「太陽を盗んだ男」で知られる映画監督・長谷川和彦さんに、息子さんがいることをご存じでしょうか。
実はその息子さん、父のデビュー作にちゃっかり出演していたというから驚きですよね。
ここでは長谷川和彦さんの息子さんが誰との子なのか、いま何をしているのかを、公表されている範囲でていねいに整理していきます。
・長谷川和彦の息子が誰との間に生まれた子で、名前が公表されていない理由
・息子がデビュー作「青春の殺人者」に出演したときのノーギャラ秘話
・息子の現在の職業と、娘を含む家族構成・室井滋との関係
長谷川和彦の息子は前妻との子で名前は非公表
「太陽を盗んだ男」の長谷川和彦さんに息子がいたことは、意外と知られていません。
ここでは息子さんが誰との子なのか、何をしている人なのか、公表されている範囲を順番に整理していきますね。
息子は前妻との間に生まれた子
長谷川和彦さんの息子さんは、前妻との間に生まれた子です。
長谷川さんが結婚したのは、今村昌平プロで助監督をしていた時代でした。
年齢でいうと24歳のときで、まだ監督デビューする前の下積みのころです。
結婚してすぐに子供も生まれたと記録されていますから、監督としての名前が世に出るよりも、父親になるほうが先だったことになります。
「太陽を盗んだ男」の強烈なイメージからすると、ちょっと意外じゃないですか?
あのころの日本映画の助監督は、朝から晩まで現場に張り付いて休みもほとんどないという働き方が当たり前でした。
その真っただ中で家庭を持っていたわけです。
つまり息子さんは、長谷川さんがまだ無名の助監督だった時期に生まれた子ということになりますね。
パートナーの室井滋との間の子ではない
ここは混同されやすいところなので、先に整理しておきます。
長谷川さんといえば、女優の室井滋さんと長年連れ添ったことで知られています。
ただ室井滋さんとの間に子供は生まれていません。
息子さんも娘さんも、あくまで前妻との間の子です。
検索で「室井滋 長谷川和彦 息子」という組み合わせが出てくるので誤解されがちですが、ここは分けて考える必要があります。
子供は息子と娘の2人
長谷川和彦さんの子供は、息子と娘の2人とされています。
「長谷川和彦 子供 何人」という検索がされているのも、この人数が公式にアナウンスされたことがないからでしょうね。
長谷川さんは自分の作品や映画論についてはよく語る人でしたが、家庭のことを表に出すタイプではありませんでした。
そのため子供の人数についても、インタビューやトークイベントで断片的に触れられた内容から拾い集めるしかないのが実情です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 子供の人数 | 息子と娘の2人とされる |
| 相手 | 前妻(一般女性) |
| 生まれた時期 | 長谷川が24歳で結婚した直後 |
| 室井滋との子 | いない |
こうして並べると、家族については「いる」という事実だけが公にされ、それ以上は語られてこなかったことがよく分かります。
名前や顔写真は公表されていない
息子さんについて調べていくと、まず突き当たるのがここです。
氏名・生年月日・顔写真といった情報は、どのメディアにも出ていません。
長谷川さんの訃報を報じた新聞各紙も、家族については喪主が室井滋さんであることに触れるのみで、子供の名前は伏せられていました。
葬儀も近親者のみで行われています。
これは隠されているというより、息子さんが芸能界の人間ではない一般の方だからと考えるのが自然ですね。
映画監督の子供だからといって、本人が表に出る義務はどこにもありません。
当サイトでも、公表されていない個人情報を推測で埋めることはしません。
ここから先は、長谷川さん本人が公の場で語った内容だけをたどっていきます。
デビュー作に子役として出演していた
実は息子さん、父親の映画に出ています。
しかも1本目、監督デビュー作の「青春の殺人者」(1976年)です。
この作品は水谷豊さんと原田美枝子さんの主演で、中上健次さんの短編「蛇淫」を原作に、両親を手にかけてしまう青年の心理を描いた問題作でした。
水谷豊さんはこの作品でキネマ旬報賞の主演男優賞を最年少受賞しています。
その水谷さんが演じる主人公の少年時代を演じたのが、長谷川さんの息子さんでした。
これ、知ったときちょっと驚きませんか?
