伝説のハガキ職人と呼ばれたツチヤタカユキさんが、いま何をしているのか気になって検索した方は多いのではないでしょうか。
結論を先に言うと、活動の場はテレビの裏方から関西の演芸と出版へ移っていて、いまは新作落語の台本を書く作家として仕事を続けています。
1日に2000本のボケを作っていた人が、なぜテレビの構成作家という道を離れたのか。その経緯を知ると、この人の見え方が少し変わると思いますよ。
・ツチヤタカユキの現在の仕事と活動拠点
・若林正恭にすすめられた上京から大阪へ戻るまでの経緯
・病気と検索される理由と、公表されている情報の範囲
ツチヤタカユキの現在は新作落語の作家
「伝説のハガキ職人」として名前が知られたツチヤタカユキさんが、いまどこで何をしているのか。
結論から言うと、活動の場はテレビの裏方から関西の演芸と出版へ移っています。
落語作家として関西で活動を続けている
ツチヤタカユキさんの現在の仕事を一言でまとめるなら、大阪を拠点にした新作落語の作家ということになります。
大阪に戻ってからは、東西の落語家さんとのコラボレーションを中心に、新しい落語の台本を書く仕事を続けてきました。
ネットの質問サイトにも「いま何をしているのか」という問い合わせが実際に投稿されていて、そこでのベストアンサーは「構成作家はやっていない、地元関西で落語作家・漫才作家をされています」というものでした。
テレビの構成作家という肩書きを外して、演芸そのものの台本を書く側に回った、というイメージが近いかなと思います。
ハガキ職人としての投稿活動は、いまの執筆と並行してはいません。
一日に2000本のボケを作っていた頃の彼を知っている人からすると、ちょっと意外に感じるかもしれませんね。
でも、書いているものが大喜利の答えから落語の一席へ変わっただけで、「笑いを言葉で作る」という軸そのものは一度も変わっていないんですよ。
落語協会の台本コンクールで2度の佳作
作家としての評価は、きちんと形になって残っています。
2019年には新作落語「最悪結婚式」で、落語協会の新作落語台本の佳作を受賞しました。
さらに2023年には「ホームランボール」で、同じく落語協会の新作落語台本の佳作に選ばれています。
4年の間隔をあけて2度、同じ賞に名前を残しているわけで、これは一発屋的な受賞ではないですよね。
投稿の世界で頂点を取った人が、まったく別の書式である落語の台本でも通用することを証明した形になります。
吉本新喜劇の作・演出は2023年3月に卒業
現在を語るうえで外せないのが、吉本新喜劇との関わりです。
大阪に戻ってからのツチヤタカユキさんは、吉本新喜劇の作家としても活動していました。
舞台の脚本を書き、演出にも関わる立場です。
ただしこの仕事は現在は続いていません。
2023年3月をもって、吉本新喜劇の作・演出から卒業しています。
つまり「現在」を調べたときに出てくる吉本新喜劇の情報は、少し前の経歴として読むのが正確なんですね。
このあたり、ネット上の記事は書かれた時期によって内容がズレるので、注意して見てください。
卒業の理由については公表された説明が見つかりませんでした。
ただ時系列を並べると、卒業の翌年に映画『笑いのカイブツ』が公開されていて、その前後で本人の活動の重心が動いている様子は読み取れます。
もっとも、これはあくまで年表を突き合わせた推測の範囲で、本人が理由として語ったものではありません。
構成作家の道を離れて大阪に戻った経緯
そもそもなぜ、テレビの構成作家ではなくなったのか。
ここは「現在」を検索する人がいちばん引っかかる部分だと思います。
きっかけは、オードリーの若林正恭さんからの誘いでした。
ハガキ職人としての投稿を通じてプライベートでも交流が生まれ、若林さんから作家見習いにならないかと勧められたんです。
ツチヤタカユキさんは一度、人間関係が不得意だという理由で消極的な返事をしています。
それでも結局は上京し、若林さんと生活をともにする形で作家の道を歩み始めました。
普通に考えれば、これ以上ない好条件のスタートですよね。
ところが、そこで壁になったのがパソコンの操作でした。
台本を書く仕事は、当然ながらパソコンを使いこなすことが前提になります。
パソコン操作の不得意さから作家になることへの自信を失い、大阪へ戻ったとされています。
……これ、読んでいてちょっと胸が痛くなりませんか。
日に2000本のボケを生み出せる人が、道具の使い方でつまずいて夢の入口から引き返す。
才能の種類と、その才能を仕事にするために必要な技能が、必ずしも一致しないという現実がここにあります。
そしてこの挫折こそが、のちに『笑いのカイブツ』という一冊になったわけです。
詩集と大喜利本を手作りで販売している
