柔道の谷口由夏さんの現在が気になって、この記事にたどり着いた方が多いのではないでしょうか。
7女1男の大家族「谷口家」の長女として、テレビでその姿を見た記憶がある方もいると思います。
大学4年生で日本一になったのに実業団の話が来なかったという事情があって、調べれば調べるほど、この人の歩き方は普通じゃないんですよね。
・柔道の谷口由夏の現在の所属と競技状況
・大学卒業後に実業団へ進めなかった具体的な事情
・レスリングから柔道へ戻った高校時代から今日までの流れ
柔道・谷口由夏の現在は氣樂道場で競技継続
まずは知りたいところから答えていきますね。
谷口由夏さんの現在は、大学卒業後も柔道の第一線から離れず、48kg級の選手として試合に出続けている状態です。ここに至るまでの流れも合わせて見ていきましょう。
現在も48kg級で柔道を続けている
谷口由夏さんは1999年5月10日生まれ、大阪府出身の柔道家です。
階級は女子の最軽量である48kg級で、身長は160cm前後と公表されています。
48kg級としては背が高い部類に入るので、組み手で上から攻められるのが持ち味なんですよね。
公になっている試合記録のうち直近のものは、第53回全日本実業柔道個人選手権大会の女子48kg級です。
このとき谷口さんが名乗った所属は「氣樂道場」でした。
実業団のチーム名ではなく道場名で出場しているという点が、彼女の現在地を一番はっきり表しています。
結果は1回戦でコマツの芳田真選手に反則負け。日本のトップ層がひしめく大会ですから、簡単な組み合わせではありませんでした。
ただ、大学を出たあとも、こうした全国規模の大会に自分の足で出場し続けているという事実のほうが重要です。
谷口由夏さんの現在は、企業の看板を背負わずに個人で柔道を続ける道を選んだ選手、という言い方が一番近いと思います。
大学卒業後の所属先
2022年3月に環太平洋大学を卒業したあと、4月からは芦屋美整体の所属になったと伝えられています。
実業団の柔道部ではなく、体をケアする側の事業所に籍を置きながら競技を続ける形ですね。
父・隆志さんが柔道整復師であることを考えると、この選択には家業との地続きな部分もありそうです。
吉本興業に所属してタレント活動も
谷口由夏さんは競技者であると同時に、吉本興業に所属するタレントでもあります。
吉本興業の公式タレントプロフィールにきちんとページがあり、生年月日・出身地・身長・体重のほか、特技として寝技、趣味としてトレーニングと柔道が記載されています。
特技の欄に「寝技」と書いてあるタレントさん、なかなかいませんよね。
笑ってしまうと同時に、この人は本気で柔道の人なんだなと伝わってきます。
吉本興業には父・谷口隆志さんも所属していて、親子でよしもとの名簿に載っている珍しい形です。
大家族としてテレビに出る機会が多かったことが、この所属につながっていると考えるのが自然でしょう。
SNSでは「谷口由夏【公式】」名義のX(旧Twitter)アカウントを持ち、家族としてはInstagramのアカウントも動いています。
競技一本ではなく、発信する側にも軸足を置いているのが今の谷口由夏さんの姿です。
大学卒業後に実業団の道が閉ざされた経緯
ここが、谷口由夏さんの現在を語るうえで避けて通れない話です。
柔道の女子選手にとって、大学卒業後の受け皿として一番手堅いのは実業団のチームに入ることです。
ところが谷口さんには、その話が来ませんでした。
父・隆志さんがブログで書いている説明によると、実業団の採用というのは大学3年生の成績や、大学3年の時点での声かけで決まるのが通例なのだそうです。
つまり、大学4年で結果を出しても、そのときにはもう椅子が埋まっている。
谷口さんが全日本学生柔道体重別選手権で日本一になったのは、まさにその大学4年のときでした。
日本一になったのに進路がない。文字にすると、あまりに理不尽ですよね。
読んでいて、正直かなり苦しくなりました。
タイミングの不運が重なった
もう少し噛み砕くと、要因は1つではありません。
高校2年生でレスリングから柔道へ本格的に舵を切ったため、柔道でのキャリアの積み上げが同世代より数年遅れてスタートしていること。
そしてもう1つ、大学在学中にコロナ禍が重なり、大会そのものが減っていた時期があること。
実力を人に見てもらう場が減った期間と、進路が決まる時期が重なってしまったわけです。
それぞれの事情を並べると、結果を出す順番が世の中の採用スケジュールと少しズレていた、という整理になります。
実力の問題ではなく、結果が出るタイミングの問題だったと読み取るのが妥当でしょう。
父が語った「28歳まで」という区切り
この件について父・隆志さんは、女子柔道は28歳くらいまで続けられる競技だという見方を示したうえで、そのラインまでは娘が柔道をやれる環境を作りたいと書いています。
会社が用意してくれる環境がないなら、家で作る。
……なんというか、この一家らしい答えだなと思いました。
全日本学生選手権で日本一になった2021年
