朝比奈マリアさんの現在が気になって、検索した方も多いのではないでしょうか。
1970〜80年代にモデルや歌手、司会で活躍した朝比奈さんは、いまは芸能界を離れて恵比寿駅前でビーズアクセサリーのサロンを開いています。
実は、芸能界からアクセサリー作家になるまでの間には「画家」という時期もあったんです。
・朝比奈マリアさんの現在の仕事と活動の拠点
・芸能界から画家、アクセサリー作家になるまでの経緯
・母・雪村いづみさんや夫・息子との現在の関係
朝比奈マリアの現在はビーズアクセサリー作家
テレビで見かけなくなった朝比奈マリアさんですが、実はいまも手を動かす仕事を続けています。
仕事の中身から暮らしぶり、母・雪村いづみさんとの関係まで、本人の発信をもとに順番に見ていきますね。
現在の仕事はソウタシェ中心のビーズアクセサリー講師
結論から言うと、朝比奈マリアさんの現在の肩書きはビーズアクセサリーのデザイナー兼講師です。
本人のInstagramのプロフィールには、ソウタシェを中心にビーズアクセサリーを作り、講師もしていると書かれています。
ソウタシェというのは、細い飾りひもでビーズや天然石をくるむように縫い留めていく、海外で広まった手法です。
日本ではまだ教室が少ない分野で、朝比奈さんは本人のブログでも「材料も入りづらいのが現状」と紹介していました。
ここ、ちょっと意外じゃないですか?
華やかな芸能人のイメージからすると、黙々と手を動かす細かい作業の世界にいるのは、なかなか想像しにくいですよね。
新しい技法「Shibori」にも挑戦
2017年には、クラウドファンディングのMakuakeで「Shibori」を使ったシルクリボンアクセサリーのプロジェクトを立ち上げています。
Shiboriは、京都の絞り染めの技術を応用したシルクリボンで、ひねったり膨らませたりすることで表情が変わる素材です。
プロジェクトの自己紹介では、ビーズアクセサリーの技法はほとんど独学で勉強してきたと書かれていました。
応援購入の総額は2万7,000円で、目標には届かずに終了しています。
それでも、新しい素材を見つけて自分から発信していく姿勢は、作り手としてかなり本気だなと感じました。
インスタグラムは2026年も更新中
本人のInstagramは、2026年5月の時点でも作品の投稿が続いています。
つまり朝比奈マリアさんは、芸能界を離れたあともアクセサリー作家として現役で活動している、というのが現在の姿です。
恵比寿駅前の個人サロンとホテルニューオータニでの販売
活動の拠点になっているのが、恵比寿駅前の個人サロンです。
Makuakeのプロフィールによると、2000年にビーズアクセサリー作りを始め、それがプロの目にとまって複数のショップで講習会を開くように。
その2年後には、個人のビーズサロン「ビジューde Maria」を開いたとされています。
InstagramのアカウントIDも「bijouxdemaria」なので、サロンの名前をそのまま使っているんですね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| サロン名 | ビジューde Maria |
| 場所 | 恵比寿駅前(レンタルスペースを利用) |
| 講座の形 | 1回4時間ほど、お茶やスイーツ付き |
| 完成品の販売 | ホテルニューオータニ内「一善堂」 |
| ネット販売 | ハンドメイドマーケット「minne」 |
Makuakeで募集していた講習会は、恵比寿駅前の落ち着いたレンタルスペースで、4時間の講座にお茶かスイーツが付く形でした。
「楽しいお喋りをしながら皆様と奇麗なもの作りをしています」という紹介文からは、肩ひじ張らない教室の雰囲気が伝わってきます。
作った作品はどこで買える?
