長野久義さんといえば、3度のドラフト挑戦を経て念願の読売ジャイアンツ入りを果たした「チョーさん」として知られています。
首位打者・最多安打・ベストナインと数々のタイトルを獲得し、最高年俸2億2500万円を稼ぎ出した巨人の中心選手でしたが、その後の人的補償移籍や年俸の急落、そして2025年の現役引退まで激動のキャリアを歩みました。
この記事では、長野久義さんの年俸推移を入団時から引退まで徹底的に解説しています。
・長野久義さんの年俸推移(最高2億2500万円〜引退年の5000万円まで)
・広島移籍後・巨人復帰後に年俸が下がった理由
・生涯年俸21億円超の内訳と通算成績・引退後の進路
長野久義の年俸推移と最高年俸を徹底解説
巨人一筋を夢見て、3度目のドラフト挑戦でついに念願の読売ジャイアンツ入りを果たした長野久義さん。
入団からわずか数年でタイトルを総なめにし、最高年俸2億2500万円を稼ぎ出した「チョーさん」の年俸の歩みを年度別にくわしく見ていきましょう。
2025年の年俸は5000万円(引退シーズン)
2025年の長野久義さんの年俸は5000万円です。
2024年11月26日に都内の球団事務所で契約更改に臨み、前年比1000万円アップとなる5000万円でサインしました。
この2025年が、プロ野球選手としての最後のシーズンとなります。
2025年シーズンは開幕一軍入りを果たしましたが、打率が伸び悩み、5月には出場選手登録を抹消。
最終的な2025年の成績は17試合の出場で打率.136、0本塁打、0打点という寂しいものとなりました。
年齢的なものや身体的な限界を感じ、同年10月に現役引退を決断することになります。
長年のファンにとっては複雑な気持ちもあるかもしれませんが、チームの一員として最後まで戦い続けた姿勢はさすがですよね。
入団からの年俸推移一覧
長野久義さんが2010年に巨人に入団してから引退するまでの年俸推移を一覧にまとめました。
| 年度 | 年齢 | チーム | 年俸 | 主な成績 |
|---|---|---|---|---|
| 2010 | 26歳 | 巨人 | 1,500万円 | 率.288 / 19本 / 52点 |
| 2011 | 27歳 | 巨人 | 3,500万円 | 率.316 / 17本 / 69点(首位打者) |
| 2012 | 28歳 | 巨人 | 9,500万円 | 率.301 / 14本 / 60点(最多安打) |
| 2013 | 29歳 | 巨人 | 1億6,000万円 | 率.281 / 19本 / 65点 |
| 2014 | 30歳 | 巨人 | 1億8,000万円 | 率.297 / 13本 / 62点 |
| 2015 | 31歳 | 巨人 | 2億円 | 率.251 / 15本 / 52点 |
| 2016 | 32歳 | 巨人 | 1億7,500万円 | 率.283 / 11本 / 42点 |
| 2017 | 33歳 | 巨人 | 2億2,500万円 | 率.261 / 16本 / 46点 |
| 2018 | 34歳 | 巨人 | 1億9,000万円 | 率.290 / 13本 / 52点 |
| 2019 | 35歳 | 広島 | 2億2,000万円 | 率.250 / 5本 / 20点 |
| 2020 | 36歳 | 広島 | 1億7,000万円 | 率.285 / 10本 / 42点 |
| 2021 | 37歳 | 広島 | 1億6,500万円 | 率.216 / 2本 / 13点 |
| 2022 | 38歳 | 広島 | 1億2,000万円 | 率.211 / 3本 / 15点 |
| 2023 | 39歳 | 巨人 | 2,000万円 | 率.259 / 6本 / 19点 |
| 2024 | 40歳 | 巨人 | 4,000万円 | 率.258 / 0本 / 14点 |
| 2025 | 41歳 | 巨人 | 5,000万円 | 率.136 / 0本 / 0点(引退) |
入団初年度の1500万円から、わずか2年後の2012年には9500万円へと急成長。
さらにその翌年には一気に1億6000万円台まで跳ね上がり、プロ3年目には自力で1億円プレーヤーの仲間入りを果たしているのはさすがですよね。
デビューから最高年俸までの急成長
最初の年俸1500万円からスタートした長野久義さんですが、2011年に首位打者を獲得したことで3500万円に倍増。
2012年には最多安打タイトルを追加で獲得し、年俸は9500万円へと大幅ジャンプ。
新人王を獲得した2010年から、わずか3シーズンで1億円の大台を突破した計算になります。
これだけの短期間で年俸がここまで伸びるのは、それだけ毎年タイトルを取り続けた実力があってこそですね。
最高年俸2億2500万円を記録したのはいつ?
