椎名林檎の結婚相手は弥吉淳二と事実婚の児玉裕一!略奪婚から始まった波乱の恋愛史

椎名林檎の結婚相手は弥吉淳二と事実婚の児玉裕一!略奪婚から始まった波乱の恋愛史

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椎名林檎さんの結婚歴は、音楽と同じくらい波乱万丈です。

2度の略奪婚と言われる恋愛、1年2ヶ月でのスピード離婚、そして現在は入籍なしの事実婚……知れば知るほど、彼女のプライベートもアーティストとしての世界観と重なって見えてくるんです。

この記事では、元旦那・弥吉淳二さんとの馴れ初めや離婚理由、そして弥吉さんが49歳で亡くなったことまで、時系列で詳しくまとめています。

この記事を読むとわかること
・椎名林檎の2度の結婚歴(弥吉淳二・児玉裕一)と馴れ初め・離婚理由
・現在の旦那・児玉裕一との事実婚スタイルと通い婚の実態
・3人の子供の名前・年齢・父親と家族エピソード

椎名林檎の結婚歴と旦那:弥吉淳二との略奪婚から事実婚まで

椎名林檎さんの結婚歴は、音楽と同じくらい濃厚でドラマチックです。

ここでは、最初の結婚相手・弥吉淳二さんとの馴れ初めから離婚、その後の悲しい別れ、そして現在の旦那・児玉裕一さんとの事実婚まで、時系列を追って詳しく解説していきますね。

弥吉淳二との馴れ初め:バックバンドで出会った略奪婚

椎名林檎さんとギタリスト・弥吉淳二さんの出会いは、音楽の現場でした。

弥吉淳二さんは、椎名林檎さんのバックバンド「虐待グリコゲン」の二代目ギタリストを務めていた人物です。

1999年のツアーや各地でのライブ活動を通じて共演を重ねるうちに、二人の距離は自然と縮まっていったようです。

ただし、当時の弥吉淳二さんはすでに結婚していました。

つまり椎名林檎さんとの関係は当初、不倫という形からスタートしていたことになります。

そして2000年9月、弥吉淳二さんは前妻と離婚。

その約2ヶ月後の2000年11月に、椎名林檎さん(22歳)と弥吉淳二さん(32歳)は極秘に入籍しました。

前妻と別れてからわずか2ヶ月というスピードでの入籍だったこともあり、当時は「略奪婚」として大きな話題になりました。

そして翌2001年1月29日、椎名林檎さんのオフィシャルサイトにて結婚と妊娠が公式に発表されます。

その発表文がまた独特で……「この度、私の腹は新しい生命を授って居ります」という、いかにも椎名林檎さんらしい文章で読者を驚かせました。

「できちゃった婚」と言われることを嫌がってか、椎名林檎さんは「出来ちゃったとかいうのとは全く具合が異なります。私は以前よりお付き合いさせていただいていた男性と、『さあ、つくろう』と創造活動に勤しんだのですから」と、計画的な妊娠だったことを強調しています。

なかなか突き抜けた発表文ですよね……。これはこれで、椎名林檎さんの真骨頂という感じがします。

短命に終わった結婚の離婚理由とは

弥吉淳二さんと椎名林檎さんの結婚は、残念ながら長続きしませんでした。

2001年7月12日に長男・空遥(そなた)くんが誕生し、子宝にも恵まれましたが、2002年1月に離婚。入籍からわずか約1年2ヶ月というスピード離婚でした。

公式に離婚理由が明かされることはありませんでしたが、さまざまな憶測が飛び交いました。

一つ目は「椎名林檎さんの不倫説」です。ただ、2001年から2002年の椎名林檎さんといえば、生まれたばかりの赤ちゃんを育てながら活動を再開させていた時期。育児に追われる中での不倫はかなり難しい状況だったとも言え、この説はガセとする声も多いです。

もう一つの説は「弥吉淳二さんが家事・育児に非協力的だったため」というものです。椎名林檎さんは出産後、家庭に入ることも視野に入れていたと言われており、子育てや家事のサポートが得られなかったことが離婚の引き金になったのではないか、という見方があります。

