録で確かめられたことだけを書いていきますね。
9月の新潟の大会では3試合すべてに出場
怪我がないかどうかを外から確かめるいちばんの手がかりは、実際に試合に出ているかどうかです。
永添さんは2026年9月17日から21日にかけて行われた「国際ユースサッカーin新潟」に、U-17日本代表として出ています。
JFAの試合記録とゲキサカの報道をもとに、3試合の出場を表にまとめました。
| 日付 | 対戦相手 | 結果 | 永添さんの出場 |
|---|---|---|---|
| 9月17日 | U-17ミャンマー代表 | 4-2で勝利 | 出場して2得点 |
| 9月19日 | U-17新潟選抜 | 2-0で勝利 | 65分から途中出場 |
| 9月21日 | U-17ニュージーランド代表 | 4-0で勝利 | 先発して61分に交代 |
5日間で3試合すべてに出場していて、途中で離脱したという記録はありません。
とくに初戦のミャンマー戦は見事でした。
前半13分にこぼれ球を拾って切り返し、左足でニア上に決めると、後半11分にはショートコーナーから抜け出して右足でもう1点。
ゲキサカの取材に「ずっとデザインしてきたゴールだった」と話していて、前日のセットプレー練習で試した形だったそうです。
……これ、追加招集で呼ばれた初戦で決めているんですよね。正直、かなり痺れました。
3試合続けてピッチに立っていることからも、9月の時点で試合に出られない怪我を抱えていた様子は記録からは読み取れません。
怪我と一緒に名前が出た代表の選手変更
では、なぜ「永添功樹 怪我」と検索されているのでしょうか。
ここからは発表ではなく、検索結果を見たうえでの私の推測です。
この言葉で検索すると、上のほうに「横浜FC齋藤翔と清水内定の修徳MF舘美駿、怪我でU-17日本代表仏遠征不参加に」というゲキサカの記事が出てきます。
2026年9月19日の記事で、フランス遠征に向かうU-17日本代表から2人が怪我で外れたという内容です。
怪我をしたのは齋藤翔さんと舘美駿さんで、永添さんではありません。
ただ、この記事の関連記事の欄には、永添さんが2得点を挙げたミャンマー戦の記事が並んでいます。
同じ時期のU-17日本代表の話題として、怪我の記事と永添さんの記事が並んで目に入ることが、検索のきっかけのひとつになっている可能性がありそうです。
検索結果に出てくる別の人の怪我
ほかにも、検索結果には永添さん本人とは関係のない怪我の話が混ざっています。
| 検索結果に出てくるもの | 中身 |
|---|---|
| さっかりん「セレッソ大阪 故障者情報」 | トップチームの故障者の一覧。永添さんの名前は載っていない |
| セレッソ大阪公式の試合ページ | 左膝外側半月板損傷から復帰したトップチームの選手の話 |
| セレッソ大阪アカデミーのInstagram | 宮崎キャンプの投稿。「ヘルニアの怪我から約半年ぶり」「セレッソ大阪に来て初の公式戦」という言葉が出てくる |
Instagramの投稿は永添さんの名前も写真の説明に入っているので、ここが一番まぎらわしいところです。
ただ、言葉の中に「セレッソ大阪に来て初の公式戦」とあります。
永添さんは中学生年代のU-15からセレッソ大阪でプレーしているので、別の選手の言葉と読むのが自然かなと思います。
検索結果に並ぶ怪我の話は、どれも永添さん本人のものではないということです。
追加招集は怪我人の代わりではなかった
もうひとつ、まぎらわしいのが「追加招集」という言葉です。
代表の追加招集というと、誰かが怪我をしてその代わりに呼ばれるイメージがありますよね。
でも永添さんの場合は違います。
2026年9月14日、JFAは国際ユースサッカーin新潟のU-17日本代表の選手変更を発表しました。
当初のメンバーだった舘美駿さん、迫田凌和さん、鮫島充輝さんの3人が、同じ時期のフランス遠征のメンバーに回ることになったため、新潟の大会には出られなくなったんです。
その代わりとして、永添さんを含む4人が追加招集されました。
9月14日の選手変更の理由は、怪我ではなくフランス遠征への移動でした。
その後、9月19日になって、フランス遠征組の齋藤翔さんと舘美駿さんが怪我で不参加になっています。
2つの選手変更が5日違いで続き、どちらにも舘美さんの名前が出てくるので、話が混ざりやすいんですよね。
永添さんが呼ばれたのは怪我人の穴埋めではなく、別の遠征にメンバーが回ったことによる追加招集でした。
U-17ワールドカップのメンバー発表はこれから
永添さんの体の状態が気になる背景には、11月のU-17ワールドカップが近いこともあると思います。
ゲキサカの取材で、永添さんは「11月にワールドカップがあって、そのためにどんどん入り込んでいかないといけない」と話しています。
新潟の大会は、U-17ワールドカップに向けた最後の選考の場のひとつと見られていました。
ただ、確かめた範囲では、2026年9月28日時点でU-17ワールドカップのメンバーはまだ発表されていません。
右ウイングバックには、U17アジアカップで主に先発したG大阪ユースの岡本新大さんや、柏のトップチームでゴールを決めた長南開史さんらがいて、競争は激しそうです。
永添さん本人は「負けるとかまず思ってないんで」と言い切っていて、1年前の招集でうまくいかなかった悔しさも口にしていました。
負けず嫌いな感じが伝わってきて、なんか応援したくなりますよね。
メンバーに入るかどうかは発表を待つしかありませんが、少なくとも9月の時点では、怪我で選考から外れるような発表はありません。
永添功樹の怪我を調べる人向けの関連情報
ここからは、永添功樹さんの怪我と一緒によく調べられている日本代表での経歴や高校、進路などをまとめます。
日本代表での経歴は?
