鳩山エミリーさんの現在について調べている方は、きっと「あの高見エミリーさんは今どうしているんだろう」と気になっているのではないでしょうか。
少女雑誌の表紙を飾り、仮面ライダーにも出演していた少女が、17歳で芸能界を去ってから半世紀以上が経ちました。
2016年に夫・鳩山邦夫さんを突然亡くしたあと、彼女が語ったひと言を知ると、この夫婦の時間の重さがそのまま伝わってきますよ。
・鳩山エミリーの現在の肩書と、表舞台に出てこない理由
・2024年の衆院選で名前が出た経緯と、その内容
・高見エミリー時代の代表作と、父・姉・娘・息子など家族の顔ぶれ
鳩山エミリーの現在はエッセイストとしての活動
まずは一番知りたいところ、鳩山エミリーさんが今どんな立場にいるのかを整理していきます。
年齢や引退の経緯、夫との死別から最近の名前の出方まで、順番に見ていきましょう。
現在はエッセイストとして活動
鳩山エミリーさんの肩書きを調べると、複数の人物データベースでそろって同じ表記が出てきます。
現在の肩書きは「エッセイスト・元女優」で、これはWikipediaでもWeblio辞書でも共通しています。
スカパー!の人物ページでは職業区分が「作家/俳優・女優」となっていて、こちらでも書き手としての顔が先に置かれているんですね。
つまり、女優としての活動はすでに過去のもので、今は文章を書く側の人として登録されているということになります。
鳩山エミリーさんの現在は、芸能人としてではなくエッセイストとしての立ち位置だと考えるのが正確です。
ただ、エッセイストといっても毎月のように新刊を出しているタイプではありません。
著作として名前が挙がるのは、講談社から出た1冊です。
著書『食べるのが大好き』はどんな本か
2001年4月に刊行された『食べるのが大好き』が、エッセイストとしての代表作にあたります。
紀伊國屋書店の書籍紹介によると、著者名は「鳩山エミリ」表記で、内容は料理好きの夫と2男1女に作り続けて28年ぶんのレシピをまとめたものだそうです。
単なるレシピ本ではなく、政治家の妻として裏方に徹してきた日々がベースにある一冊、という位置づけですね。
同じ紹介文では、趣味で始めたチャイナペインティング(磁器への絵付け)の腕がプロ級だとも書かれています。
……なんというか、生活の細部を楽しむ人なんだな、というのが伝わってきます。
年齢は2026年で71歳
生年月日は複数のソースで一致していて、ここは迷う余地がありません。
生まれは1955年2月11日、出身は東京都です。
Wikipedia、Weblio辞書、スカパー!の人物ページ、誕生日データベースのいずれもこの日付で揃っています。
この生年から計算すると、2026年9月の時点で71歳という計算になります。
1972年前後に芸能界を離れていますから、表舞台にいた期間より、離れていた期間のほうが圧倒的に長いわけですね。
芸能界を引退したのは17歳での婚約がきっかけ
引退の理由は、事務所とのトラブルでも仕事が減ったからでもありません。
結婚です。しかも、かなり早い段階から決まっていた結婚でした。
きっかけは、姉である高見リサさんと、鳩山邦夫さんの従兄弟との結婚式だったと伝えられています。
その席で邦夫さんに見初められ、14歳でプロポーズを受け、17歳で婚約。そして結婚後に芸能界を引退しました。
14歳でプロポーズ、というのは今の感覚だとかなり驚きますよね。
ただ、当時すでに彼女は少女雑誌の表紙を飾る有名人で、邦夫さんの側から見れば一目惚れに近い出来事だったのだろうと想像できます。
CiNii Researchに残るインタビューの見出しには「家庭教師のおにいちゃまだった鳩山邦夫と結婚して」とあり、二人の距離が縮まった経緯には家庭教師という接点もあったようです。
10代のうちに人生の進路が決まり、芸能活動より家庭を選んだ結果としての引退だった、というのが実態ですね。
夫・鳩山邦夫との死別と喪主として述べた言葉
鳩山エミリーさんの現在を語るうえで、避けて通れないのが2016年の出来事です。
夫の鳩山邦夫さんは、2016年6月21日に十二指腸潰瘍による出血性ショックのため東京都内の病院で死去しました。享年67。
日本経済新聞や日刊工業新聞などが一斉に報じた、突然の訃報でした。
喪主を務めたのは妻のエミリーさんです。
ライブドアニュースが伝えた胸中では「生まれ変わっても主人と巡り合って結婚致します」と語っています。
正直、この一文だけで胸が詰まりますよね。
お別れの会で明かされた最後の言葉