谷口由夏さんの競技歴のなかで最も大きな成果が、2021年度の全日本学生柔道体重別選手権大会 女子48kg級での優勝です。
この大会は各大学の代表が集まる学生日本一決定戦で、48kg級には代表クラスの選手も出場します。
大会レポートでも、序盤から上位シードを倒して勢いに乗った末の初優勝として扱われていました。
柔道を再開したのが高校2年の冬ですから、そこから約5年での学生日本一ということになります。
スタートの遅さを考えると、この到達速度はちょっと異常です。
下記が、公表されている主な戦績です。
| 年 | 大会 | 成績 |
|---|---|---|
| 2018年 | 全日本ジュニア柔道体重別選手権大会 | 3位 |
| 2019年 | アジアジュニア選手権 | 3位 |
| 2021年 | 全日本学生柔道体重別選手権大会 | 優勝 |
| 2023年 | 全日本実業柔道個人選手権大会 | 1回戦敗退 |
学生時代のピークが卒業直前に来たことが、その後の進路を大きく左右したという流れが、この表からも見えてきます。
東京五輪を目指した強化選手時代
大学在学中の谷口由夏さんは、はっきりとオリンピックを口にしていました。
インタビューでは、絶対に日本代表になって日の丸を背負い、金メダルを取ると語っています。
強化選手にも選ばれていて、2022年には全日本強化選手Bに名を連ねました。
強化指定を受けるということは、日本柔道界が代表候補として数えていたという意味です。
48kg級は層が厚く、代表の椅子は1つしかありません。
その厳しさのなかで指定に入っていた事実は、もっと知られていい実績だと思います。
目標は柔道だけではなかった
谷口さんが語っていた目標には、柔道以外も含まれていました。
柔道・柔術・グラップリング・レスリングの4つで世界一になること、そして世界一の指導者になって妹たちを世界一にすること。
自分が勝つことと、妹を勝たせること。この2つが同じ重さで並んでいるのが、長女らしいというか、谷口家らしいというか。
個人的に、すごく好きな目標の立て方です。
高校2年でレスリングから柔道へ転向
谷口由夏さんの経歴で最も特殊なのが、中学から高校にかけての回り道です。
もともと4歳から柔道をやっていた谷口さんは、中学に入るとレスリングを本格的に始めます。
柔道をやめたかったのではなく、柔道で勝つために他競技の技術を取り込むという狙いでの転向でした。
高校はレスリングを続けるつもりで芦屋学園高校に進学します。
ところが、入部から半年でレスリング部が廃部になってしまいました。
これは気の毒すぎますよね。競技を続けるために選んだ学校だったのに、その土台がなくなってしまったわけですから。
谷口さんは大阪府立大正高等学校へ転校し、2016年12月に柔道一本へ絞る決断をします。
再スタート後は全国高校柔道大会の大阪府予選会で準優勝、大阪高校女子柔道体重別選手権大会で優勝と、すぐに結果を出しました。
廃部という予期しない出来事が、結果として柔道家・谷口由夏を生んだことになります。
4歳で柔道を始めたきっかけ
そもそも柔道を始めたのは、父・隆志さんの「自分の身は自分で守れるように」という考えからでした。
強くさせたいというより、守れるようにという入り口だったんですね。
幼稚園のころにはすでに大会で優勝しており、小学生時代にも複数の優勝を記録しています。
柔道の谷口由夏の現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、谷口由夏さんの現在を調べている方が一緒に気になるであろう周辺情報をまとめます。
大家族の話も含め、この人を語るには家族の存在が欠かせないんですよね。
生年月日と出身地などのプロフィール
基本情報を整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 谷口由夏(たにぐち ゆうか) |
| 生年月日 | 1999年5月10日 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 階級 | 柔道 女子48kg級 |
| 身長 | 160cm前後 |
| 特技 | 寝技 |
| 出身高校 | 芦屋学園高校 → 大阪府立大正高等学校 |
| 出身大学 | 環太平洋大学 体育学科 |
| 所属 | 吉本興業(タレント) |
大学は岡山県にある環太平洋大学で、女子柔道部で4年間を過ごしました。
大阪の実家を離れて岡山で柔道に打ち込んだ4年間が、学生日本一につながっています。
レスリング時代に残した全国優勝
柔道の記録に隠れがちですが、レスリング時代の実績もかなりのものです。
全日本女子オープンレスリング選手権では、中学1年と中学3年で優勝、中学2年で準優勝という成績を残しています。
さらに海外にも出ていて、スウェーデンで開催されるクリッパン世界大会でも優勝を経験しました。
中学生で世界の大会に出て勝っているわけですから、この時点で普通の中学生アスリートの枠を超えています。
