「さすらいのギター」で知られる小山ルミさん、今どうしているのか気になりますよね。
実は人気の真っただ中だった1974年にアメリカへ渡り、そのまま芸能界を去っていたんです。
ロサンゼルスでの暮らしや結婚した夫、23年ぶりにテレビに映った近況まで、分かっていることをまとめました。
・小山ルミさんの現在の暮らしと住んでいる場所
・1974年に渡米して芸能界を引退した経緯と夫
・引退後に続く「さすらいのギター」の再評価
小山ルミの現在はロサンゼルスで暮らす元歌手
小山ルミさんは1974年に芸能界を離れ、現在はアメリカのロサンゼルスで暮らしていると伝えられています。引退までの経緯や、テレビに一度だけ姿を見せた近況、そして今も続く歌の再評価までを順番に見ていきましょう。
現在はロサンゼルス在住で芸能活動はしていない
小山ルミさんの今について、いちばん知りたいのはここですよね。
結論から言うと、小山さんはアメリカ・ロサンゼルスに移り住み、芸能活動からは完全に離れています。
1974年に渡米し、翌年に現地で知り合った日本人の宝石商と結婚して芸能界を引退した、というのが各所で共通して語られている経緯です。
その後はロサンゼルスに移住しており、日本のテレビや雑誌に登場することは基本的にありません。
Yahoo!知恵袋には「さすらいのギターを歌っていた小山ルミさんは健在ですか?」という質問が今でも寄せられていて、その答えとしても「宝石商の男性と結婚して、現在はロサンゼルス在住」という内容が返されています。
つまり、ファンの間でも近況をつかむ手がかりはほとんどなく、ロサンゼルスで一般の方として暮らしているらしい、というところまでが分かっている範囲なんです。
1952年8月11日生まれなので、2026年9月時点で74歳になっています。
芸能界に戻る動きはなく、ロサンゼルスで静かに暮らしているというのが小山ルミさんの現在です。
1974年に渡米し宝石商と結婚して引退
小山さんが芸能界を離れたのは1974年のことです。
中学生のころにモデルとして仕事を始め、1968年に映画『ケメ子の歌』のヒロインに抜擢されてから、およそ6年間の芸能生活でした。
最後のシングルは1974年2月に出た『わたしはお人形』で、この年に渡米しています。
渡米から結婚までの流れ
時系列で整理すると、次のようになります。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1968年 | 映画『ケメ子の歌』でヒロイン、ビクターから『はじめてのデート』で歌手デビュー |
| 1970年 | テイチクへ移籍し『あなたに負けたの』などを発表 |
| 1971年 | 『さすらいのギター』がヒット、森進一さんのアメリカ公演にゲスト出演 |
| 1974年 | 『わたしはお人形』を最後に渡米 |
| 1975年 | 現地で知り合った日本人の宝石商と結婚し、芸能界を引退 |
人気があるうちに、あっさりと海を渡ってしまったわけです。
これには正直、驚きました。
ヒット曲もあり、映画やドラマにも次々出ていた時期なので、惜しむ声が多かったのも無理はないですよね。
渡米と結婚がそのまま引退につながり、小山さんは20代前半で表舞台を去りました。
1997年のあの人は今で約23年ぶりにテレビに登場
引退後の小山さんが、一度だけ日本のテレビに姿を見せたことがあります。
1997年にテレビ朝日で放送された『ザ・スーパーサンデー・あの人は今』で、ロサンゼルスでの近況が紹介されたんです。
過去の映像を除けば、約23年ぶりに放送媒体に登場した形でした。
当時を覚えている方にとっては、懐かしさでいっぱいの放送だったんじゃないかなと思います。
ただ、これ以降にテレビや雑誌で近況が取り上げられたという記録は見当たりません。
現在確認できるいちばん新しい本人の近況は、この1997年の放送ということになります。
引退後も続くさすらいのギターの再評価
本人が表に出なくなってからも、小山さんの歌は聴かれ続けています。
1990年代以降の昭和歌謡を掘り起こすブームの中で、ビート歌謡の歌手として改めて注目されるようになりました。
ロシア民謡とサーフ・ロックを合わせたような『さすらいのギター』は、ノリのいい曲とボーカルが21世紀に入ってからも根強い人気を保っています。
ベスト盤や紙ジャケットCDの発売
引退後に出た主な作品は次のとおりです。
| 発売 | 作品 | レーベル |
|---|---|---|
| 1998年12月 | ヒット・コレクション | Wea |
| 2000年11月 | アダルト・ポップス・シリーズ2 シングル・コレクション | PARADE |
| 2007年7月 | ビートルズを歌う ほかカバーアルバム3作を紙ジャケットCDで復刻 | Solid Records |
| 2008年5月 | 小山ルミ&ドラム・ドラム・ドラム(未発表音源を収録) | Solid Records |
| 2008年5月 | さすらいのギター(紙ジャケットCD) | Solid Records |
2008年には、レコードでは出ていなかった秘蔵の音源まで発掘されています。
本人は遠くロサンゼルスにいても、歌だけは日本で新しいファンを増やしている……なんか、いいですよね。
小山さん本人の活動はなくても、作品は今も復刻され、聴き継がれています。
夫は現地で知り合った日本人の宝石商
小山さんの結婚相手は、渡米先で知り合った日本人の宝石商と伝えられています。
名前や顔写真などは公表されておらず、一般の方と考えてよさそうです。
結婚したのは渡米の翌年の1975年で、ここで芸能界を引退しています。
結婚後はロサンゼルスへ移住していて、現在の暮らしもこのご主人との生活が土台になっていると考えられます。
渡米前には、ザ・ドリフターズの加藤茶さんとの交際が噂されていました。
