Snow Manの目黒蓮さんは、実はアイドル活動の前に約8年間、本格的なサッカー競技に打ち込んでいたのをご存じですか?
炎の体育会TVで元日本代表選手を前にキックターゲットで芸能人初パーフェクトを達成したそのスキルは、”アイドルがサッカーが得意”というレベルをはるかに超えています。
長年憧れていた川崎フロンターレの中村憲剛さんとのFK対決まで実現してしまったという目黒蓮さんのサッカー愛、その軌跡をまるごと解説します。
・目黒蓮のサッカー歴(年数・ポジション・クラブチーム)の詳細
・炎の体育会TVで見せた芸能人初パーフェクトの全貌
・憧れだった中村憲剛との夢のFK対決が実現するまでのエピソード
目黒蓮のサッカー歴とポジション・実力を徹底解説
Snow Manの目黒蓮さんといえば、その圧倒的なビジュアルと高い表現力で知られるアイドルですが、実は芸能界屈指のサッカー巧者としても有名です。
ここでは、目黒蓮さんのサッカー歴やポジション、そしてその実力がどれほどすごいのか、じっくり掘り下げていきます。
サッカー歴は小学1年から約8年間
目黒蓮さんがサッカーを始めたのは、なんと小学校1年生のとき。
最初は「遊び感覚で始めた」と本人も語っていますが、やってみたら面白くなって、どんどんのめり込んでいったそうです。
ファッション誌「Myojo」の2021年3月号に掲載されたインタビューでは、こんなふうに話しています。
「サッカーでプロになりたかったです。小学校のときに遊び感覚で始めたんですけど、少しずつのめり込んで。中学からは学校の部活ではなくセレクションを受けてクラブチームにも入ったんで」
遊びから始まって、気づけばセレクション制のクラブチームでプレーするほどのレベルに到達。そのエネルギーはすごいですよね。
サッカー歴は小学1年生から中学2年生までの約8年間。
芸能活動に専念するためジャニーズ事務所に入所したのが2010年10月(中学2年生・13歳)なので、サッカーとアイドルへの道が重なったその年まで、本格的に競技に向き合っていたことになります。
目黒蓮さんのサッカー歴は「遊びから始まった約8年間」のリアルな競技歴であり、決して趣味レベルではありませんでした。
ポジションはアンカー:中盤の底で守備を支えた
目黒蓮さんのポジションについては、ファンの間でも「フォワードでは?」という声が一時期あったようです。
確かに脚が速いという情報もありますし、攻撃的なポジションのイメージを持つ人もいるかもしれません。
ただ、本人が明確に公言しているのは「アンカー」というポジションです。
TBSのサッカー情報番組「チャント!Jリーグ」に出演した際に、自らアンカーだったと明かしています。
アンカーというポジション、少し聞き慣れないかもしれませんね。
アンカー(anchor)は英語で「錨(いかり)」を意味し、チームの守備的な安定を担う要の選手のことです。
ポジション的にはミッドフィールダー(MF)の中でも最も後方に位置する「守備的MF」に相当し、相手の攻撃を未然に察知してボールを奪い、チームに安心感をもたらす「縁の下の力持ち」的存在です。
目黒蓮さんの憧れだった川崎フロンターレの中村憲剛選手もミッドフィールダーだったことを考えると、自然とそのポジションに惹かれていたのかもしれません。
派手な得点シーンよりも、チームのバランスを保つ地味な守備を担うポジションを選んでいたというのは、目黒蓮さんの芸能界での活動スタイルと重なるような気もしますよね。
セレクション通過で入った都内3位の強豪チーム
中学生になった目黒蓮さんは、学校の部活動のサッカー部ではなく、セレクション(選考試験)のある外部のクラブチームに入団するという選択をします。
これ、さらっと書きましたが実はかなりすごいことです。
クラブチームのセレクションというのは、実力のある子どもたちが多数受験する中で、コーチ陣が技術・身体能力・戦術理解などをチェックしてふるいにかける本格的な選考会です。
普通に部活でサッカーしている子とは一線を画す、「本気でサッカーをやる子どもたちの競争」に飛び込んだわけです。
本人によれば、所属チームは都内3位に入るほどの強豪チームだったとのこと。
ただ、具体的なチーム名は公表されておらず、東京都大田区出身という情報をもとに、ファンの間では「インテリオール(大田区)」「大森FC(大田区)」「東京SC(品川区)」「FCトッカーノ(世田谷区)」などが候補として挙げられています。
