manish高橋美鈴は今どこに?現在の結婚情報と白血病説の真相を調査

manish高橋美鈴は今どこに?現在の結婚情報と白血病説の真相を調査

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90年代のビーイングブームの中で「女版B’z」と呼ばれ、圧倒的な歌唱力で人気を集めたMANISHの高橋美鈴さん。

実はセーラームーンの主題歌を歌ったDALI出身だったというから、驚きですよね。

この記事では、manishの高橋美鈴さんの経歴や若い頃の姿から、結婚の噂、白血病死亡説の真相、そして現在の姿まで徹底的に調査しました。

この記事を読むとわかること
・manish高橋美鈴の経歴プロフィールと現在の活動状況
・結婚して東京で暮らしている説や白血病死亡説の真相
・MANISHの解散理由と復活・再結成の可能性

manish高橋美鈴の経歴プロフィールと現在

1990年代のビーイングブームの中で、ひときわ輝いていた女性ユニットMANISH。そのメインボーカルを務めた高橋美鈴さんの経歴と、現在の姿に迫っていきます。

おにぎりにぎり隊からDALIを経た歩み

高橋美鈴さんは1974年2月19日生まれで、幼い頃から歌手になることを夢見ていた方です。

もともとモデルとして活動をスタートし、その後アイドルの世界に足を踏み入れています。

最初に所属したのが「おにぎりにぎり隊」というグループ。高橋美鈴さん、河合彩さん、佐藤由里さんの3人で構成された農協のキャンペーンガールで、アイドル仕立てにしたユニットだったそうです。

CDはリリースしていない初代グループでしたが、高橋美鈴さんの挨拶は「梅干しのおにぎりが大好きです」というアイドルらしいもので、ずば抜けた人気があったことから「おにぎりにぎり隊2期」も誕生したとか。

その後、大手芸能事務所のスターダストプロモーションに所属し、空手パフォーマンスグループ「アクションズ」を経てアイドルグループ「DALI」に参加します。

DALIは4人組のアイドルグループで、ここで後にMANISHの相方となる西本麻里さんとも出会っています。

そして1992年12月20日、DALIから高橋美鈴さんと西本麻里さんの2人が選抜される形でMANISH(マニッシュ)が結成されました

グループ名の由来は、MAriとNISHimotoの組み合わせ。レコード会社はZAIN RECORDS、サウンドプロデュースはB’zの編曲も手がけていた明石昌夫さんが担当しました。

デビュー曲は「恋人と呼べないDistance」で、ビーイング系のアーティストとしてミュージックステーションなどの音楽番組にも多数出演していたんですよ。

若い頃の清純派から美女ボーカリストへ

高橋美鈴さんの若い頃を振り返ると、その変化がとても印象的です。

アイドル時代の彼女は黒髪ロングヘアの清純派で、国民的美少女コンテストに出場するほどの美貌の持ち主でした。

DALIではセーラームーンの主題歌を歌うほどですから、やっぱり「かわいい女の子」というイメージだったんですよね。

それがMANISH結成で一変します。

うっすらと染めた髪にシャープになった顔立ちで、「かわいい」から「かっこいい」へと見事にイメチェン。16歳のアイドルから20歳の大人の女性へ成長した姿がそこにありました。

当時はカッコいい女性がブームだったこともあり、ロングヘアに革ジャンというメンズスタイルから、ボトムスを取り入れた女性らしいファッションまで自在に着こなしていたそうです。

身長166cmの高橋美鈴さんと身長172cmの西本麻里さんという高身長の美女2人が並ぶ姿は、同性からも羨望の的だったんです。

ちなみに高橋美鈴さんは公園で定期的にボイストレーニングをしていたほどの努力家でもあります。

アイドル時代の歌い方から、当時のボーカリストの歌い方に寄せて自分のテクニックに昇華していくタイプで、「ものまねから入って最終的には自分の歌声にする」という器用さを持ち合わせていました。

……なんか、天性の才能だけじゃなくて努力の人でもあったっていうのが、すごくいいですよね。

女版B’zと呼ばれた圧倒的な歌唱力

MANISHの音楽性はポップスがベースでしたが、西本麻里さんのシンセサイザーを使ったデジタルサウンドと高橋美鈴さんのハイトーンボーカルが融合することで、ポップスからロックまでをカバーする幅広い音楽性を実現していました

