徐東輝の父は在日韓国人2世!弁護士の原点はシンポジウムでの感動体験

徐東輝の父は在日韓国人2世!弁護士の原点はシンポジウムでの感動体験

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徐東輝さん(現在は結城東輝さん)の父親について、気になっている方も多いのではないでしょうか。

実は、父親がシンポジウムに連れて行ってくれたことが、弁護士・結城東輝さんの原点だったんです。

この記事では、父親の人物像から名前変更・国籍変更の経緯、輝かしい学歴・経歴まで徹底的にまとめました。

この記事を読むとわかること
・徐東輝(結城東輝)の父親の人物像と在日韓国人としてのルーツ
・父親がシンポジウムに連れて行ったことで弁護士を志した経緯
・徐東輝から結城東輝への改名・帰化の理由と家族構成

徐東輝(結城東輝)の父はどんな人?在日韓国人の家族背景

徐東輝さん(現在の名前は結城東輝さん)の父親がどんな人なのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。

ここでは父親の人物像から、弁護士を志すきっかけとなったエピソード、そして家族構成まで詳しくお伝えしていきます。

父は在日韓国人2世で日本生まれ日本育ち

徐東輝さん(結城東輝さん)の父親は、在日韓国人2世で、日本で生まれ日本で育った方です。

徐東輝さん本人が複数のインタビューで語っている通り、「父と母も日本生まれ日本育ちの韓国人」とのことです。

つまり、おじいちゃんとおばあちゃんの世代に韓国から日本にやってきて、その子供である父親は日本で生まれ育ったということですね。

祖父母が韓国から日本へ渡ってきた経緯

徐東輝さんの祖父母の世代が韓国から日本に渡ってきたとされていますが、具体的にいつ頃、どのような事情で日本に来たのかについては、詳しい情報は公開されていません。

ただ、在日韓国人の歴史的な背景を考えると、戦前〜戦後の時期に日本に渡ってきた方々の一つの家族だったのではないかと推察されます。

父親の名前や職業については非公表となっています。

徐東輝さんは弁護士やメディア出演で注目される存在ですが、ご両親についてはプライバシーを大切にしているようで、詳細な情報は明かしていません。

徐東輝さんの父親は在日韓国人2世として日本に生まれ育ち、韓国のルーツを持ちながらも日本社会の中で生きてきた方であることがわかります。

父がシンポジウムに連れて行ったことが弁護士の原点

徐東輝さんが弁護士を目指すようになったきっかけ、これが実はお父さんとお母さんの存在と深く結びついているんです。

徐東輝さんは小学生の頃から本名の「そぉ とんふぃ」を使っていましたが、その名前に対して同級生たちが違和感を持ち、いじめを受けてしまいます。

韓国人として生まれたことを嫌に感じ、「なぜ韓国人として生まれてきてしまったのだろう」とずっと思っていたそうです。

そんな中、小学5年生の時に両親がシンポジウムに連れて行ってくれたことが、人生の大きな転機になりました。

そのシンポジウムは「日本に対して戦後賠償問題をどう解決するか」というテーマで、当時の徐東輝さんは「また韓国人が傷の舐め合いをしているんだろうな」と思っていたそうです。

