ちあきなおみさんに娘はいるのか、気になって調べた方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、ちあきなおみさんと夫・郷鍈治さんの間に子供はいません。
それでも夫婦の絆はとても強く、夫が亡くなったあと、ちあきなおみさんは歌うことそのものをやめてしまったんです。
・ちあきなおみに娘や息子がいるのかどうか
・夫・郷鍈治と2人で歩んだ結婚生活の中身
・ちあきなおみの現在の年齢・健康・収入
ちあきなおみの娘はいる?子供がいない夫婦の歩み
ちあきなおみさんの娘について調べると、答えはシンプルで「子供はいない」です。
ここでは、夫・郷鍈治さんとの結婚生活を中心に、夫婦2人の歩みを振り返っていきます。
娘はいない!子供は何人かの答えは0人
まず結論からお伝えしますね。
ちあきなおみさんには、娘も息子もいません。
夫の郷鍈治さんとの間に子供はおらず、子供は何人かと聞かれれば答えは0人です。
この点は、Yahoo!知恵袋の回答や音楽系ブログなど、ちあきなおみさんについて書かれた複数の情報でも一致しています。
「あれだけの大スターなら、娘さんがいてもおかしくないのでは?」と思った方もいるかもしれません。
でも実際には、ちあきなおみさんの家族は夫の郷鍈治さんただ1人でした。
夫婦の結婚生活は1978年から1992年までの約14年間で、その間ずっと2人きりで歩んできたことになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 子供の人数 | 0人(娘・息子ともにいない) |
| 夫 | 郷鍈治さん(俳優・のちに個人事務所社長) |
| 結婚 | 1978年 |
| 夫との死別 | 1992年9月11日 |
夫・郷鍈治のプロフィールと結婚までの経緯
ちあきなおみさんの夫・郷鍈治さんは、もともと俳優として活躍していた人です。
本名は瀬川鍈治さん、旧姓は宍戸で、俳優・宍戸錠さんの実の弟にあたります。
1937年5月29日に大阪府大阪市で生まれ、明治大学経営学部を卒業後、1960年に日活に入社して俳優デビューしました。
強面の容姿を生かして、ヤクザや殺し屋といった悪役を数多く演じ、『仮面ライダーV3』では敵幹部のキバ男爵にも扮しています。
2人を引き合わせたのは、義兄となる宍戸錠さんでした。
1973年、バラエティー番組やドラマで共演していた宍戸錠さんが、ちあきなおみさんに弟の郷鍈治さんを紹介したのが出会いです。
そこから5年を経て、1978年に2人は結婚しました。
郷鍈治は瀬川家へ婿入りした
結婚にあたって、郷鍈治さんはちあきなおみさんの実家である瀬川家へ婿入りしています。
ちあきなおみさんの本名は瀬川三恵子さんなので、夫婦そろって「瀬川」の姓になったわけですね。
つまり、ちあきなおみさんにとって宍戸錠さんは義理の兄、宍戸開さんは義理の甥という関係になります。
夫婦2人で築いた個人事務所と喫茶店
結婚後、郷鍈治さんは俳優の仕事から少しずつ離れ、1980年代前半にはひっそりと引退しました。
代わりに設立したのが、ちあきなおみさんの個人事務所「セガワ事務所」です。
郷鍈治さんは社長兼マネージャー・プロデューサーとなり、妻の歌手活動を裏から支える立場に回りました。
ちあきなおみさんも「ヒット曲を追うのではなく、自分が歌いたい歌にじっくり取り組みたい」と、しばらくの充電期間に入ります。
テレビ出演は減りましたが、シャンソンやジャズ、ポルトガルのファドなど、幅広いジャンルのレコーディングはマイペースに続けていました。
広尾の純喫茶「COREDO」
郷鍈治さんは、夫婦の生活の基盤として広尾に純喫茶「COREDO」を開店しています。
郷鍈治さんがコーヒーを淹れるこのお店は業界人のたまり場になり、ちあきなおみさんも充電期間中にはお店を手伝うことがあったそうです。
夫がコーヒーを淹れ、妻がお店を手伝う……なんか、いいですよね。
子供はいなくても、仕事も暮らしも2人で一緒に作り上げていた夫婦だったことが分かります。
夫・郷鍈治の死と芸能活動の停止
そんな2人の生活は、1992年に突然終わりを迎えます。
郷鍈治さんが肺がんを患い、1992年9月11日、55歳で亡くなったのです。
元マネージャーの古賀慎一郎さんによると、ちあきなおみさんは懸命に看病を続けていたといいます。
火葬の際には棺にしがみついて「私も一緒に焼いて」と泣き崩れたと伝えられていて、正直、読んでいて胸が痛くなりました。