日本映画史に残ると言われる問題作の、いちばん幼い姿。
そこに監督の実の子が立っていたわけです。
「かたぐるまされて喜ぶシーン」の裏側
この出演について、長谷川さん本人が2022年のトークショーで詳しく振り返っています。
息子さんが演じたのは、父親にかたぐるまをされて喜んでいる場面でした。
ところが撮影は難航します。
レフ板の反射光がまぶしくて、幼い息子さんがうまく笑えなかったんですね。
何度も撮り直して、最後の最後に「奇跡的にやっと芝居できた」と長谷川さんは語っています。
……なんだか微笑ましい話ですよね。
しかもこの出演、ノーギャラだったそうです。
長谷川さんは「もちろんノーギャラだぞ」と冗談めかして話しています。
子役を手配する手間を惜しんで自分の子を使った、という趣旨のことを本人が語っており、いかにも現場叩き上げの監督らしい発想だなと感じます。
そして興味深いのは、長谷川さんがこの撮影を通して「殺される側の気分もちょっと判った」と述べていることです。
親子の幸福な場面を、我が子と一緒に撮る。
その体験が、両親を殺す物語を撮る監督自身に跳ね返ってきたわけですね。
息子さんの出演は、単なる身内の起用ではなく、作品の核心に触れる時間でもあったということになります。
現在はミュージシャンとして活動
息子さんの今について、長谷川さん本人の口から語られたことがあります。
2022年に開かれた「青春の殺人者」のトークショーの席で、長谷川さんは息子さんの年齢に触れ、「いまいくつになった? 52か」と口にしています。
2022年の時点で52歳ということは、1970年前後の生まれということになりますね。
24歳で結婚してすぐに子供が生まれたという記録とも、時期がぴったり重なります。
そして現在の職業について、ミュージシャンとして活動していると紹介されました。
このときのトークショーには息子さん自身も会場に来ていたそうです。
46年前に自分が出た映画の上映イベントに、大人になった本人が客席にいる。
……ちょっといい話じゃないですか。
ただし、活動名義やバンド名、どのジャンルで活動しているのかまでは明かされていません。
父と同じ映像の世界ではなく、音楽の道に進んだということだけが分かっている状態です。
1992年の離婚と、それでも続いた親子の縁
長谷川和彦さんは1992年に前妻と離婚しています。
すでに1988年ごろから室井滋さんと生活をともにしており、そこから4年ほどしての離婚でした。
息子さんは当時20代前半。
親の離婚としては、子供がすでに成人した後のタイミングだったことになります。
離婚時の親権や、その後に親子でどんなやり取りがあったのかは公表されていません。
ただ、ひとつだけ確かなことがあります。
離婚から30年後のトークショーに、息子さんが足を運んでいたという事実です。
しかも長谷川さんは、その場で息子さんの年齢と近況を口にしている。
家族の内側で何があったのかを外から推し量ることはできませんが、少なくとも父と子の縁が途切れていなかったことは、この光景から伝わってくるように思います。
長谷川和彦の息子を調べる人向けの関連情報
ここからは、息子さん以外の家族関係や、長谷川和彦さんの晩年についてまとめます。
一緒に検索されることの多いテーマを順に見ていきましょう。
前妻・奥さんはどんな人物だったのか
長谷川和彦さんの前妻については、氏名・職業ともに公表されていません。
分かっているのは、長谷川さんが今村昌平プロ時代の24歳で結婚した相手であること。
そして1992年に離婚していることの2点だけです。
芸能関係者であればどこかに記録が残るものですが、それも見当たりません。
一般の方だったと考えるのが妥当でしょうね。
「長谷川和彦 奥さん」で検索すると室井滋さんの情報ばかりが並びますが、室井さんは籍を入れていないパートナーであり、法律上の妻だったのは前妻のほうです。
このあたり、混ざりやすいので注意が必要です。
室井滋との間に子供はいない
