松方弘樹さんの遺産がどのくらいだったのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
2017年に74歳で亡くなった松方弘樹さんですが、豪快すぎるお金の使い方と複雑な家族関係から、遺産の行方が大きな注目を集めました。
この記事では、松方弘樹さんの遺産額や資産事情、6人の子供たちの相続、そして内縁の妻・山本万里子さんとの関係まで詳しくまとめています。
・松方弘樹の遺産額と資産がほとんど残らなかった理由
・6人の子供たちの法定相続分と入籍しなかった背景
・内縁の妻・山本万里子の献身と豪邸の現在
目次 閉じる
松方弘樹の遺産と資産の全貌
「仁義なき戦い」をはじめ数々の名作に出演し、昭和を代表する大スターとして活躍した松方弘樹さん。
2017年1月に74歳で亡くなった後、その遺産の行方が大きな注目を集めました。
華やかな芸能生活の裏側にあった資産事情と、複雑な家族関係による相続問題について詳しく見ていきましょう。
遺産の額はいくらだったのか
松方弘樹さんの遺産額について、気になっている方は多いのではないでしょうか。
結論からお伝えすると、松方弘樹さんの遺産は「ほとんど残っていなかった」という情報が複数の関係者から報じられています。
一部週刊誌では、遺産がさほど残っていないという説が紹介されており、その背景にはいくつかの要因があったとされています。
遺産が少なかった理由
まず、最初の妻である元モデルの夏子さんとの離婚時に約3億円の慰謝料を支払ったと報じられています。
さらに、2番目の妻・仁科亜季子さんとの離婚でも養育費として月50万円、マンションの残債3000万円あまりの支払いが発生しました。
加えて、元歌手の千葉マリアさんとの間に生まれた認知した息子さんにも、月10万円から最終的には月30万円の養育費を支払っていたとされています。
入院中の経済事情
2016年に脳リンパ腫で入院した当初はVIP用の大きな個室にいたものの、秋ごろにはかなり狭い個室に移ったと報じられました。
容態悪化にともない復帰の見込みが薄くなり、経済的に厳しい状況に追い込まれていたようです。
入院中には家賃100万円以上だった個人事務所兼自宅の都内マンションも解約・転居しており、最晩年の経済状況はかなり苦しかったことがうかがえます。
もともと入ってくるお金以上に使う生活を続けてきた松方弘樹さんだけに、仮に借金があった場合は遺産が負債になる可能性もあったとされています。
資産を使い果たした豪快すぎる私生活
松方弘樹さんといえば、その豪快なお金の使い方が語り草になっています。
芸能界でも屈指の「気前のいい人」として知られ、入ったギャラをスタッフや共演者に惜しみなく還元するスタイルが有名でした。
月800〜1000万円の飲食費
松方弘樹さんの最後の弟子を自任する俳優の小沢仁志さんによると、松方弘樹さんは月の飲み食いだけで毎月800〜1000万円を使っていたそうです。
ドラマの撮影が1週間に1本のペースで行われていた時期には、毎週末、出演者だけでなくまったく関係のないスタッフまで含めて100人規模の打ち上げを開いていたといいます。
場所は嵐山の有名なすき焼き屋さんで、その費用はすべて松方弘樹さんが負担していたとのことです。
趣味のマグロ釣りにも散財
松方弘樹さんの代名詞ともいえる趣味がマグロ釣りでした。
船をチャーターして海に出ると1回あたり約60万円かかるそうですが、年に何回も出かけていたといいます。
映画の主役で1000万円のギャラが入ると、それをそのまま周囲への還元に充ててしまう。
入るお金も大きければ、それ以上に出ていくお金も半端ではなかった。
まさに「昭和の大スター」らしい豪快すぎる金銭感覚だったといえるでしょう。
お金にまつわる武勇伝エピソード
松方弘樹さんのお金にまつわるエピソードは枚挙にいとまがありません。
なかでも有名なのが、京都の祇園で飲みに出た際のエピソードです。
60人の大宴会を笑顔で全額支払い
京都の祇園で出演者やスタッフと飲みに出かけた松方弘樹さん。
お店に向かう途中でファンがついてきて、気づけば総勢60人の大宴会になってしまったそうです。
普通なら困惑するところですが、松方弘樹さんは笑顔で飲み代を全額支払ったとのこと。
こうしたエピソードはたびたび報じられており、松方弘樹さんの豪快な人柄をよく表しています。
