RB大宮アルディージャの小林柚希さんが、どこの高校に通っているのか気になっている方は多いのではないでしょうか。
高校3年生のうちにプロ契約を結び、Jリーグでゴールまで決めた選手なので、学校のことも知りたくなりますよね。
実は、プロ契約の発表では学ラン姿で契約書にサインする写真が公開されていて、そこから在籍先を探す人も増えているんです。
・小林柚希さんの在籍高校が公表されているかどうか
・高校年代で所属しているRB大宮アルディージャU18での歩み
・高校在学中のプロ契約・Jデビュー・初ゴールの時系列
小林柚希の高校はどこ?在籍校と高校生でのプロ入り
小林柚希さんの高校について、2026年10月1日時点で分かっていることを順番にまとめました。
学校名そのものよりも、高校生のままプロの世界に入った歩みのほうが、実はずっと情報がそろっています。
在籍している高校の学校名は非公表
まず結論からお伝えすると、小林柚希さんが通っている高校の学校名は公表されていません。
クラブの公式発表、JFA(日本サッカー協会)の代表選手紹介、ゲキサカやスポニチなどの報道をひととおり確認しましたが、どれも「RB大宮アルディージャU18所属」「高校3年生」という書き方で、学校名には触れていませんでした。
ここ、気になって検索した方には少し肩すかしかもしれませんね。
Jリーグクラブのユース(高校年代のチーム)に所属する選手は、クラブで練習や試合をしながら、それとは別に一般の高校へ通うのが一般的です。
高校の部活動ではなくクラブのチームでプレーしているので、高校サッカーの選手のように「〇〇高校の小林」と紹介されることがないんですね。
報道でも「大宮U18」「3年」と所属と学年だけが書かれるのは、このためだと考えられます。
つまり、小林柚希さんの所属チームはRB大宮アルディージャU18で、通っている学校名は表に出ていないというのが現状です。
学ラン姿の写真から分かること
2026年6月のプロ契約の発表では、クラブ公式Xで小林さんが学ラン姿で契約書にサインする写真が公開されました。
FOOTBALL ZONEも、この写真を「高校生らしい初々しさ」が残る一枚として紹介しています。
学ランを着ていたことから、制服が詰襟の高校に通っている可能性はありますが、校章や学校名が分かる情報は報じられていません。
写真だけで学校を特定するのは難しいので、ここは公表を待つのがよさそうです。
高校年代はRB大宮アルディージャU18でプレー
小林さんは中学年代の大宮アルディージャU15から、そのままRB大宮アルディージャU18へ昇格しました。
サッカー歴を整理しているサイトでは、U18でのプレーは2024年からと記録されています。
クラブのU18紹介ページでも、2026年度の「高校3年生」の欄に小林さんの名前が載っています。
U18では高円宮杯プリンスリーグ関東1部が主な舞台で、ゲキサカは2026年5月の記事で「大宮U18の中心選手」と紹介していました。
2025年12月のプレミアリーグプレーオフでは、同学年の神田泰斗さんとともに「2年生レフティコンビ」として写真特集が組まれたこともあります。
また、ゲキサカの選手名鑑によると、2025年と2026年はトップチームに2種登録されていました。
2種登録というのは、ユースに所属したままトップチームの公式戦に出られる仕組みのことで、このときの背番号は43番だったそうです。
高校の部活ではなく、プロクラブの育成組織で高校年代を過ごしてきたのが小林さんの特徴です。
高校3年生の2026年5月にJリーグデビュー
小林さんのJリーグデビューは、2026年5月6日のいわきFC戦でした。
J2・J3百年構想リーグの上位対決で、大宮が3-2と1点差に詰め寄られた直後の後半35分に途中出場しています。
18歳の誕生日を迎えてから、ちょうど1か月ほどのタイミングでした。
このとき小林さんはまだプロ契約前で、2種登録の選手としてトップチームのメンバーに入っていました。
同期の神田泰斗さんがひと足先にプロ契約を結んでデビューしていたので、本人にとっても待ち望んだ一歩だったはずです。
ただ、試合後のコメントはかなり悔しそうでした。
ゲキサカの取材に「自分に足りないものが明確になった試合」と話し、空中戦やセカンドボールへの反応、守備の強度を課題に挙げています。
FW杉本健勇選手のクロスに飛び込みきれなかった場面についても「あれは自分の課題」と振り返っていて、デビュー戦から自分に厳しい選手なんだなと感じました。
華やかなデビューではなく、課題を持ち帰ったデビュー戦だったことが、その後の成長につながっていきます。
学ラン姿でサインした高校生のプロ契約
