西尾三枝子さんの現在、気になっている方は多いのではないでしょうか。
1970年代のドラマ「プレイガール」に出ていた女優さん、という印象で覚えている方もいるかもしれませんね。
調べてみると、女優業と並行して東京・赤坂見附でスナックのママを務めていた時期があり、そこに至るまでにはなかなか大変な事情がありました。
・西尾三枝子さんの現在に関する、確かめられた最新の情報
・日活ニューフェイスからプレイガールまでの経歴
・スナック「悠」を開くことになった経緯
西尾三枝子の現在はどうなっている?
西尾三枝子さんの現在について、確かめられた情報を整理していきます。
最新の様子として詳しく伝えているのは、2016年7月の週刊現代の記事です。
そのため、ここで紹介する内容は2016年時点のものが中心になります。
赤坂見附のスナック「悠」でオーナーママを務めていた
週刊現代の「あの人はいま」企画(2016年7月23日・30日合併号)によると、西尾さんは赤坂見附駅から徒歩3分ほどの雑居ビルにあるスナック「悠」で、オーナーママを務めていました。
記事の掲載時点で69歳でした。
お店を開いたのは記事のおよそ10年前の7月1日とされています。
女優さんがママをしているお店、というだけでも気になりますよね。
つまり、2016年時点の西尾三枝子さんは、女優を続けながら赤坂見附でスナックを経営していたということになります。
「せめて2020年の東京五輪までは続けたい」
同じ記事の中で、西尾さんは一時、お店を閉めることも考えたそうです。
それでも、「せめて2020年の東京五輪までは、店を続けたいと思っています」と語っています。
その背景には、ここ数年は母親の介護で忙しく、2016年2月に母親を看取ったという出来事がありました。
介護と店の切り盛りを両立していたと思うと、正直、頭が下がります。
芸能活動は引退せず、舞台『蒼空』に出演予定だった
スナックを経営していても、西尾さんは芸能活動を引退したわけではありません。
2016年の記事には、その夏に全国公演が予定されていた舞台『蒼空』に、女優として出演することが決まっていると書かれています。
2016年の時点では、ママと女優の二足のわらじで活動を続けていました。
なお、2016年より新しい時期の近況や、現在もお店が営業しているかどうかは、今回の調査では確かめられませんでした。
訪れる予定がある方は、事前にお店や本人の最新の発信を確認するのが確実です。
西尾三枝子のプロフィールと経歴
ここからは、西尾さんのプロフィールと、これまでの歩みを見ていきます。
西尾三枝子のプロフィール
テレビ情報サイトのthetvに載っているプロフィールを表にまとめました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 西尾三枝子(にしお みえこ) |
| 生年月日 | 1947年7月11日 |
| 星座 | かに座 |
| 出身地 | 鹿児島県加世田市 |
| 血液型 | A型 |
生年月日どおりなら、2026年10月時点で79歳になります。
「三枝子」という名前の有名人は多いので、高峰三枝子さんなど別の方と混ざらないよう注意したいところです。
日活ニューフェイスから「プレイガール」へ
西尾さんは、日活のニューフェイスとして女優デビューしました。
出演作には、映画「男の紋章 喧嘩状」(1964年)、「男の紋章 流転の掟」(1965年)、「青春とはなんだ」(1965年)、「男の紋章 竜虎無情」(1966年)などがあります。
ドラマでは、天知茂さん主演の「江戸川乱歩シリーズ」にも名前が挙がっています。
そして、1970年代に放送されたセクシーアクションドラマ「プレイガール」にも出演し、男性視聴者の人気を集めたとされています。
主な出演作
| 年 | 作品 | 種別 |
|---|---|---|
| 1964年 | 男の紋章 喧嘩状 | 映画 |
| 1965年 | 男の紋章 流転の掟 | 映画 |
| 1965年 | 青春とはなんだ | 映画 |
| 1966年 | 男の紋章 竜虎無情 | 映画 |
| 1970年代 | プレイガール | ドラマ |
| - | 江戸川乱歩シリーズ | ドラマ |
日活の新人から1970年代の人気ドラマまで、昭和の映像作品を支えた女優さんです。
スナック「悠」を開くことになった経緯
女優さんがなぜスナックのママになったのか。ここが一番気になるところだと思います。
結婚で休養し、劇団「女塾」を立ち上げた
週刊現代によると、西尾さんは結婚を理由に、女優業をいったん休養しています。
その後の2000年には、自ら主宰する劇団「女塾」を立ち上げました。
休んでいた女優業から、今度は劇団を率いる側に回ったわけですね。
劇団運営で約800万円の借金を抱えた
ところが、劇団の運営で約800万円の借金を抱えてしまいます。
劇団は別の人物に譲渡し、西尾さんは都内の自宅を売却して返済に充てました。
そして、返済して残ったお金で開いたのがスナック「悠」だったそうです。
読んでいて、これは簡単な決断ではなかっただろうな、と感じました。
スナック「悠」は、劇団の借金返済のために自宅を手放したあと、残ったお金で始めたお店でした。
西尾三枝子の現在まとめ
- 1947年7月11日生まれ、鹿児島県加世田市の出身
- 日活のニューフェイスとして女優デビューした
- 1970年代のドラマ「プレイガール」に出演した
- 結婚を理由に女優業を休養し、2000年に劇団「女塾」を立ち上げた
- 劇団運営で約800万円の借金を抱え、自宅を売却して返済した
- 残ったお金で赤坂見附にスナック「悠」を開いた
- 2016年の時点では、芸能活動を続けながらオーナーママを務めていた
- 2016年2月に母親を看取り、店は「2020年の東京五輪まで」続けたいと語っていた
- 2016年より新しい近況は、今回の調査では確かめられなかった


