松山政路の現在は79歳!ドラマ出演が2010年で途切れた経緯とは?

松山政路の現在は79歳!ドラマ出演が2010年で途切れた経緯とは?

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「若者たち」や「怪奇大作戦」、そして『大岡越前』の猿の三次で知られる松山政路さん。

最近テレビで見かけないけれど、今どうしているのか気になっている方は多いのではないでしょうか。

実は、ドラマも声の仕事も同じ2010年ごろを境に途切れていて、調べてみると兄・松山英太郎さんとの意外なつながりも見えてきました。

この記事を読むとわかること
・松山政路さんの現在の年齢と、最後にドラマに出演した作品
・日本俳優連合の専務理事としての仕事と、出演が途切れた時期
・死因や事故と検索される理由と、兄・松山英太郎さんとの関係

松山政路の現在は?俳優活動と近況

「若者たち」や「怪奇大作戦」で知られる松山政路さんは、2026年で79歳になりました。

いまどんな暮らしをしているのか、ドラマで見かけなくなったのはいつからなのかを、分かっている事実から順に整理していきます。

現在は79歳で表立った出演は見られない

最近テレビで見ないけど、今どうしているの?と気になって検索した方も多いと思います。

松山政路さんは1947年5月21日生まれなので、2026年9月時点で79歳です。

東京都武蔵野市の吉祥寺で生まれ育ち、5歳になる年の1952年に舞台『草青みたり』で初舞台を踏みました。

芸歴はなんと70年を超えます。

ただ、ここ十数年は新しいドラマや映画への出演が確認できません。

Wikipediaの出演一覧を見ても、テレビドラマは2010年の作品が最後になっています。

所属事務所の公式プロフィールや本人のSNSも見当たらず、近況を本人が発信している場所はないのが現状です。

一方で、ファンの間では今も話題にのぼっています。

2025年5月には、X(旧Twitter)で「今日は俳優・松山政路(松山省二)さんの78歳のお誕生日です」という投稿に600件以上の高評価がつきました。

また別の投稿では、『怪奇大作戦』でSRI(科学捜査研究所)のメンバーを演じた俳優のうち、当時の最若手として松山省二(78)さんの名前が挙がっていました。

つまり、新作への出演はないものの、往年のファンからは今も誕生日を祝われる存在というのが現在の姿です。

現在のプロフィール

項目 内容
名前 松山政路(まつやま せいじ)
本名 松山省次
旧芸名 松山省次・松山省二
生年月日 1947年5月21日(79歳)
出身地 東京都武蔵野市吉祥寺
身長・血液型 167cm・A型
初舞台 1952年『草青みたり』
主な作品 若者たち、怪奇大作戦、砂の器、大岡越前

日本俳優連合の専務理事として俳優を支えた

松山政路さんの近年の仕事として必ず出てくるのが、日本俳優連合(通称・日俳連)の専務理事という肩書きです。

日本俳優連合は、俳優や声優の出演条件や権利を守るための団体です。

松山さんはその専務理事として、俳優の資質向上や権利問題に取り組んできました。

ここでひとつ気をつけたいのが、書かれている時制です。

WEBザテレビジョンやJ:COMのプロフィールには「現在は、日本俳優連合の専務理事を担当している」とあります。

ところがWikipediaでは「力を尽くしていた」と過去形で書かれています。

どちらが今の状態なのかは、はっきり分かりません。

プロフィールサイトの文章は長く更新されないことも多いので、79歳という年齢を考えると、すでに役職を退いている可能性もあると私は見ています。

少なくとも、ドラマの第一線から離れたあとも、裏方として俳優全体のために働いていた時期があったことは確かです。

最後のドラマ出演は2010年のNHKスペシャル

では、テレビドラマで最後に見られたのはいつなのでしょうか。

出演一覧をたどると、最後に並んでいるのは2010年のNHKスペシャル「さよなら、アルマ〜赤紙をもらった犬〜」で、松山さんは江上良一という役でした。

2000年代の出演を並べると、こんな流れになります。

年 作品 役
2000年 火曜サスペンス劇場 地方記者・立花陽介 川辺
2002年 女と愛とミステリー 山岳救助隊・紫門一鬼 尾浜史朗
2004年 農家のヨメになりたい(NHK) 清和正
2005年 理想の生活(NHK) 坂梨滋
2005年 水戸黄門 第35部 第2話 猪尾屋惣兵衛
2006年 ナショナル劇場50周年記念特別企画 五兵衛
2009年 大河ドラマ『天地人』 本多正信
2010年 NHKスペシャル「さよなら、アルマ」 江上良一