デビューから1か月もたたないうちに、小林さんはプロ契約を結びます。
クラブが発表したのは2026年6月1日で、U18に所属したままのプロ契約でした。
ゲキサカは「U-17W杯出場の大宮U18MF小林柚希がプロ契約」と報じ、発表の時点でリーグ戦3試合に出場していたことも伝えています。
小林さんはクラブを通じて次のようにコメントしました。
「この大好きなクラブの一員としてプロサッカー選手のキャリアを始められることに感謝しています。」
「チームのために全力でプレーしていきます。」
U15からずっと大宮で育ってきた選手が「大好きなクラブ」と言うのは、なんだかじんわりしますよね。
小学生時代に所属していたPALAISTRA U-12も、OBとして4人目のプロ契約だとSNSで祝福していました。
高校3年生のうちにプロになったので、在籍校の情報より先にプロ選手としての肩書きが知られることになりました。
高校在学中に決めたクラブ最年少ゴール
そして2026年9月26日、小林さんはプロ初ゴールを決めます。
明治安田J2リーグのヴァンフォーレ甲府戦で、後半27分から途中出場し、後半アディショナルタイム(90+3分)に右足でゴールを奪いました。
試合は大宮が5-1で快勝しています。
このゴールは、18歳5か月13日でのクラブのリーグ戦最年少ゴール記録になりました。
クラブ公式のSNSでも、生年月日とともに「高校3年生」と書き添えて記録更新を伝えています。
本人はスポニチの取材に「点を決めて結果を見せないと今後につながっていかない」と話していて、デビュー戦で口にした課題を、結果で返したような形です。
左利きの選手が右足で決めたゴールというのも、ちょっと面白いところですよね。
高校の在学中に、クラブの歴史に名前を残すゴールを決めたことになります。
同じ試合に18歳以下が4人出場
この甲府戦では、小林さんを含めて18歳以下の選手が4人も出場していました。
クラブも「2008年生まれ(現高校3年生)の4選手が同時にピッチに立った」と紹介しています。
高校生年代の選手がこれだけ同時にJ2の公式戦に立つのは珍しく、若手を積極的に起用するチームの方針もうかがえます。
U-17ワールドカップへは高校2年で追加招集
高校2年生だった2025年、小林さんは世代別の日本代表にも選ばれています。
2月のパラグアイ遠征でU-17日本代表に初招集され、8〜9月のフランス遠征(リモージュ国際大会)にも参加しました。
そして11月、カタールで開かれたFIFA U-17ワールドカップに追加招集されます。
一度はメンバーから外れていましたが、FC東京の北原槙選手が負傷したため、開幕前日に急きょ声がかかりました。
シャワー中に母が取り次いだ招集の電話
この追加招集にはちょっとしたエピソードがあります。
ゲキサカの取材によると、連絡が来たのは小林さんが家でシャワーを浴びているときで、お母さんが「電話来てるよ」と知らせてくれたそうです。
そのままバスルームで電話を受け、およそ5時間後にはカタールへ出発したというから驚きですよね。
現地に着いたのは初戦当日の11月3日の朝で、初戦はベンチから見守ったといいます。
JFAの紹介では、キレのあるドリブルで局面を打開するレフティーとして期待されていました。
高校入学前の小学校・中学校時代の所属チーム
高校より前の所属チームは、JFAの公式プロフィールに経歴として載っています。
| 年代 | 所属チーム |
|---|---|
| 小学生 | インテルナチオナーレ前橋FC → PALAISTRA U-12 |
| 中学生 | 大宮アルディージャU15 |
| 高校生 | RB大宮アルディージャU18 |
サッカーを始めたのは7歳のときで、JFAのアンケートではきっかけを「幼稚園の先生」と答えています。
群馬県内のクラブでプレーしたあと、中学から埼玉の大宮アルディージャU15へ進み、以降はずっと大宮の育成組織で育ってきました。
PALAISTRA U-12では、のちに大宮でもチームメイトになる神田泰斗さんと同じ10期生です。
小学校・中学校・高校とも、学校名ではなく所属クラブで経歴が語られている選手です。
小林柚希の高校を調べる人向けの関連情報
ここからは、小林柚希さんの高校とあわせて検索されている話題をまとめます。
同じ名前の別の方の情報も混ざりやすいので、そのあたりも整理しておきますね。
大宮アルディージャの小林柚希のプロフィール
まずは基本のプロフィールです(2026年10月時点のクラブ公式の情報をもとにしています)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小林柚希(こばやし・ゆずき) |
| 生年月日 | 2008年4月13日 |
