BE:FIRSTのRYOKI・三山凌輝さんの実家が花屋だということは有名ですよね。
でも、「花屋の配達が人生を変えた」なんて話、知っていましたか?
実は2〜3歳のときに花の配達でたまたま立ち寄ったインターナショナルスクールがきっかけで英語に目覚め、そこから今の三山さんの国際的な感性が生まれたんです。
・三山凌輝の実家の花屋が名古屋のどこにある可能性が高いか
・両親(父・母)のエピソードと家族構成の真相
・実家がお金持ちと言われる具体的な理由と英語力との関係
三山凌輝の実家の花屋と両親・生い立ち
BE:FIRSTのRYOKIとして、そして俳優として二刀流で活躍する三山凌輝さん。
その育ちの良さや品のある雰囲気の背景には、名古屋の老舗花屋を営む実家という存在がありました。
ここでは実家の花屋の場所や両親、幼少期のエピソードを詳しくご紹介します。
実家の花屋は名古屋のどこにある?
三山凌輝さんの実家の花屋がどこにあるのか、ファンなら一度は気になったことがあるんじゃないでしょうか。
結論から言うと、具体的な店名や住所は現在も公表されていません。
三山凌輝さん自身はインタビューで「うち、花屋なんですよ」とさらっと語っていますが、お店の場所については口を割っていない状態です。
ただ、週刊誌「FLASH」の報道によれば、実家の花屋は名古屋駅からほど近い場所にあり、自社ビルを持っていることが明らかになっています。
ここで少し整理してみると、判明している条件は以下の通りです。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 場所 | 愛知県名古屋市内 |
| 立地 | 名古屋駅からほど近い場所(FLASH報道) |
| 物件 | 自社ビルを所有 |
| 歴史 | 数十年続く老舗 |
| 形態 | 法人化済み(三山さん誕生前に法人化) |
これらの条件から、ネット上では名古屋市中区錦にある「坪井生花本店」が有力候補として挙げられています。
ただし、あくまで状況証拠による推測であり、公式に確認されたわけではありません。
もしお店がご本人の実家だとしても、一般のお客さんにご迷惑がかかるような行動はNG。ファンとしてのマナーを守りたいところです。
名古屋駅近くの自社ビルに構える老舗花屋
少し詳しく整理してみましょう。
FLASH報道での重要なポイントは「お母さんの実家が花屋」という点です。
つまり、三山凌輝さんの実家の花屋は、母親の生家にあたる花屋ということ。母方の家系が名古屋で生花店を代々営んでいて、三山さんはそういった一族の中で育ったわけです。
FLASHの取材記者は「名古屋駅からほど近い場所に自前のビルを持っており、そこでお店をやっているような一族ですから、三山さんやお母さんは”資産家”ですよ」とコメントしています。
名古屋駅周辺に自社ビルを保有しているというのは、都内でいえば新宿や渋谷に自社ビルを持っているようなイメージ。不動産的な価値でいっても、かなりの資産家であることが伺えます。
花屋候補「坪井生花本店」の詳細
ネット上でよく挙げられる候補の一つが、名古屋市中区錦に本店を構える「坪井生花本店」です。
名古屋駅から徒歩約5分という立地、自社ビル(坪井ビル)の1階にお店を構えているという特徴、そして創業100年以上という長い歴史がある老舗である点が、三山さんの実家の条件と合致すると言われています。
センスの良いアレンジメントや法人向けの装花にも対応しており、地元でも評判の良いお店として知られています。
ただしこれはあくまで憶測の域を出ません。三山さんご本人がお店を特定・公表しない以上、これ以上の詮索はご家族のプライバシーを守る意味でも控えるべきかと思います。
花屋の配達がインターナショナルスクールとの出会い
三山凌輝さんの人生を語る上で外せないのが、この「花屋の配達」エピソードです。知ったときびっくりしませんでしたか?
三山さんは2024年3月の東京カレンダーのインタビューで、こう語っています。
「うちの実家が花屋なんですけど、実家の近くにインターナショナルスクールができて、そのオープン記念の花の注文が入って配達することになったそうです。叔父が配達したのかな。それで、たまたま僕を助手席に乗せて連れて行ってくれた時、スクールの子どもたちが英語のレッスンを受けている最中で、ひょいって中に入れてもらったんです。それがすごく楽しかったみたいで、通うきっかけになったそうです。2〜3歳の頃のことです」
花屋が近隣のインターナショナルスクールへ開校祝いの花を配達したことがきっかけで、三山さんは英語の世界に足を踏み入れることになった。
そして実家の花屋が三山さんの英語力と国際的な感性の原点となったというわけです。
なんか運命的じゃないですか、この話。花屋の配達がなければ、英語もインターも、今の三山凌輝さんはなかったかもしれない。人生ってどこにターニングポイントが転がっているかわからないものですね。
ちなみにTRILLのインタビューでは「2歳くらいのとき」と語っており、記憶の誤差の範囲はあるものの、本当に幼い時期のことだったようです。
父親はどんな人?