こうして見ると、2000年代後半はNHK作品への出演が中心だったことが分かります。

大河ドラマ『天地人』では徳川家康の参謀・本多正信を演じていて、60代になっても存在感のある役を任されていました。

なぜ2010年を最後に出演が途切れたのかについて、本人が語ったものは見つかりませんでした。

時期を考えると、60代に入って日本俳優連合の仕事の比重が大きくなったことが関係しているのでは、と推測できます。

ただしこれは時系列から考えた推測で、引退を発表した記録はありません。

声優や吹き替えでも活躍していた

ドラマの出演が減っていった2000年代、松山さんは声の仕事でも活躍していました。

とくに手塚治虫作品とのつながりが深いんです。

年 作品 担当
1975〜1977年 真田十勇士(NHK人形劇) 猿飛佐助、真田幸村など
1993〜1995年 人形歴史スペクタクル 平家物語(NHK人形劇) 藤原頼長
2003年 ぼくの孫悟空 混世魔王
2006年 ブラック・ジャック21 全満徳
2006年 ホテル・ルワンダ(吹き替え) オリバー大佐(ニック・ノルティ)
2009・2010年 マードック・ミステリー(吹き替え) ハリー・マードック

NHK人形劇『真田十勇士』では、主役の猿飛佐助の声を2年にわたって担当しています。

人形劇で育った世代には、顔よりも声のほうがなじみがあるかもしれませんね。

海外ドラマ『マードック・ミステリー』の吹き替えも2010年まで続いていて、ドラマと声の仕事がそろって2010年ごろに途切れているのが分かります。

顔を出す仕事も声の仕事も、ほぼ同じ時期に一区切りを迎えていたということです。

再放送で今も見られる出演作

新作はなくても、再放送では今も松山さんの姿を見ることができます。

2026年3月には、河内音頭の河内家菊水丸さんが自身のブログで、J:COM BSで再放送された『探偵・神津恭介の殺人推理4〜初夜に消えた花嫁〜』(1986年)を録画して見たことを書いていました。

この回のゲストが松山政路さんだったそうです。

菊水丸さんは1992年に、名古屋の中日劇場で川中美幸さんの公演に出演していた松山さんと楽屋で対面したことがあり、そのときの思い出もつづっていました。

……こういう形で名前が出てくると、なんだかうれしくなりますよね。

また、京都のKBS京都などでは『大岡越前』の再放送があり、Yahoo!知恵袋には「松山省二(現・政路)さんが猿の三次を演じたのは第5部だけ」という質問と回答が寄せられています。

時代劇やサスペンスの再放送が、今の視聴者が松山さんを知るきっかけになっているようです。

大岡越前で兄の代役を務めた第5部

『大岡越前』の「猿(ましら)の三次」は、もともと兄の松山英太郎さんの当たり役でした。

1978年の第5部だけは、英太郎さんがプロデューサーへの転身を図って一時的に俳優を離れていたため、弟の松山さん(当時は松山省二)が同じ役を演じています。

英太郎さんが亡くなったあと、松山さんに再び三次役のオファーが来たそうです。

ところが、別の仕事と重なっていたことと、「兄のおかげで仕事が入った」と陰口を言われるのが嫌だったことから断ったといいます。

その結果、三次は劇中で殉職したことになりました。

兄の役を安易に引き継がなかったところに、役者としてのこだわりを感じます。

松山政路の現在に対する世間の声

松山さんについてネットで見られる声をまとめると、懐かしさと「元気でいてほしい」という気持ちが中心です。

  • 誕生日に合わせて「若者たち」「砂の器」などの代表作を振り返る投稿が今も出ている
  • 『怪奇大作戦』のSRIメンバーで存命の人を調べて、松山さんの名前に行き着いたファンがいる
  • 再放送で見かけて「このゲストは松山政路さんだった」と気づく人がいる
  • 三枚目の役から狂気的な犯人役まで演じ分けた幅広さを評価する声がある