ところが、会場で韓国人のために声を上げていた弁護団は、なんと全員日本人だったんです。

……これ、すごくないですか。

当時の徐東輝さんは「日本人はみんな韓国人のことが嫌いだ」と思い込んでいたので、日本人が韓国人を弁護している理由がまったく分からなかったそうです。

シンポジウムの後、弁護団のトップの方と話せる時間があり、徐東輝さんは「なぜ日本人が韓国人を助けるの?」と聞いたところ、こう返されました。

「人間として正しいことをやっているだけだよ」

この言葉に強烈な衝撃を受けて、「自分が思う正義を社会的に実現できるのが弁護士なんだ」と感じたそうです。

両親がシンポジウムに連れて行ってくれなければ、今の弁護士・結城東輝は存在しなかったかもしれません。

両親の世代は日韓問題への意識が強かった

徐東輝さんの両親は、日韓問題に対する問題意識がとても強い世代だったようです。

これはインタビューの中で徐東輝さん自身が語っていることで、「両親の世代って、日韓問題の問題意識がすごく強い世代でした」と振り返っています。

在日韓国人2世として日本で生まれ育ちながらも、自分たちのルーツである韓国との関係性について深く考え続けていた世代ということですね。

実際に、両親は戦後賠償問題に関するシンポジウムなどに頻繁に参加しており、幼い徐東輝さんをよく連れて行っていたそうです。

ここ、ちょっと考えさせられるポイントだと思うんですよね。

子供にとっては「なんでこんなところに連れてこられるんだろう」と思う場面かもしれませんが、結果的にその経験が弁護士という道を切り開くきっかけになったわけです。

一方で、幼い頃の徐東輝さんは、そんな両親の姿を複雑な思いで見ていた部分もあったようです。

「韓国人が群がっていたり、被害者意識が強かったり、日本の文句ばかり言っていたりするという部分」が嫌だったと、率直に語っています。

自分自身も韓国人であることでいじめを受けていた時期だったので、韓国人としてのアイデンティティに対して葛藤を抱えていたのは自然なことだったのかもしれません。

両親の日韓問題への強い意識は、当時の徐東輝さんにとって重荷に感じる面もありましたが、結果として弁護士の道へ進む重要な布石になっていたといえます。

家族構成は両親と妹の4人家族

徐東輝さん(結城東輝さん)の実家の家族構成についても整理しておきましょう。

実家は両親と妹の4人家族です。

徐東輝さんは大阪で生まれ育ち、高校までを大阪で過ごしています。

妹さんについては、名前や年齢、職業などの詳しい情報は公表されていません。

徐東輝さんがメディア出演で注目を集める中でも、妹さんの情報はほとんど出てきませんので、プライバシーが守られているようです。

ちなみに、徐東輝さんは小学校でのいじめがきっかけで地元の中学には進まず、電車で通える韓国人学校に進学しています。

そこで同じバックグラウンドを持つ仲間たちと出会い、「生きていくのはこんなに楽しいんだ」という当たり前のことを初めて知ったと語っています。

……なんか、じんわりしますよね。

小学生で「生きることが楽しい」と感じられなかった子供が、居場所を見つけて変わっていく。

その後は猛勉強の末に奈良県の名門・西大和学園高校(偏差値72〜76)に進学し、京都大学法学部に現役合格しています。

結婚して妻と息子がいる

徐東輝さん自身の結婚についても触れておきますね。

2020年頃に結婚し、2022年にはお子さん(息子さん)が誕生しています。

結婚時期について正式な発表はありませんが、2019年9月時点ではSNSで「まだ結婚していない」と明言していて、2021年4月には「妻が」というツイートが確認されていることから、2020年頃に結婚したと考えられています。

奥さんの名前や顔画像は公開されていませんが、いくつかの情報が断片的にわかっています。

項目 情報
名前 非公表
職業 医療系専門職との情報あり
特徴 産休・育休中に国家資格を2つ取得
息子の誕生 2022年

奥さんは産休・育休中に国家資格を2つも取得したということで、かなりの努力家であることがうかがえます。

また、徐東輝さんは奥さんの育休復職初日に、奥さんの勤務先から実質的なクビ宣告を受けたことをSNSで怒りをあらわにして投稿しており、家族を大切にしている姿が伝わってきます。

徐東輝さんは現在、妻と息子の3人家族で新たな家庭を築いています。

徐東輝の父を調べる人向けの関連情報

ここからは、徐東輝さんの父親について調べている方が一緒に気になりそうな関連情報をまとめました。

名前変更の理由や国籍変更の経緯、学歴、弁護士としてのキャリアなどを詳しく紹介します。

徐東輝から結城東輝へ名前変更した理由

徐東輝さんは2023年2月23日に自身のSNSで、日本国籍への帰化が認められたことを公表しました。

それに伴い、姓が「徐(そぉ)」から「結城(ゆうき)」に変わっています。

下の名前である「東輝(とんふぃ)」はそのまま変わっていません。

名前変更の理由について、本人は「理由は色々とありますが、最終的にはこのコミュニティで生きていくことを家族と相談した上で決めました」と語っています。

ここで注目したいのが、「家族と相談した上で」という部分です。

在日韓国人として生まれ育った家族にとって、国籍を変えるということは非常に大きな決断です。

実は徐東輝さんは20歳の頃、日本と韓国の国籍選択に迫られた際に、「自分の意思で」韓国国籍を選んでいるんです。

その理由が「たぶん日本人女性と結婚するから、子供が生まれたときに自分のルーツとして日本と韓国の2つがあるんだと知って欲しい」というものでした。

それが時を経て、日本国籍を選ぶ決断に至ったわけですから、その間にいろいろな葛藤や思いがあったことは想像に難くありません。

「結城」という新しい姓には、人との縁を大切にしたいという願いが込められているとされています。

国籍を韓国籍から日本国籍に変えた経緯

徐東輝さんの国籍変更の経緯をもう少し詳しく見ていきましょう。

徐東輝さんは在日韓国人3世として大阪で生まれました。

生まれた時点では韓国籍を持っていました。

国籍に関する大きなターニングポイントは2回あります。

時期 出来事
20歳頃(2011年頃) 国籍選択で自分の意思で韓国籍を選択
2023年2月 日本国籍への帰化が認められ公表

20歳の頃の韓国籍選択は、子供に2つのルーツを知ってほしいという気持ちからでした。

しかし、その後歳を重ね、同世代の投票率向上のための事業を立ち上げたり、政治家と若者向けのイベントを作ったりする中で、「この国で自分が何ができるのか」を真剣に考えるようになったそうです。