Instagramのプロフィールでは、ホテルニューオータニ内の「一善堂」で完成品を販売しているとも書かれています。
また、ハンドメイド作品の通販サイト「minne」へのリンクも載せていて、ネットでも作品を出しているようです。
カルチャースクールでも講座を担当
X(旧Twitter)のプロフィールでは、よみうりカルチャーの北千住と横浜校で講座を開いていると紹介していました。
いつ時点の情報かははっきりしませんが、自分のサロンだけでなくカルチャースクールでも教えていた時期があったようです。
教える場所と売る場所の両方を持って、作家として生計を立てているのが朝比奈さんの現在です。
芸能界を離れて画家からアクセサリー作家になるまで
では、どうやって芸能界からアクセサリー作家へたどり着いたのか。
実は、その間に「画家」という時期がはさまっています。
結婚後に油絵を本格的に始めた
朝比奈さんは10代半ばでモデルとしてデビューし、女優や歌手、司会として活躍しました。
1985年に結婚すると、子どものころから好きだった絵を本格的に始めたと本人のプロフィールにあります。
実は絵の下地は、芸能界にいたころからありました。
1981年に朝比奈さんを自宅で取材した雑誌編集者のブログによると、色紙に丁寧な馬の絵を描いてサインしてくれたのだそうです。
取材した約50人の女優さんのなかで、絵入りのサインは朝比奈さんだけだったと振り返っています。
二科展での入選と母との親子展
画家としては、1987年に二科展で入選し、1991年には母・雪村いづみさんとの親子展を初めて開いています。
本人のプロフィールでは、二科展に7年連続で入選し、全国で個展を開いたと紹介されていますね。
1983年には、二科展に入選した油絵が雑誌の写真を模写したものと分かり、入選が取り消されたこともありました。
それでも翌年には別の展覧会で入選し、その後二科展にも戻ってきたわけですから、絵をあきらめなかったんだなと感じます。
30代後半でビーズと出会う
そして30代後半にビーズアクセサリーと出会い、「趣味が高じて現在の仕事となりました」と本人が書いています。
| 時期 | 主な活動 |
|---|---|
| 1970年代後半 | モデルとしてデビュー、CMやドラマ、司会で活躍 |
| 1985年 | 結婚。絵を本格的に始める |
| 1987年 | 二科展に入選 |
| 1991年 | 雪村いづみさんと親子展 |
| 2000年 | ビーズアクセサリー作りを始める |
| 2000年代前半 | 個人サロン「ビジューde Maria」を開く |
| 2017年 | MakuakeでShiboriアクセサリーのプロジェクト |
| 2026年 | Instagramで作品の発信を続ける |
芸能から絵、絵からアクセサリーへと、「自分の手で作るもの」に軸を移してきたのが朝比奈さんの歩みです。
20歳前に語っていた「ママのようにはならない」
1981年の取材で、朝比奈さんは「ママは人間的に凄く尊敬していますけど、ママのようになろうとは思いません」「自分でしかできないことをやりたい」と話していたそうです。
いまの姿を知ってからこの言葉を読むと、なんだかじんわりきますよね。
見た目の変化が話題になった理由は更年期うつ
朝比奈マリアさんの現在を調べると、「見た目が変わった」という話題がよく出てきます。
その背景として本人が明かしていたのが、更年期うつとの闘病でした。
こいもうさぎのブログによると、朝比奈さんは「マリアvs更年期うつ」というブログで、その様子を綴っていたそうです。
2009年ごろから続いた不調
2009年ごろから化粧をするのがとても苦痛になり、洗顔や入浴も何日もできない状態が続いたといいます。
心療内科で薬を処方されても無気力はなかなか良くならず、洗濯物をひとカゴ畳むだけで疲れてしまうほどだったそうです。
その時期に甘いものがやめられなくなり、体重が増えたことも本人が書いていました。
2010年に母の雪村いづみさんとテレビに出たときには、変わった姿をネットで叩かれて落ち込んだとも綴っています。
これは…正直、読んでいて胸が痛くなりました。
本人がいちばん分かっていることを外から言われるのは、つらかったでしょうね。
見た目の変化は、心身の不調と向き合っていた時期のものだった、というのが本人の説明です。
なお、その後どのように回復したのかについては、本人の詳しい発信は見つかりませんでした。
ただ2018年のブログでは新作のアクセサリーを次々に紹介していて、作家としての活動は続いています。
母・雪村いづみとの現在の関係
朝比奈マリアさんの現在で、いちばん胸がざわつくのがこの話かもしれません。
本人はInstagramの投稿で、母・雪村いづみさんとは6年ほど前から生き別れのような状態で、行方もわからないと明かしています。
友人との会話で雪村さんのショーの話題が出たことがきっかけで、帰宅後に久しぶりに母の歌を聴き、改めてその声と歌唱力に心を動かされた、という投稿でした。
かつては親子展を開き、2012年には「徹子の部屋」に母娘そろって出演したこともある2人です。
なぜ離れて暮らすことになったのか、本人は詳しい事情を書いていません。
ネット上ではいろいろな理由が推測されていますが、どれも本人が語ったものではないので、ここでは触れないでおきます。
母とは連絡が途絶えた状態でも、歌手・雪村いづみの声には今も心を寄せている、というのが本人の言葉から読み取れることです。
家族と11羽のインコとの暮らし
プライベートの現在についても、本人がプロフィールで少しだけ明かしています。
Instagramでは、夫と息子、11羽のインコたちと暮らしていると紹介しています。
11羽って、にぎやかすぎませんか?