いずれにせよ、真相は二人だけが知るところです。

ただ、離婚後も弥吉淳二さんは父親として息子の学校行事などに顔を出し続けており、決して険悪な別れ方ではなかったことは確かなようです。

喧嘩別れではなく、きちんと親として繋がっていた……なんかそれがまた、椎名林檎さんらしい大人の関係に見えます。

弥吉淳二の死因と49歳での悲しい最期

離婚から約16年後の2018年1月26日、弥吉淳二さんが49歳という若さで亡くなりました。

所属事務所の発表によると、約2年半にわたる闘病生活の末に逝去したということでした。

しかも弥吉淳二さんは、本人の強い希望により、闘病していることを一切公表しないまま音楽活動を続けていました。

そのため、多くのファンや関係者にとっては突然の訃報となり、音楽業界に大きな衝撃が広がりました。

公式に病名は発表されていませんでしたが、SNS上ではギター仲間や音楽関係者などから「膀胱がんだった」という情報が広まりました。弥吉さんはヘビースモーカーでもあったと言われており、喫煙が関係していた可能性も指摘されています。

弥吉淳二さんはaikoさんのライブサポートでも長く活躍しており、aikoファンの間では「やよっしー」という愛称で親しまれていました。訃報が伝えられた際にはSNS上で多くの追悼コメントが寄せられ、その人柄と演奏が多くの人に愛されていたことが伝わってきました。

……49歳って、あまりにも若すぎますよね。息子の空遥くんがまだ16歳の頃でしたから、その悲しみはどれほどだったかと思うと胸が痛くなります。

現在の旦那・児玉裕一のプロフィール

椎名林檎さんの現在のパートナーは、映像ディレクターの児玉裕一さんです。

1975年8月20日生まれ、新潟県新潟市出身。東北大学理学部化学系を卒業した後、大学在学中から映像制作を独学で学び始めた異色の経歴の持ち主です。

大学卒業後は映像関係の仕事を目指して電通東日本に就職しましたが、配属されたのは新聞・雑誌広告の媒体仕入れ部門。映像制作に携わる仕事ではなかったため、約1年で退社してフリーランスの映像ディレクターとして歩み始めました。

映像ディレクターとしての実績

「好きなことをやるためにあっさり大企業を辞めた」というエピソードがまたカッコいいんですよね。

2006年より映像制作プロダクション「CAVIAR」に所属し、2013年9月には個人事務所「vivision」も設立しています。

主な実績 詳細
UNIQLOCK(2007年) カンヌ国際広告祭・クリオ賞・ワン・ショーの世界三大広告賞グランプリを受賞
リオ五輪閉会式(2016年) ドラえもん・スーパーマリオが登場する「Warming up TOKYO」映像のチーフディレクター
担当アーティスト 椎名林檎、東京事変、Perfume、サカナクション、宇多田ヒカル、Mr.Children、YUKI、星野源など

実写とCG・アニメーションを組み合わせた独自の映像表現は業界内でも高く評価されており、日本を代表する映像クリエイターの一人と言えます。

椎名林檎と児玉裕一の馴れ初めとMV制作での出会い

椎名林檎さんと児玉裕一さんの出会いは、まさに仕事を通じたものでした。

2007年、東京事変の楽曲「OSCA」のミュージックビデオを児玉裕一さんが手がけたことで、二人は初めて仕事上の接点を持ちます。

この後も仕事上での共演が続き、2009年にリリースされた椎名林檎ソロ曲「都合のいい身体」のPVでも再び組むことになりました。

一方、児玉裕一さんのほうは椎名林檎さんについて、「(デビュー当時の椎名林檎さんは)ガラスを割ったり、車を割ったりとんでもないことをする人がいるな、怖いな」と思ったと語っています。

ツンデレっぽい話で少し面白いですよね。

しばらくは仕事上の信頼関係・友人関係として付き合いが続いていましたが、2011年頃から二人は交際に発展したとされています。

ただし、この時点で児玉裕一さんは既婚者だったという情報も複数の媒体が報じており、この関係もまた「略奪愛」「不倫」とも言われました。

2013年5月末、週刊誌『女性自身』がお二人の事実婚関係と、椎名林檎さんがすでに長女を出産していたことをスクープ。これにより交際が広く知られることとなりました。

事実婚・通い婚スタイルを選んだ理由とは

椎名林檎さんと児玉裕一さんは、入籍という形を選ばず「事実婚」というスタイルで家庭を築いています。

二人は入籍しない理由を公式には語っていません。

ただ、いくつかの状況から推測することはできます。

一つは、椎名林檎さんがもともと形式や制度に縛られない生き方を好む芸術家だということ。「紙の契約(婚姻届)」そのものに価値を置かず、実質的な関係を重視する考え方は、椎名林檎さんのアーティストとしての姿勢とも一致します。