その音楽スタイルから「女版B’z」と呼ばれていたんです。

実際にB’zの編曲を担当していた明石昌夫さんがMANISHのサウンドプロデュースを手がけていたこともあり、名前だけでなくサウンド面でもB’zとの共通点があったわけです。

高橋美鈴さんの歌声は力強いハイトーンが特徴で、端正なルックスと高身長を兼ね備えたビジュアルからも、B’zの稲葉浩志さんを彷彿とさせる魅力がありました。

KIX-Sとのライバル関係

当時、MANISHと同じくビーイングプロデュースで活動していたのがKIX-Sという女性ユニットです。

KIX-Sは浜口司さんと安宅美春さんの2人組で、シンセサイザーを入れたハードロックという音楽性もMANISHと酷似していました。

共通点 MANISH KIX-S
プロデュース ビーイング ビーイング
編成 女性2人組 女性2人組
音楽性 シンセ+ハードロック シンセ+ハードロック
コンセプト 女版B’z 女版B’z

両者を競わせて盛り上げようというビーイング側の思惑もあったようで、この勝負の軍配は高橋美鈴さん率いるMANISHに上がりました。

ただ、残念なことに両ユニットとも活動期間は短命に終わっています。

結婚して東京で暮らしている説の真相

高橋美鈴さんの現在の私生活について、ファンの間で最も気になるのが結婚の情報でしょう。

2003年11月の「日経エンターテイメント」のインタビューで「今は二人とも音楽業界から離れている」と報道されて以降、高橋美鈴さんは完全に表舞台から姿を消しています。

結婚についてはいくつかの情報が流れています。

一つは「すでに結婚していて東京都内で暮らしている」という説。いいパートナーを見つけて幸せに過ごしているという話が複数のサイトで紹介されています。

もう一つは「結婚しているかどうかは不明」という見方です。

正直なところ、どちらの情報も確実な裏付けはなく、結婚の有無は現時点ではっきりとした確認が取れていません

作詞した曲「ゆずれない瞬間」には「自分が将来結婚して子供を持ったときには、子供たちに今の自分の生き様を伝えたい」という内容が描かれており、20歳くらいの時点で一人の女性としての将来を想像していたことが伺えます。

子供や旦那さんに関する具体的な情報も公表されておらず、「高橋美鈴」という名前が本名なのか、現在もその名前なのかすら分かっていない状況です。

SNSやインスタは存在しない

ファンとしては高橋美鈴さんのSNSやブログがあれば嬉しいところですが、本人のアカウントは一切確認されていません。

それっぽいインスタのアカウントは存在するものの、本人のものではないとされています。

YouTubeなどで個人が音楽を楽しめる時代になっても、そこにすら現れないということは、完全に音楽と距離を取っていると言えそうです。

白血病死亡説はガセ情報と判明

高橋美鈴さんについて検索すると「白血病」というワードが出てくることがあります。

これは「2005年に白血病で死去した」という噂がSNS上でかなり広まったことが原因です。

2005年は歌手の本田美奈子さんが白血病で亡くなられた年で、美しい歌姫の訃報という大きなニュースが伝言ゲームのように拡散される中で、長く姿を見せていなかった高橋美鈴さんの名前も巻き込まれてしまったと考えられます。

