「サイレント・イヴ」で知られる辛島美登里さん、最近テレビで見かけないけれど今どうしているのか気になりますよね。
実は65歳になった今も、全国でコンサートやディナーショーを開き、歌い続けています。
10年ぶりのアルバムで語った「残り時間を計算しながら」という言葉に、今の辛島さんの思いが詰まっているんです。
・辛島美登里さんの現在の活動と2026年のコンサート予定
・10年ぶりの35周年アルバム『Coral』に込めた心境の変化
・結婚・実家・悲しい過去など現在とあわせて調べられている話題
辛島美登里の現在の活動とコンサート
辛島美登里さんは65歳になった今も、現役のシンガーソングライターとして全国でステージに立ち続けています。ここでは、コンサートの予定や10年ぶりのアルバム、SNSで話題になった近影まで、今の辛島さんの姿をまとめて見ていきます。
現在は65歳でもステージに立ち続けている
「最近テレビで見ないけど、今どうしているの?」と気になって検索した方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、辛島美登里さんは2026年9月時点で65歳、今も歌手活動をしっかり続けています。
1961年5月28日に鹿児島市で生まれ、1989年に「時間旅行」で正式デビュー。
翌1990年の「サイレント・イヴ」がドラマ『クリスマス・イブ』の主題歌になり、大ヒットしました。
そこから35年以上がたった今も、活動の軸はテレビではなくコンサートです。
2025年5月28日の誕生日には、Xに動画を投稿して「64歳になりました。デビューして36年目」と報告していました。
さらに「同世代の友人や知人も前向きに頑張っていますし、私もその中の1人として、今年も頑張っていきたい」と語っています。
こういう言葉、なんかじんわりしますよね。
テレビで見かける機会が減っただけで、辛島さんは引退も休業もしておらず、今もライブ中心で歌い続けているというのが現在の姿です。
所属と活動の拠点
公式サイトは「Green Fields つぶあん」というファンクラブ付きのサイトで、ここにコンサート情報や生配信の告知がまとまっています。
所属事務所はエムエスエンタテインメントで、1993年に移籍してから長く同じ事務所で活動しています。
同じ事務所には、デビュー前から親交のある永井真理子さんも所属しています。
2026年のコンサートとライブの予定
辛島美登里さんのコンサート2026の予定を見ると、とにかくスケジュールがぎっしりなんです。
公式サイトのスケジュールから、2026年に入ってからの主な公演を表にまとめました。
| 日付 | 公演名 | 会場 |
|---|---|---|
| 2026年2月17日 | FIRST SAIL COMTEC PORTBASE OPENING CEREMONY 辛島美登里コンサート | COMTEC PORTBASE |
| 2026年5月16日・23日・31日 | Best Friends Forever Concert 2026 | ルネこだいら/めぐろパーシモンホール/横浜・関内ホール |
| 2026年7月4日 | LEGEND SONGBOOK DINNER オフコース名曲プレミアムナイト | ウェスティン都ホテル京都 |
| 2026年7月18日 | 辛島美登里コンサート〜時空(とき)のひとひら Vol.4 | 京都文化博物館 別館ホール |
| 2026年8月30日 | 夕涼みコンサート2026〜夏だ!浴衣でGO!! | 鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜 |
| 2026年9月22日 | 古武道文化祭Vol.4〜詠月の交響曲〜 | 有楽町 I’m a Show |
| 2026年12月6日 | クリスマスディナー&ライブ2026 | 神戸ポートピアホテル |
| 2026年12月13日 | Premium Christmas Concert 冬の絵本2026〜featuring『ピノキオ』 | 日本橋三井ホール |
| 2026年12月20日 | オフコース名曲トリビュート〜クリスマスディナーショー2026〜 | ANAクラウンプラザホテルグランコート名古屋 |
東京・神奈川だけでなく、京都や神戸、名古屋にも足を運んでいます。
大ホールでのコンサートだけでなく、ホテルのディナーショーや数百人規模の会場での公演も多いのが、最近の辛島さんの特徴です。
