吉沢亮の高校は府中・日出高校!友達3人・女装黒歴史の意外すぎる青春

吉沢亮の高校は府中・日出高校!友達3人・女装黒歴史の意外すぎる青春

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「国宝級イケメン」と称される吉沢亮さんですが、高校時代は友達が3人しかおらず「自分のクラスの人間と一切喋らなかった」と語っています。

あの容姿でなぜ?と驚かれますが、府中高校から日出高校への転校を経た青春は、意外すぎるエピソードの宝庫なんです。

転校の理由から竹内涼真との出会い、学園祭の女装黒歴史まで、吉沢亮さんの高校時代の全てをまとめました。

この記事を読むとわかること
・吉沢亮さんの高校(府中高校・日出高校)と転校した理由
・高校時代が「帰宅部・友達3人・スクールカースト最下層」だった真相
・日出高校の同級生(竹内涼真・武井咲・白濱亜嵐)との関係と豪華な黄金世代

吉沢亮の高校はどこ?府中・日出高校への転校理由を解説

都内のイケメン俳優として大ブレイクした吉沢亮さんですが、高校時代の話を聞くと「え、本当に同じ人?」と二度見してしまいます。

中学では伝説級のモテ男だったのに、高校では一転。その意外すぎる青春時代を詳しくご紹介します。

最初の高校は都立府中高校(偏差値53)

吉沢亮さんが最初に入学した高校は、東京都立府中高等学校です。

東京都府中市にある公立高校で、1917年開校の歴史ある学校です。

普通科の偏差値は53で、東京都内の都立高校の中では中堅校として知られています。

府中高校のプロフィール

項目 内容
正式名称 東京都立府中高等学校
所在地 東京都府中市
開校年 1917年
偏差値 53(普通科)
主な卒業生 高田純次(タレント)、布施明(歌手)

吉沢さんは中学卒業後、この府中高校に進学しました。

地元・昭島市からそれなりに距離のある学校に進んだため、中学時代の友達はほとんどいない環境になりました。

高校入学時の「中学の友達がいない環境」が、その後の孤立につながる大きな要因になったとのちに吉沢さん自身が告白しています。

当時の吉沢さんは中学時代は剣道道場とバスケットボール部を掛け持ちしていましたが、高校では帰宅部に転向。

部活動もなく、友達もなかなかできない、そんなスタートを切ることになりました。

芸能コースのある日出高校へ転校した理由

吉沢亮さんは府中高校に2009年に入学しましたが、高校3年生だった2011年に日出高校(現・目黒日本大学高校)の芸能コースに転校しています。

その転校理由は、芸能活動の本格化に伴うスケジュール的な事情でした。

転校のきっかけとなった「仮面ライダーフォーゼ」

2011年、高校3年生の吉沢さんは特撮ドラマ「仮面ライダーフォーゼ」への出演が決まります。

このドラマで仮面ライダーメテオに変身する朔田流星役を演じることになったのですが、仮面ライダーシリーズの撮影スケジュールは非常に過酷なことで知られています。

早朝からの撮影や長時間の拘束など、普通の学校生活と両立することは事実上不可能に近いものがありました。

そこで、芸能活動を優先できる環境を整えるために、芸能コースがある日出高校へ転校することを決断したのです。

つまり、府中高校から日出高校への転校は「仮面ライダーフォーゼ」出演のために芸能活動を優先した結果だったと言えます。

吉沢さんは2009年にアミューズのオーディションで芸能界に入り、最初は舞台を中心に活動していましたが、「仮面ライダーフォーゼ」への出演が転校の直接的なきっかけとなりました。

日出高校芸能コースの偏差値と特徴

転校先となった日出高校の芸能コースについてもご紹介します。

日出高校は東京都目黒区にある私立高校で、現在は「目黒日本大学高等学校」と校名を変更しています(2019年4月から改称)。

芸能コースの偏差値は47程度で、府中高校と比較すると低めです。

日出高校(現・目黒日本大学高校)のプロフィール

項目 内容
旧校名 日出高等学校
現校名 目黒日本大学高等学校(2019年〜)
所在地 東京都目黒区
芸能コース偏差値 47程度
特徴 芸能コースとスポーツコースが同じクラスに在籍

日出高校最大の特徴は、芸能コースとスポーツコースの生徒が同じクラスで学ぶというシステムです。

そのため、芸能界を目指す生徒とスポーツで活躍する選手が同じ教室で顔を合わせることになります。

この仕組みが、吉沢さんと後に「仮面ライダードライブ」で大ブレイクする竹内涼真さんが同級生となるきっかけになりました。

日出高校が輩出した黄金世代のスター

日出高校(目黒日本大学高校)は、数多くの芸能人を輩出していることでも有名です。

吉沢さんの在学期間前後も含めると、横浜流星さん、福士蒼汰さん、北村匠海さん、百田夏菜子さん(ももいろクローバーZ)、滝沢カレンさんなども同校出身者として知られています。