しかしこの噂はかなりの確率で事実ではありません

その根拠として、2007年にレコード会社からベストアルバム「BEST OF BEST 1000 MANISH」が発売されています

もし高橋美鈴さんが2005年に亡くなっていたとしたら、このリリースの際に何らかのコメントや追悼があるはずですよね。

相方の西本麻里さんも健在であることが確認されており、白血病死亡説は完全なガセ情報と見て間違いないでしょう。

表舞台から突然姿を消したアーティストの宿命とも言えますが、それだけMANISHの人気が高かった証拠でもあるんです。

manish高橋美鈴を調べる人向けの関連情報

ここからは、manishや高橋美鈴さんについて調べている方が気になる関連トピックをまとめてお届けします。

解散理由はビーイングとの業務提携解消

MANISHの活動停止の原因は、メンバーの音楽性や実力とは全く関係のないものでした。

1990年代中盤、ビーイングは芸能プロダクション大手のスターダストプロモーションと業務提携を結んでおり、MANISHのメンバーもスターダストに所属していました。

ところが1996年にこの業務提携が解消されたことで、本人たちの意志とは無関係にMANISHの活動が停止してしまったんです

しかも、事務所を抜ける際には「最低2年は活動してはいけない」という暗黙の了解もあったと言われています。

そりゃ嫌気もさしますよね、それは。

さらに背景にあったのが、当時のビーイングの手法です。

1つの楽曲スタイルが当たると、似たような曲調のバンドを次々と作って短期間で大量生産するやり方をしていました。

順番 ユニット名 結果
元祖 B’z 大成功・現在も活動中
派生1 KIX-S 短命で活動終了
派生2 MANISH 短命で活動終了
派生3 パメラ 短命で活動終了

B’z以外のユニットは数年間の契約が切れる頃には売上も落ち着き、「もう流行りは終わったから」と使い捨てにされてしまう構図だったんです。

公式には解散宣言は出されておらず、MANISH自体は存在していることになっています。

98年10月に発行された小冊子「ZAIN REPORT」や電話サービス「ZAIN NEWS」でMANISH BESTのリリースと共に活動再開がアナウンスされ、ファンや関係者は大いに期待しました。

しかし結局、活動は再開されないまま現在に至っています。

煌めく瞬間に捕われてはスラムダンクの名曲

MANISHの代表曲と言えば、なんと言っても「煌めく瞬間(とき)に捕われて」です。

この曲はMANISHの10thシングルとして1995年2月20日にリリースされ、テレビアニメ「スラムダンク」の3代目エンディングテーマに採用されました。

作詞は高橋美鈴さんと川島だりあさん、作曲は川島だりあさんが担当しています。

売上は43.2万枚を記録し、それ以前のシングル最高売上の倍以上という大ヒット。日本レコード協会からプラチナディスクにも認定されています。

現在に至るまで色褪せない名曲として愛され続けており、「この曲を歌っている人は誰だろう」と調べてMANISHを知る人も少なくないんですよ。

さらに、プロ野球選手の登場曲としても数多く使用されてきました。原樹里さん、高濱卓也さん、吉川光夫さん、井野卓さん、杉内俊哉さんなど、錚々たる選手が採用しています。

ZARDとの比較と売上差

同じくビーイング所属で、スラムダンクのエンディングテーマを担当したのがZARDです。

ZARDの「マイ フレンド」は100.1万枚のミリオンセラーを達成しており、MANISHの43.2万枚と比べると倍以上の差がありました。

ただしこの差は実力の差ではなく、MANISHのワイルドなロックチューンとZARDのポップチューンではファン層の広さが違ったこと、そしてZARDが「マイ フレンド」以前にすでにミリオンヒットを出していた知名度の差が大きかったと考えられています。

声質が似ていたこともあって、当時は両者を間違える人も多かったそうです。

DALIでセーラームーン主題歌を担当していた

MANISHの前身とも言えるのがアイドルグループ「DALI」です。

DALIは4人組のアイドルグループで、高橋美鈴さんと西本麻里さんもメンバーとして在籍していました。

このDALIが担当したのが、世界的大ヒットとなったアニメ「美少女戦士セーラームーン」のオープニングテーマ「ムーンライト伝説」です。

え、そうだったの!?って感じですよね。

実はDALIとしてリリースしたシングルはこの1曲のみ。にもかかわらず、その曲がアニメ史に残る大ヒットテーマソングになったというのは、なかなかすごい話です。

DALIでの活動を経て、1992年12月にMANISHとしてデビューするわけですが、清純派アイドルのセーラームーン主題歌から、女版B’zのロックサウンドへという振り幅は本当に大きいものがありました。

