谷隼人と松岡きっこの現在は79歳で夫婦そろって番組出演!母と愛犬を亡くして変わった暮らしとは

谷隼人と松岡きっこの現在は79歳で夫婦そろって番組出演!母と愛犬を亡くして変わった暮らし

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谷隼人さんと松岡きっこさんの現在が気になって、この記事にたどり着いた方が多いのではないでしょうか。

結論から言うと、二人は今も夫婦そろってテレビに出続けています。

ただ、その暮らしは一度だけ大きく変わっているんです。松岡さんが体重を9キロ落とすほど落ち込んだ出来事があって、そこから夫婦の距離まで変わりました。

この記事を読むとわかること
・谷隼人と松岡きっこの現在の仕事と出演している番組
・79歳になった二人の暮らしぶりと健康状態
・母と愛犬を亡くしてから激変した夫婦の生活

谷隼人と松岡きっこの現在は夫婦そろってテレビ出演

まずは二人が今どんな仕事をして、どんな暮らしをしているのかを見ていきましょう。

年齢を重ねても夫婦セットで画面に出続けている、という点がこの二人の一番の特徴です。

二人そろって元気にバラエティへ出演

谷隼人さんと松岡きっこさんは、2026年時点でどちらも79歳です。

それでも「引退した」「見かけなくなった」という状態ではありません。

二人はBS12トゥエルビの『鶴瓶ちゃんとサワコちゃん 〜昭和の大先輩とおかしな2人〜』に夫婦そろって登場していますし、松岡さんは同じくBS12の『木になる気』にも出演しています。

芸歴でいえば松岡さんは70年近く、谷さんも中学3年生でのデビューから60年以上です。

それだけの年数を走り続けたうえで、まだ夫婦セットでオファーが来る。

ここ、けっこうすごいことだと思いませんか。

つまり谷隼人さんと松岡きっこさんの現在は、引退でも休業でもなく「夫婦単位でのテレビ出演」が仕事の中心になっている状態ですね。

ちなみに「最近見ない」と感じる人が多いのは、二人がゴールデンの連続ドラマではなくBS・旅番組・通販といった枠に軸足を移しているからだと考えられます。

出ている場所が変わっただけで、活動そのものは途切れていないんです。

夫は旅番組と風雲!たけし城の攻撃隊長

谷隼人さんの現在の仕事は、大きく分けて2つの方向があります。

ひとつはテレビ東京系を中心とした旅番組・グルメ番組への出演です。

もうひとつが、往年の代表作の「復活」です。

谷さんは1986年から1989年に放送された『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』で攻撃隊長を務めていたのですが、令和になって復活した新版でも同じ攻撃隊長として画面に戻ってきました。

30年以上あいだが空いても同じ役で呼ばれる俳優って、そう多くないですよね。

これは谷さんの「攻撃隊長」というキャラクターが、当時の視聴者の記憶にどれだけ強く残っていたかの証拠でもあります。

2023年にはバラエティにも登場

2023年4月には、バラエティ番組『SHOW激!今夜もドル箱』にも出演しています。

旅番組で全国を回りつつ、こうした単発のバラエティにも顔を出す。

70代後半にしてはかなり動いているスケジュールだと言えます。

所属事務所はグッドフェローズ

谷さんの所属事務所はグッドフェローズで、営業面ではアネモイエンタテインメントと連携しています。

事務所に現役のプロフィールページが置かれているということは、今も仕事のオファーを受け付けているということですね。

妻は通販番組と夫婦での出演が中心

一方の松岡きっこさんは、現在は女優業を休業した状態が続いています。

現在の主戦場は通販番組です。

テレビショッピングで商品を紹介する松岡さんを見たことがある、という方も多いのではないでしょうか。

加えて、夫の谷さんとセットでのバラエティ・旅番組出演があります。

所属事務所は谷さんと同じグッドフェローズです。

夫婦で同じ事務所に所属しているので、二人まとめてのオファーが通しやすい形になっているんですね。

松岡きっこさんの現在は、女優ではなくタレントとしての活動が軸になっているというのが実態です。

ちなみに趣味は日本舞踊とゴルフで、広島東洋カープの熱心なファンとしても知られています。

79歳になった二人のプロフィール

ここで、二人の基本データを整理しておきます。

夫婦とはいえ生まれた年も出身地も違うので、並べてみると意外と発見がありますよ。

項目 谷隼人 松岡きっこ
本名 岩谷肇(いわたに はじめ) 岩谷紀公子(いわたに きくこ)
生年月日 1946年9月9日 1947年2月11日
年齢 79歳(2026年8月時点) 79歳(2026年8月時点)
出身 鹿児島県 兵庫県生まれ・神奈川県川崎市育ち
身長 179cm 158cm
所属 グッドフェローズ グッドフェローズ