三山凌輝さんの父親については、職業・年齢・顔写真などの詳細情報はすべて非公開で、一般人の方です。
SNSで父親が登場することはほとんどなく、母親との交流エピソードに比べると情報が圧倒的に少ないことから「母子家庭説」が浮上したことがありましたが、現在はそれが噂に過ぎないことが判明しています(詳しくは後述)。
ただ、断片的なエピソードから父親の人柄を想像することはできます。
まず、三山さんが幼少期にやんちゃだったため、中学に入ったら厳しくしようと体を鍛えていたというエピソードがあります。ところが三山さんが中学入学と同時に急に大人っぽくなってしまい、「肩透かしをくらった」とのこと。……なんか、可愛らしいお父さんですよね(笑)。息子のために密かにトレーニングしてたなんて、ちょっとほっこりします。
また、2023年のインタビューで三山さんが「最近月に1回、素敵なお店で両親と食事をするっていう親キャンペーンしてるんです(笑)。少しくらいカッコつけてもいいかなと思って」と語っており、父親ともしっかり関係を維持していることがわかります。
さらに、ファンが渋谷の看板をはじめとする三山さんの応援広告を多数出したとき、父親と母親がそれを二人で全部見て回ったというエピソードも話題になりました。夫婦仲良く息子の看板を写真に収めて歩く姿が目に浮かぶようで、微笑ましいですよね。
父親と月1回食事する「親キャンペーン」
三山さんが自ら提案している「親キャンペーン」は、両親を月に一度自分がおいしかったお店に連れて行くという取り組みです。
ar-mag.jpのインタビューでは「僕が連れていってもらって美味しかったお店で、両親にも食べてもらいたいなと思ったのがきっかけ」と話しており、親孝行な一面が伝わってきます。「大人になったな」と父親に言われたというエピソードも公表されており、父親との関係は良好である様子です。
母親はフーテンの寅さん!自由人エピソード
三山凌輝さんのお母さんについては、「フーテンの寅さん」と形容されるほどの自由人っぷりが有名です。これ、笑えますよね。でも、それがまた最高にカッコいいお母さんだなとも思います。
エピソードを整理すると——。
三山さんが5歳くらいのとき、お母さんが突然「オーストラリアに行きたい」と言い出したそうです。現地の知り合いを頼って、子連れで渡航。その後「今度はアメリカに行く!」となり、三山さんは5〜6年にわたってオーストラリア・アメリカ・日本を行ったり来たりする生活を送ることになりました。
この母親の「行くなら今でしょ」的な行動力が、三山さんの英語力と国際感覚を育てたと言っても過言ではありません。
バズリズム(2022年8月26日放送)では、海外滞在中に三山さんが「通訳人としてノーギャラで親をサポートしていた」と語っていました。幼少期から英語でお母さんの通訳を担っていたとは……小さいながらに頼もしすぎますよね。
また、BE:FIRSTのメンバー廣瀬真人さんへのプレゼントを何にするか悩んでいた三山さんがお母さんに相談したところ、「喜ぶから全部買ってあげて!」とアドバイスされ、欲しがっていたものを全部まとめてプレゼントしたというエピソードも。太っ腹すぎて笑います(笑)。
お母さんの誕生日をSNSでお祝いするなど、母子の仲は非常に良好。おおらかで自由で愛情いっぱいのお母さんに育てられた三山さんが、あんなに穏やかで温かみのある人物になったのは、なるほどなという感じです。
一人っ子として愛されて育った幼少期
三山凌輝さんは一人っ子です。本人が2024年1月27日放送のラジオで「僕一人っ子なんですよ。BE:FIRSTって冷静に考えたら俺以外全員兄弟持ちなんだよね…」と自ら明かしています。
一人っ子ということは、両親の愛情をたっぷり一人で受けて育ったということ。インターナショナルスクールへの進学、オーストラリアやアメリカへの留学など、教育への惜しみない投資もその背景にあったのかもしれません。
過去に三山さんがSNSで「可愛い姪っ子達が待ってるのであげよう」と投稿したことがあり、「兄弟がいるのでは?」と話題になったことがありました。しかし本人が一人っ子を明言しており、スポーツ報知の特集でも一人っ子と確認されています。「姪っ子」というのは、BE:FIRSTのメンバーの妹さんたちのことを指していた可能性が高いと考えられています。
幼少期は「おばあちゃんっ子」だったとも語っており、「おばあちゃんも母親も自分の信念を持っていて、人に対する思いやりについてよく言われてきました」とインタビューで振り返っています。家族みんなが芯を持ちながらも愛情深い環境で育ったことが、三山さんの「向き合う力」や「人の痛みがわかる」という今の人格形成につながっているんだなと思います。
三山凌輝の実家の花屋を調べる人向けの関連情報