将来政治の世界に関わるかもしれないと考えたことも、帰化の決断に影響しているとのことです。

ちなみに、帰化の手続きはかなり大変だったようで、親の出生証明書なども必要だったと語っています。

在日韓国人3世として生まれ、一度は韓国籍を選んだ上で、最終的に日本国籍を取得するという、非常に重みのある決断だったことがわかります。

西大和学園高校から京都大学への学歴

徐東輝さんの学歴についても整理しておきましょう。

学歴 詳細
出身高校 西大和学園高校(奈良県)
高校偏差値 72〜76
出身大学 京都大学法学部(2014年卒)
大学院 京都大学法科大学院(2016年修了)
受賞歴 京都大学総長賞

西大和学園高校は奈良県北葛城郡河合町にある私立校で、全国の高校偏差値ランキングでも10位に入るほどの名門校です。

参議院議員の佐藤啓さんや前衆議院議員の丸山穂高さんなども同校の卒業生として知られています。

徐東輝さんは高3の1年間、猛烈に受験勉強に取り組み、京都大学法学部に現役合格しています。

京都大学法学部は全国の法学部の中でもトップクラスの偏差値を誇る難関です。

大学卒業後は同大学の法科大学院に進み、2016年に司法試験に現役合格しています。

さらに大学院修了時には京都大学総長賞を受賞するなど、学業成績も非常に優秀だったことがわかります。

西大和学園高校から京都大学、そして司法試験現役合格と総長賞受賞という、まさにエリート中のエリートと呼べる学歴の持ち主です。

弁護士として三足のわらじを履く経歴

徐東輝さん(結城東輝さん)は、弁護士としてのキャリアがとにかく多彩です。

2017年に弁護士登録を済ませた後、2018年に法律事務所ZeLoに参画し、2019年にはスマートニュース株式会社に入社しています。

つまり、法律事務所・IT企業・NPO法人という「三足のわらじ」を履いて活動しているんです。

主な経歴をまとめるとこんな感じです。

出来事
2013年 NPO法人Mielka(旧:ivote関西)設立、代表理事就任
2014年 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーに選出
2017年 弁護士登録
2018年 法律事務所ZeLoに参画
2019年 スマートニュース株式会社入社
2020年 ヘイ株式会社社外監査役就任
2021年 慶應義塾大学KGRI客員所員就任
2022年 株式会社TOブックス社外監査役就任

専門分野はIT法務、データ戦略、AI規制、個人情報保護など、テクノロジーと法律が交差する最先端の領域です。

IT系上場企業に出向し、ECサービスやシステム開発、ゲーム事業の法務を担当したり、子会社10社以上の内部監査も手がけたりしています。

さらにテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」の木曜日コメンテーターとしても活躍しており、メディアでもおなじみの存在になっています。

弁護士の枠にとどまらず、IT企業、NPO、メディアと幅広いフィールドで活躍する異色のキャリアを持つ人物です。

とんふぃという名前の読み方と由来

最後に、「とんふぃ」という独特な名前について触れておきますね。

徐東輝さんの「東輝」は、日本語読みだと「とうき」になりますが、韓国語読みでは「とんふぃ」と読みます。

旧姓の「徐」は韓国語読みで「そぉ」となるので、フルネームは「そぉ とんふぃ」でした。

帰化後は姓が「結城(ゆうき)」に変わりましたが、名前の「東輝(とんふぃ)」はそのまま残しています。

これは自分のルーツを大切にしたいという思いの表れかもしれませんね。

ちなみに、SNSやNewsPicksなどでは「とんふぃ」というニックネームで親しまれており、Twitterのアカウント名にも「結城東輝とんふぃ」と表記されています。

小学校時代は「そぉ とんふぃ」という名前が同級生にとって聞き慣れないものだったためにいじめのきっかけにもなってしまいましたが、今では多くの人に愛される呼び名になっているのは、なんだか感慨深いものがあります。

「とんふぃ」は韓国語由来の名前の読み方であり、国籍や姓が変わっても変えなかった、本人にとって大切なアイデンティティの一部です。

徐東輝の父のまとめ

  • 徐東輝(結城東輝)の父は在日韓国人2世で、日本で生まれ日本で育った
  • 祖父母の世代に韓国から日本へ渡ってきた
  • 父親の名前や職業は非公表
  • 母親も同様に在日韓国人2世で日本生まれ日本育ち
  • 両親の世代は日韓問題への問題意識が非常に強かった
  • 小学5年生の時に両親がシンポジウムに連れて行ったことが弁護士を志すきっかけ
  • シンポジウムで日本人弁護団が韓国人を弁護している姿に衝撃を受けた
  • 「国籍関係なく正しいことができるのが弁護士」という言葉に感銘
  • 実家の家族構成は両親と妹の4人家族
  • 小学校ではいじめ・不登校を経験し韓国人学校に転校
  • 西大和学園高校(偏差値72〜76)から京都大学法学部に現役合格
  • 2023年2月に日本国籍を取得し「徐」から「結城」に改姓
  • 20歳で一度韓国籍を選んだが、最終的に家族と相談し日本国籍に帰化
  • 2020年頃に結婚し、2022年に息子が誕生
  • 弁護士・IT企業・NPO法人の三足のわらじで活躍中

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