人造人間キカイダーのヒロイン・光明寺ミツ子を演じた水の江じゅんさん。あの作品を見て育った人にとっては、忘れられない顔なのではないでしょうか。
ところが本人は、ある年を境にぱたりと表舞台から姿を消しています。引退から50年近くたった今も「元気にしているのか知りたい」という声が絶えないというから、驚きですよね。
この記事では、水の江じゅんさんの現在の活動状況、消息が途絶えた時期、本名や年齢、そして香山ユリ時代までさかのぼった経歴を整理してお伝えします。
・水の江じゅんが現在も芸能活動をしているのかどうか
・表舞台から姿を消した時期と、確認できる最後の出演作
・本名・年齢・旧芸名の香山ユリ時代を含めた経歴の全体像
水の江じゅんの現在は芸能活動から離れた状態
水の江じゅんさんの現在について、いま分かっていることを整理していきます。
活動状況・最後の出演作・年齢まで、順番に見ていきましょう。
現在は俳優も歌手も活動していない
まず結論からお伝えします。
水の江じゅんさんは、現在は俳優業も歌手業も行っていません。
これはファンの憶測ではなく、経歴をまとめた資料に「現在は俳優、歌手業を含めた活動はしていない」とはっきり書かれている内容です。
つまり、単に仕事が減っているとか、たまに舞台に出ているとか、そういう状態ですらないんですね。
芸能の仕事からは完全に離れている、と考えて差し支えありません。
ここ、少し寂しく感じませんか。
1972年から1973年にかけて放送された『人造人間キカイダー』のヒロインといえば、いまも特撮ファンのあいだで名前が挙がり続けている存在です。
それだけ愛されている役を演じた人が、当の本人はもう芸能界にいない。
このギャップこそが、「水の江じゅん 現在」と検索する人が後を絶たない理由なんだろうと思います。
事務所や公式の発信も見つからない
現役の俳優であれば、所属事務所のプロフィールページや公式SNSがあるのが普通です。
ところが水の江じゅんさんの場合、そうした窓口が一切確認できません。
引退した芸能人でも、後年にイベント出演やインタビューで再登場するケースは珍しくないのですが、その形跡もないんですね。
公式な発信元が存在しないというのが、現在を追いにくくしている最大の理由です。
消息が途絶えたのは1975年前後
では、いつから表舞台にいなくなったのか。
手がかりになるのが出演記録です。
確認できる最後の出演は、1975年に東海テレビで放送されたドラマ『殺さないで!』でした。
その前年には『ニセモノご両親』(1974年、TBS)、東映映画『五人ライダー対キングダーク』(1974年)にも名前が残っています。
つまり1974年から1975年にかけては、まだ普通に仕事をしていたわけです。
そこから急に記録が止まる。
1975年を境に、公の出演記録がぱたりと途絶えているというのが実態です。
引退の理由は公表されていない
気になるのは「なぜ辞めたのか」ですよね。
ここについては、本人のコメントも事務所の発表も見つかりませんでした。
Q&Aサイトには「1975年に芸能活動をやめて以降、消息が分からない」という趣旨の回答が残っていますが、これも理由までは触れていません。
時系列だけを素直に読むと、キカイダー終了後の1973年から1975年にかけて出演本数が細っていき、そのまま自然に区切りをつけた、という流れは考えられます。
ただしこれはあくまで記録から導ける推測であって、確定した話ではない点は押さえておいてください。
ハワイのイベント登場説は別人だった
一時期、「ハワイで開かれたキカイダー関連のイベントに姿を見せた」という噂が流れたことがあります。
キカイダーはハワイで爆発的な人気を得た作品なので、ありそうな話ではあるんですよね。
ただ、この件については別人だったとする指摘が出ており、本人の登場を裏づける材料は見つかりませんでした。
期待した人も多かったと思うと、ちょっと残念な話です。
本名は鈴木朝子で年齢は75歳
プロフィール面も確認しておきましょう。
水の江じゅんさんの本名は鈴木朝子(すずき あさこ)さんです。
生年月日は1950年11月24日。