数日後、ちあきなおみさんは「主人の死を冷静に受け止めるにはまだ当分時間が必要かと思います」という書面のコメントを出しています。
そしてこれを最後に、歌手活動を含めた芸能活動を全面的に停止しました。
引退とは明言していないものの、それ以降は公の場に姿を見せず、取材にも一切応じていません。
「私は夫のために歌っていた」
古賀慎一郎さんは、結婚後の2人を「夫婦というよりも戦友」と表現しています。
ちあきなおみさんは「私は郷さんのために歌っていた」と話していたそうで、夫がいなければ歌うことはできなかった、というのが古賀さんの見方です。
子供のいない夫婦にとって、お互いがかけがえのない唯一の家族だったことが伝わってきます。
娘と検索される理由は曲名にある?
ちあきなおみさんに娘はいないのに、なぜ「ちあきなおみ 娘」と検索されるのでしょうか。
実際に検索してみると、上位には『東京の花売娘』や『あの娘が泣いてる波止場』といった、タイトルに「娘」が入った楽曲の動画や歌詞ページが数多く並びます。
『東京の花売娘』は公式YouTubeチャンネルでも公開されている曲です。
ここからは筆者の推測になりますが、曲名で検索した人と、家族について知りたい人の両方がこの言葉を使っていて、それが検索の多さにつながっているのかもしれません。
また、ちあきなおみさん自身が3姉妹の末っ子、つまり「瀬川家の娘」として育ったことも、生い立ちを調べる人の目に留まりやすい点です。
いずれにしても、ちあきなおみさんに実の娘がいるという事実はありません。
義理の甥・宍戸開との関係
ちあきなおみさんの「子供」に近い存在として名前が挙がることがあるのが、俳優の宍戸開さんです。
宍戸開さんは宍戸錠さんの息子なので、ちあきなおみさんから見ると義理の甥にあたります。
ただ、あくまで義理の親戚であって、ちあきなおみさんの子供ではありません。
義兄の宍戸錠さんは、ちあきなおみさんの歌を「美空ひばりより上手いと思う」と絶賛し、歌手復帰を強く望んでいた人でもあります。
ところが郷鍈治さんの死後は宍戸錠さんとも交流がなくなり、郷鍈治さんをしのぶ会にもちあきなおみさんは姿を見せなかったそうです。
宍戸錠さんは2020年1月18日に亡くなり、復帰を望んだ願いはかなわないままとなりました。
これは…ちょっと切ないですよね。
ちあきなおみの娘を調べる人向けの関連情報
ちあきなおみさんの娘について調べる人は、現在の様子もあわせて気になっているようです。
ここでは年齢や健康、収入など、よく検索されている疑問に答えていきます。
現在は何歳?1947年生まれの79歳
ちあきなおみさんは1947年9月17日生まれです。
2026年9月時点で79歳になります。
神奈川県で生まれ、東京都板橋区で育ちました。
4歳でタップダンスを習い始め、5歳で日劇の舞台に立ち、幼いころから米軍キャンプを回ってジャズを歌っていたというから驚きです。
1969年に「雨に濡れた慕情」で歌手デビューし、1972年には「喝采」で日本レコード大賞を受賞しました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1947年 | 神奈川県で誕生 |
| 1969年 | 「雨に濡れた慕情」で歌手デビュー |
| 1972年 | 「喝采」で日本レコード大賞 |
| 1978年 | 郷鍈治さんと結婚 |
| 1992年 | 夫と死別し芸能活動を停止 |
現在の旦那は?再婚の報道はなし
ちあきなおみさんの現在の旦那について気になる方もいると思います。
ちあきなおみさんの夫は、1992年に亡くなった郷鍈治さんただ1人です。
夫との死別から30年以上がたちますが、再婚したという報道は出ていません。
郷鍈治さんは瀬川家の墓に葬られていて、ちあきなおみさんはお墓参りを欠かさないと伝えられています。
元マネージャーの古賀慎一郎さんによると、夫の死から6年ほどたっても毎日のように墓参を続け、毎回1時間ほど墓前で亡き夫と会話をしていたそうです。
……それだけ深い想いがあったんですね。
死因と検索される理由と夫・郷鍈治の死因
「ちあきなおみ 死因」と検索されることがありますが、ちあきなおみさんが亡くなったという報道はありません。
長く公の場に姿を見せていないことから、心配になって調べる人が多いのかもしれません。
一方で、夫の郷鍈治さんの死因は肺がんです。
1992年9月11日、55歳という若さで亡くなりました。
「死因」という言葉で検索する人の中には、夫の郷鍈治さんについて知りたい人も含まれていると考えられます。
喝采で死んだのは誰?