年齢差は約5か月しかありません。

そして本名を見ると、松岡さんは結婚後に「岩谷紀公子」になっています。

谷さんの本名が岩谷肇なので、夫の姓を名乗っているわけですね。

芸名だけ見ていると気づきませんが、戸籍のうえではきちんと同じ「岩谷家」になっているんです。

1981年の結婚から45年続く夫婦関係

二人が結婚したのは1981年です。

2026年で結婚45年を迎える計算になります。

結婚当時、谷さんは30代半ば、松岡さんも30代半ばでした。

当時の芸能界で30代半ばの結婚は決して早いほうではありません。

そして松岡さんはこの結婚を機に女優業から退きます。

谷さんから「女優を続けるなら結婚はしないほうがいい」と言われ、女優をやめることを選んだという経緯が伝えられています。

今の価値観だとちょっと引っかかる言葉かもしれませんが、松岡さん自身は後年のインタビューで「私は間違いなく谷さんとの結婚」を人生の分岐点として挙げているんですよね。

……なんか、いいですよね、これ。

やめさせられた側が、それを自分の人生で一番大きな選択として振り返っている。

結婚記念日にはツーショット写真

二人は毎年、結婚記念日にツーショット写真を撮る習慣を続けています。

45年ぶんの記念写真が積み上がっているということになります。

おしどり夫婦と呼ばれる理由が、こういう地味な継続にあるのかもしれません。

谷隼人さんと松岡きっこさんの現在の夫婦関係は、45年かけて築いた「一緒に働き、一緒に暮らす」形に落ち着いていると言えます。

子供がいないまま歩んできた二人

谷隼人さんと松岡きっこさんに子供はいません

公式の場で子供を紹介したことはなく、二人の子供の存在が確認できる情報もありません。

松岡さんは過去のインタビューで、子供を持てなかったことに触れています。

ただし理由を細かく語ってはおらず、それも自分たちの人生として受け止めている、という姿勢を見せてきました。

ここは正直、読んでいて胸が痛くなる部分でもあります。

子供を望んでいたのに授からなかった、という事実だけが残っているからです。

愛犬が「我が子」だった

その二人にとって、愛犬が大きな存在でした。

子供がいない夫婦にとってペットが家族の中心になる、というのはよくある話ですが、この夫婦の場合はそれが特に色濃かったようです。

時系列で見ると、後述する母親の死と愛犬の死が近い時期に重なっており、二人の生活が一気に静かになったことは想像に難くありません。

つまり、子供のいない45年を支えていたのが母親と愛犬という「同居する家族」だったわけですね。

母と愛犬を亡くして激変した暮らし

谷隼人さんと松岡きっこさんの現在を語るうえで、この出来事は外せません。

松岡さんの実母が、交通事故で亡くなっているんです。

時期については2009年ごろとする情報と2011年とする情報があり、資料によって食い違っています(※ソース間で矛盾あり)。

共通しているのは、生前は同居していて、家事全般を母親が担当していたという点です。

体重が9キロ落ちるほどの喪失

母親を亡くしたあとの松岡さんは、かなり深刻な状態でした。

体重が9キロ減少し、「お米のとぎ方も分からない」「外に出たくない」という状態に陥ったと語っています。

家事を全部やってくれていた人が、ある日突然いなくなる。

しかも事故です。

これはきつかったでしょうね……。

さらに追い打ちをかけるように、17歳まで生きた愛犬も亡くなりました。

夫婦はペットロスも経験することになります。

2019年1月にはテレビ朝日『徹子の部屋』に夫婦で出演し、母と愛犬を失って家庭の様子が大きく変わったことを明かしています。

谷隼人が家事をするようになった

ここからが、この夫婦の話のいいところです。

それまで家事をしていなかった谷さんが、食器洗いなどを担当するようになりました。

夜12時までには帰宅するようになった、という変化も伝えられています。

妻が立ち上がれなくなったときに、夫が家の中に入ってきた、という形ですね。

谷隼人さんと松岡きっこさんの現在の暮らしは、母親という「家事の担い手」を失ったあと、二人で分担し合う形に作り直されたものだということがわかります。

時系列を並べて考えると、二人がここまで夫婦セットでの仕事を選ぶようになったのも、この時期の経験と無関係ではないのかもしれません。

あくまで筆者の推測ですが、家に二人きりになったからこそ、仕事も二人で行くほうが自然になった、という流れは十分ありえると思います。

妻が受けた下肢静脈瘤の手術

健康面についても触れておきます。

松岡きっこさんは2013年10月に下肢静脈瘤の手術を受けています。

発症自体は2000年ごろからで、13年ほど放置していたことになります。

痛みがなかったため病院に行かなかったそうですが、見た目が気になってスカートを長年はけずにいた、という話も残っています。

13年ですよ。

気になっているのに我慢し続けるって、なかなかできることじゃないですよね。

気づいたのは谷隼人だった

受診のきっかけを作ったのは、夫の谷さんでした。

谷さんが妻の脚の異変に気づき、そこから病院へ行って診断がついています。

これも夫婦の距離の近さが出ているエピソードだと思います。

なお、谷隼人さん本人については、大きな病気や手術が公表されている情報は見当たりません。

健康情報は本人の発表が最も確実なので、ここは断定を避けておきます。

おしどり夫婦への世間の声

二人に対する世間の受け止め方は、おおむね温かいものです。

「おしどり夫婦」という呼ばれ方が長年定着していて、夫婦での共演が多いこと自体がキャラクターになっています。

一方で、Yahoo!知恵袋には「谷隼人さんを見なくなった理由はなんですか?」という質問が投稿されており、「年齢的に出番が少なくなったのでは」という回答が寄せられています。