現在の活動でもう一つ見逃せないのが、自分で作って自分で売るスタイルの出版です。
本人が運営するオンラインショップでは、詩集や大喜利の作品集が並んでいます。
内容を整理すると次のとおりです。
| 作品名 | 種別 | 発行・内容 |
|---|---|---|
| ロブスター・ガールフレンド | 第1詩集 | 2019年7月10日発行・全93ページ・20篇 |
| マシュマロホイップ・ギャング | 第2詩集 | 2019年発行・全127ページ・30編 |
| ティアドロップ・メモリー | 第3詩集 | 5年ぶりの詩集・手作りで製作 |
| フリースタイル百ボケ2023 | 大喜利作品集 | 詩集とセットで販売 |
| 安城さんの見る世界 | 小説 | 詩集とのセット販売あり |
第3詩集の『ティアドロップ・メモリー』は、大喜利作品集の『フリースタイル百ボケ2023』とセットで販売されました。
手作りの実物版は売り切れになっていて、いまは電子版が残っている状態です。
第1詩集のあとがきには「どん底からの再起」というテーマが掲げられていました。
大手出版社から本を出した人が、次に選んだのが自分の手で作る詩集だった。
……なんというか、この人らしいですよね。
ただし一点、注意しておきたい情報があります。
本人のショップには2025年12月31日をもって詩人としての活動を終了するという趣旨の記載がありました。
詩人という肩書きについては、ひとつの区切りをつけたということになります。
2024年以降は海外を旅する日々も
意外に思われるかもしれませんが、現在のツチヤタカユキさんは日本にずっといるわけではないようです。
本人のプロフィールによると、2024年以降はバックパッカーとして定期的に海外を旅行していると書かれています。
映画の公開に関わる活動を経て、旅を生活に組み込んだ形ですね。
あわせて、詩作と短歌の制作、それに大喜利イベントの構成と審査も継続しているとされています。
執筆・旅・大喜利の3つを行き来しているのが、いまのツチヤタカユキさんの姿だと考えると分かりやすいと思います。
「消えた」と思われがちですが、実際は活動の場がテレビの外に広がっているだけなんですよ。
大喜利イベントの構成や審査という仕事は、かつて投稿する側だった人が答えを受け取る側に回ったということでもあります。
19歳から21歳にかけて携帯電話の大喜利で毎日2000個のボケを作っていた人が、いまは他人のボケを審査する。
……ちょっといい話じゃないですか、これ。
ツチヤタカユキの現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、ツチヤタカユキさんの現在を調べた人が続けて検索している内容をまとめます。
若林正恭さんとの関係や「病気」というワードなど、気になるところを順番に見ていきましょう。
若林にすすめられて上京した過去
ツチヤタカユキさんとオードリーの若林正恭さんの関係は、投稿と採用から始まりました。
ツチヤタカユキさんは『オードリーのオールナイトニッポン』の常連投稿者として、番組で名前が知られる存在でした。
やがてプライベートでも交流を持つようになり、若林さんから作家見習いになることを勧められます。
上京後は若林さんと生活をともにしていたので、単なる芸人とリスナーではなく、同居するほど近い距離にあったことになります。
ラジオの投稿からここまで関係が深まるのは、そうそうあることではないですよね。
その後にツチヤタカユキさんが大阪へ戻ったことは前述のとおりですが、若林さんの側から関係を切ったという話ではありません。
現在の2人の関係がどうなっているかについては、公表された情報が確認できませんでした。
はっきりした続報がないまま、それぞれの場所で仕事をしている、というのが現状の見え方です。
オードリーのANNに送り続けたネタ
「オードリー ネタ」という検索が出てくるのは、ハガキ職人時代の伝説的な実績があるからです。
ツチヤタカユキさんは15歳頃から、さまざまなテレビ・ラジオ番組に大喜利を投稿し始めました。
そのなかで『着信御礼!ケータイ大喜利』ではレジェンドの称号を獲得しています。
このときのペンネームはMURASON侯爵でした。
当時ラジオを聴いていた人なら、この名前に聞き覚えがあるかもしれません。
『オードリーのオールナイトニッポン』のほかにも、『伊集院光 深夜の馬鹿力』などで圧倒的な採用回数を誇ったと紹介されています。
複数の人気番組で同時に採用され続けるというのは、投稿の世界では相当に異常な数字です。
「伝説のハガキ職人」という呼び名は、比喩ではなく実績に裏づけられたものなんですね。
その原動力になっていたのが、19歳から21歳にかけて毎日2000個のボケを作り続けたという常軌を逸した訓練でした。
