島田裕三の現在は?2017年に芸人を引退し北海道へ|実家・島田建設に起きたこと

島田裕三の現在は?2017年に芸人を引退し北海道へ|実家・島田建設に起きたこと

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月のお小遣いが400万円。テレビでそう紹介された芸人がいました。

遠距離ファンタジーの島田裕三さんです。

北海道の建設会社の息子で、親からもらったものはタワーマンションに外国車。芸人としての月給は5,000円だったといいますから、桁が違いすぎて笑うしかありません。

ところが、その島田裕三さんの名前をいま検索しても、近況が出てきません。

この記事を読むとわかること

  • 島田裕三さんが現在どうしているのか、確認できるところまでの事実
  • 芸人を辞めた時期と、その報告を出したのが誰だったのか
  • 話題になった実家・島田建設が、そのあとどうなったと言われているのか

島田裕三の現在|2017年に芸人を引退して北海道へ戻っている

まず結論から整理します。

島田裕三さんは現在、芸能界にいません。表舞台から退いたタイミングは、はっきりしています。

2017年6月11日のライブを最後に芸人を辞めている

島田裕三さんが芸人を辞めたのは2017年6月です。

コンビ「遠距離ファンタジー」を解散し、そのまま二人とも芸人そのものを辞めました。

最後の舞台は6月11日、「needs」というライブです。

事務所からの発表やニュースサイトの記事ではなく、相方本人のSNS投稿によって知らされました。

つまり島田裕三さんの現在を追う手がかりは、2017年6月でいったん途切れています。

解散を報告したのは相方の我那覇裕也だった

報告を出したのは、島田裕三さん本人ではありません。相方の我那覇裕也さんでした。

投稿には「遠距離ファンタジー解散します。僕も島田も芸人を辞めます」とあり、こう続きます。

島田とは出身、性格、生活環境は真逆だったが、最後は意見が合った——。

沖縄出身で年上の我那覇さんと、北海道の資産家の息子である島田裕三さん。コンビ名のとおり、育ちも距離も離れた二人でした。

その二人が、辞めるという一点だけは同時に決めたことになります。

解散後まもなく東京の部屋を引き払い、北海道へ帰った

解散から間もない2017年7月、同期の芸人が島田裕三さんの帰郷を投稿しています。

内容はこうです。島田裕三さんが今日、北海道に帰った。4年間一緒に暮らしたマンションとも今日で最後——。

4年間ルームシェアをしていた同期の見送りで、東京での生活が終わったわけですね。

行き先は地元の北海道。ここまでが、第三者の投稿で確認できる島田裕三さんの足取りです。

現在の職業を示す情報は公表されていない

では、北海道へ戻ってから何をしているのか。

ここが正直なところで、島田裕三さんの現在の職業を示す確かな情報は見当たりません。

芸能事務所を離れた一般の方ですから、当然といえば当然です。経歴をまとめた個人ブログでも「調べたが情報がまったく無い」と書かれています。

実家の会社を継いだ、別の商売を始めた、といった話も出てきますが、いずれも裏づけのない憶測どまりです。

時期確認できること
2016年遠距離ファンタジー結成、テレビ出演で話題に
2017年6月11日解散ライブ。芸人引退
2017年7月ごろ東京の部屋を引き払い北海道へ
それ以降公表された近況なし

本人名義のSNSや公式ページも動いていない

芸人を辞めた人の現在を追うとき、いちばん頼りになるのは本人のSNSです。

ところが島田裕三さんの場合、更新の続いている本人名義のアカウントが見つかりません。

検索して出てくるのは、当時のテレビ出演を振り返る投稿や、切り抜き動画ばかりです。

M-1グランプリの公式サイトには2016年結成のコンビ情報が残っていますが、これは当時の登録がそのまま残っているだけのもの。現在の活動を示すものではありません。

本人が発信をやめている以上、外側から近況を確定させることはできない——それが島田裕三さんの現在です。

引退から時間が経っても検索され続けている理由

活動していない人が、なぜ今も検索されるのか。

理由は単純で、当時のテレビ出演があまりに強烈だったからです。

月400万円の仕送り、タワーマンション、高級車。数字の並びだけが記憶に残り、その後どうなったのかが誰にも分からないまま止まっています。

しかも本人が説明する場を持たずに消えました。情報が途切れた人ほど、名前だけが検索窓に残り続けるわけですね。

島田裕三の名前が広まった経緯|月400万円の仕送りと実家・島田建設

ここからは、現在に至るまでの背景を見ていきます。

島田裕三さんが何者だったのかを押さえておくと、消息が途切れた意味も見えてきます。

プロフィール|1993年生まれ、北海道網走市の出身

島田裕三さんは1993年11月15日生まれ、北海道網走市の出身です。

所属していたのは吉本興業。相方の我那覇裕也さんは1990年2月22日生まれの沖縄県出身で、3歳ほど年上にあたります。

項目島田裕三我那覇裕也
生年月日1993年11月15日1990年2月22日
出身北海道網走市沖縄県
コンビ遠距離ファンタジー(2016年結成)