つまり世間の側には「元気そうだけど昔ほど見かけない」という感覚があるわけですね。

この体感と、実際にBSや旅番組・通販番組で活動している実態には、けっこうなズレがあります。

松岡さんについても「毎朝夫より早く起きて支度し、夜は帰りを寝ずに待つ」という献身的な妻像で語られることが多く、そのスタイルに驚く声もあります。

谷隼人さんと松岡きっこさんの現在に対する世間の声は、「見かけない=引退」という誤解と、「今も仲がいい」という好意的な評価が同居している状態です。

谷隼人と松岡きっこの現在を調べる人向けの関連情報

ここからは、二人の現在を調べている方が一緒に気になりやすいポイントをまとめます。

馴れ初めや若い頃の活躍、そして谷さんの離婚歴まで押さえておくと、二人の45年がぐっと立体的に見えてきますよ。

馴れ初めはキイハンターでの共演

二人の出会いは、実は高校生のときにさかのぼります。

もともとは俳優仲間としての知り合いでした。

そこから関係が動いたのが、TBS系ドラマ『キイハンター』(1968年〜1973年)での共演です。

二人はこの作品のほか、『アイフル大作戦』『バーディー大作戦』でも共演を重ねています。

同じシリーズ系統の作品で何度も顔を合わせていたわけですね。

そして共演から10年以上を経て、1981年に結婚しています。

知り合ってから結婚まで、ざっと計算しても20年近い付き合いです。

ここまで長く相手を見てきたうえでの結婚だと思うと、45年続いているのも納得できる気がします。

若い頃は子役と東映の看板スター

二人とも、若い頃の経歴がかなり華やかです。

まず松岡きっこさんは、幼少期から劇団若草に所属した子役でした。

1958年に東映児童演技研修所へ入所し、風間杜夫さんや本間千代子さんと同期だったといいます。

そして1963年、高校在学中に監督・今井正に見いだされ、映画『武士道残酷物語』でさと役という大役を獲得しました。

その後は映画『007は二度死ぬ』『吸血髑髏船』『クレージーの大爆発』、ドラマ『太陽にほえろ!』などに出演。

さらに『11PM』『巨泉・前武ゲバゲバ90分!』にレギュラー出演し、当時のテレビの顔のひとりになっています。

谷隼人は東映アクションのスター

谷隼人さんは1961年、中学3年生のときに『少年ケニヤ』に出演したのが活動の始まりです。

その後は東映のアクションスターとして「網走番外地シリーズ」「不良番長シリーズ」で活躍しました。

そして1968年からの『キイハンター』で主演を務め、一気にアイドル的な人気を得ます。

金髪のイメージが強い方も多いと思いますが、その原点はこの時代の東映アクションにあります。

17歳でコック見習いをしていた過去

意外なのが、俳優になる前の谷さんです。

17歳のとき、知人の紹介で代々木のスナックにコック見習いとして入っています。

料理経験ゼロで飛び込んだため、関西出身の厳しい先輩から「コーヒーを沸騰させるんじゃねぇ!」と怒られる日々。

夜8時から翌朝5〜6時まで働き、そのあと仕込みをして帰る生活だったといいます。

1年経つころには腕が上がり、客から「美味しい」と言われる喜びを知ったそうです。