もう一つは、一度目の結婚・離婚を経験したことで、法的な婚姻関係に特別なこだわりを持たなくなった可能性です。

また、現在の生活スタイルとしては、児玉裕一さんが都内の拠点を持ちながら、椎名林檎さんが暮らす埼玉の自宅に行き来する「通い婚」を続けているようです。

お互いが独立したクリエイターとして活動しているからこそ、ある程度の距離を保ちながら関係を育てるこのスタイルが二人には合っているのかもしれません。

入籍の有無にかかわらず、すでに子供を3人持ち、10年以上にわたってパートナー関係を続けているという事実が、二人の絆の深さを物語っています。

夫婦のリスペクト:「半分はケンカ、半分はすごいすごい」

椎名林檎さんと児玉裕一さんの関係を語るうえで外せないのが、互いへの深いリスペクトです。

椎名林檎さんはかつてラジオ番組で、児玉裕一さんとの仕事上の関係についてこう語っていました。

「独自の視点で提案してくれる。半分はケンカするが、半分は凄い凄いと言ってるから離婚しないでいる。」

……「離婚しないでいる」という表現が事実婚に対して使われているのがなんとも椎名林檎さんらしいんですが、この言葉に二人の関係のリアルが凝縮されている気がします。

お互いに独自のクリエイティブな世界観を持つ二人。仕事上では意見がぶつかることもある。でも、だからこそお互いの才能を誰よりも認め合っている。

児玉裕一さんもインタビューで、「椎名林檎さんはMVの制作において独自の提案をしてくれるが、完成については自分に全幅の信頼を委ねてくれている」と語っています。

尊敬し合いながらも、自分の意見を曲げない。その対等さこそが、10年以上続くパートナー関係の秘訣なのかもしれません。

椎名林檎の結婚を調べる人向けの関連情報

椎名林檎さんの結婚歴には、まだ気になるポイントがたくさんあります。

子供のこと、略奪婚の噂、再婚しない理由、そして世間の声まで、ここでまとめてお伝えしていきますね。

3人の子供の名前・年齢・父親

椎名林檎さんには現在3人の子供がいます。

子供 名前 生年月日 父親
長男 空遥(そなた) 2001年7月12日生まれ 弥吉淳二さん
長女 乃亜(のあ) 2013年4月生まれ 児玉裕一さん
3人目 不明 2014〜2016年頃生まれと推定 児玉裕一さん(推定)

長男の空遥(そなた)くんは、2024年現在すでに23歳の成人です。椎名林檎さんの兄・椎名純平さんがラジオで名前をうっかり明かしてしまったことで知られるようになりました。

音楽一家の子供らしく、小学生時代には「彩の国・埼玉ピアノコンクール」に出場していた(と推測される)エピソードもあります。父はギタリスト、母はシンガーという環境ですから、音楽の素養は自然と育まれそうですよね。

長女・乃亜とのエピソード

長女の乃亜(のあ)さんが4歳ほどのとき、椎名林檎さんのミュージックビデオ「人生は、夢だらけ。」の撮影で、乃亜さんが手作りしたネックレスを椎名林檎さんが身に着けて撮影に臨んだというエピソードがあります。

わが子の手作りアクセサリーをMVに忍ばせる……なんか、じんわりしますよね。表に出さないけれど、子供への愛情が溢れている瞬間という感じがします。

長男・空遥の学校とピアノコンクールの噂

長男の空遥くんは、浦和ルーテル学院初等部に通っていたという噂があります。

2011年に開催された第22回彩の国・埼玉ピアノコンクールの予選に「椎名奏統(そなた)」という名前の児童が浦和ルーテル学院初等部の5年生として出場していたという情報がファンの間で話題になりました。生年と学年が一致することから、これが椎名林檎さんの長男ではないかと言われています。

3人目の子供については、2021年のテレビ番組出演時に椎名林檎さんが「3人の子供の入学があって…」と発言したことで、存在がほぼ確認されています。名前・性別・誕生日など詳細は現在も公表されていません。

略奪婚を繰り返したといわれる理由

椎名林檎さんについて「略奪婚を繰り返した」と言われることがあります。

確かに、1度目の結婚相手・弥吉淳二さんも、2度目のパートナー・児玉裕一さんも、交際スタート時点では既婚者だったという情報が報じられています。

ただし、重要なのはその後の行動です。

弥吉淳二さんのケースでは、前妻との離婚を経てから入籍。児玉裕一さんのケースでも、交際が始まった時期については報道各社で若干のズレはあるものの、最終的にはきちんとした形でパートナー関係を築いています。