長野久義さんの最高年俸は、2017年の2億2500万円です。
2016年シーズンに143試合に出場し、打率.283・11本塁打・42打点とコンスタントな活躍を見せたことが評価されたもの。
前年(2015年)の2億円からさらに2500万円アップで、球団からも「攻守でチームを支える外野手の中心選手」として認められた形となりました。
ただ、2017年シーズン自体の成績は打率.261・16本塁打・46打点とまずまずの数字でしたが、開幕当初から打棒が低迷し、春先はスタメンから外れる試合も目立ちました。
得点圏打率が.204と低く、自己ワーストの17個もの併殺打を喫するなど、結果的には「最高年俸の年に最高の成績」とはならなかったのが少し残念なところです。
それでも2億2500万円というのは、プロ野球外野手としても屈指の年俸水準です。
長野久義さんがこれほどの年俸を手にできた背景には、2011年から2013年にかけて3年連続でベストナインとゴールデングラブ賞をダブル受賞した「2010年代前半の黄金期」があることは間違いないでしょう。
広島移籍後に年俸が大幅に下がった理由
長野久義さんの年俸が大きく下落し始めたのは、広島での在籍期間(2019〜2022年)のことです。
移籍初年度の2019年は2億2000万円という高い年俸でスタートしましたが、4年間で1億2000万円まで下落していきました。
広島4年間の年俸推移
広島での4年間の年俸変動を確認すると、下落の速さがよくわかります。
| 年度 | 年俸 | 成績 |
|---|---|---|
| 2019 | 2億2,000万円 | 率.250 / 5本 / 20点(72試合) |
| 2020 | 1億7,000万円 | 率.285 / 10本 / 42点(95試合) |
| 2021 | 1億6,500万円 | 率.216 / 2本 / 13点(71試合) |
| 2022 | 1億2,000万円 | 率.211 / 3本 / 15点(58試合) |
2019年は移籍直後ということもあり試合数が72試合にとどまり、成績も打率.250・5本塁打・20打点と物足りない内容に。
2020年は打率.285・10本塁打・42打点と持ち直したものの、2021年は打率.216・2本塁打・13点と成績が急落。
2022年に至っては58試合の出場にとどまり、打率.211・3本塁打・15打点という寂しい数字となりました。
広島では背番号5を背負い、カープに心から貢献しようとしてきましたが、加齢によるパフォーマンスの低下は避けられず、年俸も年々削られていきました。
人的補償という形での突然の移籍だったこともあり、精神的な部分での影響もあったと言われています。
巨人復帰後に年俸が激減した背景
2022年シーズン終了後、長野久義さんは広島から無償トレードという形で古巣の読売ジャイアンツに戻ってきました。
しかし、この巨人復帰後の年俸が衝撃的で、なんと2023年の年俸はわずか2000万円となっています。
広島在籍時の最後の年俸が1億2000万円だったことを考えると、約1億円ものダウンという厳しい評価がくだった形です。
2023〜2025年の年俸回復推移
巨人復帰後の3年間は、少しずつではあっても年俸が回復していきました。
| 年度 | 年俸 | 成績 |
|---|---|---|
| 2023 | 2,000万円 | 率.259 / 6本 / 19点(75試合) |
| 2024 | 4,000万円 | 率.258 / 0本 / 14点(89打数) |
| 2025 | 5,000万円 | 率.136 / 0本 / 0点(17試合)引退 |
2023年は75試合に出場し、打率.259・6本塁打・19打点と復帰初年度にしては悪くない成績を残しました。
これを受けて2024年は年俸が倍増の4000万円に。
2024年は89打数で打率.258・14打点とまずまずの貢献を見せ、最終年となった2025年には5000万円まで回復しました。
