佐々木慈瞳の現在はスクールカウンセラー!奈良の小中学校と緩和ケア病棟をまわる日々とは

佐々木慈瞳の現在はスクールカウンセラー!奈良の小中学校と緩和ケア病棟をまわる日々とは

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NHK Eテレの『やまと尼寺 精進日記』で、笑顔で精進料理を作っていた佐々木慈瞳さん。

番組が終わってから姿を見かけなくなり、いまどうしているのか気になっている方は多いのではないでしょうか。

実は慈瞳さん、尼寺を下りたあとに学校の相談室と病院の緩和ケア病棟という、まったく別の現場に立っているんです。

この記事を読むとわかること
・佐々木慈瞳の現在の肩書と、奈良で働いている具体的な場所
・音羽山観音寺を下山した正確な時期と、病気説が事実と合わない理由
・経歴や年齢・出身など、現在と一緒に調べられている情報のまとめ

佐々木慈瞳の現在の活動と下山後の歩み

NHK Eテレ『やまと尼寺 精進日記』でおなじみだった佐々木慈瞳さんが、いま何をしているのか気になっている方は多いですよね。

ここでは現在の肩書と働いている場所、そして音羽山観音寺を下りた時期までを順番に整理していきます。

現在は僧侶と公認心理師の二足のわらじ

まず結論からお伝えしますね。

佐々木慈瞳さんは芸能界を引退したわけでも、仏門を離れたわけでもありません。

現在の慈瞳さんは、僧侶でありながら公認心理師としても働く「二足のわらじ」の生活を送っています

拠点はいまも奈良県です。

中央大学クレセント・アカデミーが公開している講師プロフィールには、「現在、奈良県教育委員会のスクールカウンセラーとして複数の小中学校を巡回するほか、奈良県総合医療センター、西奈良中央病院で緩和ケアを担当している」と明記されています。

奈良文化高等学校が2025年10月の講演を紹介したページでも「現在は、僧侶であり公認心理士でもあり」と書かれていて、複数の公的な場所で同じ説明がされているんですね。

つまり、テレビから姿を消したのは「引退」ではなく「職場が変わった」ということ。

山の中の尼寺から、学校の相談室と病院のベッドサイドへ。

働く場所は変わっても、人に寄り添うという軸はまったくブレていないんです。

……なんか、いいですよね。

臨床宗教師としての土台

慈瞳さんが心のケアの世界に入っていけたのは、思いつきではありません。

東北大学大学院の臨床宗教師研修、その第2期生として学んでいます。

臨床宗教師というのは、被災地や医療現場で宗教者として人の心に寄り添う専門職のこと。

布教をせず、相手の信じるものをそのまま尊重して話を聴く役割です。

大阪の應典院が公開したプロフィールにも「高野山真言宗と融通念仏宗で得度、東北大学大学院の臨床宗教師研修2期生」と記載されていました。

僧侶としての資格と、心理の専門職としての訓練。

その両方を持っているからこそ、いまの立ち位置があるわけですね。

奈良県教育委員会のスクールカウンセラー

現在の仕事のひとつめが、学校でのカウンセリングです。

奈良県教育委員会のスクールカウンセラーとして、複数の小中学校を巡回しています。

一つの学校に常駐するのではなく、いくつもの学校を回るスタイル。

2025年12月に岐阜県高山市が開催した多様性講演会の告知でも、講師紹介の現職欄はシンプルに「奈良県スクールカウンセラー」と書かれていました。

自治体が公式サイトで肩書として載せるくらいですから、いまの慈瞳さんを表す一番の看板がこれなんだと思います。

子どもたちの前に立つのは、テレビで精進料理を作っていたあの人。

でも学校では「元テレビ出演者」ではなく、一人のカウンセラーとして向き合っているんでしょうね。

総合医療センターと病院で緩和ケアを担当

もうひとつの現場が医療です。

奈良県総合医療センターのがんサポートチームと、西奈良中央病院の緩和ケア病棟で、心理師としてスピリチュアルケアに携わっています。

緩和ケアというのは、病気そのものを治す治療ではなく、痛みや不安をやわらげて生活の質を保つためのケアのこと。

そこに宗教者として、そして心理職として関わっているわけです。

2023年3月にNHK文化センター浜松教室で行われた講演の告知でも、講師紹介は「奈良県総合医療センターの緩和ケアチーム公認心理師」となっていました。

正直、これはかなり重い現場だと思います。

人生の最終盤にいる方と、その家族の話を聴く仕事ですから。

尼寺で培った「静かに聴く力」が、そのまま病院で生きているのが今の慈瞳さんです

現在の主な活動先 立場・役割
奈良県内の小中学校(複数校を巡回) 奈良県教育委員会 スクールカウンセラー
奈良県総合医療センター がんサポートチームの公認心理師
西奈良中央病院 緩和ケア病棟でのスピリチュアルケア
全国各地の講演会・大学講座 講師