しかしどれも明確な根拠があるわけではなく、現時点では特定には至っていません。
チームは明かさなくても、都内3位という実績が示すように、目黒蓮さんが本格的な競技環境でサッカーと向き合っていたことは確かです。
炎の体育会TVで芸能人初のキックターゲットパーフェクト
目黒蓮さんのサッカーの実力が世に広く知られるきっかけになったのが、2023年3月18日に放送されたTBS系列のバラエティ番組「炎の体育会TV」での出来事です。
この日の目黒蓮さんは、元日本代表のレジェンドたちが揃った「サッカーレジェンド軍」と3番勝負に挑みました。
相手は稲本潤一さん、大久保嘉人さん、鄭大世(チョン・テセ)さんという顔ぶれ。誰もが名前を知る元日本代表の猛者たちです。
知ったときびっくりしませんでしたか?アイドルが現役バリバリだった日本代表選手たちと真剣勝負するわけですから。
3番勝負の内容
| ステージ | 種目 | 目黒蓮の記録 | 対戦相手 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| ファースト | ぴったりトラップ(時速80kmのボールを近くで止める) | 75cm以内 | 稲本潤一(1m1cm) | ✅ 目黒蓮が勝利 |
| セカンド | 動く的当て(20枚中何枚当てるか) | 12枚 | 大久保嘉人(14枚) | ❌ 惜敗 |
| サード | キックターゲット(120秒で20枚の的を撃ち抜く) | 98秒でパーフェクト | 鄭大世(パーフェクト) | ✅ 目黒蓮が快挙 |
最後のキックターゲットでは、先攻の鄭大世さんがパーフェクトを達成したことで一気に緊張感が高まる中、目黒蓮さんも98秒でパーフェクトを達成。
この記録は芸能人初であり、プロを含めてもメッシ、ネイマール、稲本潤一、鄭大世に次ぐ史上5人目という快挙でした。
収録後、中村憲剛さんはXで「目黒蓮さん、本当にすごかった‼︎」とコメントを投稿。
大久保嘉人さんも対決中に「ドキドキしました」と漏らしており、元プロ選手たちが本気で驚いていたことがわかります。
炎の体育会TVでの快挙は、目黒蓮さんのサッカー実力が「昔のアイドルの武勇伝」ではなく、現在進行形の本物だということを証明した出来事でした。
川崎フロンターレと中村憲剛への深い愛
目黒蓮さんのサッカー愛を語るうえで、川崎フロンターレと中村憲剛さんへの愛着は絶対に欠かせません。
目黒蓮さんは小学生の頃から川崎フロンターレのサポーターで、年間パスポートを購入して等々力競技場に足を運んでいたというほどの熱の入れようでした。
等々力競技場は川崎フロンターレのホームスタジアムで、東京都内や神奈川エリアのサッカーファンにとって身近な場所です。東京都大田区出身の目黒蓮さんが通っていたのも自然なことですが、それでも年間パスポートを持つほどの入れ込みようはなかなかのものです。
憧れの存在・中村憲剛
目黒蓮さんが特に憧れていた選手が、川崎フロンターレのレジェンド・中村憲剛さんです。
中村憲剛さんは2003年に川崎フロンターレに入団し、2020年に現役引退するまで17年間フロンターレ一筋でプレーしたMF(ミッドフィールダー)の名手。背番号は14番で、アシスト王やJリーグベストイレブン選出など数多くの実績を持ちます。
「ゴールを意識したパス」ができる先読みの天才として知られる中村憲剛さんは、目黒蓮さん自身がプレーしていたMFのポジションと重なります。
同じポジションの一流選手を目標にしていたというのが、なんともリアルなサッカー少年らしいですよね。
目黒蓮さんにとって川崎フロンターレと中村憲剛さんはただの「好きなチーム・選手」ではなく、サッカーに本気で向き合っていた少年時代の夢そのものだったといえます。
サッカーかジャニーズか:14歳で下した決断
目黒蓮さんのサッカー歴で最も胸に刺さるのが、14歳のときに迫られた「サッカーかジャニーズか」という選択です。
2023年3月、フジテレビの情報番組「めざまし8」にVTR出演した目黒蓮さんは、このときの心境をこう話しています。
「僕、ずっとサッカーやってたんで、クラブチームとかのセレクションを受けてサッカーやってたんで、サッカーもやりたいって気持ちと、どっちもあったんですけど、2つのことが同時にできないんで」
