『俺はあばれはっちゃく』のヒトミちゃん、そして「サルトルで眠れない」のウィスパーボイス。早瀬優香子さんのことを、ふと思い出した方も多いのではないでしょうか。
1990年代前半に芸能界から姿を消し、死亡説や失踪説まで流れた早瀬優香子さんですが、実はその後、ファンの前に何度か姿を見せているんです。
この記事では、早瀬優香子さんの現在を、最後に表舞台に立った2009年のテレビ出演から、近年続いている作品の復刻までまとめて紹介します。
・早瀬優香子さんの現在と、最後に表舞台に立った時期
・芸能界を離れてから2001年の復活CD、2009年のテレビ出演までの流れ
・2015年以降に続いているアルバム復刻と再評価の動き
早瀬優香子の現在と芸能界を離れた後の歩み
まずは、いちばん気になる早瀬優香子さんの現在から見ていきます。芸能界を離れたあとに何があったのか、時系列でたどっていきますね。
早瀬優香子の現在は芸能活動をしていない
結論からお伝えすると、早瀬優香子さんは現在、芸能活動はしていないと見られています。
2026年9月時点で59歳になりますが、事務所に所属しているという情報や、新しい出演作・新曲の発表は見当たりません。
Yahoo!知恵袋でも「今、何をやっているのか」という質問が何度も立てられていて、そこでは2009年のテレビ出演を最後に、芸能活動はしていないようだと答えられています。
WEBザテレビジョンのプロフィールにも、1980年代後半に一部で熱狂的な人気を得たものの、1991年ごろに突然引退した、と書かれています。
公式に「引退します」と会見をしたわけではなく、少しずつ表舞台から姿を消していったというのが実際のところのようです。
あれだけ個性の強い存在感だった人なので、ふっといなくなってしまったのは、ファンとしてはさみしかったでしょうね。
つまり早瀬優香子さんの現在は、芸能界の外で一般の生活を送っていると考えるのが自然です。
早瀬優香子のプロフィール
ここで、早瀬優香子さんのプロフィールをあらためて整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 早瀬優香子(はやせ ゆかこ)※本名も同じ |
| 生年月日 | 1967年9月2日 |
| 出身地 | 東京都東村山市(埼玉県所沢市とするプロフィールもあり) |
| 血液型 | B型 |
| 職業 | 元女優・元歌手 |
| 主な活動期間 | 1979年〜1991年頃、2001年 |
| 別名義 | CECILE(初期の作詞)、千石花土根(アルバム『ポリエステル』の作詞・作曲) |
子どもの頃には、姉と一緒に日本テレビ「おはよう!こどもショー」ののどじまんコーナーに出場し、特別賞を受けたことがあるそうです。
きょうだいは姉と弟がいる3人きょうだいで、1978年に児童劇団へ入ったのが芸能活動のスタートでした。
子役からスタートし、女優と歌手の両方で活躍した人、というのが早瀬優香子さんの基本的な姿です。
芸能界から姿を消した1990年代前半
早瀬優香子さんがテレビや映画から離れていったのは、1990年代前半のことです。
1991年には映画『TVO』への出演や、日本テレビのドラマ『犬が狙われた!』への出演がありましたが、このあたりを境に表立った活動が見えなくなっていきます。
1992年と1993年にはシングルの発売予定があったものの、どちらも中止になっています。
このとき出るはずだった「あの日もジェット機を見ていた」「MAMA, DON’T WORRY」は、のちに1997年のアルバム『TOMORROW MOON』に収録されました。
このアルバムも、1990年頃にレコーディングされていた音源をまとめたものです。
ラジオでは1996年にNHK-FMのFMシアター「失踪の夏」の記録が残っていますが、テレビや映画に出ることはありませんでした。
こうして姿が見えなくなったことで、ファンのあいだでは死亡説や失踪説といった噂まで流れたそうです。
……何の説明もないまま消えてしまうと、そういう噂が立ってしまうのも分からなくはないですよね。
引退の理由について本人が語った記録は見当たらず、1990年代前半にフェードアウトしたというのが確かなところです。
2001年にファンの企画で復活CDをリリース
死亡説まで流れていた早瀬優香子さんですが、2000年頃に大きな動きがありました。