「引退するなら巨人の一員として」という意図を持った無償トレードの背景もあったとされていますが、長野さん自身は最後まで現役としてのプライドを持って戦い続けたのが伝わってきますよね。
生涯年俸は21億1000万円
長野久義さんの生涯年俸(プロ野球選手として受け取った年俸と契約金の合計)は、21億1000万円とされています。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 契約金 | 1億円 |
| 総年俸(通算) | 20億1,000万円 |
| 生涯年俸(合計) | 21億1,000万円 |
最高年俸2億2500万円を記録したのが2017年で、プロ野球選手としての全盛期はまさにその前後の時代でした。
なお、最低年俸は入団初年度2010年の1500万円、平均年俸は1億2875万円という計算になります(あくまで推計値です)。
生涯で21億円超を稼ぎ出したプロ野球選手として、長野さんはその実力をしっかりと年俸に反映させてきたといえますね。
3度のドラフト挑戦というキャリアスタートを考えると、「もし1度目か2度目の指名で他球団に入っていたら」と想像してしまいますが、巨人一本に絞ったからこそ燃え上がったモチベーションが、これほどの結果を生んだのかもしれません。
年俸についての世間の声
長野久義さんの年俸に対する世間の声は、どちらかというと「妥当」「むしろ安い」という意見が多いようです。
特に全盛期(2011〜2014年頃)の活躍を知っているファンからは、「首位打者・最多安打・ベストナイン・ゴールデングラブを取ったあの時期のチョーさんは2億円以上もらって当然」という声もよく見られます。
一方で、巨人復帰後の2023年の2000万円という年俸については「あれだけ巨人を愛した選手への待遇としてはかなり厳しいのでは」という同情の声も少なくありませんでした。
ダルビッシュ有さんが「巨人の選手に聞いても長野さんはクソほど評判がいい」と語ったエピソードも有名で、成績だけでなく人柄でも選手やファンから高く評価されていました。
「引退まで現役にこだわって最後まで戦った長野さんを尊敬する」というコメントは、引退発表後にSNSでも多く見られた声です。
長野久義の年俸を調べる人向けの関連情報
年俸の数字だけでなく、その背景にあるドラマを知るとさらに長野久義さんへの理解が深まりますよ。
ドラフトの裏話から広島移籍の衝撃、そして引退の舞台裏まで、ここからはもう少し踏み込んでご紹介します。
3度目の指名で念願の巨人入団を果たした経歴
長野久義さんが巨人に入団するまでの道のりは、プロ野球史上でも異例のドラマティックなものでした。
なんと長野さんは「読売ジャイアンツに入団する」という一点の夢を貫くために、2度もドラフト指名を拒否し続けたのです。
実は長野さん、小学5年生のころに書いた作文に「ぼくはジャイアンツにドラフト1位で指名されました」と書いていたほどの巨人ファン。
その思いは大人になっても変わりませんでした。
2006年のドラフト会議では北海道日本ハムファイターズから4巡目指名を受けましたが、巨人への入団を熱望して拒否。
その後、本田技研工業(Honda)の硬式野球部に入部します。
2008年のドラフトでは千葉ロッテマリーンズが2巡目で強硬指名。
しかし長野さんは「ロッテに入ってしまっては筋が通らない。それが決め手だった」として、ロッテのボビー・バレンタイン監督との面会すら拒否し、入団を断りました。
そして2009年、ついに読売ジャイアンツがドラフト1位指名を公表。
10月29日のドラフト会議で確約通り単独1位指名を受け、長野さんは念願だったジャイアンツへの入団を果たしました。
契約金1億円、背番号7。
3度目の挑戦でようやくつかんだ夢の舞台は、その後の15年以上にわたるプロ野球人生へとつながっていきます。
人的補償での広島移籍という衝撃
2019年1月、プロ野球界に激震が走りました。