毎年恒例の冬の絵本と夕涼みコンサート
クリスマスの時期には、毎年「冬の絵本」と題したプレミアムコンサートを開いています。
2025年は『白雪姫』、2026年は『ピノキオ』をテーマにしていて、毎年ひとつの物語を軸にした構成になっているのがおもしろいところです。
2025年の冬の絵本のあと、辛島さんはインスタグラムで「帰宅したら鏡見てみてくださいね きっと2、3才は若返ってると思います、ゼッタイ」とファンにメッセージを送っていました。
夏には「夕涼みコンサート」も恒例になっていて、2026年は8月30日に鎌倉プリンスホテルで開催。
公式X(@midorigamek)では、このコンサートで歌う曲のリクエストをファンから募集していました。
夏と冬に恒例の公演を持ち、その間を全国のコンサートやディナーショーで埋めているのが、辛島さんの現在の働き方です。
35周年アルバムCoralを10年ぶりに発表
辛島美登里さんの現在を語るうえで外せないのが、デビュー35周年の記念アルバム『Coral』です。
オリジナル作品としては10年ぶりのリリースで、2024年に発表されました。
タイトルの「Coral」は英語でサンゴのこと。
デビュー35周年の「さん・ご」にかけた名前で、本人は「覚えられやすいし、何より私が忘れないかなって」と笑って話していました。
永井真理子との初デュエット
このアルバムでは、盟友の永井真理子さんと初めてデュエットしています。
永井さんは、辛島さんが作曲家時代に「瞳・元気」を提供した相手で、若いころからの長い付き合いです。
コンサートで久しぶりに再会したとき、ふと「つながりたい」と感じて声をかけたところ、永井さんは「うれしい」と快諾したそうです。
新曲「シロツメクサ」の歌詞は、2人の関係をモチーフにしています。
2025年10月には、辛島さんが永井さんのコンサートを訪れ、笑顔の2ショットをインスタグラムに公開していました。
ファンからは「おお~!姉妹だー」という声も上がっていて、今も仲の良さは変わらないようです。
槇原敬之からの楽曲提供
もうひとつの話題が、シンガーソングライターの槇原敬之さんからの楽曲提供です。
「繊細で優しい歌がずっと好きだった」という槇原さんに依頼したところ、すぐに「歌ってほしい曲がある」と歌が届いたそうで、辛島さん本人も驚いたと話しています。
これ、ファンとしてはうれしいサプライズですよね。
『Coral』は、ずっと一緒に音楽をやりたいと思っていた人たちに、ためらわず声をかけて作ったアルバムでした。
10年ぶりのアルバムで変わった心境
では、なぜ10年ぶりのアルバムで、ここまで積極的に人に声をかけたのでしょうか。
2024年の産経新聞のインタビューで、辛島さんは「残り時間を計算しながら、日々を楽しんでいく年代になったのかな」と語っています。
背景にあったのは、この10年での自分自身の変化でした。
コロナ禍で人と会うことが制限され、「笑い合うことを止められることが、どれだけ不自由か」を実感したといいます。
年齢を重ねて、永遠の別れも増えてきた。
だからこそ、会いたい人に会う、一緒に音楽をやりたい人がいたら動く、先延ばしにしない、と決めたそうです。
「頑張れば明日はもっと良くなると、呪文のように唱えていた時代もありました」という言葉からは、若いころとの違いが伝わってきます。
……なんか、分かりませんか、この感覚。
これからについては「好奇心のままに、やりたいことを素直に発信したい」「ジャンルを超えたコラボレーションが生まれたら楽しい」とも話していました。
今の辛島さんは、「頑張る」よりも「やりたいことを素直にやる」ほうへ、音楽との向き合い方を切り替えているようです。
ラジオや配信など歌以外の現在の仕事
歌以外の仕事にも少し触れておきます。
ラジオでは、2022年4月からエフエム世田谷・ミュージックバードの『アフタヌーン・パラダイス』でパーソナリティを務めていました。
この番組は2026年3月31日まで続いています。
ファンクラブ「つぶあん」では、生配信も行っています。
2026年3月には「春のmiriまつり生配信2026」、6月にはファンクラブ5周年を記念した生配信があり、7月には奈良への日帰りファンミーティングも開かれました。
「miri」は、デビュー当時からの愛称「ミリちゃん」から来ています。
テレビでは、TOKYO MXの『5時に夢中』に2024年3月にも出演しています。
ラジオ・配信・ファンクラブと、ファンと直接つながる場を自分で持っているのも、今の辛島さんらしいところですね。