日出高校は「スターの登竜門」とも呼ばれ、次々と芸能界に人材を送り出してきたことがわかります。

高校時代は帰宅部でスクールカースト最下層だった

「国宝級イケメン」と称される吉沢亮さんですが、高校時代の話を聞くと本当に驚かされます。

本人がテレビ番組での告白によると、高校時代は「完全に下のカーストですよ」と語っています。

帰宅部で部活にも入らず、いわゆるリア充とはかけ離れた高校生活を送っていたのです。

「高校の時に全然友達ができなくて、陰でリア充の悪口をめっちゃ言ってた」という衝撃的なエピソードも飛び出しました。

2020年の日本テレビ「第7キングダム2時間SP」での本人の発言です。

友達は3人、その3人以外と「一切しゃべらなかった」

さらに驚きなのが、友達の少なさです。

吉沢さんはインタビューで「友達3人ぐらいいたんですけど、その3人以外の人間と一切喋ってなかった。リア充を見つけたら”アイツ調子にノッてんな”って…」と告白しています。

しかもその3人は違うクラスだったため、自分のクラスではずっと1人で黙って授業を受けて、1人で帰る毎日を過ごしていたというのです。

これはもう……正直、読んでいて胸が痛くなりました。

あのルックスで、なぜそうなってしまったのかと不思議に思う方も多いはず。

吉沢さん自身は「中学時代の友達がいない学校に行って、元々人見知りというのもあって」と語っています。

最初の出会いで友達作りに失敗してしまい、そのまま孤立してしまったようです。

吉沢さんの高校時代は、帰宅部・友達3人・クラスでは孤立というスクールカースト最下層の学校生活だったことがわかります。

中学時代の「伝説のモテ男」から一転した高校生活

高校時代がいかに「落差」だったかを理解するには、まず中学時代を知る必要があります。

中学時代は「伝説くらいモテた」

吉沢さんは2021年12月放送のTBS「櫻井・有吉THE夜会」に出演した際、中学時代を「伝説くらいモテたんです」と堂々と語りました。

具体的なエピソードが本当に凄まじいんです。

中学時代に学年の1/3の女子から告白されたという驚きの事実を公言しています。

しかも、入学からたった3日目で告白されたり、一度も話したことがない女子から突然告白されたりといったエピソードまであるのです。

バスケットボール部のキャプテンを務め、学園祭では応援団長として目立ちまくり。

「モテたくてしょうがない」一心で行動した結果、本当にモテまくってしまったという中学時代でした。

ちなみに吉沢さんは当時いわゆる「ギャル男」的な雰囲気もあったようで、日サロに通っていたというエピソードも明かしています。

高校で一転、モテない日々へ

そんな絶頂期を経て進学した高校では、一変してしまいます。

「高校行って一気に落ちました」という本人の言葉通り、中学時代のモテ期はあっという間に終わりを告げました。

原因として吉沢さんが挙げているのは「中学時代の友達がいない学校に行ったこと」と「もともと人見知りだったこと」の2点です。

「学校生活って最初が肝心。そこにつまずいてしまって、誰とも話せなくなってしまった。なんとか属したグループも、女子とはまったく関わりのないようなグループで。人気のあった中学時代とは逆に、高校時代はイケイケ系男子たちを嫉妬する日々を送っていました。だからこそ、非モテキャラの気持ちは痛いほどわかる」と述べています。

中学でモテまくっていた吉沢さんが高校で孤立したのは、ルックスとは関係なく「環境の変化に対応できなかった」ことが大きかったと言えるでしょう。

この経験が後に俳優として感情表現に活かされているとしたら、それはそれで意味のある「黒歴史」だったのかもしれません。

学園祭の女装失敗が今も語り継がれる黒歴史

吉沢亮さんが「黒歴史」と語る高校時代の中でも、特に語り継がれているエピソードがあります。

それが、日出高校の学園祭での「女装大失敗事件」です。

スクールカーストの底辺で「どうにかしてモテたい」という気持ちだけは持ち続けていた吉沢さん。

そこで思いついたのが「学園祭で女装して目立とう!」という大作戦でした。

張り切って準備したのに、致命的なミスが…

吉沢さんは学園祭当日に向けて、本格的な準備を行いました。

女子の制服を借りて、学校のギャルにメイクをしてもらい、すね毛をひざ下まで丁寧に剃って…と、完璧な準備のはずでした。

ところが、ひとつだけ計算外のことがあったのです。

スカートが短かったため「ひざから上が見えるということ」を想定しておらず、太もものケモノ毛が剃られていないまま露出してしまったのです。

吉沢さんは当時を振り返り「ゴリラみたいな脚してて…」「髪の毛バチバチにセットした奴が女子の制服着て、ギャルにやってもらった汚い化粧して、なんだ?この生き物みたいな見た目だった」とコメントしています。

え、そうだったの!?って感じですよね。

目立つどころか「気持ち悪い女装」になってしまい、本人も「あれはもう黒歴史です」と認める結果に。

卒業アルバムにこの姿が掲載されている!

