旭道山の現在はABEMA解説とちゃんこ店!元大島部屋の建物へ移った隠れ家とは

旭道山の現在はABEMA解説とちゃんこ店!元大島部屋の建物へ移った隠れ家とは

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「南海のハブ」と呼ばれた元小結の旭道山さん、最近はどうしているのか気になっている方も多いのではないでしょうか。

実は今、かつて自分が稽古を積んだ大島部屋の建物で、看板のないちゃんこ店を手がけているんです。

この記事では、旭道山さんの現在の仕事や最新の話題、若い頃から家族のことまで詳しく紹介します。

この記事を読むとわかること
・旭道山の現在の仕事(ABEMA解説・ちゃんこ店・講演)
・両国に移ったちゃんこ店「ごっつぁん酒場両国」の特徴
・2026年9月の一日署長など最新の活動と年齢

旭道山の現在は相撲解説とちゃんこ店、講演で活動中

「南海のハブ」と呼ばれた旭道山さんは、61歳になった今も相撲の解説や講演、ちゃんこ店のプロデュースなど、いくつもの顔を持って活動しています。ここではまず、いま何をしているのかを具体的に見ていきましょう。

現在の活動を一覧で整理

最近テレビで見かけないな、と思って検索した方も多いかもしれません。

結論からいうと、旭道山さんは引退後も表舞台から消えたわけではなく、形を変えて活動を続けています。

2026年9月には、東京都荒川区の尾久八幡神社で開かれた交通安全イベントに参加したことが毎日新聞で報じられました。

記事では元小結の旭道山和泰さん(61)として紹介されています。

現在わかっている活動をまとめると、次のとおりです。

活動 内容
相撲解説 ABEMAの大相撲中継で解説(2018年7月場所から)
飲食店 ちゃんこ店「ごっつぁん酒場両国」を手がける。現在は墨田区両国で完全予約制
会社経営 2000年に有限会社「旭ドリーム」を設立(健康食品の製造・販売)
講演 講師派遣サイトに講師として登録。演題は自伝と同じ「待ったなし人生」など
テレビ・イベント バラエティ出演、トークショー、交通安全の一日署長など