X(旧Twitter)のプロフィールでは、インコ12羽とボルゾイ(大型の犬)と一緒に暮らしているとも書いていたので、昔から大の動物好きなんですね。
ハンドメイド通販のアカウント名も「fancybird」で、鳥への愛情があちこちににじみ出ています。
夫の病気を経て変わった考え方
2018年6月、結婚33周年の日のブログでは、2016年ごろに夫が脳卒中で倒れたことに触れていました。
「毎日、生きて顔を合わせられる有り難さ」に気づいたと書き、「この歳になるとやっぱりパートナーがいてくれることは本当に有り難い」と結んでいます。
……なんか、いいですよね。
家族と動物に囲まれながら、作品づくりを続けているのが朝比奈さんの今の暮らしです。
朝比奈マリアの現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、朝比奈マリアさんの現在とあわせて検索されている、若い頃や家族のことをまとめます。
若い頃はモデル・歌手・司会で活躍
朝比奈マリアさんは1962年3月15日、アメリカのワシントンD.C.で生まれました。
本名は上田マリアさんで、母は歌手の雪村いづみさん、父はイタリア系アメリカ人です。
清泉インターナショナルスクールを中退し、10代半ばでモデルとして芸能界に入りました。
デビューの年齢は、ウィキペディアでは15歳、本人のプロフィールでは14歳となっていて、少しずれがあります。
| 分野 | 主な仕事 |
|---|---|
| CM | パルコ(1978年)、日産スカイライン(1977〜1981年) |
| 司会 | 「ザ・ポップ」(1978年、フジテレビ)、世界歌謡祭(1983年〜) |
| ドラマ | 「愛」(1980年、TBS)、「しあわせ戦争」(1980年、TBS)ほか |
| 歌 | 「ディスコ・ギャル」(1979年)、「太陽は死なない」(1982年) |
1979年のアルバム「MARIA」には、細野晴臣さんや坂本龍一さん、松任谷正隆さんらが参加していて、いま見るとかなり豪華な顔ぶれです。
1982年には、松本零士さん原作の劇場アニメ「わが青春のアルカディア」の挿入歌も歌っています。
エキゾチックな顔立ちと知的な話しぶりで、モデル・歌手・司会とマルチに活躍していたのが若い頃の朝比奈さんです。
夫は元テレビプロデューサーの上田健一
朝比奈マリアさんの夫は、フリーのテレビプロデューサーだった上田健一さんです。
朝比奈さんが1983年から司会を務めた世界歌謡祭で、番組制作を担当していたスタッフでした。
2人は1985年に結婚しています。
2018年のブログで「33回目」の結婚記念日と書いているので、2026年で結婚41年になる計算です。
「結婚って何かと面倒と思った時もあった」と正直に書きつつ、パートナーへの感謝を綴っているあたりに、長く連れ添った夫婦らしさを感じます。
子供は息子が1人
朝比奈マリアさんには、息子さんが1人います。
2012年に「徹子の部屋」に出演したとき、24歳になる息子がいると話していました。
そこから計算すると、1988年ごろの生まれで、2026年には38歳前後になっているはずです。
Instagramでも「夫と息子」と一緒に暮らしていると書かれていて、今も同じ家で生活しているようです。
息子さんの名前や仕事は公表されていません。
徹子の部屋に母娘で出演した2012年
朝比奈マリアさんは2012年、母の雪村いづみさんと一緒に「徹子の部屋」に出演しています。
この放送で、24歳になる息子がいることも明かしていました。
「朝比奈マリア 徹子の部屋」と検索されるのは、母娘そろってテレビに出た数少ない機会だったからでしょう。
本人のブログによると、その少し前の2010年夏にも、雪村さんと一緒にテレビに出演していました。
いまは母と離れた状態だと本人が明かしているだけに、この共演を振り返る人が多いのかもしれませんね。
朝比奈マリアの現在のまとめ
- 朝比奈マリアの現在の仕事はビーズアクセサリーのデザイナー兼講師
- ソウタシェという飾りひもの技法を中心に作品を作っている
- 恵比寿駅前で個人サロン「ビジューde Maria」を開いている
- 完成品はホテルニューオータニ内「一善堂」で販売している
- 2017年にはMakuakeでShiboriシルクリボンのプロジェクトを立ち上げた
- Instagramは2026年5月時点でも更新が続いている
- 1985年の結婚後に油絵を本格的に始め、二科展に入選した
- 1991年には母・雪村いづみと親子展を開いた
- 30代後半でビーズと出会い、趣味が仕事になった
- 2009年ごろから更年期うつに苦しんだと本人が綴っていた
- 見た目の変化が話題になったのはこの時期
- 母とは6年ほど前から離れた状態だとInstagramで明かしている
- 夫は元テレビプロデューサーの上田健一で、2016年ごろに脳卒中を経験
- 子供は息子が1人で、1988年ごろの生まれ
- 夫と息子、11羽のインコと暮らしている