Wikipediaでも、三枚目的なコメディリリーフから狂気的な犯人役までこなす演技力の持ち主と紹介されています。

新作がないからこそ、過去の作品を通して根強く覚えられている俳優だといえます。

松山政路の現在を調べる人向けの関連情報

ここからは、松山政路さんの現在とあわせてよく検索されている話題をまとめました。

年齢や家族、兄・英太郎さんのことまで順に見ていきます。

現在の画像が見られる場所は?

松山政路の現在の画像を探している方は多いのですが、最近撮られた写真はほとんど公開されていません。

本人のSNSや所属事務所の公式サイトが見当たらないため、新しい写真が出てくる場所がないんです。

検索で出てくる画像は、主に次のようなものです。

  • X(旧Twitter)でファンが投稿した昔の出演作の写真
  • 河内家菊水丸さんのブログに載った、2005年の朝日新聞の記事の切り抜き
  • 映画.comやWEBザテレビジョンのプロフィール写真

菊水丸さんのブログに載っている朝日新聞の記事は、平成17年(2005年)2月5日付の「ことばの旅人 東京・神楽坂」で、50代後半ごろの松山さんの姿が見られます。

70代になってからの写真は、公開されているものが見つかりませんでした。

年齢は79歳、政路とはどんな人?

松山政路さんは1947年生まれで、2026年5月21日に79歳になりました。

名前の読み方で迷う方も多いと思います。

「政路」は「せいじ」と読みます。

もともとは本名の「省次」、その後は「省二」という芸名で活動していて、読みはどちらも「せいじ」でした。

ところが「しょうじ」と読まれることが多かったため、1979年に「政路」へ改名しています。

「松山政路とは」と検索すると、同じ読みの参議院議員・松山政司(まさじ)さんが出てくることもあるので、別人なので注意してくださいね。

また、漫画家の松山せいじさんも別の人物です。

俳優の松山政路さんは、旧芸名の松山省二の名前で覚えている方も多い、芸歴70年超のベテランです。

兄弟は兄の松山英太郎

松山政路の兄弟は、5つ年上の兄・松山英太郎さんです。

英太郎さんは『七人の孫』『肝っ玉かあさん』『時間ですよ』などのホームドラマで人気を集め、時代劇『大岡越前』『江戸を斬る』でも活躍しました。

兄弟そろって東京都武蔵野市吉祥寺の生まれです。

兄弟で同じ役を演じた『大岡越前』の猿の三次は、2人をつなぐ代表的なエピソードとして今も語られています。

テレビ東京の『ザ・買物ゲーム』では、司会の英太郎さんが来られないときに、弟の松山さんが代役で司会を務めたこともありました。

俳優として同じ道を歩み、仕事の場面でも兄を支えていた弟だったことが分かります。

兄・松山英太郎の死因と家系図

関連検索に出てくる死因は、松山政路さんではなく兄の英太郎さんのことです。

英太郎さんは1990年9月、東京宝塚劇場の公演中に体調を崩して入院し、食道がんと診断されました。

そして1991年1月11日、48歳の若さで亡くなっています。

入院中の1990年10月には父・河原崎国太郎さんが亡くなっていて、英太郎さんは葬儀に出られませんでした。

親子を相次いで亡くした松山さんのつらさは、想像するだけで胸が締め付けられます。

松山英太郎の家系図

松山家は、芸術家と俳優が続く一家です。

続柄(政路さんから見て) 名前 職業など
曽祖父 渡辺又三郎 衆議院議員、第8代広島市長
祖父 松山省三 洋画家、カフェー・プランタン経営
父 5代目河原崎国太郎 前進座の女形俳優
兄 松山英太郎 俳優
甥 7代目嵐芳三郎、6代目河原崎國太郎 歌舞伎俳優
甥・姪 芦田昌太郎、由夏 俳優(英太郎さんの子)
二女 松山愛佳 元女優