こうして並べると、かなり幅広いですよね。

つまり旭道山さんの現在は、相撲とのつながりを軸にした「解説者・実業家・講演家」の3本柱です。

ちゃんこ店は元大島部屋の建物で完全予約制

いちばん意外だったのが、お店の話です。

旭道山さんがかかわるちゃんこ店「ごっつぁん酒場両国」は、長く新宿御苑前にありました。

ところが、旭ドリームの公式ホームページによると、先代から60年という節目を迎えたのを機に、新宿から墨田区両国へ移転しています。

移転は2022年9月ごろ、突貫工事で済ませたそうです。

そして新しいお店は、かつて大島部屋だった建物を内装して使っているとのこと。

旭道山さんが15歳で入門し、稽古を重ねた部屋の跡地でちゃんこを出しているわけです。

……なんか、じんわりしますよね。

看板の無い隠れ家というコンセプト

お店は以前より小さくなったそうですが、「両国にこれまでなかった、看板の無い隠れ家のちゃんこ屋さん」がコンセプトだと書かれています。

公式ページの投稿では、お肉の盛り合わせやお刺身の盛り合わせ、お肉のコース、自家製プリンの写真も紹介されていました。

営業は完全予約制なので、行ってみたい方は予約してから訪れる必要があります。

2023年2月には、冷凍のちゃんこ鍋を全国へ発送する準備を進めているという投稿もありました。

焼肉店と健康食品の会社

飲食の仕事はちゃんこ店だけではありません。

2009年3月には東京・銀座に焼肉店「焼肉kyoku」を開いています。

また議員を辞めた2000年の秋には有限会社「旭ドリーム」を立ち上げ、健康食品の製造と販売を手がけてきました。

相撲部屋の跡地で店を続けているあたりに、旭道山さんの相撲への思いの強さが表れていると感じます。

ABEMAの大相撲中継で解説者として出演

テレビで旭道山さんの声を聞く機会がいちばん多いのは、大相撲中継の解説でしょう。

2005年からは「劇戦!大相撲」に、そして2018年7月場所からはABEMAの大相撲中継に解説者として出演しています。

公式ホームページにも、2019年の「Abematv 大相撲解説日」や2020年の大阪場所の解説のお知らせが残っています。

2024年11月場所の中継後には、X上で「懐かしい声が聞けて嬉しい」「楽しく聞かせていただきました」といったファンの声が上がっていました。

中継で明かした意外なエピソード

ABEMAの中継では、解説の合間にちょっとしたエピソードを話すこともあります。

2018年7月場所の中継では、現役時代に1場所だけ四股名の読みを「きょくどうやま」に変えたことがあると語っています。

2020年11月場所では、15歳のころから秋葉原に通っていた「オタク趣味」を明かし、視聴者を驚かせました。

幕内力士にも「さん」付けで話す丁寧な口調も、ファンの間で知られています。

解説者としての旭道山さんは、厳しさよりも人柄の温かさで親しまれている印象です。

講演やテレビ出演、交通安全の一日署長も

旭道山さんは講演活動にも力を入れています。

講師派遣ナビ(日刊スポーツ)やスピーカーズ.jpといった講演依頼サイトに講師として載っていて、相撲界と政界の両方を経験した話が持ちネタです。

1997年には自伝『待ったなし人生―旭道山和泰自伝』(ベースボール・マガジン社)も出しています。

最近のテレビ・メディア出演

テレビでは2024年1月8日に日本テレビ「しゃべくり007」の大相撲SPに出演し、若乃花さんら元力士と共演したことを本人がXで告知していました。

2025年3月には双葉社のインタビューサイト「THE CHANGE」に登場し、力士から衆議院議員へ転身したときの思いを語っています。

2026年9月は尾久署の一日署長に

最新の話題が、2026年9月18日の交通安全イベントです。

旭道山さんは警視庁尾久署の一日署長に就き、集まった人たちに自分の事故体験を話しました。

過去に車を運転していて、交差点で大型車とぶつかったことがあるそうです。

「大きな車が来ているのが見えなかった。前後左右を見て、確認しすぎるということはない」と訴えたと報じられています。

自分の失敗をそのまま話すのは、なかなかできることじゃないですよね。

60代になっても、地域のイベントや取材に呼ばれ続けているのが今の旭道山さんです。

師匠・旭國の死去と大島部屋とのつながり

旭道山さんの現在を語るうえで外せないのが、師匠の存在です。

師匠は元大関旭國の大島親方で、旭富士や旭天鵬など多くの力士を育て、モンゴル人力士の入門の道を開いた人物として知られています。

その旭國さんは2024年10月22日に77歳で亡くなりました。

旭ドリームの公式ページでは、以前から「元小結 前衆議院議員旭道山や元大関旭国元大島親方のトークショーも承っております」と案内していて、師弟でイベントに出ることもあったようです。

実はモンゴルから来た6人の少年を最初に預かって稽古をつけたのも、部屋頭だった旭道山さんでした。

厳しい稽古についていけず5人がモンゴル大使館に逃げ込んだという話もあり、そこからモンゴル人力士の歴史が始まったとされています。

お店が元大島部屋の建物にあることを考えると、師匠や部屋とのつながりは今も続いているといえそうです。

旭道山さんの今の活動の土台には、大島部屋で過ごした年月がしっかりあります。

旭道山の現在に対する世間の声

最後に、今の旭道山さんがどう見られているかを見てみます。

2024年10月14日に還暦を迎えたときには、X上で「還暦おめでとうございます」「ファンになって30年以上経ちます」といったお祝いの言葉が寄せられていました。

ABEMAの解説についても「お懐かしい声が聞けて嬉しかった」「メディアにバンバン出てほしい」という声があります。

一方で「最近見ない」と感じている人がいるのも確かで、地上波のレギュラー番組がないことが理由かもしれません。

とはいえ、ネット中継や講演、地域のイベントに活動の場を移していると考えれば、消えたというより居場所が変わったというのが実際のところでしょう。

30年以上応援しているファンがいるほど、旭道山さんの人気は根強いです。

旭道山の現在を調べる人向けの関連情報

ここからは、旭道山さんの現在を調べる人がよく一緒に検索している年齢や若い頃、議員時代、家族のことをまとめます。

旭道山は何歳?1964年生まれの61歳

旭道山さんは1964年10月14日生まれで、2026年9月時点で61歳です。

2026年10月14日の誕生日で62歳になります。

項目 内容
本名 波田和泰(はた かずやす)
生年月日 1964年10月14日
生まれ 東京都世田谷区三軒茶屋
出身 鹿児島県大島郡徳之島町
身長・体重(現役時) 182cm・107kg
血液型 O型