2016年7月12日、東京・港区の青山葬儀所でお別れの会が開かれました。
喪主として参列者に挨拶したエミリーさんは、夫の最後の言葉として「苦労をかけたね。ありがとう」というひと言を紹介しています。
14歳でプロポーズされてから、40年以上を共に過ごした相手からの最後の言葉です。
……これは、聞いているほうもこたえます。
2024年の衆院選で名前が出た理由
ほとんど表に出てこないエミリーさんですが、比較的最近になって名前が表に出た場面があります。
2024年の衆議院選挙、東京2区での応援メッセージです。
候補者だった辻清人さんの公式Xでは「故・鳩山邦夫夫人である、鳩山エミリーさまに力強い応援のメッセージをいただきました」と紹介され、同じ内容がYouTubeにも動画として投稿されています。
自分が政治の表舞台に立つのではなく、亡き夫が守ってきた地域を引き継ぐ側へ声を寄せる、という関わり方ですね。
現在の露出は、芸能活動ではなく「故・鳩山邦夫夫人」としての立場から発生していると整理できます。
ここが「元女優なのに現在の情報が出てこない」と感じる原因でもあります。検索しても芸能ニュースではなく、選挙関連の記事や動画にたどり着くわけですから。
テレビ出演の予定が見当たらない状況
では、女優として復帰する動きはあるのでしょうか。
スカパー!の人物ページを見ると、放送予定の欄には「1か月以内に放送する出演作品はありません」と表示されています。
新作への出演はもちろん、過去作の再放送予定も直近には入っていない状態ということですね。
書籍の紹介文にも「政治家の妻として裏方に徹して夫を支えてきた」という趣旨の記述があり、本人が表に出る立場を選んでこなかったことが読み取れます。
時系列を並べてみると、その姿勢は一貫しています。
| 時期 | 立場 |
|---|---|
| 1960年代半ば〜1972年頃 | 高見エミリーとしてモデル・女優・歌手 |
| 1970年代〜2016年 | 鳩山邦夫の妻として裏方に徹する |
| 2001年 | エッセイ『食べるのが大好き』を刊行 |
| 2016年6月 | 夫が死去し、喪主を務める |
| 2024年10月 | 衆院選東京2区で応援メッセージを寄せる |
芸能人としての復帰を示す情報は確認できず、現在も表舞台からは距離を置いたままというのが結論になります。
鳩山エミリーの現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、現在とあわせてよく調べられている「若い頃」「家族」まわりの情報をまとめていきます。
高見エミリー時代の代表作から、父・姉・娘・息子まで、一気に見ていきましょう。
若い頃は少女フレンドの表紙モデル
芸能活動のスタートは、アメリカンスクール在学中でした。
1960年代半ばから、講談社の少女漫画誌「少女フレンド」の表紙モデルを務めています。
当時はハーフのモデル自体が珍しく、雑誌の表紙に並ぶ顔として強い印象を残しました。
そして1968年10月から1969年1月まで、TBS系のテレビドラマ『台風娘がやって来た』で初主演を果たします。
10代前半でモデル、10代半ばで主演ドラマというスピード感で、当時の人気の高さがうかがえますね。
1972年には歌手としてもデビュー
活動の幅はモデルと女優だけにとどまりませんでした。
1972年、EPICから『青い森の日曜日/ちょっと涙こぼれたら』でレコードデビューしています。
作詞はうさみかつみさん、作曲は鈴木邦彦さん。
この歌手デビューの年が、婚約・結婚の時期とほぼ重なっているのがなんとも言えないところです。
昔の写真が残る仮面ライダーのエミ役
高見エミリーさんの名前を今でも覚えている人が多いのは、この作品の存在が大きいと思います。
『仮面ライダー』第40話から第68話にエミ役で出演し、いわゆるライダーガールズの一人として登場しました。
東映の公式サイト「仮面ライダー図鑑」でも、エミは本郷猛の助手を務めた人物として紹介されています。
劇場版の『仮面ライダー対ショッカー』『仮面ライダー対じごく大使』にも同じエミ役で出演しました。
特撮作品は映像も写真も残りやすいので、若い頃の姿を探している人がたどり着く先はたいていここですね。
そのほかの出演作
Weblio辞書に残る出演歴には、ほかにも複数のタイトルが並んでいます。
| 作品 | 役 |
|---|---|
| 映画『黄金バット』(1966年) | エミリー・ベアード役 |
| 『キャプテンウルトラ』第24話 | ミユキ役 |