弟子・小沢仁志を粋に支えた計らい
小沢仁志さんが松方弘樹さんの主演ドラマ「月影兵庫」に出演した際のエピソードも印象的です。
時代劇の経験がなかった小沢仁志さんは当初出演を断ったものの、松方弘樹さん本人から「荷物ぶち込んで京都来い」と電話がかかってきて出演が決まりました。
実は小沢仁志さんの役にはそうそうたる候補がいたにもかかわらず、松方弘樹さんが「小沢じゃなきゃやんねえよ」と押し通したそうです。
ある時、松方弘樹さんが東京の仕事で打ち上げに出られないため、小沢仁志さんに代わりを頼んだことがありました。
小沢仁志さんが100万〜200万円を用意して会計に行こうとすると、松方弘樹さんの付き人から「そんなの松方が払ってるに決まってんだろ」と言われたそうです。
翌日の現場では、それまで小沢仁志さんによそよそしかった周囲の態度がガラリと変わっていたとのこと。
松方弘樹さんは何も言わないけれど、すべて見越した上での粋な計らいだった。
小沢仁志さんは「俺泣いたもん。そういう人」と回顧しており、松方弘樹さんの人間的な魅力が伝わるエピソードです。
豪邸は現在どうなっているのか
松方弘樹さんは京都に豪邸を所有していたことで知られていますが、その豪邸は現在どうなっているのでしょうか。
京都の豪邸は差し押さえ後に売却
松方弘樹さんが所有していた京都の豪邸は、仁科亜季子さんとの離婚後に差し押さえられ、最終的に売却されたと報じられています。
1998年に離婚が成立した後、慰謝料はなかったものの養育費やマンション残債の支払いが続いていたことから、経済的に維持が難しくなったとみられます。
都内マンションも入院中に解約
京都の豪邸を手放した後、松方弘樹さんは都内のマンションを個人事務所兼自宅として使用していました。
家賃は月100万円以上という高額な物件でしたが、2016年に入院してからは復帰の見込みが薄くなったこともあり、入院中に解約・転居したとされています。
華やかな住まいの変遷は、松方弘樹さんの栄光と晩年の経済事情を象徴しているともいえるでしょう。
現在、かつての京都の豪邸がどのように使われているかについて詳しい情報は公表されていませんが、すでに別のオーナーの手に渡っている可能性が高いとみられます。
妻や元妻たちとの複雑な家族関係
松方弘樹さんの家族関係は非常に複雑で、遺産問題を語るうえで欠かせないポイントです。
最初の妻・夏子さんとの結婚
松方弘樹さんは1968年に元モデルの夏子さんと結婚し、娘2人と息子1人の3人の子供をもうけました。
しかし1974年のNHK大河ドラマ「勝海舟」で共演した仁科亜季子さんと恋仲になり、1978年に離婚。
慰謝料は約3億円だったとされています。
夏子さんは離婚から何十年も経った後のインタビューで「恨む気持ちはありません。感謝の気持ちでいっぱいです」と語っており、松方弘樹さんとの写真を今も大事に持っているそうです。
2番目の妻・仁科亜季子さんとの結婚と離婚
1979年に仁科亜季子さんと再婚した松方弘樹さんは、タレントの仁科克基さんと仁科仁美さんの2人の子供に恵まれました。
しかし結婚生活中の1987年に、歌手の千葉マリアさんとの間の隠し子が発覚。
その後、元女優の山本万里子さんとの不倫関係が明らかになり、1998年に仁科亜季子さん自身が週刊誌に離婚の決意を告白する形で世間に知れ渡りました。
1999年1月に正式に離婚が成立し、2人の子供の親権は仁科亜季子さんが持つことになりました。
千葉マリアさんとの関係
松方弘樹さんは1981年ごろからショーで共演するようになった歌手の千葉マリアさんとの間にも、1984年に息子の真沙史さんが誕生しています。
松方弘樹さんはこの子供を認知し、養育費として当初月10万円、その後月30万円を18歳になるまで支払っていたとされています。
このように、松方弘樹さんには3人の女性との間に合計6人の子供がおり、その家族関係の複雑さが遺産問題をさらに難しくしていたのです。
内縁の妻・山本万里子が貫いた愛人道
松方弘樹さんの最期を看取ったのは、長年のパートナーである内縁の妻・山本万里子さんでした。
祇園のクラブでの出会い
松方弘樹さんと山本万里子さんの出会いは1991年にさかのぼります。
当時、山本万里子さんは京都・祇園の高級クラブでホステスをしており、客として訪れた松方弘樹さんが一目惚れして交際が始まったそうです。