これを「略奪婚」と呼ぶかどうかは判断が分かれるところですが、少なくとも椎名林檎さんが「スリリングな恋愛を好む」という印象を持つ人がいることは確かです。

ただ、椎名林檎さんは常に「自分の信じるものに突き進む」という生き方を貫いてきた人でもあります。音楽でもプライベートでも、その一貫したスタンスが彼女の魅力の一つとも言えるかもしれません。

再婚せずに事実婚を選ぶ理由

一度正式な結婚を経験し、離婚を経たうえで、現在は事実婚というスタイルを選んでいる椎名林檎さん。

なぜ「再婚」ではなく「事実婚」を選んでいるのか、気になる方も多いのではないでしょうか。

公式にはその理由を語っていませんが、考えられる背景はいくつかあります。

まず、椎名林檎さんは日本の芸能界でも異色の存在感を放つ「芸術家気質」の人物です。制度や形式に縛られることを好まず、自分が「これだ」と思う生き方を選択してきた人です。「婚姻届という紙の契約」よりも、実質的なパートナーとしての信頼関係の方を重視しているとも考えられます。

また、最初の結婚と離婚を経験したことで、「法的な婚姻関係の有無」と「実際の家族としての絆の強さ」はイコールではないという実感を持った可能性もあります。

さらに実用的な面では、児玉裕一さんとの間にすでに子供が生まれており、家族としての生活は確立されています。今さら入籍することに、生活上の大きな変化があるわけでもありません。

「入籍しないこと」は「愛情が薄い」ということではなく、二人にとっての自由なパートナーシップの形なのでしょう。

世間の声と結婚に対するファンの反応

椎名林檎さんの結婚歴や事実婚について、世間やファンの反応はさまざまです。

2001年の最初の結婚・妊娠発表のときは、あの独特な発表文(「この度、私の腹は新しい生命を授って居ります」)がSNS上で今なお語り継がれ、「独特すぎる」「痛い」という声から「やっぱり椎名林檎さんらしい」という声まで、賛否両論が飛び交っていました。

現在の事実婚についても、「自分たちのスタイルを持っているのがかっこいい」「アーティストらしい選択」という肯定的な意見が多い一方、「略奪婚というのはどうなの」というシビアな視点もあります。

ただ、圧倒的に多いのは「椎名林檎さんの音楽が好きだから、プライベートがどうあれ関係ない」という声ではないでしょうか。

音楽の世界での椎名林檎さんの存在感、そしてアーティストとしての姿勢は、多くの人が純粋にリスペクトしています。

プライベートのドラマティックな歴史が、彼女の音楽の深みを作ってきたとも言えるかもしれません。それが椎名林檎さんという人の、何とも言えない魅力でもあります。

椎名林檎の結婚のまとめ

  • 椎名林檎の本名は椎名裕美子、1978年11月25日生まれの埼玉県出身
  • 1度目の結婚相手はギタリスト・弥吉淳二(2000年11月入籍、2002年1月離婚)
  • 弥吉淳二との馴れ初めはバックバンド「虐待グリコゲン」での共演
  • 交際開始時、弥吉淳二は既婚者だったため「略奪婚」と言われた
  • 2001年7月12日に長男・空遥(そなた)が誕生
  • 離婚後も弥吉淳二は父親として子供の行事に参加していた
  • 弥吉淳二は2018年1月26日、49歳で死去(約2年半の闘病の末)
  • 現在のパートナーは映像ディレクターの児玉裕一(1975年8月20日生まれ)
  • 児玉裕一との出会いは2007年の東京事変MV「OSCA」制作がきっかけ
  • 児玉裕一も当時既婚者だったとされ「2度目の略奪婚」とも言われる
  • 2011年頃から交際し、2013年9月に週刊誌にスクープされる
  • 椎名林檎と児玉裕一は入籍せず事実婚スタイルを選択
  • 通い婚スタイル:児玉が都内、椎名が埼玉を行き来
  • 子供は3人(長男の父が弥吉淳二、長女・3人目の父が児玉裕一)
  • 長女・乃亜(のあ)は2013年4月生まれ、3人目は詳細不明
  • 椎名林檎は「半分はケンカするが、半分は凄い凄いと言っているから離婚しないでいる」と語っていた
  • 事実婚を選ぶ理由は公表していないが、形式より実質的な関係を重視する姿勢が背景とみられる

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