実家の花屋や両親について深掘りしてきましたが、三山凌輝さんの実家まわりにはまだまだ気になる情報があります。
お金持ち説の根拠、英語力の秘密、そして「離婚説」の真相まで、続けてご紹介します。
実家がお金持ちと言われる理由
三山凌輝さんの実家がお金持ちと言われているのは、有名な話ですよね。でも「なんとなくそう言われてる」じゃなく、具体的なエピソードが山盛りあるんです。
まず全体をざっと見てみましょう。
| エピソード | 推定費用・概要 |
|---|---|
| インターナショナルスクール(3歳〜小学2年生) | 年間150〜300万円 × 数年間 |
| オーストラリア留学(1年間) | 約200万円 |
| アメリカ留学(1年間) | 約150〜620万円 |
| 大学入学祝いのプレゼント | サンローランのライダースジャケット(約50万円) |
| 高級猫3匹 | 1匹20〜98万円 × 3匹 |
| 都内マンション現金一括購入 | 不明(賃貸に出している) |
こうして並べてみると……すごいですよね。
インターナショナルスクールの学費
三山さんは3歳から小学校2年生まで、インターナショナルスクールに通っていました。
一般的にインターナショナルスクールの年間学費は150〜300万円程度と言われており、それを数年間継続して払える家庭というのはなかなか限られます。幼少期からそういった教育環境を用意できたということは、経済的な余裕がいかに大きかったかがわかります。
海外留学費用
さらに、三山さんはオーストラリアとアメリカにそれぞれ1年間ずつ留学しています。
留学費用は国・形式によって異なりますが、オーストラリアで約200万円、アメリカで約150〜620万円程度というのが一般的な目安(あくまで参考値)。合わせると軽く数百万円、場合によっては1000万円超えの可能性も。こうした費用を高校生時代に用意できた家庭環境は、間違いなく経済力の裏付けがあります。
大学入学祝いのサンローランジャケット
これが特に話題になったエピソードですよね。
三山さんは大学入学のお祝いとして、両親からサンローランのライダースジャケットをプレゼントされています。MEN’S NON-NOのインタビューでは「大切にしている1着は、大学の入学祝いに両親にプレゼントしてもらったサンローランのライダースジャケットL01です。『今年も着られる』ってうれしくなるような1着で、一生大切にするつもりです」と語っています。
サンローランのライダースジャケットは約50万円。それを「大学入学祝いで」ポンと贈れるお母さん……やっぱり太っ腹すぎますよ(笑)。
高級猫3匹
三山さんの実家(または自宅)では猫を3匹飼っています。名前はじよん・ソル・エブリバースデーという、なんともオシャレなネーミング。
じよんはラガマフィン(1匹20〜70万円程度)、ソルとエブリバースデーはサイベリアン(1匹10〜60万円程度)で、どちらも長毛の高級猫種です。1匹あたりの購入価格だけでなく、日々の飼育費や医療費を考えると、長期的なコストはかなりのものになります。
これらのエピソードを総合すると、実家の資産規模はかなりのものと言えそうです。名古屋駅近くの自社ビル保有と都内マンションの現金購入という情報も合わせると、いわゆる「資産家」という表現が正確かもしれません。
英語・韓国語が得意な理由は海外生活にあった
三山凌輝さんと言えば、英語がペラペラなことでも有名ですよね。BE:FIRSTのメンバーの中でも際立つ語学力の持ち主ですが、その背景には幼少期からの環境が大きく関係しています。
まず英語については、前述のとおり3歳から小学2年生まで名古屋のインターナショナルスクールに通い、幼少期のうちに英語環境に完全にどっぷり浸かりました。さらにオーストラリアとアメリカへの各1年間の留学でネイティブの英語に触れ、「日本語より英語が得意だった」という時期もあったほど。英検準一級レベルの英語力を持つと言われており、読解・リスニング・会話すべてにわたって高い水準を維持しています。
海外生活で学んだのは語学だけでなく、「自分の意志を相手に伝える自己表現の大切さ」だとも語っており、英語が単なるスキルを超えて人格形成にまで影響を与えていることがわかります。
さらにコロナ禍の自粛期間中には韓国語の学習に取り組み、現在は日本語・英語・韓国語の3言語を操るトリリンガルに。「死ぬまでに5カ国語をマスターしたい」という目標も持っており、語学への探求心は尽きないようです。
花屋の配達がインターナショナルスクールとの出会いを生み、母親の「行こう!」で海外生活が始まり、その環境が英語力とグローバルな感覚を育てた——三山凌輝さんの語学力は、実家の花屋から始まった連鎖の賜物とも言えます。
両親は離婚した?母子家庭説の真相