東京都のご出身で、身長は160cmと記録されています。
1950年生まれということは、2026年8月の時点で75歳という計算になります。
キカイダー放送当時は21〜22歳。
ヒロインとしてはまさに旬の年齢で、あの作品に出ていたことになりますね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 水の江じゅん(旧芸名:香山ユリ) |
| 本名 | 鈴木朝子 |
| 生年月日 | 1950年11月24日 |
| 年齢 | 75歳(2026年8月時点) |
| 出身地 | 東京都 |
| 身長 | 160cm |
| 特技 | 乗馬 |
| 代表作 | 人造人間キカイダー(光明寺ミツ子役) |
特技が乗馬というのも、当時のアイドル的な立ち位置の人としては少し意外で面白いところです。
引退から50年たっても続く再会を願う声
ここが個人的にいちばん心に残った部分です。
水の江じゅんさんが表舞台から消えて、すでに50年が経とうとしています。
それでもネット上には、いまだに「今どうしているのか知りたい」という書き込みが投稿され続けているんですね。
Q&Aサイトの質問には、元共演者やスタッフが集まる同窓会のような場に元気な姿で来てほしい、という趣旨のコメントが複数寄せられていました。
情報を求める声というより、安否を気づかう声に近いんです。
読んでいて、こちらまでじんわりしました。
一本の特撮ドラマのヒロインが、半世紀たっても心配してもらえている。
これって、なかなかないことだと思いませんか。
フリマサイトやSNSでは今も名前が流通している
具体的な近況は分からない一方で、名前そのものは今も生きています。
フリマサイトにはキカイダー関連のグッズが「水の江じゅん 香山ユリ」の名前つきで出品され、SNSでは当時の活躍を振り返る投稿が定期的に流れます。
YouTubeにも当時のヒロインを紹介する動画や、キカイダー出演者の「その後」を扱った動画が上がっています。
本人の発信がゼロでも、周囲が名前を語り継いでいる。
そういう状態が続いているわけです。
水の江じゅんの現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、水の江じゅんさんの現在を調べている人が一緒に気にしているポイントをまとめていきます。
芸名の変遷から代表作、歌手時代のレコードまで見ていきましょう。
旧芸名は香山ユリでデビューは東芝レコード
水の江じゅんという名前は、実はデビュー時のものではありません。
最初は香山ユリ(かやま ゆり)という芸名で活動していました。
デビューは東芝レコードから。
つまり出発点は歌手だったんですね。
その後テイチク、ビクターとレーベルを移っていく流れの中で、水の江じゅんへと改名しています。
女優としても歌手としても、二つの名前で記録が残っているのはこのためです。
古い資料を探すときは「香山ユリ」でも調べる必要がある、というのは覚えておくと便利ですよ。
名前で検索がつながりにくい理由
同じ人物なのに芸名が違うと、情報が二つに分断されてしまいます。
映画データベースには香山ユリ名義の作品だけが載っていたり、逆にドラマの記録は水の江じゅん名義だったりするんです。
現在の情報が集まりにくいのには、この名義の分裂も一枚かんでいると考えられます。
光明寺ミツ子はキカイダーの物語を動かすヒロイン
代表作である『人造人間キカイダー』での役どころも確認しておきましょう。
演じたのは光明寺ミツ子。
キカイダー(ジロー)を生み出した光明寺博士の娘という設定です。
行方の分からなくなった父を捜し続け、その過程でジローに助けられていく。
つまり物語を前に進める役割を担った、単なる添え物ではないヒロインでした。
作品は1972年7月から1973年5月にかけてNETテレビ(現・テレビ朝日)で放送され、制作は東映。
石ノ森章太郎作品の中でも特に人気の高いシリーズで、この一作が水の江じゅんさんの代表作として今も語られ続けています。
放送から半世紀以上たった作品のヒロインが、いまだに検索され続けている。