東京で生まれ、3歳のときに母方の実家がある鹿児島県の徳之島へ移り住みました。

未熟児で生まれ、交換輸血を3回も受けたそうです。

小さいころは剣道やバレーボール、陸上で島の大会を制するなど、運動神経抜群の子どもでした。

現役を退いてから約30年がたち、旭道山さんは還暦を過ぎた年齢になっています。

若い頃は「南海のハブ」と呼ばれた小兵力士

旭道山さんの若い頃といえば、やはり張り手です。

入門時は身長178cm・体重58kgという細さで、新弟子検査の直前に豆腐やうどん、水で体重を増やしてぎりぎり合格したといいます。

1980年5月場所で初土俵を踏み、1989年1月場所で新入幕。

100kgほどの軽量ながら、頭から当たって食いつく相撲と鋭い張り手で「南海のハブ」と呼ばれました。

項目 記録
最高位 小結
通算成績 538勝551敗
三賞 殊勲賞2回・敢闘賞2回
金星 1個(曙)
連続出場 1089回

1993年3月場所の久島海戦では、立ち合いの張り手一発で相手をひざから崩し、のちにテレビ番組で「0.8秒」の秒殺として紹介されました。

ただ、張り手の激しさは当時の理事長から注意を受けるほどで、その後は封印しています。

細い体で大きな相手に真っ向から挑んだ姿が、今もファンの記憶に残る旭道山さんの原点です。

議員として過ごした3年8ヶ月

旭道山さんは現役力士のまま政界へ転身した珍しい経歴の持ち主です。

1996年10月の衆議院選挙に新進党から立候補するため、突然、日本相撲協会に廃業届を出しました。

比例近畿ブロックで当選し、しばらくはちょんまげ姿で国会に登院したことでも話題になりました。

新進党の解党後は新党平和を経て無所属となり、与党の会派に加わっています。

2000年6月の解散で2期目の話を断り、約3年8ヶ月で議員を退きました。

在任中に思い入れがある法案として、介護保険法や奄美群島振興開発特別措置法を挙げています。

当時の自民党幹事長・野中広務さんは、次があるのに自分から辞退した旭道山さんを「戦友」と呼んだそうです。

議員は1期だけで、現在は政治の世界からは離れています。

嫁との結婚や息子について

旭道山さんの嫁や結婚、息子についても検索されています。

奥さんについて、名前や職業が公表されたことはありません。

ただ、本人のブログ「旭道山の 気ままな予定表」には、2005年8月に「緊急帝王切開!!」という投稿があり、ケースの中で泣く息子の様子や、嫁への気遣いの言葉がつづられていました。

このことから、2005年ごろには家庭を持ち、息子さんが生まれていたと読み取れます。

息子さんの名前や現在の職業については、表には出ていません。

結婚は公表していないものの、本人のブログからは奥さんと息子さんがいることがうかがえます。

家族は行司の弟とボクサーの甥

旭道山さんの家族は、相撲やボクシングの世界で活躍しています。

続柄 名前 活動
弟 木村寿之介 大相撲の三役格行司
弟 松男(呼出名) 元五等呼出
甥 波田大和 帝拳ジム所属のプロボクサー

3歳下の弟・木村寿之介さんは1983年に行司として初土俵を踏み、2024年1月に三役格行司へ昇進しました。

甥の波田大和さんは寿之介さんの次男で、2024年6月にOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座を獲得しています。

公式ホームページでも、波田大和さんの試合結果をたびたび紹介していました。

少年時代、父親が島の生活になじめず別居したため、旭道山さんは長男として弟たちの世話をしながら母親を支えていたそうです。

兄弟そろって相撲の世界に進み、その次の世代がボクシングで結果を出している家族です。

暴力の噂は1996年の週刊誌報道から

旭道山さんと暴力というワードが一緒に検索されるのは、議員に立候補した1996年の報道がきっかけです。

当時、写真週刊誌が、部屋から逃げようとした新弟子に部屋頭の旭道山さんが激しい暴行をしたと報じました。

Wikipediaによると、旭道山さん本人は取材に対して事実を認めつつ、新弟子教育の一環だと説明していたとされます。

一方、当時の大島部屋側は、新弟子が部屋のカーテンに火をつけたことが発端だったと主張していました。

現役時代の激しい張り手の印象も重なって、「暴力」という言葉と結びつきやすいのかもしれません。

暴力の噂は約30年前の報道が元で、現在の活動に関する話ではありません。

旭道山の現在のまとめ

  • 旭道山は1964年10月14日生まれで、2026年9月時点で61歳
  • 現在は相撲解説・飲食店・講演を軸に活動している
  • 2018年7月場所からABEMAの大相撲中継で解説を務める
  • ちゃんこ店「ごっつぁん酒場両国」は新宿から墨田区両国へ移転した
  • 新しい店は元大島部屋の建物を内装したもの
  • 店のコンセプトは看板の無い隠れ家で、完全予約制
  • 2000年に有限会社旭ドリームを設立し健康食品を手がけた
  • 2009年には銀座に焼肉kyokuを開いた
  • 2026年9月18日に警視庁尾久署の一日署長を務めた
  • 交差点で大型車と衝突した過去の事故体験を語った
  • 師匠の元大関旭國は2024年10月22日に77歳で死去した
  • 現役時代は「南海のハブ」と呼ばれ最高位は小結
  • 1996年に衆院選で当選し、2000年に2期目を断って勇退した
  • 本人のブログには2005年に息子が生まれたとうかがえる投稿がある
  • 暴力の噂は1996年の週刊誌報道がきっかけとされる

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