松方弘樹さんは芸能界入りを希望していた山本万里子さんをバックアップし、自身が出演する「遠山の金さん」や「HOTEL」に出演させるなどの支援を行いました。
不倫発覚と世間のバッシング
交際から7年後の1998年、当時の妻だった仁科亜季子さんが週刊誌に離婚の決意を告白したことで、山本万里子さんとの不倫関係が一気に世間に知れ渡りました。
山本万里子さんは「有名女優から夫を奪った」として激しいバッシングを受けることになります。
それでも松方弘樹さんのそばを離れることはなく、約25年にわたって連れ添い続けました。
入籍しなかった理由
松方弘樹さんと山本万里子さんは最期まで入籍することはありませんでした。
その理由について、松方弘樹さんには6人の子供がおり、再婚すると配偶者に遺産の2分の1が渡ることになるため、子供たちとの間で相続トラブルが発生することを懸念していたとみられています。
山本万里子さんとの間にはパイプカット手術もあって子供はおらず、入籍しないことで相続問題を複雑にしないという選択だったともいわれています。
週刊誌の報道によれば、松方弘樹さんはすでに財産や生命保険などの生前対策を済ませていたそうで、入籍する・しないはお二人にとって必要のないことだったのかもしれません。
松方弘樹の遺産を調べる人向けの関連情報
松方弘樹さんの遺産について調べている方は、死因や最期の様子、そして相続の法的な仕組みについても気になっているのではないでしょうか。
ここからは、松方弘樹さんの闘病や相続に関する情報をまとめてお伝えします。
死因となった脳リンパ腫の闘病経緯
松方弘樹さんの死因は脳リンパ腫でした。
ここでは、その闘病の経緯を時系列で振り返ります。
脳腫瘍の疑いから確定診断まで
松方弘樹さんは2016年に脳腫瘍の疑いで長期療養に入ることが発表されました。
所属事務所が報道各社に送ったFAXでは「担当医師より検査結果が報告され、脳リンパ腫との確定診断にいたりました」と病状が報告されています。
この入院にともない、全国を回る予定だった「夢コンサート」への出演を取りやめ、舞台「遠山の金さんと女ねずみ」は公演自体が中止となりました。
闘病中の経緯
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2016年2月頃 | 入院、VIP用の大きな個室に入る |
| 2016年3月 | 脳リンパ腫と確定診断 |
| 2016年秋頃 | 容態悪化、狭い個室に移動 |
| 入院中 | 都内マンション(家賃100万円超)を解約 |
| 2017年1月21日 | 脳リンパ腫のため死去(享年74) |
脳リンパ腫は脳に発生する悪性リンパ腫の一種で、治療が難しい病気として知られています。
松方弘樹さんの場合も、入院から約1年で帰らぬ人となってしまいました。
最後を看取った山本万里子の献身
松方弘樹さんの最後を看取ったのは、内縁の妻である山本万里子さんでした。
密葬をひとりで取り仕切った山本万里子
松方弘樹さんが亡くなった後、葬儀は山本万里子さんがひとりで取り仕切り、ひっそりと執り行われたといいます。
名作映画「仁義なき戦い」のような豪壮な葬儀が行われることはなく、友人たちのほとんどは訃報をニュースで知り、お別れを告げる機会もなかったそうです。
絶縁状態だった息子・仁科克基
松方弘樹さんの息子である仁科克基さんは、16歳のころから19年間も松方弘樹さんと絶縁状態にあったことをテレビ番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」で明かしています。
結局、松方弘樹さんが亡くなるまで連絡を取ることはなく、死に目にも会えず、葬儀にも参列できなかったとのことです。
仁科克基さんは番組内で「偉大な父のお金を使いまくった、クズ2世先生」として自身の失敗談を語っており、複雑な父子関係がうかがえます。
山本万里子さんは「死を覚悟していたものの、亡くなったことをまだ受け入れられない状態」だったと個人事務所の関係者が語っており、最後まで松方弘樹さんに寄り添い続けた山本万里子さんの献身ぶりが伝わってきます。
山本万里子の画像と女優時代の経歴
松方弘樹さんの内縁の妻として注目を集めた山本万里子さんについて、その経歴を紹介します。
女優としての活動
