FC町田ゼルビアへの加入が内定している流通経済大のDF西川楓人さん。
実は大学に入ってからの2年間は、怪我でプレーできない時間が長かったんです。
半年間ピッチに立てなかった時期に何を考え、どうやって日本一のセンターバックへ変わっていったのか、順番に見ていきますね。
・西川楓人さんが大学1・2年で負った怪我の部位と離脱期間
・2年時の負傷離脱がプレーの考え方を変えた経緯
・2026年9月時点の出場状況と町田ゼルビア内定までの流れ
西川楓人の怪我の内容と半年間の離脱からの復活
西川楓人さんの怪我は、流通経済大に入学してからの2年間に集中しています。
いつ、どこを痛めて、そこからどう立ち直ったのかを時系列で追っていきます。
大学1年時は足首と第5中足骨を痛めていた
最初に知っておきたいのは、西川さんの怪我は1回だけではないということです。
2025年10月のゲキサカの取材で、西川さん本人が大学での怪我を振り返っています。
その中で、1年の時は足首と第5中足骨を痛めていたと話していました。
第5中足骨は足の甲の小指側にある骨で、サッカー選手が痛めやすい場所としてよく名前が挙がる部位ですね。
ただ、それぞれの怪我でどれくらい離脱したのか、手術をしたのかといった細かい情報は、本人の発言や報道からは出てきていません。
大阪の興國高から流通経済大へ進んだ西川さんは、入学してすぐの関東大学リーグ開幕戦から出場機会をつかんでいた選手です。
1年生の2023年12月には、インカレでスタメンに起用されたことも報じられています。
試合に絡み始めた矢先に足のトラブルが重なっていたと思うと、本人としてはもどかしかったでしょうね。
つまり、大学1年の時点で足首と第5中足骨という2か所の怪我を経験していたことになります。
2年のシーズン前に足首の軟骨を怪我して半年離脱
いちばん長く離脱したのは、大学2年のシーズンが始まる前の怪我です。
西川さんはこのときのことを、足首の軟骨を怪我して半年間プレーできなかったと語っています。
大学2年のシーズン前ということは、時期でいえば2024年の年明けから春ごろにあたります。
半年間というと、大学のリーグ戦の前期がほぼまるごと消えてしまう長さです。
正直、これはきつかったでしょうね…。
同じ記事の中で西川さんは、高校でセンターバックのコンビを組んでいた常藤奏さん(中央大から柏レイソルへ加入内定)と自分を比べて、怪我が多くてプレーしている時間が少ないと話していました。
常藤さんは大学選抜の常連で、大学の日韓定期戦で決勝点を決めてMVPも取った選手です。
一方の自分はピッチの外にいる時間が長い、という悔しさがにじむ言葉ですよね。
大学2年の半年間の離脱は、西川さんにとっていちばん大きな怪我だったといえます。
怪我の時期と部位の整理
ここまでの怪我を表にまとめると、次のようになります。
| 時期 | 部位 | わかっていること |
|---|---|---|
| 大学1年(2023年度) | 足首・第5中足骨 | 本人が2025年10月の取材で言及 |
| 大学2年のシーズン前(2024年) | 足首の軟骨 | 半年間プレーできなかった |
| 大学3年(2025年度) | 大きな離脱なし | リーグ戦全試合に出場 |
なお、手術の有無や正式な診断名については公表されていません。
負傷離脱が考え方を変える転機になった
この半年間の離脱は、西川さんにとってただのブランクでは終わりませんでした。
2026年9月のゲキサカの記事では、転機となったのは2年時の負傷離脱だったと紹介されています。
入学当初の西川さんは、興國高のつなぐサッカーにプライドを持っていて、流経大のサッカーに自分が合わせるよりも、チームに自分に合わせてほしいと思ってプレーしていたそうです。
それが怪我で離れている間に、このままじゃダメだと思うようになったといいます。
流経大のサッカーを第一にして、自分の特徴はプラスアルファで出せばいい、と考え方を切り替えたんですね。
2025年10月の取材でも、プレーしないとサッカー選手じゃない、という意識に変えることをテーマにしていたと話しています。
……なんか、じんわりしますよね。
怪我で思うようにいかない時間があったからこそ、自分のこだわりを一度脇に置けたのかなと思います。
西川さん自身も、最初はうまくいかなくても最後はうまくいく、途中で気づけることが自分の強みだと語っていました。