音羽山観音寺を下山したのは2020年3月

ここ、意外と間違って伝わっているポイントです。

慈瞳さんが音羽山観音寺を下りたのは、2020年3月のことでした。

應典院が掲載したプロフィールには「音羽山観音寺で2020年3月まで副住職を務める」とはっきり書かれています。

Wikipediaの『やまと尼寺 精進日記』の項目でも、番組が「住職以外の二人が下山したため、2020年3月をもって終了」と説明されていました。

レギュラー放送の最終回が2020年3月22日ですから、番組の終わりと下山の時期はぴったり重なっているんですね。

ちなみに、視聴者がそれを知ったのは少し後のことです。

ファンサイトがまとめた年表によると、下山の事実が広く知られるようになったのは2020年6月ごろ。

まっちゃんがホームページとSNSを開設したタイミングで「慈瞳さんは3月に下山していた」と分かった、という流れでした。

番組は予告なく終わってしまったので、当時は「えっ、今月で終了?」と戸惑った視聴者がとても多かったんです。

その気持ち、すごく分かります。

「2023年3月」と書かれている情報について

ネット上のまとめ記事のなかには、下山時期を2023年3月としているものもあります。

ただ、これは寺院・NPO側が出しているプロフィールや番組の放送記録と食い違っています。

一次情報に近い記載はいずれも2020年3月で一致しているので、この記事では2020年3月として扱います

2023年という数字は、おそらく講演会が各地で増えた時期と混ざってしまったのかなと思います。

やめた理由は病気ではなく進路の選択

「じとうさん、病気だったの?」という心配の声は、番組終了当時からずっとありました。

急に姿が見えなくなれば、そう思ってしまいますよね。

ただ、この噂を取り上げているサイトはどれも「病気ではない」と否定しています。

そして何より、下山後の慈瞳さんはスクールカウンセラーと緩和ケアという、体力も気力も必要な仕事を続けています。

2023年、2024年、2025年と各地で講演にも登壇していて、2026年の大学講座の講師にも名前が挙がっている。

健康上の理由で表舞台を離れた、という見方は事実と合いません

下山は、緩和ケアとカウンセリングの活動を本格化させるための前向きな選択だった。

これがいちばん筋の通った説明だと思います。

緩和ケアを志したきっかけとされる話

なぜ緩和ケアだったのか。

この点については、お父様が病気の告知を受けたとき、思うように声をかけてあげられなかった経験がきっかけだったとする記述がまとめ系サイトにあります。

ただしこれは出どころが一つしか確認できず、公式なプロフィールには書かれていません。

そういう話もある、という程度に受け止めておくのが安全かなと思います。

とはいえ、臨床宗教師の研修を受け、公認心理師として病院に入るという道筋を見ると、「言葉が届かなかった悔しさ」が原点にあるという話には妙な説得力がありますよね。

全国各地の講演会に登壇し続けている

現在の慈瞳さんを追いかけるいちばん確実な方法が、実は講演会の情報です。

奈良県内にとどまらず、静岡・岐阜・大阪と、活動範囲はかなり広いんですよ。

開催時期 主催・会場 演題
2023年3月18日 NHK文化センター浜松教室(静岡) 今を大切に生きる
2023年9月25日 奈良ニッセイエデンの園 いのちのゆくえ
2024年6月 奈良ニッセイエデンの園(職員向け) よくいきばなし
2025年3月 應典院(大阪) まちの保健室・おてら終活カフェ
2025年10月1日 奈良文化高等学校 いのちのかたち ~自分らしく生きるために~
2025年12月7日 高山市民文化会館小ホール(岐阜) よくいきはじめ ~輝く未来へ

