元オフコースの松尾一彦さん、最近どうしているのか気になりますよね。
テレビで見かける機会が減った一方で、ライブやラジオ、BS番組への出演は続いているようです。
2005年ごろには心臓の病気で姿を見せなくなった時期もあり、そのあたりの事情も含めてまとめました。
・松尾一彦さんの現在の活動(ライブ・出演・音楽ユニット)
・2005年ごろの心臓の病気と、痩せたと言われる理由
・オフコース時代から現在までの経歴と家族のこと
松尾一彦の現在の活動
松尾一彦さんの現在は、ソロのライブを軸にしつつ、バンドやユニットでも音楽を続けている、という状況です。
ここでは確認できる範囲の活動を順番に見ていきます。なお、情報の多くは2023〜2024年ごろまでのものなので、最新の予定は公式サイトやSNSで確かめてくださいね。
松尾一彦の現在はライブとメディア出演を続けている
松尾一彦さんは1954年8月7日生まれ、秋田県山本郡八森町(現在の八峰町)の出身で、シンガーソングライター・作曲家・プロデューサーとして活動しています。
ボーカル、ギター、ハーモニカ、キーボードと担当楽器も幅広いんです。
直近では2019年にミニ・アルバム『君を待つ渚』を発表していて、2017年にはハーモニカ作品のベスト盤とミニ・アルバムもリリースしています。
メディアでは、2023年と2024年放送分のBS朝日「シティポップ・スタジオ」への出演が確認できます。
つまり、表舞台から消えたわけではなく、音楽活動は今も続いているということです。
2022年のオフコース・トリビュートライブにゲスト出演
2022年7月には、中西圭三さんと鎮目政宏さんが行ったオフコースのトリビュートライブに、スペシャルゲストとして出演しました。
「松尾一彦&Nashville」という名義でライブイベントに参加している、と紹介するサイトもあります。
また、公式Xでは、羽田でのイベント「カーペンターズとオフコースと僕らの時代」が盛況のうちに終わったことや、オンラインサロン「松尾音楽夜話」の参加者募集が告知されていました(投稿日は一部不明)。
清水仁さん・大間ジローさんとのAcoustic Beatles Club(A.B.C)
1999年に、元オフコースの清水仁さん・大間ジローさんとAcoustic Beatles Club(A.B.C)を結成しています。
ビートルズをアコースティックで楽しむというコンセプトで、2023年時点でもA.B.C名義でのライブ活動が続いていると紹介されています。
2004年にはTHE UNITというユニットも結成しているので、「バンド仲間と音を鳴らす」ことを大事にしている方なのかな、と感じます。
新型コロナの影響でライブが直前に中止になることも
ファンサイトの記事によると、新型コロナの影響でライブが直前に中止になることが多くなっていた時期があるようです。
ライブ中心で活動する方だけに、これはつらかったでしょうね…。
その後は2022年のトリビュートライブへのゲスト出演など、少しずつ動きが戻っている様子がうかがえます。
松尾一彦の心臓の病気と痩せた理由
松尾一彦さんの現在を語るうえで外せないのが、2005年ごろの心臓の病気です。
一時期は姿を見せなくなったので、心配した方も多かったはず。ここでは、わかっていることを整理します。
2005年ごろに入院して休養していた
複数のファンサイトによると、松尾一彦さんは2005年ごろに体調を崩して入院し、予定されていた仕事もキャンセルになったとされています。
ラジオ番組(FM Mot.comの「HOP STEP MUSIC」)で、本人が心臓の病気だったと明かしたと紹介されています。
病名は明かされていません。
心臓の機能について「30〜40%ほどしか働いていない」と医師に言われた、という記述もあれば、「3分の2が機能していない状態」と書くサイトもあり、数字は一致していません。
ただ、入院が必要なほど重い状態だったことは、どのサイトでも共通しています。
回復後は薬と通院を続けながら普通の生活に
治療と運動によって、1年後にはほぼ改善したとされています。
現在は毎日薬を飲み、毎月通院しながら、普通の生活が送れるようになったと紹介されています。
痩せたと言われる理由はリハビリの運動
若いころと比べて痩せた姿が話題になっていますが、サイトの説明では、リハビリで毎日運動するようになったことが大きいようです。
半年ほどの運動で急に体重が落ち、医師にがんを疑われるほどだった、という話も紹介されています。
その後もウォーキングなどを続けて、運動が習慣になったとされています。
痩せた理由は、病気そのものよりも、回復のための運動の積み重ねと考えられます。
松尾一彦のオフコース時代から現在までの経歴と家族
ここからは、現在の活動の土台になっている経歴と家族のことを見ていきます。
高校時代のバンドからオフコース加入まで
秋田県立能代高等学校の出身で、高校3年のころにロックバンドを結成したのが音楽活動の入り口です。
1974年にはバンド「ザ・ジャネット」でデビューしましたが、1975年12月に解散しています。
そして1979年8月1日にオフコースの正式メンバーになりました。
1976年ごろからレコーディングに参加していたという情報もあり、正式加入の前から関わりがあったようです。
オフコース在籍中から作家活動も
在籍中から作家活動も行い、岩崎宏美さん、稲垣潤一さん、柏原芳恵さんなど多くの歌手に楽曲を提供しています。
オフコース解散後は吉田拓郎さんのツアーや斉藤和義さんのプロデュース
オフコースは1989年の東京ドーム公演「The Night With Us」を最後に解散しました。
解散後は吉田拓郎さんのツアーやレコーディングに参加し、1992年にソロ活動を再開しています。
弟の松尾直樹さんは、斉藤和義さんをデビューさせた人物で、松尾一彦さんも初期のアルバム制作に関わったと紹介されています。
解散後も、演奏とものづくりの両面で音楽の現場に立ち続けてきたということです。
妻は一般女性、娘が1人いる
松尾一彦さんは1981年6月に結婚しています。
お相手は一般女性とされ、名前や職業は公表されていません。
披露宴は京王プラザホテルで開かれ、200人以上が集まり、オフコースのメンバーも出席したと紹介されています。
娘さんは1人いるとされ、本人が「娘が2歳のときにオフコースは解散した」と話していることから、1987年ごろの生まれと推測されています。
ご家族は一般の方なので、詳しい情報は出ていません。
松尾一彦の現在のまとめ
- 1954年8月7日生まれで秋田県八峰町の出身
- シンガーソングライター・作曲家・プロデューサーとして活動
- 1979年8月1日にオフコースの正式メンバーになった
- オフコースは1989年に解散
- 解散後は吉田拓郎のツアーなどに参加
- 1992年にソロ活動を再開した
- 1999年に清水仁・大間ジローとA.B.Cを結成
- 2004年にTHE UNITを結成
- 2017年にハーモニカ作品、2019年にミニ・アルバム君を待つ渚を発表
- 2022年7月にオフコースのトリビュートライブへゲスト出演
- 2023年・2024年放送のBS朝日シティポップ・スタジオに出演
- 2005年ごろに心臓の病気で入院し休養したとされる
- 痩せた理由はリハビリで続けた運動とされる
- 1981年に一般女性と結婚し娘が1人いるとされる
- 弟の松尾直樹は斉藤和義のデビューに関わった