現在の姿が若いと話題になった近影
辛島美登里さんの現在の見た目も、たびたびニュースになっています。
2024年12月には、神戸ポートピアホテルでのディナー&ライブの写真をインスタグラムに投稿。
第一部は白、第二部は黒と、衣装をがらりと変えて歌った姿に、「相変わらず辛島さんはスマート」「素敵にお年を重ねられてる」といった声が寄せられました。
2025年12月には、冬の絵本2025のあとに白いドレス姿の笑顔ショットを公開しています。
このときは「若返ってる」「ほそ~い」「魅力的ですね」というコメントが並びました。
中には「妻も若返ったかもしれないと申しております」というコメントもあって、読んでいてこちらまで笑顔になりました。
60代になっても体型や雰囲気がほとんど変わらないことが、近影が話題になる一番の理由のようです。
旦那はいない?結婚しないまま歩んだ現在
「辛島美登里さんに旦那さんはいるの?」というのも、よく調べられているテーマです。
これについては、辛島さん本人が2019年のENCOUNTのインタビューで「結婚にはご縁がありませんでした」と話しています。
結婚を発表したという報道も見当たらず、現在も独身と考えてよさそうです。
同じインタビューでは、「反面、両親と旅行する時間はたくさん得られました」と笑いながら続けています。
音楽で食べていけるようになってからは、両親と3人でイタリアやスペイン、トルコなどヨーロッパを中心に旅行し、10か国ほどを回ったそうです。
建築好きの父と絵画好きの母に合わせた旅先というのが、なんともほほえましいですよね。
結婚という形はとらなかったものの、家族との時間を大切にしながら歌い続けてきたのが辛島さんの歩みです。
今の活動に寄せられる世間の声
最後に、今の辛島さんに寄せられている声を集めてみました。
| 話題 | 寄せられた声 |
|---|---|
| 2025年の誕生日報告 | 「我々ファンにとって本日はみどりの日でございます」「いくつになっても変わらない歌声がとても素敵です」 |
| 2024年の神戸でのディナーライブ | 「お若くて美しい」「寒くなるとサイレントイブが聴きたくなる」 |
| 2025年の永井真理子との2ショット | 「お2人とも素敵です」「アクティブですね」「ハードスケジュールですね~」 |
目立つのは、「変わらない」という声と、「元気に歌い続けてくれるだけでうれしい」という声です。
「美登里さんが元気に歌い続けていて下さるだけで幸せです!」というコメントには、長年のファンの気持ちが詰まっている気がします。
35年以上たった今も、辛島さんの歌声と人柄を変わらず支持するファンが多いことがよく分かります。
辛島美登里の現在を調べる人向けの関連情報
ここからは、辛島美登里さんの現在を調べる人がよく一緒に検索している、実家や家族、性格、「悲しい過去」などの話題をまとめます。
実家は鹿児島市で父は県庁勤務
辛島美登里さんの実家は、鹿児島県鹿児島市です。
家族は県職員の父、専業主婦の母、兄の4人家族でした。
父は鹿児島県庁の技術職で、建築士としてデッサンも得意だったそうです。
単身赴任中や辛島さんの上京後も、便箋2〜3枚にきっちり書いた手紙を送ってくれる、筆まめな人だったといいます。
大学卒業後に「音楽の道に進みたい」と手紙で伝えたときも反対せず、約2年間、月10万円を仕送りしてくれたそうです。
母は旧満州からの引き揚げ者で、「何とかなるわ」というおおらかな性格。
2019年のインタビューの時点で88歳でも元気で、毎年自分でチケットを取って鹿児島から飛行機に乗り、東京のコンサートに来てくれると話していました。
父の認知症と介護
父には75歳を過ぎたころから認知症の症状が出て、脳梗塞も発症しました。
母が自宅で介護し、辛島さんも休みのたびに実家へ帰って手伝っていたそうです。
父は81歳で亡くなりました。
子どものころは手をつないだ記憶もなかった父と、介護を通して初めて触れ合うようになり、「今ではその記憶が宝物です」と語っています。
正直、読んでいて胸が締め付けられました。
辛島さんの実家は、真面目な父とおおらかな母がそろった、温かい家庭だったことが伝わってきます。
兄は長男として父に厳しく育てられた
辛島美登里さんには兄が1人います。
一般の方なので名前や職業は公表されていません。
辛島さんによると、父は長男である兄にはすごく厳しかったそうです。
一方で辛島さんには「女の子だからお嫁にいくまで好きなことをすればいい」と考えていたようで、女の子には厳しくしたくないのが「父の美学」だったといいます。