永添さんは中学生年代から、年代別の日本代表に続けて呼ばれています。
ゲキサカの選手名鑑とセレッソ大阪アカデミーの発表をもとに、代表歴を並べました。
| 年 | 代表 | 活動 |
|---|---|---|
| 2024年 | U-15日本代表 | クロアチア遠征(5月) |
| 2025年 | U-16日本代表 | ウズベキスタン遠征(10月)、エジプト遠征(12月) |
| 2025年 | U-17日本代表 | 国際ユースサッカーin新潟(9月) |
| 2026年 | U-17日本代表 | 国際ユースサッカーin新潟(9月)※追加招集 |
新潟の大会には2025年と2026年の2年続けて呼ばれていて、2026年の大会で2得点を挙げました。
代表では右ウイングバックで起用されていて、クラブとは違うポジションでプレーしています。
U-15からU-17まで、年代ごとに日本代表に選ばれてきた選手です。
高校はどこ?
永添さんは2026年9月時点で、セレッソ大阪U-18の2年生です。
学年は4月に上がるので、2027年の春からは3年生になる見込みです。
通っている高校の名前は、確かめた範囲では公表されていませんでした。
ゲキサカの記事によると、永添さんは中学・高校を通して、奈良県の自宅から大阪にあるセレッソ大阪アカデミーの練習場に通っています。
中学時代は授業のあとに約1時間40分かけて電車で移動していたそうです。
中学生でこれを毎日続けていたと思うと、ちょっと頭が下がりますね。
高校名は非公表ですが、奈良から大阪へ通いながらサッカーを続けてきたことが分かっています。
サッカー選手としてのプロフィールとプレースタイル
永添さんは奈良県のディアブロッサ高田FC U-12から、セレッソ大阪U-15、U-18と進んできました。
2024年の11月24日から12月9日までは、JFAとアディダスの育成プロジェクト「DREAM ROAD」のメンバーとして、ドイツのバイエルン・ミュンヘンに約2週間留学しています。
2026年にはトップチームの2種登録選手になりましたが、9月28日時点でJ1リーグ戦の出場はまだありません。
登録上のポジションはFWで、セレッソ大阪U-18ではウイングが主戦場です。
ゲキサカの記事によると、トップチームの練習に参加したときにウイングバックも経験したそうです。
強みとして挙がっているのは、スピードを生かした縦への突破、上下に走り続ける運動量、強度の高さ、そして決め切る力です。
本人は「どこでもこなせるような選手」「当たり負けしない、走り負けしない選手」になりたいと話しています。
スピードと運動量を武器に、いくつものポジションをこなすタイプの選手です。
進路はトップ昇格?
永添さんは2026年9月時点で高校2年生なので、進路が決まるのは早くても来年以降になりそうです。
2026年9月28日時点で、トップチームへの昇格や大学進学などの進路の発表はありません。
すでにトップチームの2種登録選手になっているので、このままセレッソ大阪への昇格を目指す道がいちばん近いのかなと思います。
ゲキサカの取材では、将来について「C大阪の昇格を勝ち取っても、代表に選ばれても、しっかり自覚と自信を持って、自分の持ってるものを最大限に出してやりたい」と話していました。
進路は未発表ですが、本人の言葉からはセレッソ大阪での昇格を意識していることが伝わってきます。
永添功樹の怪我のまとめ
- 2026年9月28日時点で、永添功樹さん本人の怪我や離脱の発表は見当たらない
- セレッソ大阪公式の選手ページにも怪我の記載はない
- 2009年4月2日生まれの17歳で、奈良県出身
- 2026年9月時点でセレッソ大阪U-18の2年生
- 2026年にトップチームの2種登録選手になり、背番号は45
- 9月17日のU-17ミャンマー戦で2得点を挙げた
- 9月19日の新潟選抜戦は65分から途中出場
- 9月21日のニュージーランド戦は先発して61分に交代
- 新潟の大会では3試合すべてに出場している
- 9月19日に怪我で代表を外れたのは齋藤翔さんと舘美駿さんで、永添さんではない
- 9月14日の追加招集は、メンバーがフランス遠征に回ったための変更
- 検索結果に出てくる故障者情報やヘルニアの話は、別の選手のものと読める
- 怪我の記事と並んで名前が出ることが、検索のきっかけになっている可能性がある
- U-17ワールドカップは11月で、メンバーは未発表
- 高校名と進路は2026年9月時点で公表されていない