テーマはどれも「いのち」と「生き方」です。

奈良文化高等学校での講演は、いのちを「やがて失われるもの、死を免れ得ないものとして」考える内容で、生徒たちが自分自身の生き方を見つめ直す時間になったと紹介されていました。

高校生に向かって死の話をするって、簡単なことじゃないと思うんです。

それを引き受けられるのが、いまの慈瞳さんなんですね。

中央大学のオンライン講座も担当

母校である中央大学のクレセント・アカデミーでも、オンライン講座の講師を務めています。

講座名は「悠久の里 奈良の尼僧・佐々木慈瞳さんと語る 自分らしく生きる小さなヒント」。

2026年は春期6月2日、秋期11月17日の開催予定で、いずれも火曜13時30分から15時30分の120分です。

内容は、日々の暮らしのなかにある喜びや、仏教の世界からの学び、苦しみを通して気付くことなど。

一方的な講義ではなく、講師と参加者が対話しながら進める形になっています。

ちなみに、奈良ニッセイエデンの園での講座では、締めくくりにオカリナで竹内まりやさんの曲を演奏したという記録も残っていました。

……ちょっと想像すると和みますよね。

佐々木慈瞳の現在を調べる人向けの関連情報

ここからは、現在の活動と一緒によく調べられているポイントをまとめていきます。

経歴やプロフィール、そして一緒に番組を支えたまっちゃんや観音寺の今についても触れていきますね。

経歴は大学事務局から尼僧への転身

慈瞳さんの経歴は、正直かなり異色です。

出発点はお寺ではなく、大学でした。

経歴 内容
学歴 中央大学 卒業
職歴 中央大学の事務局で10年間勤務
大学院 早稲田大学大学院 人間科学研究科 修了
研修 東北大学大学院 臨床宗教師研修 第2期生
得度 高野山真言宗・融通念仏宗
寺歴 音羽山観音寺 副住職(2020年3月まで)

中央大学を卒業してそのまま母校の事務局で10年間働き、その後に得度しているという流れなんです。

社会人として10年やってから出家する。

なかなかできる決断じゃないですよね。

さらにその後、早稲田大学大学院の人間科学研究科を修了して、東北大学大学院の臨床宗教師研修も受けている。

学び直しの回数がとにかく多いんです。

大学職員 → 尼僧 → 心理の専門職という三段構えの経歴が、いまの慈瞳さんの厚みをつくっています

出家のきっかけは学生時代の一泊

なぜ音羽山観音寺だったのか。

ファンサイトの記述によると、大学生のころ卒業論文の執筆のために奈良の明日香村を訪れ、そのとき音羽山観音寺に泊まったことがきっかけだったそうです。

こちらは単独ソースの情報なので断定はできませんが、もし本当なら、学生時代の一泊がその後の人生を丸ごと変えたことになります。

人生って、どこで転がるか分からないものですね。

年齢や本名は公表されていない

検索でよく出てくるのが「年齢」と「本名」です。

結論からいうと、佐々木慈瞳さんの生年や年齢、そして本名は公表されていません

中央大学、應典院、奈良文化高等学校、高山市といった公的な講師紹介をひと通り確認しましたが、生年月日や年齢の記載はどこにもありませんでした。

慈瞳という名前は僧侶としての名前(法名)にあたるので、俗名がそのまま公になっていないのは自然なことです。

ちなみに「佐々木」の部分が本姓かどうかも、公的な資料からは確認できませんでした。

年齢についてヒントになりそうなのは経歴のほうですね。

大学卒業後に事務局で10年勤務し、その後に得度、さらに大学院と研修を経ている。

この積み上げを考えると、下山した2020年の時点でそれなりのキャリアを重ねた年代だったことは想像できます。

ただし具体的な数字は出ていないので、ここは推測の域を出ません。

出身は群馬県という情報の出どころ

サジェストに「佐々木慈瞳 群馬」が出てくるので、群馬県となにか関係があるのかと気になった方もいると思います。

調べてみると、この情報の出どころはかなり限定的でした。

2017年のYahoo!知恵袋で「出身地を教えてください」という質問に対し、「群馬県だそうです」と回答が一件ついているだけなんです。

大学や自治体が出している講師プロフィールには、出身地の記載が一切ありません。

つまり群馬県出身という話は、いまのところ裏づけの取れていない情報ということになります。

現在の活動拠点が奈良であることははっきりしていますが、生まれ育った場所については判断材料が足りない、というのが実際のところですね。

インスタグラムの公式アカウントはある?