広島カープから読売ジャイアンツへFA移籍した丸佳浩さんの「人的補償」として、長野久義さんが広島行きを命じられたのです。
通常は若手・中堅選手が指名されることが多い中、長野さんはプロ9年で通算1271安打という実績を持つベテランでした。
「巨人ファンクラブのアイドル的存在」「生え抜きのスター」として愛されてきた長野さんがプロテクトから外れていたことは、プロ野球ファンに大きな衝撃を与えました。
しかし長野さんご本人は「カープに選んでいただけたことは選手冥利につきます」と前向きにコメント。
広島での4年間、長野さんは本当に誠実にカープのために戦い続け、2022年シーズン終了後に巨人への無償トレードという形でジャイアンツへと戻ってきたのです。
2025年に現役引退を発表
2025年10月14日、長野久義さんは現役引退を正式に発表しました。
引退会見では「最高の野球人生だった」「周りの人に恵まれて、感謝しかない」と語り、笑顔で16年間のプロ野球生活に幕を下ろしました。
引退を決断した理由については「2軍での生活を経験する中で限界を感じた」と明かしました。
引退についての事前相談は坂本勇人さん一人にだけ打ち明けていたことも語られました。
引退会見には総勢53人ものチームメイトや首脳陣・スタッフが駆けつけ、長野さんの人望の厚さをあらためて証明する場面となりました。
長野さんはスポーツマネジメントを学ぶために大学院に進学することを明らかにしており、現役を離れた後もプロ野球・スポーツ界への貢献を見据えた次のキャリアへと歩み出しています。
通算成績と受賞タイトル一覧
長野久義さんのプロ野球選手としての主なタイトルと通算成績をまとめました。
主なタイトル・受賞歴
| タイトル / 受賞 | 詳細 |
|---|---|
| 新人王 | 2010年 |
| 首位打者 | 2011年(打率.316) |
| 最多安打 | 2012年(173安打) |
| ベストナイン(外野手) | 2011年・2012年・2013年(3回) |
| ゴールデングラブ賞(外野手) | 2011年・2012年・2013年(3回) |
新人王を獲得した2010年からわずか3シーズンで首位打者・最多安打の両タイトルを獲得し、ベストナインとゴールデングラブ賞を3年連続でダブル受賞するというのは、まさに全盛期の凄みですね。
通算安打数は1500本を超え、入団から引退まで巨人を愛し続け、どんな境遇でも誠実にプレーし続けた長野久義さんの存在感は、令和のプロ野球史にしっかりと刻まれています。
長野久義の年俸まとめ
- プロ野球選手・長野久義は読売ジャイアンツの外野手として2009年にドラフト1位で入団
- 入団にあたって日本ハム(2006年)・ロッテ(2008年)の2度の指名を拒否した経歴を持つ
- 2010年の入団初年度年俸は1500万円で、契約金は1億円
- 2011年に首位打者・2012年に最多安打を獲得し、年俸は急速に上昇
- 2011〜2013年にかけてベストナインとゴールデングラブ賞を3年連続でダブル受賞
- 最高年俸は2017年の2億2500万円
- 2018年オフ、丸佳浩のFA補償として広島東洋カープへの人的補償が発生
- 広島では4年間在籍し、年俸は最大2億2000万円から1億2000万円へと下落
- 2022年オフに無償トレードで読売ジャイアンツに復帰
- 巨人復帰初年度(2023年)の年俸は2000万円と大幅に減額された
- 2024年は年俸倍増の4000万円、最終年2025年は5000万円
- 生涯年俸は契約金1億円を含めると21億1000万円(総年俸は20億1000万円)
- 2025年シーズンは17試合の出場にとどまり、同年10月14日に現役引退を発表
- 引退会見では「最高の野球人生だった」と語り、53人のチームメンバーが見送った
- 引退後はスポーツマネジメントを学ぶために大学院に進学する予定
- 球界での人望も厚く、ダルビッシュ有がその評判の良さを公言した逸話でも知られる