山本万里子さんは1991年に京都・祇園のクラブで松方弘樹さんと出会った後、松方弘樹さんのバックアップを受けて芸能界に入りました。
テレビ朝日系の人気時代劇「遠山の金さん」やTBS系のドラマ「HOTEL」に出演するなど、女優として活動していた時期があります。
ただし、大きな代表作があるわけではなく、松方弘樹さんの交際相手・内縁の妻としての存在感のほうが大きかったといえるでしょう。
年齢差30歳のカップル
山本万里子さんは松方弘樹さんより30歳年下で、1998年に不倫が発覚した当時は26歳でした。
松方弘樹さんが亡くなった2017年時点では44〜45歳とされており、20代の若さで世間からの激しいバッシングを受けながらも、四半世紀にわたって松方弘樹さんを支え続けました。
山本万里子さんの画像については、女優時代のテレビ出演や、松方弘樹さんとの報道写真が一部の芸能メディアで紹介されています。
デイリー新潮では「松方弘樹に添い遂げた山本万里子 貫いた愛人道」という記事が掲載されており、妻の座に収まることなく愛人道を貫き通したと表現されています。
6人の子供たちの相続と法定相続分
松方弘樹さんの遺産相続において、法定相続人となるのは6人の子供たちです。
ここでは、相続の仕組みと法定相続分について整理します。
法定相続人の整理
松方弘樹さんの家族構成と法定相続人は以下のとおりです。
| 関係 | 名前・人数 | 相続権 |
|---|---|---|
| 最初の妻 | 夏子さん(元モデル) | なし(離婚済み) |
| 最初の妻との子 | 娘2人・息子1人 | あり |
| 2番目の妻 | 仁科亜季子さん | なし(離婚済み) |
| 2番目の妻との子 | 仁科克基・仁科仁美 | あり |
| 千葉マリアさん | 千葉マリアさん | なし |
| 千葉マリアさんとの子 | 真沙史さん(認知済み) | あり |
| 内縁の妻 | 山本万里子さん | なし(未入籍) |
離婚した元妻たちと内縁の妻には相続権がなく、6人の子供が法定相続人となります。
入籍していない場合の法定相続分
松方弘樹さんが再婚せずに亡くなった場合、法定相続人は子供6人のみとなります。
かつては非嫡出子(婚姻していない男女の間に生まれた子)の相続分は嫡出子の2分の1と定められていましたが、この規定は憲法違反として無効とされています。
現在では非嫡出子と嫡出子の区別はなくなり、子供の相続分は平等です。
仮に遺産が10億円だった場合、子供6人の相続分は6分の1ずつ、各自が約1億6666万円に相当する遺産を取得することになります。
再婚していた場合のシミュレーション
もし松方弘樹さんが山本万里子さんと入籍していた場合は、配偶者と子供6人が法定相続人となります。
配偶者と子がいる場合、配偶者の相続分は2分の1で、残りの2分の1を子供6人で均等に分割します。
仮に10億円の遺産だった場合、妻が5億円、子供はそれぞれ約8333万円ということになります。
入籍することで前妻の子供たちとのトラブルに発展する可能性があったことが、松方弘樹さんが入籍しなかった大きな理由とされています。
ただし、遺言による遺贈で内縁の妻に財産を残す方法もあり、松方弘樹さんは生前対策を済ませていたとも報じられています。
松方弘樹遺産のまとめ
- 2017年1月21日に脳リンパ腫のため74歳で死去
- 遺産はほとんど残っていなかったとされる
- 最初の妻・夏子さんとの離婚時に約3億円の慰謝料を支払った
- 2番目の妻・仁科亜季子さんとの離婚で養育費月50万円などを負担
- 千葉マリアさんとの間の認知した息子にも養育費を支払っていた
- 月の飲み食いだけで800〜1000万円を使う豪快な金銭感覚だった
- 京都の豪邸は離婚後に差し押さえられ売却された
- 入院中に家賃100万円超の都内マンションも解約
- 6人の子供が法定相続人で、元妻や内縁の妻に相続権はない
- 内縁の妻・山本万里子さんとは約25年連れ添うも入籍せず
- 入籍しなかった背景には子供たちとの相続トラブル回避の意図があったとされる
- 山本万里子さんが最期を看取り、密葬をひとりで取り仕切った
- 息子の仁科克基は19年間絶縁状態で葬儀にも参列できなかった
- 生前に財産や生命保険などの対策を済ませていたと報じられている
- 遺産を残さず想い出を残す生き方は松方弘樹さんらしい美学ともいえる