そして、こう続けます。
「1個のことしかできない。めっちゃ不器用ですね。なんかちゃんと1つにやることを絞らないとダメだなっていうので、決断しましたね」
プロを目指してセレクション通過まで達成したサッカーへの道と、ジャニーズとしての芸能活動。どちらも本気だったからこそ、迷ったんでしょうね。
「1個のことしかできない」という言葉は、不器用さの告白ではなく、何かに向き合うときは全力でしか動けないという目黒蓮さんの性格の芯の部分を表しているような気がします。
14歳という若さで自分の可能性を信じ、一本に絞る覚悟を持てたこと。
その決断がなければ、今の目黒蓮というアイドルは存在しなかったわけです。
目黒蓮のサッカー歴を調べる人向けの関連情報
目黒蓮さんのサッカー歴に関連して、ファンがよく気になるトピックをまとめています。
出身中学の話や父親のエピソード、ドラマでのサッカーシーンまで、読み応えたっぷりです。
出身中学と中学時代に広まった女子ファンクラブの伝説
目黒蓮さんの出身中学は、東京都大田区にある大田区立大森第四中学校ではないかとされています。
これはあくまでも噂の域を出るものではなく、本人が公式に出身校を明かしているわけではありません。ただ、大田区出身という情報と照らし合わせると、近隣の学校として候補として挙げられています。
そしてその中学時代、面白いエピソードがあります。
目黒蓮さんは中学時代、すでに同学年の女子生徒たちの間で非公式の「ファンクラブ」が結成されていたというのです。
アイドルとして活動を始めたのはその頃ですが、学校の中でもすでにそういう存在感だったということですよね。
サッカーでは都内3位の強豪チームでプレーし、学校では女子ファンクラブができるほどのモテっぷりという中学時代。
完全に学校の花形じゃないですか、これ。……個人的にちょっとにやにやしてしまうエピソードです。
父親の熱血指導とロナウジーニョ観戦のほろ苦エピソード
目黒蓮さんのサッカー歴を語るうえで、お父さんの存在は欠かせません。
目黒蓮さんのお父さん自身は野球経験者だったそうですが、息子がサッカーに打ち込むとわかったとき、自らもサッカーを勉強して指導に乗り出したといいます。
自分の経験とは違う競技でも、息子のために学ぼうとする姿勢はなかなかかっこいいですよね。
ただ、その指導スタイルはなかなか厳しかったようで、目黒蓮さんが試合や練習試合で悪いプレーをした日や成績が良くなかったときには、観戦席の芝生を抜いていたとか、激怒することもあったとか。
本人いわく「めちゃくちゃ怖かった」らしく、それだけ父親も本気で向き合ってくれていたということでしょう。
そして、ちょっとほろ苦いエピソードもあります。
ブラジルの伝説的選手ロナウジーニョが日本で試合をするということで、お父さんがなんとかチケットを取ってくれたそうなんです。
ところが、会場に着いてみると……席は一番上の方。フィールドからかなり遠い場所でした。
チケット入手に苦労して、やっとのことで連れていってくれたのに、席はものすごく遠かった。……なんとも言えない気持ちになるエピソードですよね。
でも、チケットを取ってくれたこと自体が、当時の目黒蓮さんにとってはかけがえない体験だったはずです。
熱血指導も、ロナウジーニョ観戦も、目黒蓮さんのサッカーへの愛情を育てたのはお父さんの存在があってこそだったと感じます。
背番号は14番だったのか
目黒蓮さんがプレーしていたときの背番号はどうだったのか、これも気になるトピックです。
残念ながら、目黒蓮さん自身は背番号について一切公表していないため、正確なことはわかっていません。
ただ、一部では「14番ではないか」という説が出ています。
その根拠として挙げられているのが、目黒蓮さんが憧れていた川崎フロンターレの中村憲剛選手の背番号が「14番」だったこと。
憧れの選手と同じ番号をつけていたのでは、という推測ですね。
もちろんこれは確認されていない話であり、実際の番号が何番だったかはわかりません。
ただ、中村憲剛さんに強く憧れていた目黒蓮さんのことを考えると、そういう可能性はあるかも……と思わせてくれる話ではあります。
公式に明かされる日が来るかどうかはわかりませんが、ファンとしては一度インタビューで聞いてみてほしいエピソードの一つですよね。