インターネット上のファンサイトの掲示板に、早瀬優香子さん本人から書き込みがあったんです。
え、本人が!?って感じですよね。
これがきっかけになって、ファンが中心となって早瀬優香子さんの復活CDを企画することになりました。
ネットで曲を公募したアルバム『Love your LIFE』
こうして生まれたのが、2001年8月18日にリリースされたアルバム『Love your LIFE』です。
収録曲はネット上で公募されたもので、ファンと一緒に作ったアルバムと言ってもいい1枚でした。
その少し前の2001年7月27日には「Sleepless EP」も出ています。
この「sleepless」は、jellyfishのミエさんが作詞、トモコさんが作曲と編曲を担当した作品として、今もファンのあいだで話題にのぼることがあります。
継続的な活動にはつながらなかった
ただ、この復活は継続的な活動にはつながりませんでした。
Wikipediaの活動期間も「1979年〜1991年頃、2001年」となっていて、2001年はあくまで一度きりの復活だったことが分かります。
2001年の復活CDは、ファンの熱意が本人に届いて実現した、とても珍しいケースだったと言えます。
2009年の大胆MAP出演が最後の表舞台
早瀬優香子さんが最後に公の場に登場したのは、2009年2月22日放送のテレビ朝日『大胆MAP』です。
この番組で早瀬優香子さんは久しぶりにテレビに出演し、『俺はあばれはっちゃく』で共演した出演者たちと再会しています。
1979年のドラマから30年近くたっての再会だったので、当時見ていた人には懐かしい場面だったのではないでしょうか。
なんか、じんわりしますよね。
放送を見た人のブログには、共演者の子どもや早瀬優香子さんの娘さんも番組に出ていた、という感想も残っています。
そしてこの2009年の出演を最後に、早瀬優香子さんがテレビに登場したという情報は見当たりません。
2009年の大胆MAPが、今のところ早瀬優香子さんが表舞台に立った最後の場面です。
近年は作品の復刻が続いて再評価されている
本人は表に出ていませんが、早瀬優香子さんの作品は、ここ10年ほどで次々と復刻されています。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2015年 | 初期シングルを集めたベスト『yes we’re SINGLES』が最新リマスタリングで復刻(タワーレコード限定) |
| 2016年 | アルバム『水と土』『薔薇のしっぽ』がタワーレコード限定で再発 |
| 2018年2月7日 | 『躁鬱 SO・UTSU』『amino co de ji』『POLYESTER』の3作品がタワーレコード限定で再発 |
| 2024年6月26日 | デビューアルバム『躁鬱 So・Utsu』のアナログ盤が発売 |
2015年の復刻は音楽ナタリーでも「伝説のウィスパーボイス」として取り上げられました。
そして2024年には、デビューアルバムがレコードで発売されています。
1986年の作品が40年近くたってもう一度レコードになるって、すごいことですよね。
また、歌手のUAさんやカヒミ・カリィさんが早瀬優香子さんのファンだったことも知られていて、ウィスパーボイスの先駆けとして近年あらためて評価されています。
本人は表舞台を離れたままでも、早瀬優香子さんの歌は今も新しいリスナーに届き続けているんです。
早瀬優香子の現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、早瀬優香子さんの現在とあわせてよく検索されている話題をまとめて紹介します。結婚や娘さんの話から、代表作まで見ていきましょう。
結婚していて娘がいるという情報
早瀬優香子さんの結婚については、公式な発表は見当たりません。
ただ、Yahoo!知恵袋では2018年と2022年の質問に対して、結婚していて娘さんが1人いるようだという回答がついています。
2018年の回答では、娘さんは子役時代の早瀬優香子さんにそっくりだ、とも書かれていました。
また、2009年の『大胆MAP』を見た人のブログには、早瀬優香子さんの娘さんも番組に出ていて、ハーフっぽくてかわいかったという感想が残っています。
この感想から、国際結婚だったのでは?と考えた人もいたようです。
ただ、夫がどんな人なのか、いつ結婚したのかといった情報は出ていません。