| 『おくさまは18歳』第26話 | 早苗役 |
| 『キイハンター』 | 複数話に出演 |
デビュー作にあたる『黄金バット』では本名に近い「エミリー・ベアード」の役名で出ているのが面白いところです。
ハーフの父はイギリス系オーストラリア人
ハーフというキーワードで検索されるとおり、両親のルーツは日本と海外にまたがっています。
父はイギリス系オーストラリア人のジェームス・K・ベアードさんで、母は広島県呉市出身の高見貞子さんです。
本人の英名はエミリー・ジェーン・ベアード。「高見」は母方の姓ということになります。
Weblio辞書によると、父は戦後のGHQ占領下の呉で酒保(軍関係の売店)のマネージャーを務めていたとのこと。
一方の母は旧制呉精華女学校を卒業し、戦時中は女子挺身隊として呉海軍工廠に勤務していました。
戦争を挟んだ呉という土地で、立場のまったく違う二人が出会っている。
……この出会いそのものが、もう一本記事が書けそうな話ですよね。
姉の高見リサも東映所属の女優
芸能界入りしたのは、実は妹だけではありませんでした。
姉の高見リサさん(本名マージョリー・ベアード)も、東映所属の女優として活動しています。
そして前述のとおり、エミリーさんが鳩山邦夫さんと出会ったのは、この姉の結婚式の席でした。
姉の結婚相手が邦夫さんの従兄弟だったため、親族として同席することになったわけですね。
姉の結婚が、そのまま妹の人生を決めた形になります。
娘の高見華子は歌手でイラストレーター
鳩山邦夫さんとの間には、2男1女が生まれています。
長女は高見華子さん。高実華子という表記でも活動しており、歌手・イラストレーターとして知られています。
母方の「高見」姓を名乗って表現の仕事をしているところに、母娘のつながりを感じますね。
母が10代で手放した芸能・表現の道を、娘が別の形で歩いているとも読めます。
息子は衆議院議員の鳩山二郎と兄の鳩山太郎
息子については、二人とも政治の世界に進んでいます。
| 続柄 | 名前 | 肩書 |
|---|---|---|
| 長男 | 鳩山太郎 | 元東京都議会議員 |
| 次男 | 鳩山二郎 | 自由民主党 衆議院議員 |
| 長女 | 高見華子(高実華子) | 歌手・イラストレーター |
とくに次男の鳩山二郎さんは現職の衆議院議員で、父・邦夫さんの地盤を引き継いだ存在です。
夫を亡くしたあとも、鳩山家の政治的なつながりのなかに身を置き続けているという点が、2024年の応援メッセージにもつながっています。
リカちゃん人形の設定に影響したという話
最後に、知るとちょっと得した気分になる話をひとつ。
Weblio辞書には、リカちゃん人形(香山リカ)が「フランス人と日本人のハーフ」という設定になった背景として、発売当時にハーフの少女タレントである高見エミリーさんが人気だったことが挙げられています。
しかも社内では、まだ名前が決まっていなかった人形を「エミリー」と呼んでいたのだとか。
え、そうだったの!?という話ですよね。
ただしこれは1つのソースにしか見当たらない情報なので、そういう説がある、という受け止め方が妥当です。
それでも、日本中の子どもが遊んだ人形の設定に影響を与えたかもしれない、というくらいには当時の人気が突き抜けていた、ということは伝わってきます。
鳩山エミリーの現在のまとめ
- 現在の肩書はエッセイスト・元女優で、複数の人物データベースで共通している
- 1955年2月11日生まれの東京都出身で、2026年時点で71歳
- 旧名は高見エミリー、英名はエミリー・ジェーン・ベアード
- 著書は2001年4月刊行の『食べるのが大好き』(講談社)
- 趣味のチャイナペインティングはプロ級と紹介されている
- 14歳でプロポーズを受け、17歳で婚約し、結婚後に芸能界を引退した
- 出会いは姉・高見リサと鳩山邦夫の従兄弟との結婚式だった
- 夫・鳩山邦夫は2016年6月21日に67歳で死去し、喪主を務めた
- お別れの会では夫の最後の言葉として「苦労をかけたね。ありがとう」を紹介した
- 2024年の衆院選東京2区で、候補者へ応援メッセージを寄せた
- スカパー!の人物ページでは直近の出演予定が確認できない
- 若い頃は講談社「少女フレンド」の表紙モデルを務めた
- 1971年の『仮面ライダー』第40〜68話にエミ役で出演した
- 父はイギリス系オーストラリア人、母は広島県呉市出身の日本人
- 子は長男・鳩山太郎、次男・鳩山二郎、長女・高見華子の2男1女