谷さんはこの17歳を人生の分岐点として挙げ、「俺にもできることがある」と自信を得た時期だったと振り返っています。

そして東映にスカウトされ、料理ではなく俳優の道へ進みました。

今でも「テレビや映画の仕事って、お客さんがどんな顔して喜んでいるか見えないんだよね」と語っていて、直接反応が返ってくる料理の充実感を懐かしんでいるんです。

60年以上俳優をやってきた人の言葉として、けっこう重いですよね。

前妻・岡美智子との離婚歴

松岡きっこさんとの結婚は、谷隼人さんにとって再婚です。

最初の結婚相手はファッションモデルの岡美智子さんでした。

1971年6月3日にスイスの教会で挙式しています。

海外挙式が今ほど一般的でなかった時代に、スイスで式を挙げているんですね。

しかしこの結婚は1974年に離婚という形で終わりました。

結婚生活はおよそ3年です。

その後、7年ほどを経て松岡さんと再婚したことになります。

離婚から再婚までの期間を考えると、勢いではなくかなり慎重に選んだ再婚だったと見ることもできます。

1度目が3年、2度目が45年。

この差はちょっと考えさせられます。

二人の出身地と本名

最後に、意外と知られていない基本情報を補足しておきます。

谷隼人さんは鹿児島県の出身で、本名は岩谷肇さん。

2人兄妹(妹が1人)の長男で、血液型はA型、身長は179cmです。

過去には岩谷隆広という別名義も使っていました。

一方の松岡きっこさんは兵庫県生まれで、その後東京へ移り、神奈川県川崎市で育っています。

本名は岩谷紀公子さん、出身校は池坊短期大学、身長は158cmです。

鹿児島と兵庫、生まれた場所は遠く離れた二人が、東映という同じ場所で出会って45年連れ添っている。

そう考えると、なかなかロマンのある話だと思いませんか。

谷隼人と松岡きっこの現在のまとめ

  • 谷隼人と松岡きっこは2026年時点でどちらも79歳
  • 二人とも引退しておらず現在も夫婦そろってテレビに出演している
  • 谷隼人の現在の仕事はテレビ東京系の旅番組・グルメ番組が中心
  • 1986〜1989年の『風雲!たけし城』の攻撃隊長を令和の復活版でも務めた
  • 松岡きっこの現在の主戦場は通販番組で、女優業は休業が続いている
  • 所属事務所は夫婦ともにグッドフェローズ
  • 結婚は1981年で、2026年に結婚45年を迎える
  • 松岡きっこは結婚を機に女優を辞め、それを人生の分岐点と語っている
  • 二人に子供はおらず、愛犬が我が子のような存在だった
  • 松岡きっこの実母は交通事故で死去(2009年ごろ説と2011年説がある)
  • 母の死後、松岡きっこは体重が9キロ落ちるほど落ち込んだ
  • それを機に谷隼人が食器洗いなどの家事を担うようになった
  • 松岡きっこは2013年10月に下肢静脈瘤の手術を受けている
  • 馴れ初めは高校時代の知り合いから『キイハンター』での共演へ発展したもの
  • 谷隼人は再婚で、前妻はモデルの岡美智子(1971年結婚・1974年離婚)

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