改めて考えると、すごいことですよね。
出演した映画とテレビドラマ
出演記録も整理しておきます。
映画は松竹作品でのスタートでした。
| 年 | 作品名 | 配給・放送 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1962年 | すてきな16才 | 松竹 | ユリ子役(香山ユリ名義) |
| 1965年 | われら劣等生 | 松竹 | 花井君子役(香山ユリ名義) |
| 1973年 | 飛び出す人造人間キカイダー | 東映 | 劇場版 |
| 1974年 | 五人ライダー対キングダーク | 東映 | 東映まんがまつり |
テレビドラマは1963年から1975年まで、幅広いジャンルに出ています。
| 年 | 作品名 | 放送局 |
|---|---|---|
| 1963年 | 東京・赤坂・六本木 | NET |
| 1964年 | 夫婦百景 第295話「天下泰平」 | NTV |
| 1966〜1974年 | 特別機動捜査隊(複数話) | NET |
| 1967年 | 平四郎危機一発 第8話 | TBS |
| 1972年 | 半七捕物帳 第21話 | NET |
| 1972年 | 火曜日の女シリーズ「ある朝、突然に…」 | NTV |
| 1972〜1973年 | 人造人間キカイダー | NET |
| 1974年 | ニセモノご両親 | TBS |
| 1975年 | 殺さないで! | THK |
こうして並べると、12年以上にわたってコンスタントに仕事をしていたことが分かります。
刑事ドラマの『特別機動捜査隊』には複数話にわたって呼ばれていて、業界での信頼も厚かったのだろうと想像できますね。
香山ユリ名義で出したレコード
歌手としての足跡も残っています。
デビュー曲は1962年の「私のシャーベット」(東芝)。
続いて「ママごめんなさい」「クラリネット・ジャニー」も東芝から発売されています。
1969年にはUNIONレーベルから「風のワルツ」をリリース。
そして水の江じゅん名義に変わってからは、1970年にビクターから「無理して別れちゃおう」を出しています。
| 発売年 | タイトル | レーベル | 名義 |
|---|---|---|---|
| 1962年 | 私のシャーベット | 東芝 | 香山ユリ |
| — | ママごめんなさい | 東芝 | 香山ユリ |
| — | クラリネット・ジャニー | 東芝 | 香山ユリ |
| 1969年 | 風のワルツ | UNION | 香山ユリ |
| 1970年 | 無理して別れちゃおう | VICTOR | 水の江じゅん |
いずれもレコード時代の作品なので、いま気軽に聴けるものではありません。
それでも中古レコード市場では名前が出てくることがあり、歌手・香山ユリを覚えているファンも今なお存在するのが分かります。
女優としてのキカイダー、歌手としての香山ユリ。
二つの顔を持っていた人だったんですね。
水の江じゅんの現在のまとめ
- 水の江じゅんの現在は、俳優業も歌手業も行っていない状態
- 「現在は活動していない」という記述が経歴資料に明記されている
- 所属事務所の公式プロフィールや公式SNSは確認できない
- 確認できる最後の出演は1975年のドラマ『殺さないで!』
- 1975年を境に公の出演記録が途絶えている
- 引退の理由や時期についての公式発表は見つかっていない
- ハワイのイベントに登場したという噂は別人とされる
- 本名は鈴木朝子で、1950年11月24日生まれ
- 2026年8月時点の年齢は75歳
- 出身は東京都、身長160cm、特技は乗馬
- 旧芸名は香山ユリで、東芝レコードからのデビュー
- 代表作は1972〜1973年放送の『人造人間キカイダー』の光明寺ミツ子役
- 映画は『すてきな16才』『われら劣等生』など松竹作品からスタート
- レコードは香山ユリ名義で4枚、水の江じゅん名義で1枚が確認できる
- 引退から50年近くたった今も、消息を気づかうファンの声が続いている