祖父の松山省三さんは、銀座のカフェー・プランタンを開いたことで知られる洋画家です。

政路さんは、画家・前進座の女形・人気俳優と続く芸能一家の中で育ったということです。

死因や事故の噂は?

「松山政路 死因」「松山政路 事故」と検索されることがありますが、松山政路さんが亡くなったという報道は見つかりません。

Wikipediaでも存命の人物として書かれています。

事故に遭ったという報道も、見つかりませんでした。

死因と一緒に検索されるのは、兄の英太郎さんが48歳で亡くなっていることが大きいと考えられます。

兄弟の名前が並んで表示されるので、どちらの話なのか分かりにくくなっているのかもしれません。

さらに、近年テレビに出ていないことも「もしかして」と心配される理由になっていそうです。

検索されている死因は兄・英太郎さんの話で、政路さん本人の訃報は出ていません。

妻は紅景子、元妻は大谷直子

松山政路の妻は、元女優の紅景子(くれない けいこ)さんです。

2人は1977年に結婚しました。

実はこれは再婚で、最初の結婚相手は女優の大谷直子さんでした。

時期 相手 内容
1971年 大谷直子さん 結婚、長女が誕生
1974年 大谷直子さん 離婚
1977年 紅景子さん 再婚
1982年 紅景子さん 二女・愛佳さんが誕生

大谷直子さんとの結婚生活は3年ほどで終わりました。

その後に結婚した紅景子さんとは、50年近く夫婦を続けています。

娘の愛佳さんは2015年、父の68歳の誕生日にブログで「どんなときも人生を共に歩む夫婦って素敵です」とつづっていました。

……なんか、いいですよね。

つまり、現在の妻は紅景子さんで、再婚から約半世紀を連れ添っています。

子供は二女の松山愛佳

松山政路の子供として名前が知られているのは、二女の松山愛佳(まつやま あいか)さんです。

愛佳さんは1982年10月23日生まれで、母は紅景子さんです。

文学座に所属して舞台を中心に活動していましたが、現在は女優を引退しています。

「二女」ということは、上にもう1人娘さんがいます。

大谷直子さんとの間に生まれた長女で、離婚のときに大谷さんが連れていったとされています。

長女については芸能活動の情報がなく、一般の方として暮らしていると考えられます。

松山さんには2人の娘がいて、名前が知られているのは元女優の二女・愛佳さんということです。

松山政路の現在のまとめ

  • 松山政路は1947年5月21日生まれで、2026年9月時点で79歳
  • 東京都武蔵野市吉祥寺の出身で、1952年に5歳前後で初舞台を踏んだ
  • 本名は松山省次で、1979年に松山省二から政路へ改名した
  • テレビドラマの出演は2010年のNHKスペシャル「さよなら、アルマ」が最後
  • 声の仕事も2010年の『マードック・ミステリー』吹き替えで一区切りとなっている
  • 出演が途切れた理由を本人は語っておらず、引退の発表もない
  • 日本俳優連合の専務理事として俳優の権利問題に取り組んだ
  • 専務理事を今も続けているかは資料によって書き方が分かれる
  • 2025年にはファンが78歳の誕生日を祝う投稿をしていた
  • 2026年3月には河内家菊水丸がJ:COM BSの再放送で出演作を見たと書いている
  • 最近の写真は公開されていない
  • 死因や事故で検索されるが、本人の訃報や事故の報道はない
  • 死因として出てくるのは兄・松山英太郎の食道がん(1991年、48歳没)
  • 妻は紅景子で1977年に再婚、元妻は大谷直子
  • 子供は2人の娘で、二女は元女優の松山愛佳

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