結婚して娘さんがいるというのは視聴者やファンの証言ベースの話で、本人が公表した情報ではない点は押さえておきたいところです。
病気という噂について
早瀬優香子さんの名前で検索すると、病気というワードも一緒に出てきます。
これは、1990年代前半に突然姿を消したことで、死亡説や失踪説が流れたことと関係していると考えられます。
ただ、早瀬優香子さんが病気を公表したという記録や、病気を報じた記事は見当たりません。
むしろ2000年頃には本人がファンサイトに書き込みをし、2009年には元気な姿でテレビにも出演しています。
病気の噂は、表舞台から急にいなくなったことから生まれたものと見るのが自然です。
ブログなど本人の発信はあるのか
早瀬優香子さんのブログを探している人もいるようですが、本人の公式ブログやSNSは確認できませんでした。
検索で出てくるブログの多くは、ファンが早瀬優香子さんの思い出や楽曲の感想を書いたものです。
2000年頃の本人の書き込みも、公式サイトではなくファンサイトの掲示板でのことでした。
今のところ、早瀬優香子さん本人の近況を直接知る手段はないというのが実情です。
デビュー曲のサルトルで眠れない
早瀬優香子さんの歌手としての代表作が、1986年1月25日に発売されたデビューシングル「サルトルで眠れない」です。
同じ日にアルバム『躁鬱 SO・UTSU』も出ていて、シックスティレコードから歌手デビューしました。
プロデュースしたのは、当時おニャン子クラブなどの作詞で売れっ子だった秋元康さんです。
デビュー当時はフレンチ・ポップスの色が濃い曲を歌っていましたが、2ndアルバム『amino co de ji』のあたりから、少しずつエスニックな方向に変わっていきました。
自分で詞や曲を書くようになったのも、早瀬優香子さんの特徴です。
「サルトルで眠れない」は、今も早瀬優香子さんを語るときに真っ先に名前が挙がる1曲です。
主演映画のキスより簡単
女優としての代表作のひとつが、1989年の主演映画『キスより簡単』です。
早瀬優香子さんは泉まあこ役を演じ、原田芳雄さん、石渡譲さんらと共演しました。
この作品では体当たりの演技にも挑み、第4回高崎映画祭で新人賞を受賞しています。
ほかにも、ドラマ『華の嵐』(1988年)の朝倉琴子役や、『若奥さまは腕まくり!』(1988年)の緑川礼子役などで活躍しました。
『キスより簡単』は、女優・早瀬優香子さんがいちばん評価された作品と言えます。
ヒロインを演じたあばれはっちゃく
早瀬優香子さんといえば、ドラマ『俺はあばれはっちゃく』を思い浮かべる人も多いですよね。
1979年2月から1980年3月までテレビ朝日で放送されたこのドラマで、早瀬優香子さんはヒロインの宮村ヒトミ役を演じました。
1982年には『男三人!あばれはっちゃく』にも桂木千春役で出ています。
先ほど紹介したとおり、2009年の『大胆MAP』で久しぶりにテレビに出たときも、あばれはっちゃくの出演者との再会という形でした。
今でも懐かしんでブログに書く人がいるくらい、当時の視聴者の記憶に残っている役なんです。
あばれはっちゃくのヒトミ役は、早瀬優香子さんの原点であり、最後の表舞台にもつながった役でした。
早瀬優香子の現在のまとめ
- 早瀬優香子は1967年9月2日生まれ、東京都東村山市出身の元女優・元歌手
- 現在は芸能活動をしていないと見られる
- 1979年に『俺はあばれはっちゃく』のヒロイン宮村ヒトミ役で注目された
- 1986年に秋元康プロデュースの「サルトルで眠れない」で歌手デビュー
- 1989年の主演映画『キスより簡単』で第4回高崎映画祭新人賞を受賞
- 1990年代前半に芸能界からフェードアウトした
- 姿を消したことで死亡説や失踪説の噂が流れた
- 1992年・1993年に予定されていたシングルは発売中止になった
- 2000年頃にファンサイトの掲示板へ本人が書き込みをした
- ファン企画のアルバム『Love your LIFE』を2001年に発売した
- 2009年2月22日の『大胆MAP』出演が最後の表舞台とされる
- 結婚して娘が1人いるという話はファンや視聴者の証言ベース
- 病気を公表した記録は見当たらない
- 本人の公式ブログやSNSは確認できない
- 2015年以降、アルバムの復刻が続き、2024年にはアナログ盤も発売された