さらに衝撃なのが、この女装姿が卒業アルバムに掲載されているという事実です。

吉沢さんは「どうやら卒アルに載ってるらしく」「あれが世に出たら終わる気が…」とコメントしており、黒歴史の証拠が形として残っていることを自覚しています。

スクールカーストの底辺から這い上がろうとした学園祭の女装チャレンジは、失敗してさらなる黒歴史となってしまったのでした。

このエピソード、なんとも人間らしくて、個人的にはすごく好きだったりします。

今や「国宝級イケメン」と称される吉沢さんにも、こんなに必死で不器用な青春があったのです。

日出高校の豪華な同級生(竹内涼真・武井咲ら)

吉沢亮さんが転校した日出高校での同級生が、また豪華すぎるんです。

同学年にいた芸能人・アスリートたち

吉沢さんと同じ2011〜2012年度に日出高校に在籍していた著名人をまとめると、以下のような顔ぶれになります。

名前 当時の活動 その後の活躍
竹内涼真 東京ヴェルディユース(サッカー選手) 仮面ライダードライブ主演後、人気俳優に
白濱亜嵐 芸能活動中 EXILE/GENERATIONSのダンサー・ボーカルとして活躍
武井咲 女優・モデルとして活動中 数々のドラマ・映画に出演
大川藍 芸能活動中 タレントとして活躍
岸洋佑 芸能活動中 歌手として活躍

豪華すぎますよね!

竹内涼真との「意外な出会い」

中でも特筆すべきは、今や人気俳優の竹内涼真さんとの関係性です。

転校当時の竹内さんは東京ヴェルディユースに所属するサッカー選手で、芸能活動は全くしていませんでした。

日出高校では芸能コースとスポーツコースが同じクラスに在籍するシステムのため、2人は同じ教室で学ぶことになったのです。

吉沢さんと竹内さんは共通の趣味が歌だったこともあり意気投合し、2人で6時間カラオケをするほど仲良くなったと言われています。

吉沢さんが「仮面ライダーフォーゼ」で注目され、竹内さんもその後「仮面ライダードライブ」で人気俳優の道を歩むなど、2人はその後も芸能界で似た軌跡をたどっているのは興味深いですね。

また、同じく高校3年時に転校してきた岸洋佑さんとも意気投合し、現在も親友という関係が続いているそうです。

吉沢亮の高校を調べる人向けの関連情報

吉沢亮さんの高校に関連して、よく一緒に調べられる情報をまとめました。

芸能界デビューの経緯や、全学歴のおさらい、ファンや視聴者の声など、気になるポイントを解説します。

高校1年でアミューズオーディションに合格した経緯

吉沢亮さんが芸能界に入ったのは高校1年生のとき、2009年のことです。

アミューズのオーディションに応募したのは母親の勧め

吉沢さんが応募したのは「アミューズ全国オーディション2009 THE PUSH!マン」というオーディションです。

実はこのオーディションへの応募は母親の勧めによるものでした。

お母さんは賞金目当てで息子を応募させたそうなのですが、グランプリではなかったので賞金は出なかったとのことです。

応募総数31514通の中からRight-on賞を受賞してデビューすることになりました。

なお、グランプリに輝いたのは俳優の野村周平さんです。

当時はまったく芸能界に興味がなかった

驚きなのが、当時の吉沢さんはまったく芸能界に興味がなかったということです。

自己PRでは剣道の胴着を着て「メン」を披露するというユニークな一面も見せていましたが、芸能界に入った後も「辞めようと思った時期もある」と語っています。

最初は舞台を中心に活動していましたが、吉沢さんはテレビ番組でこんなターニングポイントを明かしています。

「20歳手前の頃、『ぶっせん』という舞台で初主演を務めたんですが、この作品がきっかけだったと思います。主演だと自分の芝居以外にも舞台全体のことを把握してまとめていかないといけない。これがまったくできなくて…。そして、舞台はお客さんが入っているかどうかがリアルにわかるので、客席を目の当たりにして、主演の自分に責任があると感じてしまって」

このエピソードを読んで、なんかじんわりしませんか?