2年時の負傷離脱は、西川さんがチームに合わせたプレーへ切り替えるきっかけになったということです。
3年時以降は大きな離脱なくリーグ全試合に出場
考え方を変えてからの西川さんは、出場時間が一気に増えていきます。
FC町田ゼルビアの内定発表を伝えた2026年4月の記事によると、西川さんは2年生の後半から先発に定着しました。
そして3年生だった2025年は、関東大学リーグの全試合に出場しています。
2025年10月の取材の時点でも、今季はここまで大きな離脱なく過ごせている、と本人が話していました。
怪我が多かった1・2年とは、まるで別の選手のような安定ぶりですよね。
ただ、チームは2025年のシーズンを11位で終え、関東大学リーグ2部へ降格しています。
西川さんはその責任を感じているとも報じられていて、4年目の2026年は2部優勝と1部昇格、そして日本一を目標に掲げていました。
3年生の2025年は、怪我による大きな離脱なくリーグ戦全試合に出場しています。
総理大臣杯で全5試合フル出場し日本一に貢献
4年生になった2026年、西川さんは大きな結果を残します。
2026年9月12日に行われた総理大臣杯の決勝で、流通経済大は国士舘大に2-1で勝ち、12年ぶりの大学日本一になりました。
西川さんはこの大会で、1回戦から決勝まで全5試合にフル出場しています。
準々決勝までは中1日の連戦が続き、チームには負傷者も出る中で、センターバックとして最終ラインを支え続けたそうです。
かつて半年間プレーできなかった選手が、連戦をフル出場で走り切ったわけです。
これには正直、胸が熱くなりました。
この夏には町田のキャンプにも参加し、大学選抜の一員としてイタリア遠征も経験していたと伝えられています。
怪我に苦しんだ西川さんは、4年目の2026年には連戦を全試合フル出場で戦い抜く選手になっていました。
2026年9月時点の怪我の状況
いま怪我をしているのか、という点も気になりますよね。
2026年9月中旬までの報道を見る限り、西川さんが新たに負傷して離脱したという情報は出ていません。
9月の総理大臣杯で全試合にフル出場していることからも、少なくともこの時点ではプレーできる状態だったと考えられます。
一方で、西川楓人さんの名前で検索すると、怪我の話題を扱った記事に西川さんの名前が出てくることがあります。
たとえば2026年6月のサッカーメディアの記事には、怪我に苦しんだ別の大学生選手が、西川さんのように早く内定が決まっていればと振り返る場面があり、そこで西川さんの名前が挙がっていました。
この記事の怪我の話は西川さん本人のことではないので、混同しないように注意したいところです。
また、6月の記事では、流経大のチームメイトの2年生センターバックが負傷した影響で、西川さんがボランチからセンターバックに戻ったことも紹介されていました。
こちらも怪我をしたのは西川さんではなく、チームメイトのほうです。
2026年9月時点で、西川さん本人の新しい怪我は報じられていないというのが実態です。
西川楓人の怪我を調べる人向けの関連情報
ここからは、西川楓人さんの怪我とあわせて検索されている中学時代やポジション、プレースタイルなどをまとめていきます。
中学時代は川上FCでプレー
西川さんの中学時代の所属は、大阪の川上FCです。
流通経済大サッカー部の選手紹介ページでも、中学の経歴は川上FCと書かれています。
FC町田ゼルビアの発表では、経歴が太子町JSCから川上FC、興國高、流通経済大という流れで紹介されていました。
小学生のころは太子町JSCでプレーしていたことになりますね。
2026年9月の記事では、中学時代はつなぐサッカーを経験したことがなかったとも紹介されています。
そのため興國高に入った当初は、ボールを持つとすぐに蹴ってしまい、ビビりとずっと言われていたそうです。
そこから3年時にはキャプテンを任されるまでになったというから、驚きですよね。
| 時期 | 所属 |
|---|---|
| 小学生 | 太子町JSC |
| 中学 | 川上FC |
| 高校 | 興國高(大阪) |
| 大学 | 流通経済大 |
| 2027年1月〜 | FC町田ゼルビア(加入内定) |
ポジションはセンターバック中心でボランチもこなす