三山凌輝さんの両親について「離婚した」「母子家庭なのでは」という噂が一時期ありました。SNS上では「お母さんのエピソードしか出てこない」「父親の話が少ない」という声も。これ、気になった人も多いと思います。
でも結論からお伝えすると、三山凌輝さんの両親は離婚していないと考えられており、現在も夫婦として生活しています。
根拠として挙げられるのが、2017年の大学入学祝いのプレゼントを「両親から」と語っていること、2023年のインタビューで「最近月に1回、素敵なお店で両親と食事をするっていう親キャンペーンしてるんです」と語っていること、そしてファンの応援広告を父母2人で夫婦仲良く見に行ったエピソードなどです。
では、なぜ「離婚説」が生まれたのでしょうか。
主な理由は3つ考えられます。
まず、三山さんのSNSに母親との交流エピソードは多数登場しますが、父親の話は2018年〜2022年頃はほとんど出てこないという点。これが「父親不在=離婚」という誤解を招いたと思われます。
次に、母親がオーストラリア・アメリカへ三山さんを連れて5〜6年間行き来していた話。父親を置いて母子で海外生活を送っていたため「別れているのでは」と思われたようです。
そして三つ目が、おばあちゃんっ子だったというエピソード。「父親がいないから祖母が育てているのでは」という見方をされたようです。
ただし、父親が海外赴任していた可能性や、単純に父親がSNSに登場しない性格の方である可能性も十分考えられます。「元々僕がおやじと一緒に住んだことがなくて」という発言も見られますが、現在は「親キャンペーン」で両親と定期的に食事をしていることが明言されており、家族仲は非常に良好です。
インターナショナルスクールに通ったきっかけ
三山凌輝さんがインターナショナルスクールに通い始めたきっかけは、実家の花屋の配達でした。ここではもう少し詳しく見てみましょう。
三山さんが2〜3歳の頃、実家の花屋に近隣のインターナショナルスクールの開校祝いの花注文が入りました。配達を担当した叔父が、たまたま三山さんを助手席に乗せて連れて行ったところ、子どもたちが英語のレッスンを受けている様子を見てひょいっと中に入れてもらい……それが楽しくて楽しくて、通うきっかけになったそうです。
2〜3歳の子供が英語のレッスンを見て「楽しい!」と感じる感覚、なかなかすごいですよね。言語への感度がもともと高かったのか、それとも子供特有の好奇心の爆発だったのか。いずれにしても、そのとき叔父が助手席に乗せてくれたことが、三山さんの人生を大きく変えたと言っても過言ではありません。
名古屋インターナショナルプリスクール(現・愛知インターナショナルスクール)は2000年に名古屋市名東区の地下鉄上社駅前に開園しています。三山さんは1999年4月生まれなので、開園当時1〜2歳程度。本人が語る「2〜3歳」というのは記憶の誤差の範囲ですが、本当に幼い時期から英語の世界に入り込んでいたことがわかります。
その後3歳から小学2年生まで通い続けたことで、英語は三山さんにとって「学ぶもの」ではなく「使うもの」として身についていきました。母親と海外を行き来する中でも英語は大活躍し、幼いながら母親の通訳を務めていたというエピソードはその証でしょう。
実家の花屋がなければインターナショナルスクールとの出会いもなく、英語も留学も、今の三山凌輝さんの活躍もなかったかもしれない。人生って、小さな偶然の積み重ねで変わっていくものですね。
三山凌輝の実家の花屋のまとめ
- 三山凌輝さんの実家は愛知県名古屋市で花屋を経営している
- 花屋は母親の実家にあたり、名古屋駅からほど近い場所に自社ビルを持つ老舗
- 具体的な店名や住所は現在も非公表
- 有力候補として名古屋市中区錦の「坪井生花本店」が挙げられているが確証はない
- 花屋の配達がきっかけで三山さんは2〜3歳のときインターナショナルスクールに入学
- 3歳から小学2年生まで英語のインター環境で育ち、英語が「使うもの」として身についた
- 父親は一般人で職業・年齢は非公表。詳細エピソードは少ないが両親は離婚していない
- 母親は「フーテンの寅さん」と称される自由人。三山さんを連れて海外を5〜6年行き来した
- 母親の名前は「ミワ」と思われ、SNSで誕生日をお祝いするなど親子仲は良好
- 三山さんは一人っ子で、両親と3人家族
- 実家でラガマフィン・サイベリアンの高級猫3匹(じよん・ソル・エブリバースデー)を飼育
- インター学費・海外留学・高額プレゼントなどから実家はかなりの資産家と考えられる
- 都内マンションを現金一括購入して賃貸に出しているという報道もある
- 英検準一級レベルの英語力に加えて韓国語も習得、トリリンガルとして活躍
- 「死ぬまでに5カ国語マスター」という語学への高い目標を持っている