長谷川和彦さんと女優の室井滋さんが出会ったのは1988年、テレビ番組での共演がきっかけでした。
当時の室井さんはまだ20代。
室井さんの側からアプローチしたと語られています。
そこから交際・同居が始まり、長谷川さんが亡くなるまで35年以上を共に過ごしました。
ただし、この2人の間に子供は生まれていません。
室井さんは長谷川さんについて「どういう存在かといえば……やっぱり、家族です」と表現し、「年がひと回り近く違うから『旦那』というより『お父さん』かな」とも語っています。
籍を入れていなくても、実態としては長い家族の時間だったわけですね。
室井滋が事実婚を選んだ理由
35年以上も一緒にいて、なぜ籍を入れなかったのか。
これは何度も聞かれてきた質問で、室井滋さん自身が答えています。
理由のひとつは子供でした。
「子供ができていたら結婚を考えたでしょうね。でも、残念ながらできなかった。そうなると籍を入れる必要は全然ないわけ」と室井さんは語っています。
もうひとつは、もっと素朴な理由です。
「いまさら別れ方がわからない。だから別れられない」。
……なんというか、長く連れ添った人にしか言えない言葉ですよね。
結婚という形式を取らないまま、実質的な家族として最後まで一緒にいたのが2人の関係でした。
現に長谷川さんの葬儀では、室井さんが喪主を務めています。
死因は誤嚥性肺炎による多臓器不全
長谷川和彦さんは2026年1月31日午後4時47分、東京都内の病院で亡くなりました。
死因は誤嚥性肺炎による多臓器不全で、80歳でした。
晩年は肺がんとパーキンソン病を患い、入退院を繰り返していたと伝えられています。
葬儀は近親者のみで執り行われ、喪主はパートナーの室井滋さん。
後日あらためてお別れの会を開くことが発表されました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 死去日 | 2026年1月31日 |
| 年齢 | 80歳 |
| 死因 | 誤嚥性肺炎による多臓器不全 |
| 晩年の病 | 肺がん、パーキンソン病 |
| 喪主 | 室井滋 |
「太陽を盗んだ男」から46年、長編第3作を撮らないまま生涯を終えたことになります。
連合赤軍を題材にした幻の企画
長谷川和彦さんを語るうえで外せないのが、連合赤軍を題材にした映画の企画です。
長谷川さんはこのテーマを長年温め続けていましたが、ついに完成させることはありませんでした。
監督作品はデビュー作の「青春の殺人者」(1976年)と「太陽を盗んだ男」(1979年)のわずか2本。
たった2本でありながら、日本映画史に鮮烈な足跡を刻んだ監督として評価されています。
1982年には8人の新進監督に呼びかけてディレクターズ・カンパニーを設立し、監督代表として取締役に就任。
自分で撮るよりも、若い作り手が撮れる場所をつくることに動いた時期もありました。
「幻の3作目」を待ち続けた人が大勢いたぶん、訃報に接したときの喪失感は大きかったと思います。
長谷川和彦の息子のまとめ
- 長谷川和彦の息子は前妻との間に生まれた子である
- 長谷川が今村昌平プロ時代、24歳で結婚した直後に誕生している
- 子供は息子と娘の2人とされる
- 氏名・生年月日・顔写真はいずれも公表されていない
- 芸能界に属さない一般人であるため情報が出ていないとみられる
- 息子はデビュー作「青春の殺人者」(1976年)に出演している
- 演じたのは水谷豊が演じる主人公の少年時代である
- かたぐるまされて喜ぶ場面で、レフ板の反射に苦戦したと監督が語っている
- 出演はノーギャラだったと長谷川本人が明かしている
- 2022年のトークショー時点で52歳、1970年前後の生まれと推定される
- 現在はミュージシャンとして活動していると紹介された
- そのトークショーには息子本人も来場していた
- 長谷川は1992年に前妻と離婚している
- パートナーの室井滋との間に子供はいない
- 長谷川は2026年1月31日に誤嚥性肺炎による多臓器不全で死去、80歳だった