1日2000個ということは、起きている時間で単純に割っても数十秒に1個です。
……想像しただけで、ちょっと言葉が出ませんよね。
速読検定初段という意外な特技
プロフィールを見ていて目に留まるのが、速読検定初段という資格です。
大喜利やお笑いとは直接つながらない資格に見えますが、大量のお題を読んで大量に答えを返す作業を考えると、実は相性がいいのかもしれません。
情報を速く読み込む力と、ボケを速く量産する力。
この2つが本人の中でどうつながっていたのかは語られていませんが、並べてみると納得感がありますよね。
病気と検索されるのはなぜなのか
ツチヤタカユキさんの名前を調べると、検索候補に「病気」というワードが並びます。
ここは慎重に整理しておきたいところです。
まず事実として、病名や診断について本人が公表した一次情報は確認できませんでした。
では、なぜこのワードが出てくるのか。
背景にあるのは、代表作『笑いのカイブツ』の紹介文で繰り返し使われている表現だと考えられます。
版元の文藝春秋による紹介文には、人間関係が極度に不得手なため孤独な日々を送る青年、という説明があります。
作家を目指した経緯についても、人間関係不得意という言葉で挫折の理由が語られてきました。
さらに作中では、頭の中に棲みついた「カイブツ」が主人公を叱咤し、罵倒するという描写があります。
この強烈な内面描写に触れた読者が、何か診断名があるのではないかと検索している、というのが自然な読み方かなと思います。
つまり「病気」という検索ワードは、作品の描写から生まれた読者側の疑問であって、公表された事実ではないということです。
診断があるかのように書かれている記事を見かけても、そこは切り分けて読んでください。
笑いのカイブツ以外の著書は3冊ある
『笑いのカイブツ』の印象が強すぎて一冊だけの人だと思われがちですが、商業出版だけでも複数の著作があります。
| 書名 | 発行 | 版元 |
|---|---|---|
| 笑いのカイブツ | 2017年2月 | 文藝春秋 |
| オカンといっしょ | 2018年5月 | ― |
| 前夜 | 2021年11月 | 小学館 |
デビュー作の『笑いのカイブツ』は、cakesでの連載が大きな反響を呼び、出版社からの書籍化希望が殺到した末に本になった作品です。
文庫版の紹介文では、27歳・童貞・無職・全財産0円の青年が世界と正面衝突する物語と説明されています。
2021年11月に小学館から出た『前夜』は、四六判194ページ、価格は1300円+税でした。
2017年、2018年、2021年と数年おきに本を出し続けているので、書く仕事そのものが途切れたことは一度もないんですよ。
ここに自主制作の詩集や大喜利本が加わるので、実際の作品数はもっと多くなります。
映画公開時は岡山天音と対談していた
現在の活動を語るうえで大きな節目になったのが、代表作の映画化です。
『笑いのカイブツ』は滝本憲吾監督によって映画化され、2024年1月5日に公開されました。
主演でツチヤタカユキさんを演じたのは岡山天音さんです。
公開にあわせて、原作者であるツチヤタカユキさんと岡山天音さんの対談も行われています。
自分の人生をそのまま書いた小説が映画になり、それを演じた俳優と向き合って話す。
……なかなか経験できることではないですよね。
なお2020年9月には、NHK総合の『目撃!にっぽん』で特集が放映されたこともあります。
再起を目指して落語の創作に挑む日々に密着した内容として伝えられました。
映像作品とテレビの両方で取り上げられた人であって、決して「消息不明の人」ではないという点は押さえておきたいところです。
ツチヤタカユキの現在のまとめ
- 現在は大阪を拠点に新作落語の台本を書く作家として活動
- テレビの構成作家としての仕事はしていないとされる
- 東西の落語家とのコラボを中心に新作落語を創作
- 新作落語「最悪結婚式」で2019年の落語協会新作落語台本の佳作
- 新作落語「ホームランボール」で2023年の同賞の佳作
- 吉本新喜劇の作・演出は2023年3月に卒業済み
- 本名は土屋崇之で1988年3月20日生まれの大阪市出身
- 15歳頃から大喜利の投稿を始めた元ハガキ職人
- 『着信御礼!ケータイ大喜利』でレジェンドの称号を獲得
- 若林正恭にすすめられて上京するもパソコン操作への不安から大阪へ戻った
- 著書は『笑いのカイブツ』『オカンといっしょ』『前夜』の3冊
- 自主制作の詩集3冊と大喜利作品集をオンラインで販売
- 2025年12月31日をもって詩人活動を終了すると本人ショップに記載
- 2024年以降はバックパッカーとして海外を旅しているとされる
- 「病気」という検索ワードに対応する診断の公表は確認できていない