西川さんのポジションはDF(センターバック)です。
身長185cmで、公式の登録ポジションもDFになっています。
ただ、高校時代はセンターバックを中心に、ボランチやトップ下も経験していました。
流通経済大でも、2026年の前期はボランチに回る機会が増えていたと報じられています。
内定先の町田からは、センターバックとボランチの両方で考えていると伝えられていたそうです。
町田のキャンプでは、未経験だった右サイドバックでのプレーも経験し、自分の引き出しの少なさを痛感したと話していました。
基本はセンターバックで、ボランチもこなせる選手というのが西川さんの特徴です。
利き足は右足
西川さんの利き足は右足です。
高校サッカーの選手データを扱うサイトや、高校時代のプレー集を紹介した動画で、利き足は右と紹介されていました。
高校時代から評価されてきた正確なロングフィードも、この右足から繰り出されているわけですね。
なお、FC町田ゼルビアやJリーグの公式プロフィールでは、利き足の項目は確認できませんでした。
プレースタイルは正確なロングフィードとビルドアップ
西川さんのプレースタイルでまず挙がるのは、正確なロングフィードです。
高校時代から、関西屈指のタレントとして注目されていました。
185cmのサイズと屈強なフィジカルを生かした空中戦の強さも武器です。
さらに、最終ラインからドリブルで持ち出して縦パスを入れたり、サイドに展開したりと、足元の技術にも定評があります。
高校時代の興國高の内野智章監督は、対人の強さやビルドアップを含めて、西川さんをスーパーと評していました。
2026年6月の取材では、ボランチでうまくやろうとしすぎていたと振り返り、ワンタッチで前に出てドライブしたり、相手を剥がしてから展開したりするのが自分の良さだと話しています。
高さと対人の強さに、ロングフィードとドリブルでの持ち出しを兼ね備えたセンターバックです。
町田ゼルビアへの加入内定と特別指定(進路)
西川さんの進路は、FC町田ゼルビアへの加入内定です。
町田は2026年4月10日に、西川さんの2027年1月からの加入内定を発表しました。
J1の複数クラブから正式オファーを受けたうえで、町田を選んだと報じられています。
2026年7月17日には、2026/27シーズンのJFA・Jリーグ特別指定選手に承認されたことも発表されました。
Jリーグの公式サイトでは、町田の背番号29として登録されています。
それでも西川さんは、大学を途中で抜けることは絶対にない、最後まで大学で戦い切ると話していました。
その言葉どおり、9月の総理大臣杯では流経大の日本一に貢献しています。
大学ではまだ関東大学リーグ1部への復帰と、インカレ優勝という目標が残っているそうです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 2004年4月28日 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 身長 | 185cm |
| 所属 | 流通経済大(2026年9月時点で4年) |
| 進路 | FC町田ゼルビア(2027年1月加入内定) |
体重は、町田の発表では79kg、Jリーグや大学の公式では76kgと、媒体によって数字が分かれています。
西川楓人の怪我のまとめ
- 大学1年時に足首と第5中足骨を痛めていた
- 大学2年のシーズン前に足首の軟骨を怪我した
- 足首の軟骨の怪我で半年間プレーできなかった
- 手術の有無や正式な診断名は公表されていない
- 高校でコンビを組んだ常藤奏と比べ、怪我が多いと本人が話していた
- 2年時の負傷離脱が考え方を変える転機になった
- チームのサッカーを第一に、自分の特徴はプラスアルファで出す形に切り替えた
- 2年生の後半から先発に定着した
- 3年生の2025年はリーグ戦全試合に出場した
- 2026年の総理大臣杯では全5試合にフル出場し、12年ぶりの日本一に貢献した
- 2026年9月時点で新たな負傷は報じられていない
- 怪我の話題で名前が出る記事の中には、別の選手の怪我を扱ったものがある
- ポジションはセンターバックが中心で、ボランチもこなす
- 利き足は右足で、正確なロングフィードが武器
- FC町田ゼルビアに2027年1月からの加入が内定し、特別指定選手にも承認された