父が危篤になったとき、大事なコンサートの前日に連絡をくれたのも兄だったそうです。
兄は表には出ていませんが、家族として辛島さんを支えてきた存在です。
性格は父ゆずりの控えめな頑固さ
辛島美登里さんの性格を語るうえでヒントになるのが、父の教えです。
父がよく口にしていたのは「地道に、でしゃばらず、分相応」という言葉でした。
辛島さん自身も、母に「私のことを自分から進んで絶対言わないで。目立たないのが一番だからね」といつも言っているそうです。
「シンガーソングライターという仕事は、人前に出る仕事だけど、決して特別じゃない」とも話していて、デビューしたときから常識のある振る舞いをするよう自分に言い聞かせてきたといいます。
その一方で、おしゃべり好きな一面も。
『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』に初めて出たときは、自分が見た夢の話を長々と続けて、ダウンタウンに「今まで出演した人の中で一番しゃべる人でした」と言われたエピソードがあります。
タモリさんからは、家庭科の教員免許を持っていることから「辛島先生」と呼ばれていました。
控えめで常識を大切にしながらも、話し出すと止まらない親しみやすさがある、というのが辛島さんの人柄のようです。
悲しい過去は高校受験の失敗だった
「辛島美登里 悲しい過去」と検索されるのには、ちょっとした理由があります。
以前、テレビ番組で辛島さんが「悲しい過去を持つアーティスト」として紹介されたことがあり、その中身が高校受験に失敗したことだったんです。
見ていた人たちの間では「何があったんだろう」という空気のあとに拍子抜けした、という反応がSNSに投稿されていました。
実際、辛島さんは中学3年のときに鹿児島県立甲南高校を受験して不合格となり、1年間の浪人生活を送っています。
その後、鹿児島県立鶴丸高校に進学し、奈良女子大学家政学部に進みました。
在学中の1983年には、ヤマハのポピュラーソングコンテストで「雨の日」がグランプリを獲得しています。
もうひとつ、つらい出来事として本人が語っているのが、父の認知症と死です。
父を亡くしたあと「心の整理がしばらくつきませんでした」と話しています。
「悲しい過去」の正体は高校受験の失敗で、大きな事件やスキャンダルがあったわけではありません。
サイレントイヴは1990年のオリコン1位曲
辛島美登里さんといえば、やはりサイレントイヴです。
1990年11月に発売され、TBS系ドラマ『クリスマス・イブ』の主題歌に採用されました。
オリコンチャートで1位を獲得し、日本ゴールドディスク大賞のベスト5シングル賞も受賞しています。
発売当時はバブルの華やかな時代で、ハッピーなクリスマスソングが多い中、ひとりで過ごすイブの切なさを歌った一曲でした。
公式YouTubeの「サイレント・イヴ」は再生回数が1,000万回を超えていて、今も冬になると聴かれ続けています。
俳人の黛まどかさんが「辛島聴く」を冬の季語にしたというのも、この曲がどれだけ冬の定番になっているかを物語っていますね。
35年以上たった今も、サイレントイヴは辛島さんの代名詞であり、毎年のクリスマスコンサートの中心にある曲です。
辛島美登里の現在のまとめ
- 辛島美登里は1961年5月28日生まれで、2026年9月時点で65歳
- 1989年に「時間旅行」で正式デビューし、1990年の「サイレント・イヴ」が大ヒット
- 現在もテレビよりコンサート中心で歌手活動を継続中
- 2026年も全国でコンサートやディナーショーの予定が続いている
- 夏の夕涼みコンサートと冬の「冬の絵本」が毎年の恒例公演
- 2024年にデビュー35周年アルバム『Coral』を10年ぶりに発表
- 『Coral』では永井真理子と初デュエットし、槇原敬之から楽曲提供を受けた
- 本人は「残り時間を計算しながら、日々を楽しんでいく年代」と語っている
- ラジオ『アフタヌーン・パラダイス』は2026年3月まで担当
- ファンクラブ「つぶあん」で生配信やファンミーティングも開催
- SNSの近影は「若返ってる」「スマート」と毎回話題になる
- 本人は「結婚にはご縁がありませんでした」と語っており、現在も独身とみられる
- 実家は鹿児島市で、父は県庁勤務、母と兄の4人家族
- 父は認知症を患い81歳で亡くなり、介護の記憶を「宝物」と語っている
- 「悲しい過去」とされるのは高校受験の失敗で、スキャンダルではない