相方の西本麻里も現在は消息不明

MANISHのキーボードと作曲を担当していた西本麻里さんの現在も、高橋美鈴さんと同様にほとんど情報がありません。

西本麻里さんは身長172cmの長身で容姿も抜群に美しく、女性ファンからの人気がとても高い方でした。

キーボード担当で前に出てくることが少なかったため、ファンから「もっと前に出てきてよ!」と苦情が出たなんてエピソードもあります。

作曲面でも才能を発揮しており、「もう誰の目も気にしない」(MANISH初のオリコンベスト10入り楽曲)などを手がけています。

1996年の活動停止後は音楽業界で一切名前を聞くことがなくなりました。

一説には「ホステスをしていた」という噂もあるものの、何の根拠もない話とされています。

たぐいまれな容姿を持っていた西本麻里さんの「その後」を人々が勝手に想像して広まった噂と考えるのが自然でしょう。

作曲を担当していたのであれば楽曲提供者として音楽活動を続けるケースも少なくないですが、西本麻里さんはそれすらもしていないようです

復活や再結成の可能性は厳しい状況

MANISHの復活を待ち望むファンは今でも多いですが、現実的に見て再結成の可能性はかなり厳しいと言わざるを得ません。

まず、2人とも完全に音楽業界から離れていること。

20年以上も離れていればアーティストとして培ってきたものも失われているでしょうし、そんな状態でステージに立つことは考えにくいです。

もし復活するつもりがあったなら、もっと早い段階で動きがあったはずです。

例えば2012年の東日本大震災の際には、プリンセスプリンセスが被災者支援のために再結成しています。SHOW-YAも近年再結成を果たしました。

こうしたチャリティーや記念イベントのタイミングでもMANISHの復活がなかったことは、2人が音楽から完全に離れていることの証拠と言えるかもしれません。

また、活動停止の経緯がスターダストプロモーションとの業務提携解消という「大人の事情」だったことも大きな障壁です。

本人たちの意志とは関係なく音楽活動を奪われた不信感が、音楽業界全体に対する嫌悪感につながっている可能性もあります。

ただし、解散宣言は出されていないので可能性がゼロとは言い切れません。いつかまたあの歌声が聴ける日を、ファンは静かに待ち続けています。

大黒摩季がMANISHの楽曲制作に参加

意外と知られていないのが、MANISHと大黒摩季さんの深い接点です。

大黒摩季さんはMANISHの楽曲制作に複数参加しており、具体的には以下のシングルで作詞を担当しています。

シングル タイトル 大黒摩季の関与
3rd 素顔のままKISSしよう 作詞
4th 君が欲しい 全部欲しい 作詞
5th 眠らない街に流されて 作詞

当時すでにトップアーティストとして君臨していた大黒摩季さんが作詞を提供していたということは、MANISHの才能や将来性を高く評価していたからこそと考えられます。

また、MANISHの10thシングル「煌めく瞬間に捕われて」がスラムダンクのEDテーマだったのに対し、大黒摩季さん自身も6thシングル「あなただけ見つめてる」で同じくスラムダンクの楽曲を担当していました。

声質が似ていたこともあって、当時は「MANISHの曲を大黒摩季が歌っている」と混乱した方も多かったようです。

こうした数々の接点を見ても、MANISHがビーイングの中でもかなり期待されていたユニットだったことがわかります。

manish高橋美鈴のまとめ

  • 高橋美鈴は1974年2月19日生まれのMANISHのメインボーカル
  • おにぎりにぎり隊→DALI→MANISHと3つのグループを経験
  • DALIではセーラームーンの主題歌「ムーンライト伝説」を歌唱
  • 1992年12月20日にMANISHとしてデビュー曲「恋人と呼べないDistance」をリリース
  • 所属事務所はスターダストプロモーション、レコード会社はZAIN RECORDS
  • 女版B’zと呼ばれ、B’zの編曲担当・明石昌夫がサウンドプロデュースを担当
  • 代表曲「煌めく瞬間に捕われて」はスラムダンクEDテーマで43.2万枚のヒット
  • 大黒摩季が3rd〜5thシングルの作詞で楽曲制作に参加
  • KIX-Sとは同じビーイング系の女性ユニットとしてライバル関係にあった
  • 1996年にビーイングとスターダストの業務提携解消で活動停止
  • 解散宣言は出されておらずMANISH自体は存在するとされる
  • 2003年「日経エンターテイメント」で音楽業界から離れていることが報道
  • 結婚して東京で暮らしているという説があるが確定情報ではない
  • 2005年の白血病死亡説は完全なガセ情報
  • 再結成の可能性は現時点では厳しいが、ファンは復活を待ち続けている

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