| 出身地 | 群馬県伊勢崎市 |
| 所属 | RB大宮アルディージャ |
| ポジション | MF(U-17日本代表ではFW登録) |
| 背番号 | 77 |
| 身長・体重 | 175cm・68kg |
| 利き足 | 左 |
身長と体重は、2025年のJFAの紹介では174cm・66kgだったので、この1年で少し大きくなっているようです。
ニックネームは「ゆず」で、仲のいい選手には神田泰斗さんの名前を挙げていました。
憧れの選手はクリスティアーノ・ロナウド選手で、ゲキサカの取材では「ロナウド派」だと話しています。
サッカー選手としての武器は左足
小林さんがサッカー選手として一番の武器に挙げているのは左足です。
ゲキサカの取材では、得意なプレーを「左足のパスとかドリブル、シュート」と答えていました。
JFAの紹介でも、所属チームではサイドハーフを主戦場にして、得意のカットインからゴールに絡むプレーを見せていると書かれています。
一方で、プロ初ゴールは右足で決めていて、デビュー戦で挙げた守備や競り合いの課題にも取り組んでいる様子がうかがえます。
左足のドリブルとカットインが持ち味のレフティーアタッカーというのが、小林さんの選手像です。
伊勢崎市で検索される理由と同じ名前の観光特使
小林柚希さんは、JFAのアンケートで出身地を群馬県伊勢崎市と答えています。
そのため伊勢崎市とあわせて検索されるのは自然なのですが、少し注意したいことがあります。
伊勢崎市には、第38代の観光特使ひまわりを務めた同じ名前の小林柚希さんという女性がいて、検索するとこちらの情報も一緒に出てくるんです。
ミス・コンテストに出場した経歴もある方で、サッカーの小林柚希選手とは別の人物です。
ここで紹介した2人の関係を示す情報は見当たらなかったので、混同しないように気をつけてくださいね。
インスタで出てくる小林柚希は別人の可能性
インスタで小林柚希と検索すると、上で触れた観光特使の小林柚希さんのアカウントが上位に出てきます。
サッカーの小林柚希選手本人のアカウントかどうかは、クラブから案内されていません。
選手の様子を見たい場合は、RB大宮アルディージャの公式Instagramや公式Xを見るのが確実です。
プロ契約の発表や最年少ゴールの記録更新なども、クラブの公式アカウントで発信されていました。
野球で検索されるのは同じ名前の別の選手
小林柚希と野球で検索されることもありますが、サッカーの小林柚希選手が野球をしていたという情報はありません。
検索結果には、中学硬式野球のチームに所属する同じ名前の選手が出てきます。
小林選手は7歳でサッカーを始めてから、ずっとサッカー一筋で歩んできた選手です。
同期の神田泰斗とは小学生からのチームメイト
小林さんとよく一緒に名前が挙がるのが、同じ2008年生まれの神田泰斗さんです。
2人はPALAISTRA U-12の10期生で、そこから大宮のアカデミーでも一緒にプレーしてきました。
2025年2月のパラグアイ遠征では、2人そろってU-17日本代表に選ばれています。
プロ契約は神田さんがひと足先で、PALAISTRA U-12のSNSでは、神田さんがクラブ最年少でプロ契約を結んだと紹介されていました。
小林さんがデビューした翌日が神田さんの誕生日だったこともあり、クラブは「Growing up together」と2人をまとめて祝福しています。
……なんか、いいですよね、こういう関係。
小学生のころから同じチームで育った2人が、そろってプロのピッチに立っているのが大宮の今のトピックです。
小林柚希の高校のまとめ
- 小林柚希はRB大宮アルディージャに所属するMF
- 通っている高校の学校名は公表されていない
- 高校年代はクラブのRB大宮アルディージャU18でプレーしている
- 2026年度は高校3年生で、クラブも記録更新の発表で高校3年生と記載
- 2025年と2026年はトップチームに2種登録されていた
- 2026年5月6日のいわきFC戦でJリーグデビュー
- 2026年6月1日にU18所属のままプロ契約を発表
- プロ契約では学ラン姿で契約書にサインする写真が公開された
- 学ランの写真から学校名が分かる情報は報じられていない
- 2026年9月26日の甲府戦でプロ初ゴールを記録
- 18歳5か月13日でクラブのリーグ戦最年少ゴール記録を更新
- 2025年11月にU-17ワールドカップへ追加招集された
- 小学生時代はインテルナチオナーレ前橋FCとPALAISTRA U-12、中学は大宮U15
- 出身は群馬県伊勢崎市で、同じ名前の観光特使とは別人
- 同期の神田泰斗とは小学生からのチームメイト