その噂からは想像できないほど、結婚後は日本の芸能界と距離を置いた生活を選んだことになります。
夫は一般の日本人宝石商で、結婚後はロサンゼルスで暮らしています。
若いころの小山ルミのプロフィール
今の小山さんを知るうえで、若いころの経歴もおさらいしておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 小山留美 |
| 生年月日 | 1952年8月11日 |
| 出身地 | 北海道札幌市 |
| 両親 | 父はアイルランド人の軍人、母は日本人 |
| デビュー | 1968年(映画『ケメ子の歌』、シングル『はじめてのデート』) |
| 主な出演 | 映画『ドリフターズですよ!冒険冒険また冒険』、ドラマ『オレとシャム猫』『キイハンター』ほか |
フジテレビの『ビート・ポップス』でカバー・ガールを務めたのが、テレビでの出発点でした。
愛らしい顔立ちと小悪魔っぽい雰囲気で若者の人気を集め、1968年から1973年にかけて映画だけでも15本以上に出演しています。
歌手としてはビクターからテイチクへ移り、『さすらいのギター』のヒットで一気に知られる存在になりました。
短い期間に映画・ドラマ・歌のすべてで活躍した、1970年前後を代表するハーフのアイドルでした。
小山ルミの現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、小山ルミさんの現在を調べている人が一緒に気にしている話題をまとめました。
子供についての公表はない
小山さんに子供がいるかどうかは、公表されていません。
結婚後は日本のメディアにほとんど登場していないため、家族構成について本人が語った記録も見当たらないんです。
1997年の『あの人は今』では近況が紹介されていますが、その内容として子供の有無が伝わっている情報もありませんでした。
子供がいるかどうかは分かっておらず、一般の方としての私生活は明かされていません。
加藤茶との交際と事故の噂
小山さんを調べると、加藤茶さんの名前がよく一緒に出てきます。
当時、ザ・ドリフターズの加藤茶さんとの交際が噂されていたからです。
小山さんは映画『ドリフターズですよ!』シリーズにも出演していて、ドリフとの接点がありました。
加藤茶が運転する車の事故
もうひとつよく語られるのが、事故の話です。
加藤茶さんは1970年に対向車と衝突する交通事故で重傷を負っています。
昔を知るファンのブログやSNSでは、この事故のとき小山さんが同乗していて、しばらく芸能活動を休んだと書かれています。
ただし、大手メディアや公式の記録でこの点がはっきり確認できるわけではありません。
当時の週刊誌の記憶をもとにした話として受け止めておくのがよさそうです。
加藤茶さんとの交際は噂にとどまり、小山さんは最終的に別の男性と結婚しています。
ゴールデン・ハーフと小山ルミの関係
小山ルミさんとゴールデン・ハーフを一緒に検索する方も多いようです。
小山さんはゴールデン・ハーフのメンバーではありません。
ただ、同じ時代に活躍したハーフの女性歌手で、フジテレビの『ビート・ポップス』にはゴールデン・ハーフも出演していました。
ハーフのアイドル歌手として同じ番組や同じ時代の記憶の中に並ぶので、セットで思い出されやすいんですね。
小山さんはソロの歌手で、ゴールデン・ハーフとは同時代のハーフ歌手という関係です。
代表曲さすらいのギターとあなたに負けたの
小山さんの代表曲といえば、1971年6月に出た『さすらいのギター』です。
作詞は千家和也さん、編曲は川口真さんで、ワルツ調の原曲を大胆にアレンジしたビート歌謡になっています。
実はこの曲、後期のプレス版には別テイク・別ジャケットのものが存在していて、コレクターの間で話題になってきました。
もう一曲よく検索されるのが、1970年5月に出た『あなたに負けたの』です。
作詞はなかにし礼さん、作曲と編曲は森岡賢一郎さんで、テイチク移籍後の2枚目のシングルでした。
今も聴かれている代表曲は、この2曲を中心としたテイチク時代の作品です。
ビートルズを歌うなどのカバーアルバム
小山さんは洋楽のカバーアルバムも出しています。
中でも検索されることが多いのが、1973年10月の『ビートルズを歌う』です。
『レット・イット・ビー』『イエスタデイ』『ヘイ・ジュード』など、ビートルズの12曲を歌ったアルバムでした。
ほかにも『ベンチャーズ・ヒットを歌う!二つのギター』(1971年)、『ロックン・ロール・ミュージック』(1973年)があり、3作とも2007年に紙ジャケットCDで復刻されています。
ビートルズのカバーは、引退後に再評価が進んだ作品のひとつです。
小山ルミの現在のまとめ
- 小山ルミは1974年に渡米し、現在はロサンゼルスで暮らしている
- 芸能活動は完全に離れており、日本のメディアにはほぼ登場しない
- 1975年に現地で知り合った日本人の宝石商と結婚し、芸能界を引退した
- 夫の名前などは公表されておらず、一般人とされる
- 1952年8月11日生まれで、2026年9月時点で74歳
- 芸能生活は1968年のデビューからおよそ6年間だった
- 1997年の『ザ・スーパーサンデー・あの人は今』で約23年ぶりにテレビに登場した
- この放送以降、近況が報じられた記録は見当たらない
- 1990年代以降の昭和歌謡ブームでビート歌謡歌手として再評価された
- 2007年から2008年にかけて紙ジャケットCDの復刻や未発表音源の発売があった
- 子供がいるかどうかは公表されていない
- 加藤茶との交際が噂されていたが、結婚には至らなかった
- 加藤茶の運転する車の事故に同乗していたという話はファンの記憶として語られている
- ゴールデン・ハーフのメンバーではなく、同時代のハーフ歌手である
- 代表曲は『さすらいのギター』と『あなたに負けたの』


