潮哲也の現在は?ライオン丸から『龍馬伝』まで39年の俳優人生とは

潮哲也の現在は?ライオン丸から『龍馬伝』まで39年の俳優人生とは

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潮哲也さんの現在について、気になっている方は多いのではないでしょうか。

『快傑ライオン丸』の主演でデビューし、大河ドラマや『スーパー競馬』でも活躍した潮さんですが、近年の姿を見かけることはなくなりました。

実は、60歳を機に俳優を離れたという経緯があり、調べるほどに奥深い人生が見えてきます。

この記事を読むとわかること
・潮哲也さんの現在について確かめられていること
・俳優を引退した理由と最後の出演作
・ライオン丸から『スーパー競馬』までの経歴と妻・九条亜希子さんのこと

潮哲也の現在は?俳優引退後の状況

潮哲也さんの現在について、わかっている範囲を最初に整理します。

ライオン丸の主演から大河ドラマまで、約40年を俳優として駆け抜けた方の「その後」を見ていきましょう。

潮哲也の現在は?近況として確かめられること

潮哲也さんは、すでに俳優を引退している人物です。

資料に残っている活動期間は1971年から2010年までで、現在は芸能界の第一線を離れているというのが実態です。

気になるのは、いま何をしているのか、ですよね。

ただ、2010年以降の出演情報や、生活ぶりを伝える具体的な記事は、調べた範囲では見つかりませんでした。

テレビやイベントに顔を出しているという話も確認できていないので、近況を断定的に書くことは控えますね。

確かめられている事実は、1949年12月13日生まれで、2010年の『龍馬伝』が最後の出演作の一つということです。

潮哲也が俳優を引退した理由は60歳での決断

引退のきっかけは、60歳という節目でした。

資料によると、テレビドラマの制作本数が減ってしまい、望むような役を得にくくなったことが理由とされています。

長く時代劇や刑事ドラマで活躍してきた方だけに、これは時代の流れを感じさせる話です。

……なんだか、しみじみしてしまいますよね。

引退は不祥事などではなく、役に恵まれにくくなったことを受けた自分なりの区切りだったことがわかります。

なお、引退した正確な年や、引退の場で発表があったかどうかは、確認できる資料がありませんでした。

最後の出演作は2010年の『龍馬伝』

活動期間の終わりである2010年に出演したのは、NHK大河ドラマ『龍馬伝』です。

潮さんは松平乗全役で出演しています。

同じ年には、『湯けむりバスツアー 桜庭さやかの事件簿』の第2作にも名前が挙がっています。

年作品備考
2008年おみやさんVIドラマ
2010年龍馬伝松平乗全役
2010年湯けむりバスツアー 桜庭さやかの事件簿 第2作ドラマ

大河ドラマは『独眼竜政宗』『翔ぶが如く』『武蔵 MUSASHI』にも出演していて、NHK大河には長くかかわってきたことが見えてきます。

妻は元女優の九条亜希子さん

潮さんの妻は、元女優の九条亜希子さんです。

2人は『快傑ライオン丸』での共演がきっかけで結婚したとされています。

面白いのは、潮さんが新人だったころ、九条さんの配役選考に立ち会っていたことです。

演技経験があることから、潮さんが九条さんを推薦したと伝えられています。

……推薦した相手と、のちに結ばれるなんて、なんだかドラマみたいですよね。

結婚した年や、お子さんについての記述は、確認できる資料にはありませんでした。

潮哲也のプロフィールと俳優人生

ここからは、潮さんがどんな道を歩んできたのかを振り返ります。

現在を知るうえで、人物像を押さえておくとより分かりやすいですよ。

潮哲也のプロフィール

まずは基本プロフィールを表にまとめます。

項目内容
名前潮哲也(うしお てつや)
本名本保明啓(ほんぼ あきひろ)
生年月日1949年12月13日
出身地石川県金沢市とされる(京都府与謝郡岩滝町生まれで14歳のころ金沢へ転居との記載もある)
身長・血液型178cm・AB型
特技剣道二段、スキューバダイビング、乗馬
職業俳優・声優・歌手
活動期間1971年〜2010年