ドラマ「silent」でも証明されたサッカーの腕前
目黒蓮さんのサッカースキルが実際の映像として記憶に残る場所といえば、2022年のフジテレビドラマ「silent」も外せません。
このドラマで目黒蓮さんが演じた役・想(そう)は、高校時代にサッカー部に所属していた設定のキャラクターでした。
撮影中のオフショットとしてSNSにアップされた映像では、目黒蓮さんがゴールのバーやコーナーを狙う高精度なキックを披露。
ドラマ公式のツイッターアカウントも「すごいサッカーのスキルを見せてくれました」とコメントするほど。
ドラマの役柄だけでなく、実際の腕前も本物だということがここでも証明されましたね。
さらに、Snow ManのYouTubeチャンネルでも、メンバーと「トリカゴ」(3人以上でボールを回すパス練習)をしているシーンで目黒蓮さんのボールの扱い方が際立っていて、「他のメンバーと全然違う」とファンの間で話題になっていました。
8年間のサッカー経験は、アイドルになってからも目黒蓮さんの身体の中に確かに残っていることが、ドラマやYouTubeを通じて伝わってきます。
2025年に夢が叶った中村憲剛とのFK対決
長年の夢がついに現実になった瞬間が、2025年5月に訪れました。
TBS系列のバラエティ番組「それSnowManにやらせてください」の企画「木梨憲武主催バスツアー」で、目黒蓮さんがついに憧れの中村憲剛さんと直接対面・フリーキック(FK)対決を果たしたのです。
番組内で目黒蓮さんは「SnowManで一番中村憲剛さんに憧れている人物」として紹介され、小さい頃から川崎フロンターレの年間チケットを持って等々力競技場に通っていたというエピソードも語られました。
対決では中村憲剛さんがゴールキーパーとして守るシーンも実現。
2025年5月23日、中村憲剛さんは自身のXでこう投稿しています。
「小さい頃、シーズンチケットを購入して等々力に足を運び応援してくださっていた目黒蓮さん。ノリさんのおかげでようやく目黒さんにお会いできて嬉しかったですし、当時の話やFK対決もできて楽しかったです!!」
この投稿とともに公開された2ショット写真は、SNS上で大きな反響を呼びました。
ファンからは「目黒くんの夢が叶って嬉しかったです」「めめがサッカー得意サッカー好きなのは知っていましたが中村憲剛さんが登場してめめの本気度がわかりました」「フロサポ的にとっても素敵な時間でした」といったコメントが多数寄せられています。
少年時代に憧れた選手と、大人になってから同じピッチで向き合った瞬間。
……これ、なんかじんわりしますよね。
サッカーとの縁は断ち切ったわけではなく、ずっと目黒蓮さんの中に生き続けていたんだと感じさせてくれる出来事でした。
まとめ:サッカーが作ったSnowMan目黒蓮の礎
- 目黒蓮のサッカー歴は小学1年生から中学2年生まで約8年間
- 最初は遊び感覚で始め、次第に本格的にのめり込んでいった
- ポジションはアンカー(守備的ミッドフィールダー)。「チャント!Jリーグ」番組内で本人が公言
- 中学時代は学校の部活ではなくセレクションを受けてクラブチームに所属
- 所属チームは都内3位の強豪チームとされるが、チーム名は非公表
- 所属クラブ候補としてインテリオール(大田区)、東京SC(品川区)等が挙げられるが確証なし
- 好きなチームは川崎フロンターレ。年間パスポートを所持して等々力競技場に通っていた
- 憧れの選手は中村憲剛(川崎フロンターレ)。MF・背番号14のレジェンド
- 背番号は不明。14番説があるが本人は未公表
- 出身中学は大田区立大森第四中学校といわれているが非公式情報
- 中学時代に女子の非公式ファンクラブが存在したほどのモテっぷりだった
- 父親は野球経験者だがサッカーを勉強して熱血指導。ロナウジーニョ観戦も一緒に行った
- 2023年3月「炎の体育会TV」でサッカーレジェンド軍と対決し、キックターゲットで芸能人初パーフェクト達成(プロ含め史上5人目)
- ドラマ「silent」(2022)やSnowManのYouTubeでもサッカースキルが披露され好評を博した
- 2025年5月「それSnowManにやらせてください」でついに憧れの中村憲剛さんとFK対決が実現