「インスタグラム」も検索されているワードのひとつです。

こちらも調べてみましたが、佐々木慈瞳さん本人名義の公式アカウントは確認できませんでした

ただ、まったく写真が出てこないわけではありません。

講演を主催する側が、告知や開催報告としてインスタグラムに投稿しているケースがあります。

たとえば2025年11月には、多様性講演会の告知として「元・音羽観音寺の副住職で、現在はスクールカウンセラー&コミュニティナースとしてご活躍中の佐々木慈瞳さんが登壇」という趣旨の投稿が確認できました。

つまり慈瞳さんの近況を追いたいなら、本人のSNSを探すより、講演を主催する自治体や施設の発信を見るほうが早いということですね。

ここは覚えておくと便利かもしれません。

まっちゃんの現在は創作家として活動

慈瞳さんと同じタイミングで下山した、お手伝いのまっちゃん。

『やまと尼寺 精進日記』では消しゴム版画が得意な人として親しまれていましたよね。

まっちゃんも下山後、創作の道へ進んでいます。

2020年6月にホームページとSNSを開設し、7月にはイラストのショップもスタート。

2021年4月にエッセイ本『尼寺のお手伝いさん』、2024年12月には『まっちゃん母娘の「本日も晴天なり」』を出版しています。

個展やイラスト講座も開いていて、下山後のほうがむしろ表に出ている印象すらありますね。

ちなみに下山してすぐの2020年7月17日には、まっちゃんが観音寺を訪ねているという記録も残っていました。

きれいに縁が切れたわけではなく、いまも関係は続いているようです。

……これ、ちょっとほっとしませんか。

音羽山観音寺と住職の今

最後に、二人が下りたあとのお寺についてです。

住職の後藤密榮さんは、いまもお元気に音羽山観音寺を守っています。

2022年3月には公式YouTubeチャンネルが開設され、寺の公式サイトも運営されています。

新しいお弟子さんも入られたそうです。

そして番組そのものも、完全に終わったわけではありませんでした。

2022年4月9日にNHKスペシャルとして「やまと尼寺精進日記 ひとり生きる豊穣」が放送され、さらに2025年6月には約3年ぶりの新作「初夏 緑いっぱい 山の味」が放送されています。

BSプレミアム4Kで6月7日に初回放送、その後BSとEテレでも再放送されました。

番組紹介文は「奈良・桜井の山深き尼寺に暮らす、料理上手で笑い上戸のご住職」。

現在の番組は住職ひとりの暮らしを描く形になっていて、慈瞳さんが再び出演したという情報はありません

寂しく感じる方もいると思いますが、それぞれが選んだ道を歩いた結果ですからね。

三人が別々の場所で元気にやっている、というのがいちばんの答えなのかなと思います。

佐々木慈瞳の現在のまとめ

  • 現在は僧侶であり公認心理師でもある二足のわらじで活動している
  • 拠点はいまも奈良県で、下山後も同じ土地で働き続けている
  • 奈良県教育委員会のスクールカウンセラーとして複数の小中学校を巡回している
  • 奈良県総合医療センターのがんサポートチームに公認心理師として関わっている
  • 西奈良中央病院の緩和ケア病棟でスピリチュアルケアに携わっている
  • 音羽山観音寺を下山したのは2020年3月で、番組の最終回と同じ時期
  • 下山時期を2023年3月とする記述もあるが、寺院側のプロフィールや放送記録とは食い違う
  • 番組をやめた理由は病気ではなく、緩和ケアとカウンセリングを本格化するための選択とされる
  • 緩和ケアを志した原点は父親の病気の告知だったとする説があるが単独ソース
  • 静岡・奈良・大阪・岐阜など各地で「いのち」をテーマにした講演を続けている
  • 母校である中央大学のオンライン講座の講師も務め、2026年も開催が予定されている
  • 経歴は中央大学卒業後に大学事務局で10年勤務し、その後に得度という異色の流れ
  • 早稲田大学大学院人間科学研究科修了、東北大学大学院の臨床宗教師研修2期生
  • 年齢・本名・出身地は公表されておらず、群馬県出身という話は裏づけが取れていない
  • 一緒に下山したまっちゃんは創作家として活動し、住職は今も観音寺を守っている

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