代表曲「喝采」は、ちあきなおみさんの実体験を元にした歌という触れ込みで宣伝されました。
ただ実際には、歌詞の内容はフィクションだったとされています。
前座歌手時代に兄のように慕っていた若手役者が急死した体験があり、それが歌詞と偶然似ていたことから「実体験」として打ち出したといわれています。
現在は病気?元マネージャーが語る健康状態
長く表舞台に出ていないため、病気を心配する声もあります。
でも、元マネージャーの古賀慎一郎さんによると、健康面での問題はなかったそうです。
ちあきなおみさん自身はいたって健康だと伝えられています。
2024年9月には、NHK BSの番組『The Covers』でデビュー55周年を記念した特集が放送され、過去の映像の中に本人のトークシーンも含まれていました。
現在の収入は印税とアパート経営
ちあきなおみさんは30年以上活動していませんが、生活に困っている様子はないようです。
古賀慎一郎さんによると、CDアルバムが売れているため歌唱印税の収入があり、ほかにアパート経営もしているので、十分生活できるだろうとのことです。
実際、活動停止後もベスト盤やCD-BOXの発売が続いていて、2019年のアルバム『微吟』は3万5000枚を超えるヒットになりました。
2022年の『残映』はオリコン週間アルバムランキングの「演歌・歌謡」ジャンルで初登場1位を獲得し、前作『微吟』も2位に入っています。
2024年3月には『銀嶺』が発売され、同年6月には425曲のデジタル配信も始まりました。
現在の写真が公に出ていない理由
ちあきなおみさんの現在の写真を探す人も多いのですが、1992年以降、公の場に姿を見せていないため、公式に出ている近影はありません。
郷鍈治さんの死後、ちあきなおみさんは「もう、ちあきなおみはいないのよ」という言葉を残したと伝えられています。
亡き夫から「もう無理して歌うことはない」という遺言があったともいわれ、関係者の説得にも応じていないそうです。
テレビの特集番組や配信では、現役時代の映像が今も繰り返し紹介されています。
今見られるのは、あくまで1992年までの「歌手・ちあきなおみ」の姿ということになります。
ちあきなおみの娘のまとめ
- ちあきなおみに娘はいない
- 息子もおらず、子供は0人
- 夫は俳優の郷鍈治で、1978年に結婚
- 郷鍈治は宍戸錠の実弟で、瀬川家へ婿入りした
- 2人を引き合わせたのは義兄の宍戸錠
- 結婚後、郷鍈治は個人事務所の社長兼マネージャーになった
- 広尾で純喫茶「COREDO」を営み、ちあきなおみも手伝った
- 郷鍈治は1992年9月11日に肺がんで死去(55歳)
- 夫の死を機に芸能活動を全面的に停止した
- 「娘」と検索される背景には曲名『東京の花売娘』などがあるとみられる
- 宍戸開は義理の甥で、実の子供ではない
- 1947年9月17日生まれで、2026年9月時点で79歳
- 再婚の報道はない
- 元マネージャーによると健康面の問題はないとされる
- 収入は歌唱印税とアパート経営とされる