最初は消極的だった吉沢さんが、一つの舞台での挫折をきっかけに俳優としての意識が覚醒していく様子が見えてきます。

小学校1年からの剣道経験が自己PRに活きた

吉沢さんは小学1年生から中学3年生まで9年間、剣道道場に通い続けていました。

剣道二段の腕前で、関東大会で優秀選手に選ばれるほどの実力者です。

高いところから落ちて背骨が曲がってしまったとき、整体の先生から「剣道と水泳をやりなさい」と言われたのが始まりで、9年間で一度も休まなかったというのは本当に驚きです。

この剣道の経験がアミューズオーディションの自己PRに直結し、芸能界への扉を開いたわけです。

芸能界への興味ゼロからスタートした吉沢さんが、今や大河ドラマの主演俳優として活躍しているのは、まさにドラマのような人生だと言えるでしょう

小中高の全学歴と偏差値まとめ

吉沢亮さんの学歴全体を一覧で整理しておきましょう。

学校 学校名 偏差値 在籍期間
小学校 昭島市立田中小学校 ~2006年頃
中学校 昭島市立多摩辺中学校 2006〜2009年頃
高校(前半) 東京都立府中高等学校 53 2009〜2011年
高校(後半) 日出高等学校 芸能コース 47程度 2011〜2012年
大学 進学せず

小学校・中学校はいずれも地元の昭島市内の公立校です。

吉沢さんは東京都昭島市の出身で、この地域の学校を卒業した後、府中高校へと進学しました。

大学に進学しなかった理由

高校卒業後、吉沢さんは大学には進学していません。

芸能活動に専念することを選んだためです。

この判断が正しかったことはその後の活躍が証明しています。

2021年には大河ドラマ「青天を衝け」で渋沢栄一役の主演を務め、日本を代表する実力派俳優の一人として確固たる地位を築きました。

高校卒業後に大学ではなく芸能活動への専念を選んだ判断が、吉沢亮さんの俳優としての飛躍につながったと言えます。

高校時代の姿に対する世間の声

吉沢亮さんが高校時代のエピソードを各テレビ番組で告白するたびに、ネット上では大きな反響が起きています。

「高校進学した時、美男美女は一瞬で噂になって見に行ったりしたけどなぁ。吉沢亮は相当イケメンだったろうに何で急にモテなくなったんだろ」という声もあれば、「高校生の頃もモテてたと思う。中学生ほど騒がないだけで」という意見も。

一方で「吉沢亮レベルのルックスでもモテようと努力することがあるんだね」という声も多く、「国宝級イケメン」でも高校時代は必死に悩んでいたという事実に親近感を感じているファンも多いようです。

また、高校の同窓会について聞かれた際、吉沢さんは「呼ばれない呼ばれない」と手を振って否定したそうです。

スクールカーストの底辺にいたことや友達が3人しかいなかったエピソードについては「意外すぎる」「信じられない」という反応が圧倒的ですが、同時に「あの誠実な演技の奥には、こういう痛みのある青春があったのかも」という見方をするファンも多くいます。

「国宝級イケメン」でも非リアな高校時代を過ごしていたというギャップが、吉沢亮さんをより人間らしく親しみやすい存在にしていると言えそうです。

吉沢亮の高校のまとめ

  • 最初の高校は東京都立府中高等学校(偏差値53)に2009年入学
  • 高校3年の2011年に日出高等学校(現・目黒日本大学高校)の芸能コース(偏差値47程度)に転校
  • 転校のきっかけは「仮面ライダーフォーゼ」出演による芸能活動の本格化
  • 府中高校時代は帰宅部、スクールカースト最下層という高校生活を送った
  • 友達は3人のみで、その3人以外とは「一切しゃべらなかった」と本人が告白
  • 自分のクラスでは1人で黙って授業を受け、1人で帰宅する日々だった
  • 高校時代を「黒歴史」と認め、「空の青さを知る人よ」の試写会でも告白している
  • 中学時代は「伝説くらいモテた」と語り、学年の1/3の女子から告白されたほどモテた
  • 中学と高校でのモテ落差は「中学の友達がいない環境で、もともと人見知りだったため」
  • 学園祭での女装チャレンジは膝上の毛を剃り忘れたため失敗し、卒業アルバムに掲載されている
  • 日出高校の同級生は竹内涼真・白濱亜嵐・武井咲・大川藍・岸洋佑と豪華な顔ぶれ
  • 高校1年の2009年にアミューズのオーディション(応募総数31514通)でRight-on賞を受賞してデビュー
  • オーディションへの応募は賞金目当ての母親の勧めで、当時は芸能界に興味がなかった
  • 高校卒業後は大学に進学せず芸能活動に専念し、2021年には大河ドラマ「青天を衝け」の主演を務めた
  • 府中高校の著名な卒業生には高田純次・布施明がいる

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