本人はレスリングに加えてグラップリングや柔術も学んでおり、柔道のためにこの3つが欠かせないと語っていました。
寝技を特技に挙げているのは、この複合的な下地があるからだと考えると腑に落ちますよね。
谷口家は7女1男の10人大家族
谷口由夏さんは、7人姉妹と1人の弟、そして両親を合わせた10人家族の長女です。
大阪市平野区で暮らす柔道一家として、テレビでもたびたび紹介されてきました。
きょうだいの構成は下の通りです。
| 続柄 | 名前 | 生年月日 |
|---|---|---|
| 長女 | 由夏(ゆうか) | 1999年5月10日 |
| 次女 | 茉夕(まゆう) | 2001年3月29日 |
| 三女 | 由莉(ゆうり) | 2003年5月5日 |
| 四女 | 茉輝(まき) | 2005年5月7日 |
| 五女以下 | 睦稀(むつき)・英里(えり)・輝夏(きか) | 非公表 |
| 長男 | 獅宗(ししむね) | 非公表 |
名前を並べただけでも壮観ですよね。
この人数を柔道の環境に乗せ続けているという時点で、家庭の運営そのものが競技のような密度です。
父・谷口隆志の職業は柔道整復師
父・谷口隆志さんは1973年8月25日生まれ。
職業は柔道整復師・鍼灸師で、整骨院とジムを経営しています。専門学校の非常勤講師も務めていると紹介されてきました。
経歴が変わっていて、もともとはゴルフ業界で働いたあと保険会社へ転職し、ファイナンシャルプランナーの資格を取得。
そこから脱サラして柔道整復師と鍼灸師の国家資格を取り直しています。
興味深いのは、隆志さん自身は柔道の選手出身ではないという点です。
未経験の父が指導者として子どもたちを全国大会へ送り出しているわけで、ここがこの家族の面白さの核だと思います。
子どもたちの練習環境を整えるために借金をして自宅にジムを作ったという話もあり、環境を家の中に作ってしまうのが谷口家の流儀です。
妹たちも全国大会で活躍
由夏さんに続く妹たちも、それぞれ実績を持っています。
次女の茉夕さんは大阪高校柔道新人大会で優勝し、全国高等学校柔道選手権大会に出場。
三女の由莉さんは全日本ジュニア女子柔道体重別選手権の大阪府予選で2位。
四女の茉輝さんは全国小学生学年別柔道大会で優勝し、全国中学校柔道大会にも出場しています。
姉妹で全国の舞台に立っているのですから、家の中の練習が本物だという何よりの証拠ですよね。
由夏さんが掲げていた「妹たちを世界一にする」という目標は、決して大げさな話ではないわけです。
父が考案したTTP練習法とは
谷口家の練習を語るときに必ず出てくるのがTTP練習法です。
TTPは「徹底的にパクる」の頭文字。
スピードスケートや陸上など、柔道以外の競技で使われているトレーニングを取り込み、バランスの良い身体能力を育てるという考え方です。
父・隆志さんが柔道の選手出身ではないからこそ、柔道の常識にとらわれずに他競技の方法を持ち込めたのだと考えられます。
由夏さんが中学でレスリングを始めたのも、この発想の延長線上にあると見ていいでしょう。
競技の枠を越えて良いものを取りに行く姿勢が、家族全体の方針として貫かれているわけです。
家族でジャンクSPORTSなどに出演
谷口家はテレビ番組にも複数出演しています。
アスリートのトーク番組であるジャンクSPORTSに一家で出演したほか、住宅リフォーム番組の大改造!!劇的ビフォーアフターにも登場しました。
ビフォーアフターでは、父・隆志さんが母・史子さんの家事の負担を軽くするためにリフォームを依頼し、大家族がくつろげる空間に生まれ変わっています。
10人分の家事を毎日こなす前提の家ですから、そりゃ改造も必要ですよね。
ほかにも情報番組のサタデープラスなどで柔道大家族として紹介されており、テレビで見た記憶があるという方はこのあたりでしょう。
谷口由夏さんの知名度は、競技実績とテレビ露出の両方から作られていると言えます。
柔道の谷口由夏の現在のまとめ
- 谷口由夏は1999年5月10日生まれ、大阪府出身の柔道家
- 階級は女子48kg級で身長は160cm前後
- 現在は企業の柔道部ではなく個人の立場で競技を継続
- 直近の公表記録は全日本実業柔道個人選手権に氣樂道場として出場
- 吉本興業に所属しタレントとしても登録されている
- 2022年3月に環太平洋大学を卒業し4月から芦屋美整体へ
- 2021年度全日本学生柔道体重別選手権48kg級で優勝
- 2018年全日本ジュニア3位、2019年アジアジュニア3位
- 2022年に全日本強化選手Bへ選出
- 実業団の採用は大学3年時に決まるのが通例とされ4年での日本一は遅かった
- 4歳で父の指導により柔道を開始
- 中学ではレスリングに転向し全日本女子オープンで2度優勝
- 芦屋学園高校のレスリング部廃部により大正高校へ転校し柔道へ復帰
- 谷口家は7女1男の10人家族で父・隆志は柔道整復師
- 父が考案したTTP練習法は他競技の練習を取り入れる方針