芸名の「潮」は、ピー・プロダクション社長のうしおそうじさんから譲られたものです。

家族は、父親が警察官で、姉が3人いたと伝えられています。

製紙会社から東映へ。ライオン丸で主役デビュー

石川県立工業高等学校を卒業した潮さんは、製紙会社勤務やレコード店の事務を経て上京しました。

東映演技研修所を経て東映芸能部に所属し、数本のドラマに端役で出たのち、『快傑ライオン丸』の主役に抜擢されてデビューします。

1972年から1973年にかけて放送され、続く『風雲ライオン丸』(1973年)でも主演を務めました。

その後は黒沢年男さんの所属事務所を経て、1974年から東宝芸能に所属しています。

ライオン丸の撮影エピソード

撮影中のエピソードも印象的です。

第7話の撮影中に足を骨折したのに、撮影を止めないよう病院から現場へ通ったと伝えられています。

正直、聞いているだけで胸が痛くなりますよね。

衣装は全身革製で動きにくかったため、『風雲ライオン丸』で衣装が変わり、ブーツになったことを喜んだそうです。

剣道の経験はあったものの、時代劇の立ち回りは動きがまったく違ったと語っています。

『スーパー競馬』の初代総合キャスター

俳優としてだけでなく、司会者としての顔もあります。

1987年4月から1994年3月まで、フジテレビの『スーパー競馬』で初代総合キャスターを務めました。

ライオン丸の終了後、馬に接する機会がなくなったことをきっかけに競馬場へ通うようになり、それが司会の仕事につながったとされています。

乗馬が特技という点とも、きれいにつながりますね。

俳優引退の前に、約7年間テレビの司会も務めていたのです。

映画・ドラマでの主な出演作

代表的な出演作は次のとおりです。

ジャンル主な作品
映画悪魔の手毬唄(1977年)、火の鳥(1978年)、駅 STATION(1981年)、ゴジラ(1984年)、(ハル)(1996年)
大河ドラマ独眼竜政宗、翔ぶが如く、武蔵 MUSASHI、龍馬伝
時代劇・ドラマ江戸の旋風シリーズ(長期レギュラー)、太陽にほえろ!、水戸黄門、鬼平犯科帳、火曜サスペンス劇場

『江戸の旋風』は長期レギュラーとして出演していました。

歌手・声優としての活動

潮さんは歌手や声優としても活動しています。

1971年には、本保明啓&ヤング・フレッシュ名義で『レッツゴー!! ライダーキック』を歌いました。

1975年には、石川さゆりさんとデュエットで映画『青い山脈』の主題歌も担当しています。

吹き替えでは、『ベガス』(1979年)のダン・タナー役が挙げられています。

潮哲也の現在のまとめ

  • 潮哲也さんは1949年12月13日生まれの元俳優
  • 本名は本保明啓
  • 活動期間は1971年から2010年まで
  • 『快傑ライオン丸』の主演でデビューした
  • 『風雲ライオン丸』でも主演を務めた
  • 引退のきっかけは60歳という節目だった
  • 理由はテレビドラマの制作減少で望む役を得にくくなったこととされる
  • 最後の出演作の一つは2010年の『龍馬伝』
  • 『龍馬伝』では松平乗全役を演じた
  • 妻は元女優の九条亜希子さん
  • 2人は『快傑ライオン丸』での共演がきっかけで結婚した
  • 1987年から1994年まで『スーパー競馬』の初代総合キャスターを務めた
  • 歌手としても『レッツゴー!! ライダーキック』を歌った
  • 2010年以降の具体的な近況は確かめられていない
  • 現在は芸能界の第一線を離れている

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