北海道と沖縄。日本の端と端の出身者が組んだから「遠距離ファンタジー」だったわけです。

コンビ結成は2016年、活動期間は1年ほどだった

コンビ結成は2016年。そして解散が2017年6月ですから、コンビとしての活動は1年あまりということになります。

M-1グランプリにも2016年にエントリーしていますが、結果は1回戦敗退と伝えられています。

賞レースでの実績を残す前に解散した、というのが実際のところですね。

それでも名前が広く知られたのは、漫才ではなくバラエティ番組での「実家の話」でした。

月400万円の仕送りをテレビで公表して話題になった

島田裕三さんの名前が一気に広まったのは、2016年2月に放送されたバラエティ番組です。

そこで明かされたのが、親からの仕送りが月400万円という金額でした。

当時の視聴者の投稿には、番組で紹介された内容としてこんな並びが残っています。

  • 毎月の仕送り400万円
  • 親から贈られた7,000万円のタワーマンション
  • 同じく親から贈られた2,000万円の高級車

誕生日に1,000万円以上をもらうこともあった、と紹介する記事もあります。ただしこちらは出どころが限られるため、参考程度に見ておきたい情報です。

芸人としての月給は5,000円だったと伝えられる

対照的な数字も残っています。

芸人としての月給は5,000円、住んでいた部屋の家賃28万円は母親が払っていた、というものです。

舞台で稼いだ額の800倍が、毎月家から届いていた計算になります。

ネタで売れる前に「実家がすごい人」として知られてしまった。この構図が、のちに名前だけが残る原因にもなりました。

実家は網走市の建設会社「島田建設」

その資金の出どころが、実家の島田建設株式会社です。

北海道網走市の駒場に本社を置いていた建設会社で、代表者は島田悦子さんとされています。

項目内容
社名島田建設株式会社
所在地北海道網走市駒場
代表者島田悦子
年商ピーク時に約120億円、2010年時点で約27億円と伝えられる

網走市内には20LDKという規模の自宅があり、札幌市内にも複数の物件を所有していた、と紹介する記事もあります。

数字の桁は媒体によってばらつきがあり、公式に開示されたものではありません。そこは差し引いて読む必要があります。

島田建設の現在は「すでに閉業している」と伝えられている

そして肝心の実家の会社です。

複数のまとめ記事では、島田建設はすでに閉業しているとされています。2011年に廃業したという記述も見られます。

ただし、これらは登記情報や公式発表を示したものではありません。企業情報サイトに古いデータが残っている状態で、確定した情報とは言えないのが実際のところです。

実家の会社がすでに動いていないのなら、月400万円の生活も当然続いていないことになります。

芸人を辞めて地元へ戻ったタイミングとの関係を勘ぐる声もありますが、こちらは根拠のある話ではありません。

鈴木宗男氏の事件で名前が出た「島田建設」との関係は未確認

島田建設を検索すると、1990年代の政界スキャンダルが一緒に出てきます。

1997年から1998年にかけての受託収賄事件で、北海道の港湾工事をめぐって「島田建設」という社名が登場したためです。

これが島田裕三さんの実家と同じ会社なのかどうか、公的に確認できる情報はありません。ネット上の記事も「可能性が高い」と書くにとどまっています。

同姓の建設会社は各地にあります。ここは同一視せず、未確認のまま置いておくのが妥当でしょう。

相方・我那覇裕也の現在も公表されていない

ついでに触れておくと、解散を報告した我那覇裕也さんも同時に芸人を辞めています。

その後の職業について、まとまった情報は出ていません。

コンビ二人がそろって表舞台から離れたため、遠距離ファンタジーというコンビ名そのものが2017年で止まっている状態です。

当時を知る人の投稿と、公式サイトに残った登録情報。それが遠距離ファンタジーの現在に残されたすべてになります。

島田裕三の現在についてのまとめ

最後に要点を整理します。

  • 島田裕三さんは2017年6月11日のライブを最後に、コンビ解散とともに芸人を引退している
  • 解散を報告したのは相方の我那覇裕也さんで、二人そろって芸人を辞めた
  • 2017年7月ごろ、4年間暮らした東京の部屋を引き払い北海道へ戻っている
  • それ以降の職業や活動を示す公表情報はなく、本人名義のSNSも確認できない
  • 名前が広まったのは2016年のテレビ出演で、月400万円の仕送りが紹介されたため
  • 実家は網走市の島田建設で、現在はすでに閉業していると伝えられる(公式発表ではない)
  • 1990年代の受託収賄事件に登場する「島田建設」との同一性は確認されていない

月400万円という数字だけが強く残り、その後の人生は語られないまま止まっています。

もっとも、芸能界を離れた人が近況を公表しないのはごく自然なことです。島田裕三さんの現在は、静かに地元で暮らしている——今わかっているのは、そこまでですね。

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